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異世界の機甲世界樹  作者: 無銘何某
第二章 =アルバの町で開業 破之章:The Third Person’s View=
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アリフェ「ちゃんと自分好みの服をそろえてくださいね?」

 

 手続きを終えてフィリアさんと合流し、商業組合から出ると、早速服飾雑貨店に向かった。

 貫頭衣とブーツしか持っていないフィリアさんの衣類をそろえるためである。


「それにしても……その腕輪はあなたの身分をあからさまにする役割があるのですよね? 勝手に外せないようになっていると聞きましたし、わたしが調べた限りでもそうみたいですが……わたしがやっても、外すのは無理なんですか?」

「はい。結論から言えば、この腕輪は外せません。外せるものも存在はしているのですが……そもそも、そうであっても外そうとする人はまれでしょうね」

「そうなんですか?」

「そうなんです。知っての通り、この腕輪は装着者が、程度はどうであれ、無形資産を失っているということを示すものです。それらの情報や、債権者――私の場合はアリフェ様となりますが、その債権者に対しどの程度お金を返済したか。それらのすべての情報が、この腕輪には書き込まれます」

「…………なるほど」

「そして、自己申告ではありましたが、私は無形資産の売却をしてしまったのですが……このことは、私の容姿とともに国に、そして各組合に登録されてしまっています。そんな状況で、もし腕輪を装備していない状態の私が例えば、冒険連を利用しようとすれば……」

「逃亡した奴隷、と間違われるというわけですか……」


 なるほど。それは確かに、身につけていた方がよさそうではある。むろん、それで掲示を求められるケースがほとんどだというが、それで掲示に応じられなかった場合は、今言ったように即座に借金返済の不履行者として扱われるのだという。

 ちなみに手続きの時にもあったが、契約時には年間何マテルを給金として相手に支払うかを設定し、その給金のうち何割か(割合はある程度買い主の裁量に任せられる)がそのまま利子と元金の支払い分に回される仕組みになっている。

 働かないものに給金が下りないのは常識だ。つまり、買い主から逃げるということは借金返済不履行ととらえられてしまっても仕方がないということである。


「はい。そしてそれは借金の踏み倒しという、立派な犯罪でもあります。一度無形資産を売り払った者が犯したその罪に対する処罰は、より厳しい束縛とされています。それこそ、自分を完全に押し殺して、完全なものとしてふるまわねばならないほどとまで。そうなるのは誰でも嫌ですからね。奴隷という身分に身をやつした人たちにとって、紛失防止のためにこの腕輪を常に身につけるというのは、常識中の常識ですよ」


 それは、確かに外したくなくなりそうだ。

 万が一紛失してしまえばそんな地獄が待ち構えているなど、わかっていれば可能な限りの手段を用いて紛失を防ごうとするだろう。わたしでもそうする。


「それだけではありません。今言ったのはすべての『無形資産売却証』に備わる共通の機能でしかありませんから。『無形資産売却証』にもいくつか種類があるらしくて、自己責任で一時的にでも外せるものと、そうでないものがあるんです」


 いわく、フィリアさんは行動の自由という重要な『資産』を売り払ってしまった。それならそれを監視・制限するための枷が必要となってくる。

 奴隷につけられる腕輪には数種類あるらしいが、フィリアさんが身につけている種類の腕輪は、そもそも外すための機構が見える部分に備わっていない。

 なぜなら――


「この腕輪は債務の支払い状況の監視のほか、わたしの行動の監視や制限を行う役割も持っています。査定の結果、私はほぼすべての無形資産を売ることになりましたからね。それはこの腕輪という形で実現しているようなものなので、外すわけにはいかないんだそうです」


 ということだった。

 腕輪を外すには、彼女に対する債権を取得したわたし――ひいてはユグドマキナ機関に、各種組合や公的機関を通してそれを返済しきるしかないという。

 それまで、フィリアさんはずっとその腕輪を付けさせられたままなのだそうだ。


 さすがにちょっと気持ちのいい話ではないな、と思ってしまったが、だからといって私にどうこうできる話ではなくなっている。

 外したところでそれがなければ彼女は債務不履行扱いで犯罪者。それがなければ、というのは完全に機能している状態での腕輪、ということだろうから、わたしには手を出すことができないということだ。

 理論上の話でいけば、それは可能な範囲だ。この体はあらゆる機械に対し精通し、即座に支配下に置くことができるスペックを誇っている。

 でもそれはあくまでも理論上の話。そこにユグドマキナ機関の所有物としての制限が加わってくれば、絶対中立的存在としての立場上、難しくなってくる。絶対中立の前提に引っかかるからである。

