再始動2
久しぶりに登場の二人
心地よい日差しが降り注ぐ中庭。
丁度いい加減に日差しを遮って、温度調節してくれるサンルームにあるテーブルに置かれた紅茶を一口飲み、鼻孔をふわりと抜けるフレーバーに心満たされ、ほぅと息を吐きつつ綺麗に整えられた庭園を見渡す。
私はとある財閥の令嬢、『斎王子 香澄』に憑依した、というよりは完全に一体化した魂の漂流者。
こちらの世界では『侵略者』と呼ばれる者たちを導きしもの…。
……だったって事にしてもいいかなぁ……なんてこの暖かい満たされた空間にいると思ってしまう。
一連の『守護者』の非常識っぷりにもう私は疲れちゃったのよ。
あんなの勝てるわけが無い。実際、試験的に進めてたアリの女王に同胞を寄生させての巨大アリプラント計画や、巨大怪獣による侵略計画も潰されたし。特に巨大怪獣なんて酷かった。結構苦労して造ったのに車一台に擦り傷付けただけで、活動時間5分ちょいって。
出オチもいいとこじゃないの……。
そして私自身、この身体に憑依した当時はなんかこう自分でも恥ずかしいくらいに、ギラギラっとしてたような気がするのだけれど、もう普通のお嬢様として生きてけばいいかなーなんて思い出しちゃってる自分がそれほど嫌じゃない気がしてる。
だってよく考えたら、向こうの世界は割と安定してたはずだし、こっちに来るのは所詮罪人達の魂だし、私はいいとこのお嬢様で何不自由してないし、これってなにも危険な事にわざわざ首突っ込まなくてもいいんじゃないだろうか?
目覚めた当初は、爺やもはっちゃけてる私に付き合ってくれて、なんだか悪の組織の執事みたいな雰囲気醸し出してたけど、やってることは身寄りのない重篤患者の保護っていう慈善事業だし、何よりだんだんと精神年齢が、身体に引っ張られて幼くなってる私を見てほっこり微笑みながら「お嬢様もだいぶ早く中二病とやらにかかりましたが、あっさりと治りましたなぁ、ほっほっほ」なんて言ってた。
中二病ってなんだろう?って思ってネットで検索したら、なるほどちょっと前の私だわ、って思ったのと同時に、思い返すと割と身悶えしてしまう行為ばっかりしてたんだなぁと遠い目になっちゃったりする。
まあ、そんな感じで私は、この平和な世界での暮らしを満喫してるのだけど。
あぁー紅茶おいしいなぁー じーーーーー
お庭の花が綺麗だなぁー じーーーーー
程よい日差しが落ち着くなぁー じーーーーー
「ってなによ、葵!さっきから視線が突き刺さってるのよ!落ち着かないじゃない!!」
私は横に立ちティーセットのワゴンに乗せられたケーキをお皿に乗せつつ、こちらに何か言いたげな視線を投げかけてくるメイド姿の同胞にツッコミをいれる。
「いえ……べつに何もありませんよ?気のせいじゃないですか?」
「嘘だっ!!なんか言いたいから私の事意味ありげにじーーーーって見てくるんだ!!」
私がちょっと前に見たアニメの台詞っぽく追及すると、葵は「はぁ」と溜息をつく。
「お嬢様。そういうとこですよ?もうこっちに毒されまくってるじゃないですか。わかっちゃう私も、お嬢様の事は言えないと思いますけど。まあいいんですよ?私はどのみちあのままいたら、変なものに憑依してたかもしれないですし、この身体結構気に入ってますから文句はないですし、メイド服も可愛いですしね。なにせ向こうと違って、少ししかない物資を取り合うような争い事もないですし、このお屋敷は裕福だから生きてくこと自体は全く困りませんからね」
