栞
栞
わたしは、短編小説が好きだ。単純に読みやすいからでもあるし、全ては語らない曖昧さがわたしの中の何かを刺激するからだ。
例えばそう、縁のないジグソーパズル。王将のいない将棋。黒のいないオセロ。落ちることのない飛び降り自殺。これがわたしの言う曖昧さ。問題を提起しておきながら、問題を結論づけるピースが欠如しているのだ。未完成とも言えるかもしれない。けれどそこがいい。
長々しく書き連ねた連載小説を読むだなんて、わたしには無理だ。誰になんと言われようと読めないものは読めない。連載小説の一番の醍醐味は、物語の展開だと思う。短編小説では表現できない、世界観と綴られた物語の量。それだけ細かく描写を書くことができるのだと知っている。けれど長々とした小説であればあるほど、結論を求めたがる傾向がある。箱を開けたからには閉めたいと思うのだ。
結果は誰だって気になる。わたしだって。けれど、その答えは分からないからこそ、心の何かを刺激するのではないだろうか。わたしの胸に響く何かは短編小説の中にこそ生まれる。だからわたしは、短編小説が好きだ。
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わたしは、小説家を目指している。小説家という職を心に決めたのはつい先日のことだけれど、遅いだなんて思わない。人生にはタイミングというものがあるのだと信じているから。
「でもねえ、無理だと思うよ」
友人の言葉が胸に突き刺さる。この前に投稿した短編小説の講評がダメ出し付きで送られてきたのだ。
「あ、いや、でも」
言い訳しようにも言葉が出てこない。わたしの小説に対する気持ちは、執筆にも通用するものだと信じて疑わなかった。
講評には「基礎から始めましょう」と大きく書かれている。この一言には痺れた。審査しているのは一般人って聞いたんだけれど、何なのこの厳しさは。
「もう諦めてさあ、うちのところで働きなよ」
クリーニング店を自営業している彼女の元で働けるというのは悪い話じゃないかもしれないけれど、単純にわたしは彼女の元には就きたくなかったので拒んできた。でもわたしを雇ってくれるところなんて今さらないしなあ。…彼女の優しさについ甘えそうになる。しっかりしろ、わたし。
わたしには、読書という取り柄しかないのだと自分の中で勝手に思い続けていたけれど、それも間違っているのかもしれない。読書という趣味は取り柄でもなんでもないのだから。今さらながら気がついて、笑いが込み上げてきた。ケラケラ。
「何笑ってんの。…ついにぶっ壊れた」
そうかもしれない。けれどわたしが笑ったのはそのことではなかった。講評に書かれた二文字「一次選考、通過」。あれ、二文字じゃなかった。まあいいや、これは笑うしかないでしょう。ケラケラ。
「基礎から始めたほうがいい」みたいなことを言っておいて、一次選考合格させるだなんて、どういう頭をしているんだろう。文句を言えた立場じゃないけれど。
「ええっ、うっそ。信じらんない…」
自慢げに見せた講評から覗かせる「通過」の二文字が、どうやら信じられないようだった。やっぱりこれは才能に違いない。わたしはそう確信した。
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彼女は今どうしているだろうか。わたしは、ケラケラと笑う彼女を思い出しながら、彼女の本に青い栞を挟んだ。