 絶対中立。聞こえは格好いいが、その実きわめて残酷だ、と幾度となく実感させられる言葉だ。なにしろ、必要以上に肩入れできない。基準は定かではないので何とも言えないが、今回の一件に関していえば、わたしがフィリアさんに現状を打破する『きっかけ』となることは許されても、それ以上の彼女への肩入れは、『きっかけ』を与えた経緯から仕方がないと判断できる行為以外はすべて禁則事項となってしまう。


 それに、AIが『デウス・エクス・マキナ』の所有物としての行動が可能だ、と許してくれたとして、その先、『デウス・エクス・マキナとしてどうか』の部分で、引っかかってくるだろう。

 国その他自治組織への単位への介入は、やむを得ないと認められる場合を除き、基本的に能動的な実行を一切認めないという制約。

 犯罪幇助の禁則。これに当たると判明した行為はその事実を認めた時点で禁足事項に追加し、AIOSがこれを試みた場合でもAIは例外として判定できる基準を満たさない限りこれに応じないという制約。

 これに照らし合わせれば、フィリアさんのためだけに国に干渉するというのはあまりにも『やむを得ない』の範疇から離れすぎているし、そもそも犯罪幇助になるということで絶対に許されることはないだろう。


 話を聞く前に事前にその腕輪を見てみた者の、やはり解析機能だけでは限界があるらしく、腕輪の概要だけは理解できたものの、所有者情報はフィリアさんが身につけている現状当然フィリアさん。管理しているのも今の話を聞いていたなら国かと思いがちだが、腕輪自体を管理しているのは商業組合で、この国という情報は確かに『内部情報の送信先』に出ていたものの、フィリアさんの話に上がったような事実までには至らなかった。

 この機体の解析機能はあくまでもその『対象』本体にしか有効ではないので、社会的な仕組みの解析には限度があるのだ。


 わたしも大概だと思うが、きちんとした『人』であるフィリアさんにとってしてみれば、早く解放されたいところだろうことは何となく予想できる。

 それだけに、ちょっともどかしさを感じてしまう。


【思うところはあるかもしれませんが、仕方ありませんよ。下手をすれば犯罪者扱いされるなど、そのような結果はお互い、望まないでしょう?】


 そうなんだけどさ。

 やっぱり、『モノ』として扱われている現状を知る身としては、何とか解放してあげたいと思うんだよね。


【それはそうですが……しかし、たとえそうだとしても、もう手遅れでしょう。話を聞いてしまった後なのですから】


 まぁ確かに。

 禁足事項としてそれが認められてしまった以上、彼女の現状からの脱却は諦めるしかないだろう。


 さて。

 そうこうしているうちに、わたしたちはフィリアさんが贔屓にしているという服飾雑貨店に向かった。

 冒険者という職業柄定住することはなかったが、借金返済のためにここしばらくの間はこの街を拠点にしていたという話なので、そういった店もできたそうな。


 ちなみにわたしと最初に出逢った時は、出先の街から戻ってくる際についでで受けた護衛依頼だったという。


 店に入ると、カランカラン、という来客を告げる鈴の音とともに扉が閉まる。


「いらっしゃいませ。服飾雑貨店ルルイへようこそ!」

「おはようございます、リーシャ様」

「……あれ、フィリア……? …………フィリアっ!?」

「はい。フィリアです」


 どうやら贔屓にしていた店というのは、同族の店だったらしい。尖った耳が特徴的な彼女はまぎれもなくエルフ族だろう。

 ということは、おそらく単なる顧客と販売者という関係だけでなく、親友的な何かでもあるのだろう。 積もる話もあるだろうからと、わたしはフィリアさんに先に店を出している場所に向かうと伝える。

 まぁ、そもそも衣服の選別は彼女自身の問題だから、とわたしは店に送った後で冒険連に向かうつもりだったのだけれど。


「フィリアさん、わたしは先に冒険連へ行ってますね」

「あ、申し訳ありませんアリフェ様……。すぐに服買いますので少々お待ちを……」

「その必要はないですよ。というか、そんなことしたらきちんとした服買えないじゃないですか。あなたのためにここに来たのですからそれでは意味がありません。これくらいお金を渡しておきますから、ちゃんと自分好みの服をそろえてくださいね?」

「あ……。…………ありがとうございます」


 ある程度のお金を渡しつつ、多少強引に抜け出してしまったものの、一応了承してもら得たようなので、わたしの退店後すぐに紡がれた感謝に対して心の中で返事をしつつ、そのまま冒険連に向かい出した。


