ユグドマキナ:「仕様ですので」「諦めてください」 →□
ユグドマキナから出たわたしは、疑似衛星端末に接続し、現在地点を確認しつつ付近の街までひたすら歩き続けた。
ちなみに衣服はキチンときている。
外に出ようとして裸だったことを思い出して、慌てて何か着るものがないかユグドマキナを(無駄に)働かせて、かつてここに人が詰めていた際に着ていたと思われる衣服を失敬させてもらったのだ。
女性用の、それもスカートやらタイツやらは穿き慣れてない分いささか落ち着かないが……まぁ、女性用の衣服はそれしかなかったし、男性用はぶかぶかだったので仕方がないだろう(タイツに関しては足がスースーして落ち着かなかったのでその対策だ)。
食料については――食料を探してユグドマキナの中をさまよっていたら、ユグドマキナのAIから『機械なのだからもともと食料は必要ないのでは』と言われて、そこで探すのをやめにした。
それにしても。こうして歩いていると、つくづくわたしはもう人ではないのだな、と再認識させられる。
もともと、『俺』だったころは人間だったのは間違いない事実なのだが、飲まず食わずでかれこれ地球標準時間にして八時間ほど歩き続けているのに、全然疲れというものを感じない。
ここまでくると機械の体さまさまといったところ。
できれば人のまま第二の人生を送りたかったところだけど……それはもう仕方ないだろう。
ユグドマキナを出発したのは今日の昼下がり。街と現在地点、そして現在の移動速度を踏まえてかんがみるに、今のまま行けば到着予定時刻は明日の未明といったところか。なら、途中夜営もどきをして世を明かした方がいいだろうか。街の門が開いているかどうか疑問だし。
まぁ、夜営みたいなのをして夜を明かしたとして、明日の午前中にはつくだろう。
ちなみに今の時間は夕方ごろだ。
この世界の現代における時間の表し方はどうなのか不明だが、かつてこの世界で用いられていた方法がそのまま残されているのだとすれば、光の第四刻といったところだろうか。
「まぁ、マシンパワーに任せて全速力を出せばそれは確かに速そうなんですが……」
実際にそんなことをしたら、街道をゆく人々が目を真ん丸にして驚きの声をあげまくることだろう。
この体の平時での最高時速は音速をはるかに超えるのだから
ジェット機なんて目じゃないくらいに。
と、そうこうしていると視界の先に気になるものが見えた。
方角は今わたしがいる地点からちょうど真西に当たる場所。
早く街道に出るために西へ直進しているため、ほぼ真っすぐといっていい位置関係にある。
あれは…………馬車の隊列……キャラバンだろうか?
街道の途中でそれが立ち往生している。原因は魔物(注:人や亜人に害をなす怪物のこと)のようだ。
護衛を雇っていたようだが、どうやらジリ貧になっているようで、徐々に押されてきている様子。
魔物に意識を向けると、早速解析が開始される。
――データベースと照合……エラー。指定されたデータベースファイルが破損しています。
――破損したデータを削除。ユグドマキナに接続、ユグドマキナ内からファイルをダウンロードします。
【デウス・エクス・マキナよりデータベースファイルのアクセス申請ならびにダウンロード申請。申請を認可します、お受け取りください】
――ダウンロード完了。データベースファイル読込、照合開始……完了。
――照合の結果、リムリア大黒狼と判明。データを開示します。
〔リムリア大黒狼 ユグドマキナ機関認定危険度:レベル28-33
巨大な狼の魔物で、中堅程度の狩人であれば問題なく狩れるためレベル20台指定となっている。ただし、群れで行動することと戦略を立てて向かってくることを加味すると、大きい群れはレベル30:熟練者程度の実力は必要となってくる程度の危険度にもなる。
こちらも数を整えていけば、中堅者4名ほどで十分対処はできる。
注意すべきは――〕
なんか、気にすべきところもあったみたいだけど気にしないでおく。気にしないったら気にしない。データが破損しているとか、考えたくもない。
あったとしてもユグドマキナ内にあるんならある程度は大丈夫な気もするしね。
で、肝心のデータの方は……なるほど、ふんふん。知性ある魔物だけあって、弱いながらブレス魔法も放つため予備動作は見逃さないようにしないといけない、と。まぁ、この機体なら特に問題はないんだろうけど。最悪、突っ立っているだけでもバリアが何とかしてくれるだろうし。
あとは……最後に但し書きがって、マジですか。
あくまでもこれはユグドマキナ機関を中心に世界各国が動いていた時代を基準にしていた情報で、情報の信ぴょう性に致命的なズレがある可能性があり!?
