アリフェ「容量は底なし沼みたいにありますので」
翌朝。わたしは再び商業ギルドに来ていた。
この世界の今の情勢や、各種生物の情報などはもうあらかた探りつくしたので、あとは実際に自分の目で見て、感じて、選択するだけになった。
そんなわけで、今は世界を見て回る下準備として、先立つモノの収入源――つまり、仕事の開業手続きをしている。
これがファンタジーモノの小説なら、その多くは冒険者ギルドに登録して、それで成り上がっていくっていうのが多数派なんだけど、わたしはそういうのはあまり向いていないというより、そもそも冒険者としては活動できないと判断したのだ。
理由は――やはり、わたしの力が強すぎるという点に起因している。
これも昨晩、この機体について改めて情報を探った結果わかった情報なのだが――元来、デウス・エクス・マキナは基本的に絶対的中立機関の『所有物』として、自律的に攻撃行動に出ることはできないように設定されている。現場に居合わせた等の例外を除いて、害獣駆除に関しても機関に所属する者がユグドマキナにコマンドを入力、その情報がわたしに送信されて、初めて『受注』とみなされる。
この街まで来た時のように向こうから向かってきた時も、本来であればたとえ魔物であっても、不用意にわたしというAIOSが『攻撃できない』よう組まれているのだ。
それらの制約は幸いなことに、前の『わたし』が自己崩壊を引き起こしたことで少しは自衛手段を持ってしかるべきと判断されたらしくアップデートが行われ、今はいくらか緩和されている。
だから、昨日一昨日と街の外で出会った魔物に関しても、自己防衛のために殺生しただけである。これ以外にも、害獣駆除や暴徒の鎮圧など、一部の殺傷行為についてはシステム的制約から解放されてはいるものの、やはり制約条件は強いままだ。
つまり、こう言ってしまえば多少聞こえはいいものの、専守防衛というやつだ。なにがあっても、わたしは特別な指令がない限り専守防衛に徹しないといけない、というわけだ。しかも、その際の武力自体、その専守防衛に値するような状況でもなければ、能動的には発動できないというおまけ付きで。
害獣や暴徒に公的に認められた場合に限り、自分から進んで戦いに行くことはできるが、そうでなければ絶対に(戦うという意味で)動くことは認められない。
制限に制限を重ねて、がんじがらめにされた力しかなくて、何が『万能機甲神』なのか。まったく、皮肉もいいところだ。
そしてそれらを加味したうえで、改めて冒険者という職について考えてみるとだ。
冒険者として功績をあげた者の中には、国から目を付けられ、貴族や騎士などとして抱えられることも多々あるという。
わたしも持てる力の量からすれば、そうなることは目に見えている。群雄が割拠し、戦争が絶えないこのご時世、少しでも力のある者は抱え込んでおきたいだろうから。
だが、わたしはあくまでも絶対的中立という立場を貫かなければならない。ゆえにそうした目で見られるのは避けておきたいところなのだ。
だから、わたしは行商人となることを選んだのである。
ま、なんだかんだいって冒険者にあこがれがないわけではないので、副業として冒険者としても登録はしようとは思っているけど。
――うん? わたしの番号が呼ばれたみたいだ。
指定された窓口に行ってみると、そこには昨日と同じ人が座って待機していた。
「おはようございます。本日もご利用くださいましてありがとうございます」
「いえ。お世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますアリフェ様。本日は――というより、本日もですね、私、シーブルが務めさせていただきます。さて……」
挨拶もほどほどに終わったところで、早速ギルド職員――シーブルさんが本題を切り出してきた。
「本日のご用件は開業の申請をしたい、ということでしたが……」
「はい。今までは諸国を旅しながら、魔物を狩ったり、野草などを採集してギルドに売るなどをして路銀を稼いでいたのですが……やはり、それにも限界はありますからね。きちんとした収入はあってしかるべきと思いまして」
「えぇ。お客様の仰る通りですね。特に、旅を続けていても、国によっては街単位で通行税をとることもありますから、業種にもよりますが安定した収入はやはりあって損はないと思います」
「そうですよね。ですから、まぁ……これまでともあまり変わりないとは思うのですが、どうせなら行商人みたいなことをしてみたい、とも思っているんです」
各地を旅してまわりたいというのも変わりはありませんので。
苦笑しながらわたしがそういえば、
「行商人! いいじゃないですか行商人。確かに安定した、とはいいがたいですが……ハーフマキナ族の方々の尽力によって、機銃が一般の武器屋にも出回るようになったとはいえ、野党や魔物などの存在から未だに輸送力という点で難がある今のご時世、輸送費にお金がかかりますからね。特に、お客様の場合は収納系のスキルがありますから、護身さえしっかりできれば、お一人でも十分、商売が成り立つことでしょう」
