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異世界の機甲世界樹  作者: 無銘何某
第二章 =アルバの町で開業 破之章:The Third Person’s View=
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Now defragmentation


「応急処置セットを二箱ください」

「かしこまりました。3500マテルになります」

「野営用魔動コンロ、まだ在庫ありますか!? できれば急ぎで!」

「少々お待ちください。アリフェ様、ありますか?」

「はい、ただ今。これで大丈夫ですか?」

「それそれ! やっと手に入ったよ! これでマナの節約がかなりしやすくなる! 間に合ってよかったぁ!」


 ここ一か月間の忙しさも、昼下がりになってくるとこれから依頼に行こうとしている人の駆け込みから翌日以降の備えに買う人まで、様々な客がなだれ込んでくる。その結果、午前中のピークタイム張りに忙しくなってくる。


 今までも冒険連の職員が暇を見て手伝ってくれたけど、それでも一人きりになる時間があったりするとなかなかつらいものがあったといえば否定はできない。

 それだけに、こうした業界に不慣れな人と言えど、人員が一人増えたのは実にありがたいことだった。


 まぁ、午前中のピークタイムについてはフィリアさんを服飾雑貨店に連れ込んでそこにおいてしまったから、結局これまで通りとなったのだけれど。


 そうして忙しく働いていると時間は瞬く間に過ぎ去っていき(それでもまだ地球の感覚が抜けきっていないのでずいぶん長いことに変わりはなかったのだが)、あっという間に閉店の予定時刻になった。


 ここ最近はわたしのスケジューリングに来客数の推移も合わさっていて、今日ももう店を閉めても差し支えはなさそうだ。


「さて、と……それじゃ、閉店しましょうか、皆さん」

「そうですね。客足ももうほとんどなくなりましたし」

「すごいお客様の数でしたね……。開店以来、ずっとこんな感じだったのですか?」

「うん。すごいんだよ、アリフェさんのお店。ここの施設遣う人のニーズをとても的確にとらえているし、値段もとっても手ごろだし。かといってコストパフォーマンスをよくするために質を少し下げているっていうわけでもなし。それに、塗り薬とか消毒液とか、本当に効き目がいいの! 私も、書類仕事してたら紙で指切っちゃって、冒険連の経費で買ってあった塗り薬使ったらその日の午後にはもうすっかり治っちゃった!」


 あはは。まぁ、あれは本当にただ傷口を保護するための塗り薬だったんだけどね。切り傷というのは、処置方法さえ的確であれば、浅い傷なら5分程度でも十分にふさがってしまうのだ。

 あくまで的確な処置をすればの話であって、実際にそれを実行できるかどうかは人にもよるけど。


「まぁ、物語みたいに魔法でパーって傷がふさがるならともかく、現実は残酷なものだからね。怪我に備えて包帯とかガーゼとか買っていくのは荒事してなんぼの冒険者にとっては常識以前の問題だから。売れるのは必然ってとこでしょ」

「私も中身をちょっとだけ見てみましたけど、よく考えられていますよね。この箱一つあるだけで、大抵の事態には対応できますから」


 そう。わたしの販売している応急処置セットには、包帯や塗り薬、毒を取り込んでしまった時のために血清をいれているほか、止血剤やオートメーション化した止血帯、鎮痛剤など決して浅いとは言えない傷にもある程度は対応できるようにしてある。

 この世界は魔法があるのに本当に甘くない。魔法の扱いにはイメージ力が大切、とこの世界の人々は口々に言うが、その真意を知ればなんとわかりやすく、残酷な言葉だろうか。治療魔法が扱えるからと言って安心できるわけでもないのだから。

 だから、これくらいの備えは冒険者たちでなくても常備してしかるべきだとわたしは思う。


 ちなみにオートメーション化した止血帯は普通に市販されていることが確認できているが、単体で販売されているケースが多く、こうしたセット販売はあまり見かけないという。

 その普及のきっかけは……聞くまでもなく、『例の種族』だろう。


「さて、と……片付けも終わりましたし、宿に行きましょうか」

「はい」


 そうして二人で連れ立って、宿屋に向かって歩き出した。

 冬場に向けてだんだん涼しくなってきた。あと二分節もすれば年末だし、寒くなるのは当然だろうか。

 そういえば、フィリアさんは冒険者で、街から街へ移動の日々を送ってたんだよね。ここ最近はこのあたりの街限定で回っていたらしいけど。

 海に向けて移動するならどういうルートを通るべきか、ちと相談してみようか。


「フィリアさん」

「なんでしょうか」

「わたし、実はそろそろこの街から発とうと思っていたんですよ。まだ計画は立ててないのですが」

「そうなんですか」


 フィリアさんは少し考えるそぶりをして、


「どちらへ向かわれるのですか?」

「まぁ、海を目指したいなとは思ってます。内陸出身(・・・・)ですから」

「あ~、なるほど、納得です」


 わたしではなく『俺』の事情を知らないフィリアさんとしては、わたしがユグドマキナから長い間動けなかったためと思っているのだろうけど、どちらにしろ海に行きたいということの意味が伝わったことに変わりはないのだろう。