 しかし……ずいぶんと時間を食ってしまった。開店準備時間をすぐに過ぎているから、少し急いだほうがいいかもしれないだろう。

 いや、いっそのこと関数魔法を使って転移してしまうかとも思ったが、周囲の目を慮って、あえて走っていくことにした。

 とはいえ、人並み、それも成人女性が長距離走を走る程度の速さで、なのでそれほど早いというわけでもないが。


「しかし……これも何かの縁なのでしょうか……」

【さて……。私達からすれば奇縁、といえば確かに奇縁ですが……彼女にしてみても、途方もない偶然の末にアリフェと遭遇した、というのは確かでしょう。ならば、確かに互いに不思議な縁があったのかもしれませんね】


 ユグドマキナが人染みた考え方をするのはいまさらだろう。音声の質を鑑みるに彼女(?)も実のところはユグドマキナAIOSという、わたしと類似した存在だし。

 しかしそっか。ユグドマキナでさえそう思ってしまうのか……。事実の上では確かに、偶然が重なり合った末なのだが、いよいよもって必然性すら感じてしまいそうである。


「エルフと世界を巡る旅をする、ですか……。世界を回ってみると決めた当初からすれば、考えもしなかったことですね……」


 だけど今は、エルフに対して内心のどこかで感じていた忌避感が、不思議と薄れている。前の『わたし』の最期を、記録という形で知ったところが大きかったのだろう。だから、知らずのうちに警戒心を抱いていたのかもしれない。

 でも、それも時間が経つにつれてなくなっていくだろう。

 他ならない、フィリアさんというエルフ本人がいるのだから。


 彼女は地域を限定していたとはいえど、旅のプロといってもいいだろう。なら、あと少ししたらこの街を発とうと考えている私にとってはちょうどいい仲間だ。

 日もすっかり上った街並みを、ギルドへ向けて全力疾走しながら、いよいよ本気で別の街へ行く予定を考え始めた。




 フィリアが服飾雑貨店ルルイから退店したのはそれからリルルメトルの標準時間で三十分ほど後だった。

 焦らずに済ませるなら落ち着いて買い物ができるし、それが服だというのならなおさらゆっくりと買い物したいというのがフィリアの今の心情だ。

 しかし、それも終わればもう、ゆっくりとしていることなどできるはずもなし。

 かさばる荷物を抱えながら、できる限り急いでかつて通い慣れた道のりを小走りで駆け抜け、冒険連の玄関扉を押し開いた。


 中は、最後の数日間に見たのと似たような光景が広がっていた。

 正面に総合受付。窓口関連はそこが入り口側の末端となっており、建物の奥に行く(つまりほぼ正面方向に進む)と、各種手続きを行う窓口が設立されている。総合受付から右方向に行くと依頼書の検索端末が並ぶ区画だ、

 そして入ってすぐ、視線を左にずらしてみれば――そこは、かつては連盟直営の医務室があったところ。

 今はこの施設も改築を重ねられ、地下により高度な治療をおこなえる区画が作られた(それでも、人体を使用してかつてのリルルメトル文明と比較しても、ちょうど膝くらいまでしか技術的には届かないだろうが)ので、それは不要のモノとなってしまい。

 それ以降は、度々何かしらのスペースとなってきたのだが、結局は何も定着せずに元のなにもない空間へと逆戻り。

 知らずのうちに、何のためのスペースだったのか忘れ去られてしまったという、どこか哀しい空間だったはず、とフィリアは記憶している。


 それが、アリフェと初めてであって以降の数日間、瞬く間にそこは様変わりしてしまい、あっという間に購買区画へと変わってしまったのだから、驚いた。

 残念ながら、フィリアはその日、ちょうど自分を『売る』ための手続きに来ていたのでそれほど時間はなく、手続きが終わってからはすぐに商業組合へ行くことになった。なので、その『購買区画』へ真面目に意識を向けたのは今日が初めてだった。

 あの時と違うのは、人員だろうか。

 あの時はアリフェ一人しか店員はいなかった気がするが、今日は複数人そこにいた。

 驚いたことにそれらは全員、この施設内の人員で構成されている。

 どうやら、この一分節(約二十四日間)の間にそれなりに人づきあいができたようだ。人の集まりも上々で、ひと月前に開業して、今日売りに出されたはずのフィリアを直後に即金で買えるのだから、膨大な収益性を誇っているのだろう。


 人垣をかき分けながら、フィリアはアリフェのもとへと歩んでゆく。

 その目には早くも、新しい仕事への期待とやる気が満ち溢れていた。


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