ユグドマキナ『生前の名残を少しでも、というその気持ちは、私にはもうわからないですからね』
運営資金もそこそこに手に入れたわたしは、この街の剥離結界維持用の装置に使用されていたイミテーションコアのことを考えながらも、開業準備を推し進めた。
もともとわたしの生活サイクルは一日二十四時間を基本にしている。こちらの世界での一日を地球に換算すると、おおよそ二・八倍の差が出て来る。ちなみに長いのはこちらの世界の方だ。
一日は二十七時間。一時間は五十分。ここまで聞けば、こちらの世界の方が短く感じるだろう。
だが、一分は一八〇秒となっていて、つまり一分経過するのを待つだけで、地球のおおよそ三倍は待たないといけないのだ。
ちなみに実際の表記は五十秒で示されているが。
こちらの世界の人はそれに合わせた生態を持っているために、一日が地球での三日間近くあろうと何ら問題なく生活している。その辺はやはり、世界が違えば人という生物の定義も異なるんだなぁ、と納得せざるを得なくなる。
さて。
そんなこんなで、結界維持装置の補修にもさほどとられなかったので、昨日の残りはすべて開業準備にあてられたわけである。
こちらの世界では一日だろうと、元の世界での活動時間に換算すれば、三日間近くあったのだから、時間は余るほどあった。
冒険連の中にわたし用として提供されたスペースは、わりと人が寄り付きそうな場所だ。
そこに手早く、ジャンル別に売りたいものを展開していく。
そうしていくと、陳列前は広く見えたスペースも案外手狭で、日本の鉄道駅でよく見かけた売店なんかを彷彿とさせる形となってしまった。
もっとも、売り出すのは冒険者にとって必需品の消耗品を一揃えと、あとは前の文明にも使われていた野営道具……とはいかず、最低限の野営ができる程度のささやかなもの。
あれば底なしに生活を豊かにできるような高性能な機械装置類は、この群雄割拠の時代において、基本的には中・上流階級の貴族御用達の品と化しており、一般市民がおいそれとして手を出せるようなものではなくなっているという。
わたしが実行したとなれば一種の改革につながるだろうが、それはそれでどっかの勢力に肩入れしているような状況になりかねない。それではデウス・エクス・マキナのスペックを使用している以上、制約に引っかかることでもあるので、わたしの本位でなくても、いやいや並べる商品をダウングレードせざるを得ないのが現状である。
具体的には、薬品関連では傷薬やマナ補給用ドリンク剤、通称マナドリンク。急病や生物の独などにやられてしまった際のために内服薬をいくつか。そして武器の手入れをするための諸々の品。
野営用具にはテントや携帯食料、およびそれを開けるための器具くらいか。
特に前者のジャンルは一般的に出回っているし、それこそスラムの末端の人たちでもある程度は手を伸ばせるようなものらしい(病気を治すための医薬品などはとくに)ので、数多く仕入れさせてもらった。
仕入れ先? もちろんわたし自身だ。作った後に返された消費コストにはびっくりした。
これに野営道具や販売に使う陳列用の平台やクロスなどを作成したら、2E+20(命数で表記すれば2垓。兆から起算して、2つ上の命数である)も使用してしまっていた。
普通に日常生活を送っていたとしても、フル充填されるのにはしばらくかかるだろう。
まぁ、コアからの供給量を鑑みれば、その消費した量程度はすぐにたまるだろうけどね。
【そろそろ告知した開店時間になりますね】
そうだね、ユグドマキナ。まぁ、かなりシステム面での制限がかかって、品数が予想以上に少なくなっちゃったけど……。
【あなたが調べた情報の中に、今の世の中が戦乱の時代であるとありました。あれにより、介入規制ランクが引き上げられました。ただ、予想される文明の再興レベルから、作り出せる物品の制限は前のAIOSの時と比べ、大幅に緩和されました】
確かに。
世間に流通させるのを目的で作ることは確かにできなかったけど、それ以外の目的、例えば昨日引き受けた依頼みたいに数を極端に限定して世に出回らないようにするとか、知人といえる範囲内で、期限を決めて貸し出す程度のことであれば、かなりの種類を『作り出す』ことができていた。
不可能なのはあくまでも、不特定多数に流通を促す行為、なのである。
【ですから、などとは言いません。もはや管理者がいない以上、条件がそろってしまえば制限を課してしまうのは決して避けられないことですし、私にそれをどうすることもできないですからね。世情によっては、今以上に厳しい介入制限が課せられることにもなるでしょう。しかしながら、少なくとも前のAIOSほど不自由さはない、とも判断いたします】
今以上に厳しい制限。品をそろえている際にあまりにも制限にかかった品が多かったのでさっとそのランクを算出してみたが、別に薬やら携帯食料やらを売り出すだけなら特に制限がかからない。
自分の目の届かないところで、自分が保有していたそれらを他者に利用できなくさせる、というのが加わる程度だ。
それに絡めて関わってくるのは、野営道具、それも機械関連がほとんどだった。
まぁ、わからないでもないけど。今のご時世、ただでさえ貴族が独占しているような状況だし。
……ふぅ。もう少し早いけど、冒険者の人たちも待ち望んでいるみたいだし。
ぼちぼち、始めて行きましょうかね。
「さて。それでは――」
――お待たせしました。行商・ヤナギダ屋、ただいまより、開店いたします。
わたしが高らかに、そう宣言したのを合図に、完全に狩人の目になって待機していた冒険者たちが、一気に販売スペースになだれ込んできた。
【ネーミングの割に、受けはなかなかいいですね】
放っておいてよね、もう。
【……………………。生前の名残を少しでも、というその気持ちは、私にはもうわからないですからね】
――え? なんだって?
今、ユグドマキナがとんでもないことを言い出したような気がするけど……気のせい、だよね……?
なにか重要なことを聞きそびれたような感覚に苛まれながらも、わたしはとどまることを知らない客の流れにしばし、翻弄され続けた。
前話に挿し絵を挿入しましたのでよかったら見てやってください。




