フィリア「あ、ちょ、まだイリット(≒きゅうり)の選別が――」
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新鮮な川魚を扱う店を中心に、ところどころに青果や精肉などを扱う店が点在する、アルバ食品専門商店街。そこを、フィリアは仲間たちと一緒に歩いていた。
この街に滞在してはや一週間。彼らの腕前は決して初心者とはいいがたい強さで、それは周囲からも認められてはいるが、彼らは宿泊している宿のランクを下げたうえで、厨房を借りて自炊するほど生活を切り詰めていた。
その理由はもっぱら、真剣なまなざしで今晩の主菜を考えながら食材を選別しているエルフ、フィリアにあった。
フィリアはパーティ内では魔法を使った後方支援が主だった。彼女以外にも後方支援役がいないこともなくはなかったが、その実力から支援役としての重要性の比重はフィリアが勝っていた。
しかし、先だっての護衛依頼で思ってもみなかったトラブルと遭遇。
リムリア大黒狼という、アルバ周辺では危険度の高い魔獣の群れと遭遇してしまったのである。
リムリア大黒狼は俊敏で賢い。群れという社会性を生かした集団での『狩り』は、これまでも多くの屍の山を築き上げてきた。彼らはそれだけではなく、火炎ブレスまで使ってくるのだ。
ブレス系の魔法を使ってくる魔獣は数多く存在するが、ことリムリア大黒狼のよう知性が高く、また集団で行動をすることが多い魔獣ほど厄介な例はないと現存する魔獣関連の学会でも豪語されるほどだ。
遠吠えかと思ったら実はブレスだった、という『だまし討ち』であればまだよかった。しかし、リムリア大黒狼の場合は違う。彼らの場合は、それは『遠吠え代わりの狼煙』でもあるために同じ群れの仲間への合図にもなってしまっており。
ブレスを回避できたはいいが、気づいたときにはリムリア大黒狼の群れに囲まれていて、離脱すら不可能……という状況に陥りやすい、実に狡猾で危険な魔獣だった。
そんな奴らの不意打ちに遭い、しかし突然降ってわいたような奇跡に救われて、なんとか命だけは助かったフィリア達。だが、パーティで被った損害はひどく、特に鎧に皮膚が焼き付くなどしてしまったメンバーの存在など、その措置をするのにもともと余裕がなくなりつつあったフィリアは容赦なく『杖』を酷使した。そして、気づいた時にはすでに、彼女の『杖』は、度重なる延命措置により、うんともすんとも言わないただのおもちゃとなってしまっていた、というわけである。
むろんそれがなければ今頃パーティ内で死人が出ていただろうし、そうしていたところで、街で降りかかった二度目の奇跡に出会わなければ、やはり死人が出ていただろうが。
とかく、そういった事情で現在、フィリアのパーティは十全な状態ではない。武器に頼っていたといえばそれまでだがしかし、本気で戦えるような状態でないのが現状だ。だから今は、一刻も早くフィリアの武器を新調することが最優先であり、それまではできるだけそれがかなうよう、無茶をしない範囲内でお金を貯めている最中なのである。
むろん、おこなっているのは節制だけではない。冒険者として、日銭は常に依頼を受け続けることでこれを賄っている。
しかし、受ける依頼はフィリアが本気を出せない以上、自分たちの望む後方支援が受けられない。チームの行動にマッチした後方支援者のいないパーティは、やっていくのが極めて難しいというのが冒険者業界である。
つまるところ、今フィリア達が受けている依頼は、どれも初心者から下級中堅者までくらいの冒険者が受けるような、平均より結構少ない報酬金額の依頼がすべて。
これまでも節制はしてきた方だが、ここへきての現在の生活は、正直少しひもじいものがあるのは否めなかった。
幸いだったのは、一週ほど前にこの街の冒険者連盟支部に、売店がオープンしたことだ。
旅の合間の商いということで必然的に行商となる。であるがゆえに、完全に頼り切るのは論外なのだが、油断していると間違いなくそうなってしまうほどの魅力が、その売店にはあった。
見た目よし、売値よし、クオリティよしの三拍子がそろっており、しかも店主が麗しい外見で性格も好ましいため、集客力はより高まる。その店主は年端もいかないような外見で、アクアブルーの腰ほどまでの髪に特に目を引かされる。どこにいてもまず目立つその紙は、しかし染めているとは思えない自然さからおそらく地毛なのだろう。
フィリアにとって彼女は恩人だった。フィリアだけでなく、フィリアの仲間全員が、彼女に返しきれない恩がある。
だから、目下の目標はともかくとして、当面の目標は彼女に借りを返す、というものになっていた。
「――うーん……このイリットはだめね……。中に空間ができてるわ……」
「うぐ……エルフの姉ちゃん、手厳しかねぇか…………?」
「そちらこそ、エルフに外見の良さだけで野菜の良し悪しをだませると思ってるの?」
閑話休題。