はぁ!? ちょ、待って、ユグドマキナ全盛期に使われていた主力武器は……銃とか、エネルギー兵器とかだけど……。
視覚情報の倍率を上げて見てみれば驚きの光景。あの人たちが使っている武器って剣と弓矢じゃん!
これ、明らかに大きすぎるんじゃないだろうか、ズレの範囲が。
そう思ったそばから護衛達の一人、重厚な鎧を着込んでいることからおそらくはタンク役なのだろう人物がブレスに焼かれて倒れるのを見て、わたしはこの場から援護射撃を撃つことにした。
――AIOSが戦闘準備段階へ移行しました。
――各種端末より情報を収集……完了、状況:対害獣戦闘:レベル25以上と推定。
――アストラルマナスキャン完了、友軍・敵軍識別。Level1:武装暴徒鎮圧・害獣討伐A、狙撃モード起動します。
頭の中で、カチリ、と何かが切り替わる音がしたように聞こえた。
瞬間、体感時間が非常に長く引き伸ばされるような感覚。いや、正確にはマルチタスクというべきか。戦況を見守るわたしと、それをもとに判断を下すわたしとに、この瞬間一時的にだが分かれたのだ。
視界に映し出される、戦闘域のマップ。守るべき相手と、敵の配置。
そしてそれらが保有するマナの状態から算出した残りの生命力。それらを瞬時に認識しながら、わたしは前方を見定めた。
――目標まで25.5メリル。AIOSオーダー:戦闘区域の制圧を確認。
――ターゲットをロック。状況の観測……条件の算定完了。
――アプリケーション>関数魔法>戦術攻撃>コマンド:狙撃>コード338 タイトル:ショック 準備完了。
一瞬、対象が小さくてどの影がターゲットなのかわからなかったが、すぐに視覚情報に補正が入り、100メリル先の状況が鮮明に見れるようになった。
同時に、攻撃するべきターゲットに球場のマークが重なり、ロックの完了、および攻撃の準備完了をAIが教えてくれる。
あとはAIOSであるわたしが判断という名のコマンドを下せば、大黒狼だけを討伐できる範囲内で攻撃が開始されるだろう。
ここまでの所要時間は1秒にも満たない。そのほとんどが、関数魔法の準備時間、プリンターでいうところの『インクやトナーを吹き付ける寸前、その須臾の瞬間』だ。
改めて考えてみれば、とんでもないスペックだと思う。
ちなみに最高スペックでの処理速度は一秒当たり1.5E+36回の演算処理、最終護衛システム『光の壁』という機能を起動したときにこの領域に入るらしいが――このシステムの概要を見た感想としては、できればそんな事態にはなってほしくないな、といったところ。平時でも天文学的な速さで演算処理を行える、と仕様書データには書かれていた。
もっとも。あくまでも演算処理上のスペックだし、これに今回みたく『身体』を動かすなどの『手続き』が必要になる行動なら、実行完了までの時間は相応にかかってくる。パソコンからプリンターにデータを転送しても、パッと印刷済みの用紙が出てこないのと一緒だ。
さて。戦況はブレス攻撃を機に、悪化の一路をたどっている。唯一の壁役だったのだろう。それを失った残りのメンバーは、互いをかばいながら、相手をけん制しながらなんとか撃退しようとしているようだが、いかんせん相手もそれなりの知性がある魔物。
一筋縄ではいかないだろう。
介入できるなら、もう有無を言わず介入してもいい状況だ。
――コマンドを確認。関数魔法:狙撃:タイトル ショックを発動しました。戻り値『消費コスト』:48を通達します。
AIOSのわたしがそう思ったのがキーなのだろう。
これを受けたAIは、即座に魔法を発動した。
放たれた魔法はショックと命名されていた関数魔法。アストラルマナを衝撃弾として単体、または複数体に撃ち出すというものだ。