「じゃあなんでじーーーーーって見るのよ」
「侵略はどうするのかなぁって」
その言葉を聞いた瞬間、私の身体がガタガタと震え始める。
「しっしししししんりゃりゃりゃりゃくぅぅ??」
「はっ!!いけない!私としたことがお嬢様のトラウマスイッチに触れてしまいました!」
「いやああああああああああああ!がああでぃあんこわいいいいいいいいいいひぃ!!」
「お嬢様!!落ち着いてください!!ホラ!呼吸を整えて!ひっひっふーひっひっふー」
そう言いながら葵は、私をギュッと抱きしめて背中をトントンさすって落ち着かせようとする。
「はあっはぁっ…はぁ…やだよう…理不尽なのやだよぅ…ひっくひっく」
「すみませんお嬢様・・・私としたことが・・・責めるつもりはなかったんですよ、ほんとに」
しばらくそのまま私が落ち着くまで10分ほどかかった。
「…すまなかったわね、葵。取り乱したわ。」
「…いえ、お嬢様の気持ちも考えず申し訳ありません…」
なんだか気まずい沈黙が二人の間を流れる。
ここは身体は少女、心は元年長者の私が折れて話しかけるべきだろう。こっちで読み漁った書物『好かれる上司、嫌われる上司の行動』っていう本にも書いてあった、『年長者だからと言って見下すのではなく、同じ目線に立つことが大事』っていう項目を実践すべきだと思う。
「ところで・・・」「あのぅ・・・」
なっ!なんですってぇ!?まさかの発言かぶり!?お互いに空気を読んで自分から話そうと思うタイミングがまさかのシンクロニシティ!?
「あ・・・葵からどうぞ?」
「い、いえいえお嬢様から・・・」
「いや、私は葵の意見から聞きたいから話して?こういうのって上司が意見言っちゃうと、後言いにくいじゃない?だから葵から話してくれない?」
「で、ではお言葉に甘えまして」
「う、うん、どうぞ」
「じ、実はですね、お嬢様が塞ぎこんでる間に少し実験をしてみたのです」
え?なに実験?なんか思ってた意見と違う。
私的には葵もこのままでいいんじゃないですかねぇって言いだすかと思ったら、実験?実験てなに??学校の実験ならなんとなく明るいイメージだけど、メイドが実験って怪しい雰囲気しかないよ。
「へ、へぇー実験?どんな?」
外見上は取り乱さないように内容を聞いてみる。
「ええ、私前から不思議に思っていたことがあるんですよ。黒い同胞たちはこちらの生物に憑依すると、その身体を変質させて侵略者と呼ばれているモンスターに変わるじゃないですか?」
「そ、そうね」
「じゃあ、我々はどうして変質しないのですか?」
「へ?」
そんなの・・・私たちが色付きの魂だから?より高度な器に入ることが出来たから?うーんいまいち説明がつかない。
「わかりませんか?」
「わ、私たちが色付きだとか、高度な器だから変質に耐えてるんじゃないの?」
「いいえ、違います。実は私たちも変質しているのです」
は?なにそれどゆこと?
「お嬢様、私たちも変質はしていたのです。私もそれを見つけたのは偶然でした。アレはお嬢様の為にフルーツの皮むきの練習をしていた時の事です」
え、この子なんでもそつなくこなしてるかと思ったら、陰で練習してた?なんてかわいいの!