青果を取り扱っている、いわゆる八百屋の店先で野菜を吟味していたフィリアだったが、これはどうかと差し出されたのだろう。
突き返しながら辛辣な評価を店主に告げるその姿勢は割と堂に入っている。
その態度に、店主もたじたじしている。
まぁ、無理からぬ話ではあるだろう。八百屋の店主も、相応に経験を積んできたのだろう目つきをしている。だから、物の良し悪し程度ならわかる。そういう自負はあったのかもしれない。
しかし今回は相手が悪かった。
相手はエルフ族。ことこの世界のエルフ族というのは、リルルメトルで今出回っているような夢物語に登場するエルフとはわけが違う。この世界において、現実のエルフというのは物に宿るマナを感じ取り、そのマナの『意味する内容』を読み取ることくらい造作もないことである。極端に言えばエルフ族の長所など、その『モノを構成するマナ』との親和性が高いこと以外にはなく、思念魔法を扱う際のマナの運用効率に秀でているという点も、追求していくと結局のところ、この親和性の高さに行き着く。
その唯一の長所があるがゆえにモノの本質やら品質の良し悪しやらを見抜くという点において、エルフほどの正確性を叩き出せるものはいないとまで言われているほど、その目利きの実力は総じて高いのだ。店主が言い負かされるのは当然の理である。
「フィリア、その辺にしとけ。イリットなんてどれ選んでも同じだろ?」
と。そこへ、細長い緑色の――某アクアブルーの少女が見たら『どう見てもキュウリですよね』と言いそうな外見をしている――野菜をみて、それを真剣な顔で吟味しているフィリアも見て物申すと言わんばかりの顔でそう言ってくるのは、フィリアの所属しているチーム『ルヴァオルカー』のリーダー格、ファルクスだ。少々ぼさぼさ気味のショートヘアは赤毛に近い茶髪。中肉中背だが、グレートソードなどの重量のある剣を好んで使う、ダメージディーラー的存在だ。
「ちょっとファルクス、本気でそれ言ってるの? もしかしてエルフに喧嘩売ってるの?」
繰り返しになるが、エルフ族はこの世界においてモノの良し悪しを見抜くことをたやすくやってのける種族である。ゆえにエルフ族にとって、似たような物であっても個々の違いというのは基本的に大きなものであり、彼ら彼女らに対するファルクスが言ったような発言は禁句扱いとなっている。
「あ、いや、そういう意味じゃなく手だな、その……」
「じゃあどういうことよ。同じ値段なら、よりいいモノを買うのは当たり前でしょう!」
「あぁまあ、そうだけどさ。やっぱり細かすぎるよフィリアは」
「いうに事欠いて細かいですって!? じゃああなた、これとそれの違い、どれくらいあるかわかるの!? 少し違うだけで味に大きな違いがあるんだからね!」
以降、エンドレス。エルフたちに『品質』で喧嘩を売れば、大抵はこうなる。彼らは物事の考え方について極端に細かいか大雑把かで分かれるため、気難しい種族と言われている。
今回の件でいえば、ファルクスが非を認めなければ大幅に時間を食らっていたことだろう。
いつの間にかできていた人垣を見てぎょっとする二人。いつぞや世話になった、アクアブルーの髪の少女まで遠巻きに見ている気がした。
「あはは……」
「くそぅ……もういいから、さっさと行くぞフィリア!」
「あ、ちょ、まだイリットの選別が――」
「どさくさに紛れてフーデルが買ってったから気にすんな。行くぞ!」
「あ~、もう……」
まるで嵐のような二人組の登場に、市場は一時騒然となり、街を守る衛兵たちまで駆けつけるほどになったというが、二人からすれば別の話となるだろう。
「はぁ……ひどい目に遭ったぜ……」
「自業自得でしょう、ファルクスは」
「もとはといえばちゃっちゃと買って帰ってこないお前が悪い」
「なにおう」
宿に帰っても、二人の責任の押し付け合いはとどまらなかった。
ただ、ファルクスたちのチームはリーダーと魔法職の一人がいつもこんな感じなので、他のメンバーは一種の厄介者であるフィリアをファルクスに押し付けて、ファルクスとフィリアが凸凹コンビよろしく「はしゃいで」いる間にほかのメンバーが身支度を整える、という不思議な役割分担を事実上で作り上げていた。
ただ、今回のようにあまりにも長引く場合には――
「…………二人とも、はしゃぎすぎ」
金属製のストローで、同じく金属製のカップからなにやらメタルカラーがまぶしい不思議な液体を吸いながら、同じパーティメンバーの一人であるシャロンがそのやらたらメカニカルな杖で頭をたたきながら仲裁をするのだが。
「いたっ!」
「あだぁ!」
それがまた恐ろしく的確な衝撃で、直接たたかれたわけでもないのに身もだえること必至の頭痛に二人はしばし悩まされることになった。
関数魔法、ショック。指定した対象に疑似的な質量を持たせたマナをぶつける単純な攻勢の魔法である。
その関数魔法を放ったのは、むろんシャロンが手にするメカニカルな杖、『世界樹の枝先』だ。名前の由来はかつて世界最高峰の技術力と、絶対的中立の基本原則のもと、最後まで世界の中心であり続けた伝説の『樹』から。