戦闘区域に意識を向けてみれば、何が起きたのかわかっていない様子――いや。一人だけ、とがったように横に突き出た三角の耳を持つ美しい女性は何かを見定めるような目つきでこちらを睨んでいるようだ。
――データベースと照合……エラー。指定されたデータベースファイルが破損しています。
――破損したデータを削除。ユグドマキナに接続、ユグドマキナ内からファイルをダウンロードします。
【デウス・エクス・マキナよりデータベースファイルのアクセス申請ならびにダウンロード申請。申請を認可します、お受け取りください】
って、またかい!
一体どれだけ破損したファイルがあるのさ!
【申し訳ありませんデウス・エクス・マキナ。前のあなたはAIOSの破損が激しく、回復の可能性が極めて低い状態でした。またそうなる原因と関連性が高い、生体にまつわるデータには破損が多く見つかったため、該当データベースファイルについては一括ダウンロードすることを推奨いたします】
それマジで?
そうなるまで内面にダメージ受けたってどういう状況に置かれてたんだ?
ま、いいや。バックアップがあるんだったらそれ落としといたほうがいいかな。てなわけで頼んます、ユグドマキナさん。
【承諾しました。追加分のデータベースファイルを送信します。お受け取りください】
――ダウンロード完了。データベースファイル読込、照合開始……完了。
ん。サンキュ。
というか、言いたいこと考えるだけでユグドマキナと対話できるんだなぁ。ちょっと意外。
【私とあなたは常時情報の送受信を行っている状態にあります。あなたが私に伝えたいことは逐次入ってきますので、今後も私と対話したいときはそのようにしていただければお答えいたします】
それ本当に?
だとしたらプライバシーもへったくれもないじゃん。うわ、勘弁してほしいよそれ。
【仕様ですので。削除不能なコアシステムの一つなので、諦めてください】
うわ! 見捨てられた!
機械だけど! 自分も相手も機械だけどさ! それひどくね!?
【…………………………】
しかももう会話止まったし。
やっぱり会話できても機械は機械なんだ。
なんか腹立つけど、どうにも致し方ないというのなら、諦めるしかないだろう。プライバシーについては。
さて。改めて先ほどの女性の特徴についてデータを調べてみたら、ありましたよ確かに。
とがった耳ということで何となく予想はついていたけど、あれはエルフだったようだ。データによれば、マナの感知にとてつもなく秀でているとあるから、わたしが放った魔法もそれで気が付いたのだろう。
「まぁ、警戒はしているようですが行き先は反対方向みたいですし、会うことになってもしばらく先でしょう」
しばらく、お互いに様子を伺い合う状況が続いたが、やがて無事だったメンバーに促されたのだろう。こちらに意識を傾けながら、何をしようとしているのか、そそくさと火傷を負ったタンク役の人――以外にも若いイケメン男性だった――に手をかざした。
――アストラルマナの干渉内容の分析に成功。治癒効果のある魔法と判明。
それを横目で確認しながら歩いていたら、そう分析されたので、もう大丈夫だろうと判断して、わたしは目標にしている街へとむけて、再び歩き始めた。
それからは特に何事もなく――はなかったが、おおむね順調に歩を進めることができ、途中夜を明かしたりもして、予定通り翌日の午前中には街にたどり着いた。
ちなみに起こった出来事も本当に問題とは言えないようなもので、魔物と遭遇して戦闘を交わしただけ。
特に気にするほどのことでもない。
さて、街に到着すると、検問らしきものが敷かれていた。