 いかにも言葉通りの顔で頷いて、パッと思いついただろう候補をあげてくれた。


「そうですね……。単純に海を見てみたい、というのであれば、ここから東へグルボ車で一週間くらいのところにあるスヴェリク町ですね。あそこは観光地ですから、地産品なんかは結構人気があり、行商の人たちも結構商材として扱っているのを見かけます。多種多様な商材を重視するならリディーア国際海港がいいでしょうね。国際海港というだけあって、貿易品が数多くありますから、商いをするにももってこいの場所です」

「うーん……魚介類の取り扱いとかはどうでしょうか」

「海ですからそれなりにはあったはずですが……鮮魚は期待できないですね。大体は干物です。少し離れたところに漁業を中心とした街もありますし、取り扱い量としては上の下、くらいじゃないですか? 私が考えられる範囲内で、ですけれど」


 むむ……鮮魚を取り扱いたいわたしとしては、むしろそちらの漁業の街の方に行ってみたい気がする……。


「もしかして、鮮魚をお求めですか?」

「えぇ、まぁ……」

「アリフェ様であれば、そういった商材ももしかしたら取り扱えるかもしれませんが……そうなるとそっちの漁業の街に行った方がいいかもしれませんね。……どちらにしろ、あの辺りは潮風のにおいが心地いいところです」


 借金まみれになる前まではよく言っていたというから、結構お気に入りの地域だったのかもしれない。

 それにしても……森の民が海好きか……ちょっと予想付かなかったな……って、この世界のエルフと地球の創作物における典型的なエルフは、そもそもまったく定義が違うんだけど。

 こっちの世界のエルフっていうのは、マナをより効率よく扱うために自然に馴染み深い生活を選んだっていうだけの種族だし。そういう意味では水のマナが豊富で、水の性質を知りやすい海の周囲も(この世界の)エルフにとっては捨てがたい領域だったのだろうことは予想がつく。

 まぁ、海は誰にも捨てがたい領域だろうけどさ。いろんな意味で。


「特にこの時期のエパキは脂がのっていて、一尾丸々塩焼きにして食べるとすごくおいしいんですよ……」


 ちなみにエパキというのは地球でいうところの秋刀魚みたいな魚だ。旬も秋で、まんま秋刀魚と言えなくもない魚だ。

 じゅるり、と涎を啜るその様子は、どうやらエパキやらの塩焼きの味を思い浮かべたのだろう。先入観から菜食主義、という言葉が浮かんでしまうためにどうも似合わなく思ってしまう。


 丸焼き、ヒラキ、かば焼き……と、どんどんs――じゃなくてエパキ料理を連想しているフィリアさんを見て、これはエパキジャンキーだな、とちょっと警戒心を上げたのは内緒だ。


「っと、フィリアさん、ここですよここ。わたしが宿泊している宿は」

「あ……申し訳ありません。ついエパキの味を……」

「それはわかりましたから。確か今朝見たメニューの中にもエパキの水煮があったはずですし、今晩はそれを頼みますか?」

「はい、ぜひ!」


 本当に好きなんだなぁ、エパキ。

 わたしはサンマより鮭の方が好きなんだけど……まぁ、この世界にいる魚の中にそれと似たのも存在するから時期に見る機会もあるでしょう。


「それでは入りましょう。いつまでここでこうしていても、仕方がありません」

「わかりました」


 フィリアさんを連れ立って、わたしは宿泊している宿『爆睡魔の巣窟』のなかへ入っていった。




 受付で人数が増えた旨の事情を伝え、追加料金を支払い。そのまま食堂スペースで食事をとり、わたしたちはそれぞれ好きなタイミングで寝床に入ることとなった。


 そして今は、いつもの通り機体をスリープモードにし、データの整理などをおこっているところだ。

 といっても、あらかた整理は終わっているのでほとんどすることもないのだが。

 一応()というAIOSの意識もシャットダウンして、ほぼ完全な休眠状態にすることも可能なので、そろそろ夜、活動を休止するときはこれを利用することを視野に入れようと考えている。


 ――と。


 暇な時間を弄びつつ、そんなことを考えていると、AIからのメッセージが入ってくる。


 ――以前保留にしていたフラグメントの一部がデフラグメントされました。参照しますか?


 以前保留にしていたデータ……というと、思い当たる節は一つしかない。データとして認識できないくらい細かくフラグメント化していると通達があった、あれだ。

 確かあの時はどこかで見たことがあるような、しかし今にも掻き消えてしまいそうな寂しい、痛々しい笑みを浮かべた少女の姿が一瞬思い浮かんだ。

 あれはいったい何だったんだろうか……。あの時以降、すっかり気にすることもなかったが……思い返してみれば見るほど、どこかで見たことがあるような、そんな気がしてならない。


せっかくデフラグ化が進んだのだから、一応見ておこうか……。

 そう思い、小さい、ガラス片のような形をしたデータ(もちろん形はわかりやすくイメージ化されたもので、実際にそうだという形があるわけではないらしいが)を覗いてみた。


 ――それは、二人組の少年少女との出会い。そして、この記憶の持ち主が紡いだ物語の始まりの話だった。



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