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依頼

 城塞都市バーレンは、商人たちの多く行き交う街として有名である。北の方の地域では、大規模な飢饉に襲われ……小さな集落が幾つか壊滅した。しかし、バーレンには飢饉の影響は全く無い。娯楽のための施設も多く、商売が上手くいった商人たちが金を落としていく場所には事欠かないのだ。

 そして最近では、奇妙な出で立ちの旅芸人が街中に出没していた。


 顔を真っ白に塗ったグレイは、ダブダブの衣装を着て跳ね回っていた。相方の笛の音色に合わせて、とんぼ返りをしたり逆立ちで歩いたり……数人が足を止め、物珍しそうに見ている。彼らの足元にはかごが置かれており、中には銅貨が二枚入っていた。

 そんな二人の様子を、離れた場所からじっと見ている上級衛兵が一人いた。キャラモンである。キャラモンはさりげなく物陰に潜み、グレイの動きをじっと観察していた。


 グレイの奇妙な格好と見事な動きに、足を止める通行人が増えてきた。かごの中に、また一枚の銅貨が投げ入れられる。

 だが突然、空模様が変わった……みるみるうちに暗くなり、ゴロゴロという音が響き渡る。やがて降りだす雨……グレイたちの芸を見ていた者たちは、慌てて立ち去って行った。

 グレイは恨めしそうな表情で空を睨んだ。

「これじゃあ、商売にならねえ……ムーラン、引き上げるぞ」

「そうだね……」

 ムーランと呼ばれた相方は頷き、その場に置いてあった道具を手早く片付け始める。


「嫌な雨だな……」

 路地裏に張られたテントから空を見上げ、グレイは呟いた。顔の白塗りの化粧は既に落としている。その素顔は、野獣を思わせるような顔立ちをしていた。目付きは鋭く、右頬には刀傷がある。体つきはがっしりしているが、同時にしなやかさも兼ね備えていた。

「ツイてないねえ……せっかく、お客も来てくれたってのにさ……」

 相方のムーランは、雨の中で髪を洗いながら言葉を返した。黒い髪と黄色がかった肌は、東方の民族特有のものだ。野性味溢れる顔立ちは美しく、体つきも筋肉質でありながら女性らしさを失っていない。顔を白く塗り、ダブダブの道化服を着ていなければ、男たちの視線を集めることはたやすいだろう。そして客を集めることも……。

 だが彼女には、それが出来ない理由があった。


「あたしゃ、疫病神なのかねえ……あんただって、あたしを助けなきゃ、こんなことになってないのにさ……国の危機を救った勇者の一人として生きていけたのに……」

「下らないこと言うな……さっさとテントに入れ。風邪ひくぞ」

 ぶっきらぼうに言葉を返すグレイ。だが、ムーランは切なそうな表情でグレイを見つめる。

 そして言った。

「あんた……もう帰りなさいよ。あんた一人なら、これまでの手柄に免じて許してもらえるかもしれない……少なくとも、あたしみたいに斬首刑になったりはしないよ」

「つまらない冗談言うな。さっさと――」

「同情なんか、まっぴらなんだよ」

 グレイを睨みながら、言い放つムーラン。

 その言葉を聞き、グレイの表情が変わった……テントを出て、苛立った様子でムーランの腕を掴む。しかし彼女は怯まない。

「あたしは、誰のことも恨んだりしない。さっさと国に帰んなさいよ。あたしみたいなのに付き合って、辛い思いすることなんかないんだよ」

「何だと……」

 何か言い返そうとしたグレイ……その瞬間、妙な気配を感じた。

 十歩ほど進んだ先の路上に積まれた、複数の大きな木箱……そこに、誰かが潜んでいる。

「ちょっと、言いたいことがあんなら――」

 さらに言おうとしたムーラン……だが、グレイは彼女の口に手のひらを当て、目で合図した。すると彼女も、すぐさま異変を察知した。口を閉じ、同じ方向を睨む。

 そしてグレイは、隠し持っていた細身の刀剣を取り出す。そのまま、じりじりと近づいて行き――


「待て待て……俺だよ俺。仕事の話で来たんだ」


 木箱の陰から姿を現したのはキャラモンだった……雨避けのフード付きマントを着た姿でヘラヘラ笑いながら、両手を挙げて出て来る。

「仕事の話は夜だったはずだ。それより……てめえ、今の話を聞いてたのか?」

 低い声で凄むグレイ。同時に、剣の柄に手をかける……だが、キャラモンはなだめるように両手を前に出した。

「まあな……ただ、盗み聞きするつもりはなかったんだぜ。結果的にそうなっちまったが……それより本題に入ろう。仕事の話だが、金貨一枚前払いしてんだからな……やってもらうぜ。いいな?」