とはいえ、それは指名犯がいないかどうかを見張るためのものらしく、ほとんどの人はスルーしてそのまま街に出入りしている。どうやら街に入る際、審査は必要ないようだ。
わたしも試しに街の門をくぐってみたが、特には問題なさそうだ。
一応、街の中の施設を把握するために、門番の人に話は聞いておくか。それに、先立つものがないと何もできないから、まずはその先立つものを入手できる場所も知らないと。
ちなみに売るものならある。先ほど触れた、この二日間で遭遇した魔物もそうだし、前の『わたし』がストレージに入れっぱなしにしていたものもある。
相場はわからないが、数は結構あるのでまとまった額のお金は手に入るだろう、という見立てだ。
詰所には、ちょうどあくびをしながら退屈そうに門の方をじっと眺めて――見張っている兵がいたので、その人に話を聞いてみることにした。
「すみません」
「ん? おや、どうしたんだいべっぴんさん。街に入るなら、特に審査は必要ないよ」
「そうみたいですね。わたしもびっくりしました」
「そうかい? てことは、お嬢ちゃんはこの国の人じゃねえなぁ。女身一人で旅とは恐れ入る」
「よく言われます」
作り笑いを浮かべながら、当たり障りのない言葉を紡いでいく。
話しかけた人がいかにもノリのいい人でよかった。
「あの、最初に途中で狩ってきた魔物の皮などを売ってお金を作りたいんですけど……ギルドは一体どこに行けばあるのでしょうか……」
「ん? お嬢ちゃんそんななりして冒険者だったのか。人は見かけによらないねぇ……。そうだな、候補がいくつかある。まず、商業組合はこの通り沿いだ。商人連中を目当てにした銀行も兼ねていて、硬貨を模した看板を出しているから道草くわなきゃ見つけるのは簡単だろう。そのまま素通りしていったん噴水広場まで出て、アイゼン通りにいけばじきに農工組合につくから、そこでも買い取ってくれるだろう。看板はハンマーとクワが描かれてるやつだ、すぐわかるだろ」
「そうですか。ありがとうございます。あとは……冒険者ギルド、なんかは……」
「冒険者ギルド……おぉ、冒険連の支部のことか」
【以前のあなたが世界を回っていた際に発足した、冒険者連盟の略号の一つと推測。ほかにあなたが今言った冒険者ギルドや、単にギルドやユニオンといわれる場合もあるとデータには残っています】
なるほどね。ナイス、ユグドマキナ。
【基本的に、私はオーダーが入力されない限り最優先で自己管理維持および自己防衛に、余力であなたのサポートをおこなうよう設計されておりますので、お気になさらず。補足となりますが、商業組合や農工組合にも同じニュアンスの複数の呼称が用いられております】
そうなんだ。まぁ、当然だよね。前の文明の、それこそ中核を担っていたような施設だったんだから。ユグドマキナになんかあったら、大問題だもんね。
さて、そろそろ意識を外部に戻そうか。
「はい、そうです。その冒険連支部はどこにあるんでしょう」
「あぁ、それなら噴水広場にあるよ。結構大きい建物だから、すぐにわかると思うが……目印は二本の交差した剣の看板と覚えとけばなお間違いにくいだろう。冒険連で売るのは仲介手数料差っ引かれるから、あまりお勧めはできないな。冒険者連中はお構いなしに売る輩も中に入ると聞くがね」
「わかりました。ありがとうございます」
「いやいや。仕事だからな。んじゃ、ゆっくりしてってくれよ」
「はい」
かなり気のいい人でよかった。これでカタブツだったり横暴な性格だったりしたときは……うん。ろくなことになっていなかったと思う。
幸先のいいスタートに思わず顔がほころぶのが、自分でもわかった。