「私はうっかりナイフで指を切ってしまいました。もちろん切ったところから血があふれ出して、床に落ちそうになりました。その時私は『あ、血が床に落ちちゃう大変!』って心の中で思ったのです。すると不思議な現象が起きました。床に向かって落ちかけた血の滴がピタリと止まったのです、空中で」
「はい?」
「ですから、私の意を汲んだかのように、床に落ちることなく停止したのですよ、私の血液が。そしてふよふよと私の元に戻って来たかと思うと、傷口の近くでまるで生き物みたいにもぞもぞと動いてたのです。いうなれば小さな赤いスライムみたいに」
「す、すらいむ??」
「ええ、不定形の生き物ですね。私は色々命じてみたんです。右にいけとか左にいけとか簡単な命令ですけどね。でもそのスライムもどきは私が命令したとおりに動いてくれたんです。たぶんこれが私達の変質なんじゃないかと思った私は、次の実験をしてみることにしました」
「つ、次ですって??」
「はい!」
あかん、なんだか葵の眼がイッちゃってる感じに興奮してる。
「私は自分の血を何かに入れたら、それも動かせるんじゃないかと思い実験してみました。最初は昆虫から、徐々に大きくしてみてトカゲやマウスなんかにも入れてみました。あ、ちなみに注射器で入れるんじゃなくて耳とか、身体にある穴から侵入してく感じですよ。ちょっと気持ち悪いけど慣れちゃうと楽しくなってきました、フフフフ」
「け、結果はどうなったの??」
フフフフと妖しく笑いながら、葵がこちらに流し目をしてくる。
「結果ですか?まあ結果は昆虫くらいでしたね、動かせたのは。大きいものはダメです」
「な、なーんだぁびっくりしたぁ。てっきり人間ですら操る事ができましたーとか言われたらどうしようかと思っちゃった」
「ふふふ、まさかですよー、流石にそれはないですよー。でもですね」
「でもですね!?」
「ええ、面白いものは動かせたんです」
と言いながら、なぜか私の右側から左側に回りこむ葵。
「ななななにを動かせちゃったのかなぁ?」
私はドキドキしながらも恐る恐る葵の方に首を向ける。
・・・・・・なんだあれ?葵の肩の上には見慣れない銀色の蜘蛛の様な平べったいモノに、足が八本生えたような、私の掌くらいの大きさの虫みたいなものがカチャカチャと脚を擦り合わせてる。
「・・・葵、それ・・・なに?」
「これですか?元はただの金属の粉ですよ。それに私の血液をかけたらこんな風になりました」
そういうと、葵はニコッと可愛らしく小首を傾げて笑った。
「ちなみに、この子は私の血だけを使って作ったマザーと言いましょうか」
「マザー・・・・・・・・」
マザーはお母さんということは子供もいるってこと??
「さすがお嬢様ですね、そうです、この子はマザーなんです、ですから・・・・・・」
と言いながら、なぜかティーポットとケーキが載ったお皿を持ち上げると、一言つぶやく。
「当然、子供たちもいますよね」
その瞬間今までワゴンだったものが一瞬で崩れるように形をなくし、ザァッと床に広がっていく。
そのうちの一つ小指の爪くらいの大きさのものが、コロンとテーブルの私の目の前に転がると、そこからマザーと同じように脚がニョキニョキと生えて、私に向かって挨拶するかのように頭を下げた。
「かわいいでしょ?お嬢様。この子たち全部このマザーを通して動かせるんですよ。だから私この子たちの事『レギオンズ』って呼んでるんです、ふふふ。この子たち、ちっちゃいけど結構色んな事できるんですよ」
「た、たとえば?」
「そうですね、この子を生物の神経節があるところ、例えば首とかですね。そういうとこに憑りつかせると操る事ができます。もちろん首から下が自由に動かせるだけで、頭は乗っ取れませんからあんまり長持ちはしませんけど、気絶させてればその間は自由に動かし放題ですね」
こわっ!なんか指先でレギオンズを弄びながら、うっとりとしながら説明してくれる葵がちょっと怖い。
「他には、電子機器とかそういった物を文字通りバグらせることが出来るみたいですね。そろそろだと思うんですけど」
そういうと、葵はどこからともなく取り出したタブレットに、ある画像を映し出す。
「大国の国防総省も内側からの攻撃には弱い様で」
そこには、建物のあちらこちらから煙が上がっている、大国の防衛施設の映像が流れていた。私がその映像に魅入っていると
「ところでお嬢様」
「はえっ!?」
「さっきは何を言いかけたんですか?」
「へ?さ、さっき??」
「ええ、私と被って何か言いかけたじゃないですか」
「あ、ああーいいのよなんでもない、なんでもないのよ」
い、言えない『ところで・・・今晩のご飯なにかしらね?』なんて言おうとしてたなんて。
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