「ああ、構わない……やってやる」

 グレイが答えると、キャラモンはニヤリと笑った。

「そうかい……ところで、一つ聞きたい。お前ら、追われてるんだろう?」

 キャラモンの問いに、グレイの表情がさらに険しくなった。

「だから何だ」

「お前くらいの腕があれば、山賊の仲間にでもなった方が稼げるんじゃねえか? 何で、こんな仕事をやるんだ?」

「俺はお尋ね者だ。けどな……外道にはなりたくねえんだよ」

 グレイがそう言うと、キャラモンは苦笑した。

「よく言うぜ、昨日は俺からカツアゲしようとしてたじゃねえか……まあいい。標的は厄介な相手だぞ。何たって貴族だからな。それも、山を一つ支配しているような奴さ。そいつを殺るのに、たったの金貨十枚だ……割りに合わないぜ」

 そう言うと、キャラモンはニヤリと笑う。

 グレイは目を細めた。たったの、と言うが……一般人が一月の間、汗水流して働いて稼げる額が金貨二〜三枚だ。十枚は少額とは言えない。もっとも、貴族を仕留めるのに多い金額でないのも確かだが。

 しかし、グレイは返答する。

「俺たちが殺ってやるよ。だから詳しく聞かせろ」


 ・・・


「ねえ、お姉さん……何かいい話ないですかねえ?」

 テーブルの上に料理を運んで来た、若い女給に話しかけるチャック……だが、女給は冷たい表情で彼を一瞥しただけだった。チャックと仲良くしようという気持ちは、欠片ほども持ち合わせていないらしい。チャックは苦笑し、運ばれてきた豚肉の蒸し焼きを食べ始めた。


 いきなり雨に降られ、仕方なく飛び込んだ居酒屋……そこのテーブルで、チャックは一息ついていた。

 そして豚肉の蒸し焼きを食べながら、先ほど路上で見た旅芸人のことを思い出す。顔を白く塗り、だぶだぶの奇妙な服を着た二人組……片方が歌を唱ったり笛を吹いたりする横で、もう片方が踊ったり逆立ち歩きをしたりしていたのだ。白塗りで顔を隠してはいたが……笛を吹いていたのは女だろう。

 チャックは思わず足を止め、じっくりと見てしまった。こういったものがあるから、都会は面白い。雨に降られさえしなければ、もっともっと見ていたかったのに……。

 そんなことを考えていると、チャックはどこからか視線を感じた。そちらを見ると、一匹の太った黒猫がいる。猫は店の隅の方から、じっとチャックを見つめていた。

 チャックは思わず笑みを浮かべた。手招きをしてみると、猫はのそのそ歩いて来て、チャックの足元までやって来た。

 そして、丸い目でチャックを見上げる。お前は何者だ? とでも言わんばかりの表情だ。

「何だお前、可愛い奴だなあ」

 チャックは微笑みながら、豚肉の蒸し焼きを小さく千切った。そして、猫に一切れ与える。猫は匂いを嗅ぎ、一口で食べた。その後、美味しかったなあ……とでも言いたげに、舌で口の周りを舐める。

「ちょっと……うちの猫にあんまり餌あげないで欲しいんだけど……ただでさえ、最近太り気味だし」

 ぶっきらぼうな声。チャックが顔を上げると、先ほどの女給が腰に手を当てて立っていた。言葉そのものはキツめだが、口調は柔らかい。表情も優しげだ。チャックは笑みを浮かべる。

「これ、姉さんの猫ですか? 可愛いですねえ」

 言いながら、チャックは猫の喉を優しく撫でる。すると、猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら、チャックの手に顔を擦りつけていった。それを見た女給は苦笑する……。

「あんた、とんだ猫たらしだねえ……うちの猫をもう懐かせちゃったの……」

「へへ……俺は女にはモテないが、動物にはモテるんですよね」

 そう、チャックは昔から動物に懐かれやすかった。大抵の動物は、ライカンを恐れる。人間の姿をしていても匂いで察知し、近寄ろうともしないのが普通だ。ライカンであるチャックもまた、恐れられていいはずなのだが……何故か、野犬や野良猫のような生き物に懐かれやすい。