その『樹』があったからこそ、今の自分たちがあるという認識はやはり捨てられない。その技術力を無視することはやはりできず、少しでもその技術に追いつきたいという願いからつけられたものである。
――今は崩壊してしまった文明のフラグメント。『世界樹の枝先』は、そのフラグメントを解明してなんとか再現させることができた、ハーフマキナ達をはじめとする数多くの研究者の努力の集大成、その一つである。
ハーフマキナ族の頑張りにより、かつての文明の技術は日々取り戻しつつある。しかし、各組合の通信手段はかつての文明にあったとされる無線通信ありきの文明とは程遠く、有線通信による通信方法しか確率はされていない。それだけではない。持ち運びできるような『機械』だと、いまだに『機械』にまとわせる程度の範囲でしか魔法を使わせることはできない。
つまるところ、便利なところは便利になったが、例えば現代日本人が今のリルルメトルに迷い込めば、間違いなく『不便』の範疇に入る現状と言える。
シャロンが使用している杖は、そうした『不便』を解消するための研究から生まれたものの一つで、少しでも危険な魔獣に有効打を与えうる武器を、という思いから生まれたエネルギー兵器であるほか、かつてのリルルメトルにあったような優秀な人工知能を復活させる、という目的のもと生まれた試作品でもあった。
試作段階で、現在の持ち運び可能な携行機器の中では珍しく、中遠距離までもカバーする有効射程を有しており、もとより解明されていたアストラルマナを読み取る機構にも改良を加え、人工知能と呼べるまでに昇華させている。登録されている関数魔法は簡単な治療魔法とショック、そしてショックから今風に派生させた狙撃用の魔法『ライフル』だ。
ライフルの性能についてはともかくとして、試作段階でありながら、感情や緊急性に左右されずに安定した出力の魔法を放てることから、シャロンはメンバー内では安定した魔法を放てる魔法要因として重宝されている。
――閑話休題。
人の情のこもらない、無慈悲な一撃を食らった二人をさておいて、静かに『飲み物』を吸うシャロン。しかしその顔は、大好物の物を食べる(あるいは飲む)一人の少女のそれだった。
何気にたくましい少女だ。
「お前も容赦ないなぁ、シャロン」
「容赦しないのは枝先。私は十分容赦した……はず」
「いや、出力を制御したのはお前さんだろうに」
関数魔法とはその名の通り、ルーチンワークで放てるである。ゆえに気軽に扱えそうにも思えるが、あいにくとそううまくいく話でもない。
関数魔法を機械に放たせるには、相応の『引数』をアストラルマナにより『入力』する必要がある。それは、冒険連にある依頼票の検索端末のように、キーなどを操作してハイ終わり、で済む話ではない。
例えば関数魔法『ショック』の場合、対象がどれくらいいて、その対象に対しどれだけの出力で放つのか。距離と方向はどれくらいで、途中にある障害物はなにで、一体当たりにどれだけ放ち、またどれだけ迂回させるのか。それらを思念だけで機械に『指定』しなければならない。そうでなければ、人工知能と呼べるまでに昇華させたアストラルマナ読み取り機能であっても、補正することはできないのだ。結果、そこまで詳しく『していない』魔法では、単純に前方直線上に魔法を撃ち出すだけの『銃器』と何ら変わりない武器となってしまう。
機械制御ならモノにもよるがそれらが簡単にできるくらいに技術が確立されているが、精密機械対精密機械ではなく、人対精密機械ではまた話は違ってきてしまうのだ。
とはいえ、そんな扱いの難しい武器であるにもかかわらずなぜ、シャロンが受けているのかといえば。それは、『仕事だから』としか言いようがない。新作武器の試作品を試用してみてほしい、という依頼は実によくあるもの。なにせ、魔獣というある種全人類共通の脅威があるのだから、武器の需要が絶えることもなし。必然、新しい種の武器ができれば、発明者としては試金石がほしいところである。
危険を乗り越えてなんぼの冒険者は、彼らにとっては実に『ありがたい』実験体なのである。
「……むぅ……私もまだ、この武器の扱いには慣れていない」
「ま、それがお前の受けている『依頼』なんだから仕方がないよな」
「完成まで付き合えば完成版の一つは私のモノ……実質武器代と維持費が浮く……実にありがたい依頼だった」
「俺たちとしても、もともと魔法要因だったお前がさらにパワーアップしてくれたのはいいんだけどよ……どうも実験体として扱われているようで釈然としねぇな」
「……事実だから仕方がない」
「そこは否定してほしかった!」
いつの間にか復活していたフィリスに、肩をすくめて別に気にしていないしするほどのことでもないでしょうと言い放つシャロン。
彼ら彼女らのチームはこうして、今日も日銭稼ぎに出かけるのであった。




