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流転

 グレイとムーランは、ゆっくりとその場を離れて行く……後ろ髪を引かれる思いだったが、振り返りはしなかった。振り返れば、キョウジたちと行動を共にしてしまうかもしれない。

 それは、お互いにとって良くない結果をもたらすことになるだけだ……。


「お前、本当に良かったのか?」

 躊躇いながらも、グレイは聞かずにはいられなかった。

「何が?」

「ココナのことだよ……」




 一昨日、ココナが昼寝をしていた時のことだ。

 計画の準備をしていたグレイとムーランに対し、キョウジはこんなことを言ったのだ。

「なあ、あんたらさえ良ければ、だが……ココナを預かってくれないか?」


「どういうことだい……ホムンクルスとの生活に、ココナは邪魔だってわけかい……」

 そう言ったのは、ムーランだった。怒気を含んだ声を発し、キョウジを睨む……だが、キョウジは首を振った。

「違う……俺やホムンクルスより、あんたらの方がしっかりしている。知識も豊富だ。ココナの親代わりとしては、あんたらの方がずっと相応しい。俺やホムンクルスと一緒にいたら、ココナは確実に苦労することになる――」

「あたしは御免だね。あの娘を連れて来たのはあんただ。最後まで責任もって、面倒みてやんな」

 ムーランは低い声で、キョウジの言葉を遮る。その表情は、ひどく冷たいものだった。




「お前、本当は後悔してるんじゃないのか? ココナのこと――」

「当たり前じゃないか……いちいち言わせんじゃないよ」

 ムーランの口調は淡々としていた。だが、その声は悲しみを秘めている……。

「あたしだって、ココナと一緒に旅をしたいよ……あんな可愛い子がいてくれたら、どれだけ癒されるかわからない」

「だったら、何で――」

「ココナには、キョウジが必要だよ。キョウジにも、ココナが必要さ……あたしたちより、ずっとね……キョウジとホムンクルスだけで旅をするんじゃ、頼りなさ過ぎるだろ……ココナが必要だよ」

 静かな口調で、言葉を続けるムーラン。グレイはそれ以上、何も言えなかった。ムーランはムーランなりに、ココナのことを考えていたのだ。さらに、キョウジやホムンクルスのことまで考えて……。


 黙ったまま、歩き続ける二人。グレイはふと、ここ数日間の出来事について思った。

 そもそもの発端は、ロバート・ロクスリー伯爵の息子を助けたいという意思から生まれたものだ。それ自体は、断じて悪ではない。むしろ貴いものだ。

 だが結果として、伯爵の想いのために何人もの人間が死んだ。

 自分なら、どうしただろうか……。

 もしムーランが、セドリックと同じ病にかかったとしたら?


「お前ら、何してんだよ? 用もないのにうろうろしてるとな、しょっぴかれるぞ」

 そう言いながら、二人に近づいて来た者がいた。キャラモンだ。顔をしかめ、手拭いで汗を拭きながらグレイに絡んでいく。

「ただ歩いてるだけで、何でしょっぴかれるんだよ……ところで、ライカンはどうなったんだ? 捕まったのか?」

 グレイの問いに、キャラモンは首を振る。

「いいや。あの野郎、あっちこっちを好き勝手に飛び回った挙げ句、どっかに消え失せたよ。何がしたかったのか、未だにわからねえんだ」

 キャラモンの話を聞き、グレイは思わず苦笑した。チャックという男は、本当に分からない部分がある……今回も最初から最後まで、他人のためだけに動いていた気がする。グレイもムーランも、最初は金のためにセールイ村に行った。キョウジとココナは道に迷い、仕方なくセールイ村に行ったのだ。

 双方とも、自分のためである。

 だが、チャックだけは……何の得にもならないのに、自らの意思でアルラト山に向かったのだ。

 その結果、グレイやキョウジたちを救った。

 しかし皮肉なことに、本人が一番救いたかったセドリックは……。


「ところでよ……仕事の依頼が来てるぜ。お前ら、どうするんだ?」

 キャラモンの言葉に、グレイは立ち止まった。

「仕事ねえ……また、殺しか?」

「ああ、殺しだよ……やるか?」

 尋ねるキャラモンの表情は、どこか面倒くさそうだった。チャックとの追いかけっこに疲れたせいだろうか。

「いや、止めとく。しばらく休ませてもらうよ」

 グレイが答えると、キャラモンは首を振った。

「そうかい。まあ、好きにしな。俺も、しばらく休ませてもらいたいよ……ったく、ライカンのせいで疲れたぜ」

 吐き捨てるように言うと、キャラモンは去って行った。

 そして、グレイも歩き出そうとした時――

「あいつら、幸せになれるといいね……」

 不意に、ムーランが呟いた。

 グレイが横に視線を移すと、彼女は寂しげな表情でこちらを見つめている。

「どうだろうな……ただ、今の俺たちに出来ることは何も無い。それに、俺たちは人の心配してる場合じゃない。まずは、俺たちの幸せを考えようぜ……縁があれば、あいつらと会う機会もあるさ。それまでは、捕まらずに生き延びよう。ギリギリいっぱい生きて、幸せを掴もうぜ」