「よく言うよ……どうせ、あちこちで女を引っかけて回ってるんでしょ」

 そう言いながらも、女給の態度は先ほどとはまるで違っている。チャックを見る目には、親しみが感じられた。チャックも微笑みながら女給の顔を見つめる。年齢は二十代だろうか。褐色の肌と短めの黒髪、整ってはいるが気の強そうな顔立ち。下手に尻でも触ろうものなら、貴族が相手でもひっぱたきかねない。


「いやいやいや……そんなこと無いですよ。ところで姉さん、北の方にあるアルラト山なんですがね、通行止めになってるんですよ……参っちゃいましたね」

「ああ、あれね……あの辺り一帯を治めてるロクスリー伯爵が、いきなり通行止めにしちまったんだよ。おかげで、あのデカイ山を迂回しなくちゃならなくなっちゃってさ……まあ、あたしらには大した影響はないけど、行商をしてる連中にしてみれば、結構な損害じゃないかねえ」

 女給は顔をしかめながら言った。どうやら、店に来る客もこの問題についてボヤいているらしい。

「へえ、そうなんですか。でも、何だってまあ、ロクスリー伯爵は通行止めなんかにしてるんです?」

「何か知らないんだけどさ、山ん中にゴブリンが出るとか言ってんだよ」

「何ですか、そりゃあ……ゴブリンなんて、いまどき子供も驚かない古い手ですよ」

 チャックは呆れたような声を出した。人間にとって、ゴブリンが怪物だった時代は既に終わった。鉄製の武器と魔法……その二つを使い、人間はゴブリンたちを辺境の地に追いやったのだ。それなのに、今さらこんな場所に現れるとは思えない。

「そうなんだよね……ただ、伯爵はいい人だって噂なんだよ。領民からの評判もいいらしいしさ。実際、北の方が飢饉になった時も……伯爵の尽力で大勢の人間が助かったと聞いたよ。下らない嘘を言ったり、自分勝手な理由で通行止めにしたりする人じゃないはずなんだけどね……」

「へえ……そうなんですか……じゃあ、本当にゴブリンが出て通行止めにしてるのかもしれないですね」

「まあね」

 女給は相づちを打つ。と同時に、足元の猫がにゃあと鳴いた。


 ・・・


 雨の降る山の中……キョウジは大きな洞窟の奥に隠れ、様子を窺っていた。彼の視線の先には、入口付近で焚き火をしながら雨宿りをしている三人の男たちと、一人の縛られた少女がいる。キョウジの隠れている位置からは判別しにくいが、男たちの焚き火に照らし出された姿から判断するに……全員、日本人ではなさそうだ。汚れた皮の服を着て、腰に巻かれたベルトには、短めの剣がぶら下がっている。男たちの見た目からして、異様なものを感じる。

 だが、何よりも異様なのは……男たちの話している言葉が理解できることだった。


「参ったなあ、雨に降られちまってよう」

「まったくだ……バーレンまでは、あと何日くらいかかるんだ?」

「三日くらいかな……」


 明らかに、日本人でないはずの男たち……だが、その口から発せられているのは日本語だ。少なくともキョウジの耳には、そう聞こえる……キョウジは万一の事態に備え、落ちていた石を拾う。