「それは……ありがたいですね」
と、あまり受けが良くないだろうと考えていただけに、このガッツ起用に帰って驚かされてしまった。
流れに押されながら話はどんどん進んでいく。
「特に、ここ最近は各国が虎視眈々と領地拡大を狙っていますからね。お国柄にとらわれない行商人なんかは、特定の街に拠点を置くほかの商社さんから優遇されることもあるくらいなんですよ!」
「そうなんですか?」
それはいい情報を聞いた。
行商は今のご時世、稼ぎ時、と。
「えぇ。この国は割と平穏主義なので、周りに合わせて兵力の増強こそしていますが、緊張は少しばかり高まりつつあるようですね」
「はぁ……なるほど」
その辺は注意する必要がありそうだ。
絶対中立と専守防衛のもと、戦場で攻撃の対象として捉えられても手出しはできないからだ。
「では、お話はこの辺にして、手続きを早速始めていきましょうか」
「はい。お願いします」
「まず、手続きをしていく前にお聞きいたしますが、ブロンズ以上の会員登録には初回に1000マテル、再発行に500マテルかかります。よろしいでしょうか?」
1000マテル……。これはまた、所持金ギリギリのところをついてきたなぁ……。まぁ、払えないことはないけど。
「大丈夫です」
「はい。では、最初に業種……は、行商とお聞きしましたので、次に取り扱い内容ですね。どのような商品を扱うかお聞きしてよろしいでしょうか?」
はて。商材については特に考えてもいなかった。
何を売ろうか……可能であれば地域ごとの特産と、あとは冒険者向けの商品は確定として……あ、そうだ。
「魚介類とかの輸送とかはどうです?」
これまでの会話履歴から輸送能力に難がある、というところにヒントを得て、鮮魚などの売買について聞いてみたら、なんかシーブルさんの目が怖くなった。
なんか、得物を狩るハンターのような鋭い目つきだ。
「なるほど……面白い着眼点ですね。確かに、昨日お持ちいただいたスライムの核は品質の劣化があまり見られなかった。お客様の収納系スキルは鮮度を保つための何かがあるのでしょう」
「はい。どのようなものであれ、わたしの収納系スキルで収納したものは時間の概念が一時的になくなります」
「ということは! いつ、どこでも、新鮮な魚介類を売り放題、ということですね! アリフェさん、ぜひ魚介類は取り扱うべきです! あの新鮮な魚介類を用いた魚介料理の味は、内陸部では味わうことがなかなかできないんです!」
おぅふ、この人には聞いちゃいけない話だったのか……。
めっちゃくちゃシーフードジャンキーじゃないかこの人。絶対漁港とかの出身でしょ。
わたしが日本に生きていた時は、魚料理は普通に食べてきたし、そりゃあ望郷の念があるけれど……この人ほど執念深くは、ないなぁ。
まぁ、実際のところ、今は嗜好的な意味合いでしか食事はできないんだけどさ。
あぁ、あの至福のひと時、満腹感というのを感じることができなくなったのは実に残念だ。
「ま、まぁ……それも扱いたいな、と考えてはいるということで……まぁ、今考えているのはそんなところですかね」
「……っと、熱くなりすぎてましたか、申し訳ありませんでした。なるほど……取り扱うものはおおよそこれくらいですね」
「はい」
「かしこまりました、と……。では次ですね。出店場所の融通希望の有無……は、行商なので省略、商品収納用ケースの貸し出し希望も省略……で、大丈夫でしょうか」
「えぇ、容量は底なし沼みたいにありますので……」
「羨ましい限りです。ではここも省略、と……」
その後もこんな感じで質疑応答が続き、事務手続きで再度待たされたりもしてすべて完了したのは一時間後くらいだった。
「お待たせしました。では、こちらが新しいギルドカードになりますね」
言いながらシーブルさんがトレーに入れた状態で差し出してきたのはカードと――あと、前回預金残高と、今回照会後残高、お取引後残高と明示された、明細書らしき紙。そして、行商を行うにあたって、と書かれた冊子のようなものが一冊。
冊子はともかくとして、明細書らしき紙はなぜ? あと取引後残高が1マテルになっているのもなぜ? そう思いながら、視線はシーブルさんに戻す。
「これが、ブロンズのカードなんですね?」
「そうです。とはいえ、大差はないんですけどね。」
そう言って、シーブルさんは新しく発行されたカードを軽く二回ほどタップした。
すると、一瞬ほんのりと発行した後で、そのタップした面のほぼ全面に映像が映し出された。
どうやら、前世の世界でいうところの液晶ディスプレイなのだろう。スマートフォンを思い出したわたしは間違っていないはず。
「さて、このカードはノーマルカードと違う点といたしまして、ブロンズ以上のカード同士保有者でお金のやり取りを行われる場合に、カードだけで当ギルドの銀行業務を介さずに振替手続きが可能、という点がございます」
「えっと……?」
クレジットカードみたいなものなのだろうか。
使ったその場で即座に自身の所有口座から差し引かれる、みたいな。