 すると、石は手の中でかき消えた。




 あの棺桶のあった洞窟を出た後、キョウジは山の中をさ迷い……別の洞窟を発見した。かなり大きく、そして長い。キョウジはその洞窟に潜伏していたのだが……。

 突然の雨。そして、やって来たのは奇妙な風体の男たちと……縛られた小さな女の子だったのだ。


 困惑しながらも、男たちの動向を見張るキョウジ。一方、男たちは話を続けていた。

「なあ、こいつ本当に売れるのか?」

 男の一人が、縛られた少女を指差して尋ねる。すると、別の男が頷いた。

「ああ。ケットシーの娘はな、金持ちに高く売れるって話だ。最低でも金貨三十枚にはなるぜ……こいつなら百枚になるかもな。バーレンで開催される、闇の奴隷市――」

 男は、そこで言葉を止めた。そして、腰の剣に手を伸ばす。

「おい、いま何か聞こえなかったか?」

「え? 雨の音じゃねえのか?」

 他の二人は、顔を見合わせた。だがリーダー格らしき男は、外の方を睨みながら立ち上がる。

「いや、何か聞こえたぞ……妙な音がよ」

 そう言いながら、リーダー格の男は小剣を抜く。そして、入り口に近づいて行った――

 次の瞬間、その男の体は宙を舞った……後方に軽々と吹っ飛ばされ、他の二人の前で地面に叩きつけられる。

 そして、洞窟には新たな侵入者……二本足で歩く生物だ。体つきは人間のようだが、黒く長い体毛が全身を覆っている。体は大きく、手足は長く逞しい。

 さらに、その顔は狼そのものだった。


「ライカン……」

 男の一人が呟いた直後、人狼の一撃が炸裂する。次いで、もう一撃……二人の男は一瞬で絶命した。

 そして人狼は、縛られている少女に視線を向ける。そちらに近づこうとしたが――

 不意に顔を上げ、キョウジの潜んでいる場所を見た……。


 キョウジは、生まれて初めて恐怖を感じた。伝説上の生き物であるはずの人狼が現れ、目の前で一瞬のうちに三人を殺したのだ。こんなものに対処する訓練は受けていない……キョウジの体は震えだす。

 だが、その時……頭に浮かんだのは、恩人であるジョウジ・ユウキ博士の最期の言葉だった。


(キョウジ……君は生き延びるんだ!)


 自らの命と引き換えに、キョウジを逃がしてくれたユウキ博士……彼のためにも、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 キョウジは、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。怖い時、辛い時こそ笑え……ユウキ博士の教えだ。

 そして、右の手のひらを前に突き出す。

 それを見て、人狼は唸り声を上げた。飛びかかろうと低い姿勢で構える。

 だが次の瞬間、キョウジの右掌に穴が空く。

 その穴から、先ほど拾った石が発射された――


 石の弾丸は凄まじいスピードで飛び、人狼の体にめりこむ。

 痛みのあまり、吠える人狼。だが、それだけでは終わらない。続けざまに、右掌より銃弾のように放たれる石……それらは全て人狼に命中し、体を貫いていく――

 だが、キョウジは恐ろしい事実に気づいた。

 石の弾丸は、人狼に命中してはいる。が、人狼にはダメージがない。石が体を貫いても、一瞬にして傷が癒えているのだ。

 今もキョウジの目の前で、人狼の体の穴が塞がっていく……。


「この化け物が……」


 キョウジは低い声で毒づき、地面に落ちていた小剣を素早く拾い上げる。

 そして小剣を左手に持ち、前に突き出して構えた。

 唸り、低く構える人狼。キョウジは、左手の小剣を大げさに振った。近寄ったら斬るぞ……とでも言わんばかりの動作だ。

 だが、キョウジの狙いは別にあった。左手の小剣に注意を向けさせ、右手で人狼の頭を握り潰すつもりだ……キョウジの右手の握力は、最大で五百キロを超える。いくら人狼といえど、頭を握り潰されれば死ぬはずだ。

「来いよ……おら……」

 低い声で毒づきながら、キョウジは半身の構えで小剣を振る――

 だが、人狼は動きを止めた。

「お前、何者か知らんが……用がないなら、この山からさっさと立ち去れ。次に会ったら、必ず殺す……忘れるな」

 人狼の口から出たのは、意外にも流暢な言語だった……そして人狼は、身を翻して立ち去る。

 キョウジは安堵し、思わずその場に片膝を付いていた。何故かは知らないが、あの人狼は戦意を失ったらしい。

 その時……キョウジは自分の他に、もう一人の生き残りがいたことを思い出した。キョウジは立ち上がり、縛られている少女に近づく。

 だが、少女を近くで見た瞬間……キョウジは思わず苦笑していた。皮の服を着た少女の頭には、獣のような耳が付いているのだ。そして、皮のズボンからは長い尻尾らしきものが出ている。人狼の次は、猫耳の少女……あまりにもふざけた話だ。


 その不思議な少女は、怯えきった表情でキョウジを見ている……キョウジは手を伸ばし、口に咬まされていた猿ぐつわをほどく。 さらに、少女の手足を結んでいる縄もほどいた。

 そして尋ねる。

「乱暴はしない。だが、お前に聞きたいことがある。ここは何処だ? お前は何者だ? 知っていることを全て話せ」






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