少々お待ちくださいねと言いながら、シーブルさんはカードを操作していく。そして、現在の口座残高、と出たところで、再度こちらに見やすいよう向きを変えた。
どいういうわけか、預けた記憶はないというのに残高は1マテルと表示されている。
「このように、このカードでは当ギルドにお預けいただいたお金がどれほどか、逐次確認いただけます。そして、先にご説明させていただきましたカードによる振替手続きを行われた場合には、カードの内部で再計算が行われます。当ギルドでは、銀行取引を行う場合必ずこのカードとの照会を行い、前回にお取引いただいたときと変動があった場合には、変動後の残高を基準にお取引を開始させていただく形となっています。つまり、このカードにはお客様の預金残高をお客様側で管理するための機能が備わっている、ということですね」
もちろん、預金に対して付与された利息など、銀行側で独自に把握してしまった変動についても同時に反映されるため、そのあたりが預金0に算入されないというような不具合は生じないらしい。
少しわかりづらかったが、まとめるとクレジットというより電子マネー的なものとしてみてよさそうな気がしてきた。
試してみますか、と言われたが、勝手がそうと分かれば大丈夫そうな気がしたので、気持ちだけありがたくいただいて辞退。そのまま、次の説明に移っていく。
「カードの説明は以上になります。あとは、商売をしていくにあたっての諸注意になります。場合によってはその国ごとに定められた刑罰を受けることにもなりますから聞き逃しのないようお願いします」
「はい」
シーブルさんは、カードと明細書をわたしに受け渡すと、そのまま冊子も手渡し、即座に一ページ目を開くよう促してきた。
冊子は商業ギルドが特に注意喚起を呼び掛けたい事項が、箇条書きにして記されており、特に注意したいと思われるものについては、太字や赤字で強調されていたりと、なかなかの親切設計だ。
「最初はこの部分ですね。『行商にかかわらず、いかなる業態も商業ギルドに所属の場合は、毎年収益の四割を所属税として納める義務が生じます』」
「四割、ですか……。これは、その……国へ納める税金とは別に、という意味でですか?」
「いえいえ。そのご質問はよくされるのですが…………っと、ここですね。最後から三番目のページにもありますとおり、ギルドが税として徴収しているのはむしろ、その国税やら地方税やらに対する対策で、ギルドが徴収した金額からそれらを天引きし、余った分はお客様の口座へ戻されます。まぁ、国によっては五割だったり、六割だったりとまちまちでして、その場合には追加徴収のお知らせが届くと思いますが……そんな感じで、私ども商業ギルドでは、お客様方より税金を預かり、代行して納付するといったこともしているのです」
「はぁ…………」
「まぁ、いろいろせこい手段を用いて脱税する輩はどこにでもいるもので、少しでもそういった行為を減らすためにと、各国から委託を受けて行っていることなのですけれどね。はっきりいって、効果が上がっているのかどうかははなはだ疑問です」
「そう、なんですか? 帳簿とかそういうのは?」
商売をするからには、そういったのをしないとお金の動きとか把握できないだろうに。そういったのを義務付けてはいないんだろうか。
そう聞いてみたら、義務自体はあった。一ページ目の、ギルドによる徴税の項目の次にきちんと乗っていたよ。『収支を把握するため、最低限金銭の動きを書き記した書類は作成をお願いします』と。
まぁ、大体はそれをまじめにやっている人もいるみたいだが、中にはずさんな管理をしてギルドを困らせるような人もいるらしい。
「それから、当たり前のことですが、借りたお金は期日通りに返してください。最悪、すべての無形資産を差し押さえ、ということもあり得ますので」
「…………無形資産の差し押さえ?」
「早い話が、奴隷身分になる、ということです」
「奴隷身分、ですか……」
うわぁ、なんというか、えげつない表現方法だ……。物品の差し押さえよりも数段も質が悪い気がする。
「まぁ、期日を過ぎてもお金の返済が全くなされなかった場合は、お金を借りた相手が個人の場合は私どもが。それでだめだった場合やギルドから借りた場合には、国が代行して、という感じで、個人・ギルド・国と三段階にわけて催促がいく形なんですけれどね。それで国から催促が来ても応じなかった場合には、有形のものから順次差し押さえられるという感じですね。身分的なところにまで及ぶのは本当にそれ以外に差し押さえるものがなかったと認められる場合のみです」
「それを聞いて安心しました」
わたしの場合はどうなるのか不明だが。おそらくはストレージ内に入っているあんなものやこんなものを差し出せばどうにかなってしまう可能性が高い。
まぁ、借金なんてものはしないに越したことはないということで落ち着いたほうがよさそうだ。
あとは、許可されたスペース以外では近隣の住民や施設関係者の迷惑になる可能性があるので、市を開くのはやめてほしいという注意を受けて、わたしのブロンズ会員登録は終了した。