「そうだね……」

 ムーランは、切なげな表情で微笑んだ。

 そう、いつかは自分たちも、平和に暮らせる場所を見つける。

 そして、ココナのような可愛い子供を……。


 ・・・


 城塞都市バーレンは、今や大騒ぎになっていた。

 昼間、街中に現れたライカン……右往左往する衛兵たちを尻目に、狼と人間を力ずくで合成させたような恐ろしい姿で街を徘徊し、忽然と姿を消してしまったのである。

 衛兵たちは躍起になってライカンを探していた。しかし、ライカンは何処にも見当たらない。

 だが、それも当然だった……ライカンだった者は人間の姿になり、悠々と衛兵たちの前を通って行ったのだから。


 チャックは今、『黒猫亭』の前に立っている。今度こそ、本当のお別れだ……考えてみれば、全てはこの店から始まったのだ。この店に来た冒険者――中身は山賊と大差ない連中だったが――たちの何気ない話を聞き、チャックはアルラト山へと向かった。

 そして、様々な体験をした……。


「おやおや、帰って来たのかい。何も、こんな日に帰って来なくてもいいじゃないか……」

 店に入って行くなり、辛口の挨拶で迎えられたチャック。その言葉の主である女給のジェシカが、微笑みながらこちらを見ている。

「いやあ、帰って来ちゃいましたよ。何か凄かったですね、ライカンの奴……今は居なくなったみたいですけど」

 そう言うと、チャックは手近な席に着いた。すると、店の奥から黒猫のプルートが姿を現す。プルートはのそのそ歩き、チャックの足に自らの頬をこすり付けた。

「ようプルート、元気だったか……俺のこと、覚えていてくれたんだな」

 言いながら、チャックは手を伸ばし、プルートの背中を撫でる。プルートは喉をごろごろ鳴らしながら、チャックの前で仰向けになった。そして肉付きのいい腹を見せつける。

「何だお前、俺を誘惑しようってのか……」

 微笑みながら、チャックはプルートの腹をなで回した。プルートは目を細め、されるがままになっている……。

「まったく、あんたは相変わらずの猫たらしだねえ……」

 ジェシカの呆れたような声に、チャックは頭を掻いた。

「そうなんですよ……女にはモテないが、犬猫にはモテちゃうんですよね、俺。それはそうと、今日はお別れを言いに来ました」

「え……」

 チャックの言葉に、戸惑いの表情を浮かべるジェシカ……チャックは、すまなそうに頭を下げた。

「また、旅に出ることになっちゃいましてね。今度は当分、こちらには顔を出せないかと……てなわけで、豚肉の蒸し焼きを包んでもらえませんか? 旅の途中で食べたいんですよ」

 そう、あれだけの騒ぎを起こしてしまった以上、もうバーレンには居られないのだ。ライカンを好き勝手に暴れさせた挙げ句、捕らえることが出来なかった……街の治安を預かる者たちにとっては一大事だろう。これから先、全力を挙げてライカンの捜索が始まるはずだ。下手をすると、ライカンを狩ることに特化した連中が来るかもしれない。人間に紛れこんだライカンを見つけ出せるような冒険者たちが……。

 その前に、街を出なくてはならない。


「そうかい。仕方ないねえ……わかったよ。ちょっと待ってな」

 ジェシカはそう言うと、厨房へと入って行った。

 そして、チャックはプルートの腹を撫で続ける。プルートは喉をごろごろ鳴らしながら、されるがままになっていた。

「プルート……今日でお別れだよ。お前に会えて良かった。元気でな」

 言いながら、チャックは微笑む。この街に滞在した時間はさほど長くない。嫌なこともあった。しかし、この黒猫亭……そしてジェシカとプルートの存在は、自分の心を癒してくれた。過ごした時間は短いが、大切な思い出を作ってくれた場所だ。


「ほら、出来たよ。持っていきな」

 ジェシカが布にくるまれた包みを差し出す。豚肉の蒸し焼きの匂いだ。チャックは笑みを浮かべて受けとる。そして立ち上がった。

「ありがとうございます。旅の途中、食べますんで……これ、お代です」

 そう言うと、チャックは金貨を一枚テーブルの上に置いた。

 すると、ジェシカの表情が変わる。彼女は狼狽えながら口を開いた。

「ちょ、ちょっと! 何だいこれ! こんなに受け取れないよ!」

「いいんですよ。余った分は、プルートに美味いものでも……あ、そうだ。もし旅芸人のグレイとムーランに会ったら、何かご馳走してあげてください。顔を白く塗ってだぶだぶの服を着た芸人のコンビです」

 そう言って、チャックは大げさな動きでお辞儀をして見せた。

 そして唖然としているジェシカを尻目に、颯爽と歩いて行く。

 チャックは振り向くことなく、街を出ていった。


 ・・・


 バーレンの街から北に進んだ場所に、集落の跡地がある。キョウジとココナ、そしてホムンクルスは、そこで一休みしていた。


「お腹空きましたにゃ。キョウジさん、ごはん食べましょうにゃ」

 ココナの言葉に、頷いて見せるキョウジ。皮袋を開け、中に入っている物を取り出した。

 キョウジの手のひらと同じくらいの大きさの丸パンと、皮で出来た大きな水筒が入っていた。丸パンの中には、干し肉や野菜が挟んである。サンドイッチだ。もっとも、この世界にサンドイッチなる言葉があるかは知らないが……奇妙なことに、何故か紐で縛ってあった。

 だが、それよりも……持った瞬間に、キョウジは違和感を覚えた。サンドイッチにしてはあまりに重いのだ。中に、何か別の物が入っている。

「にゃにゃ! 美味しそうですにゃ! 食べましょうにゃ!」

 サンドイッチを見た途端、目を輝かせるココナ……だが、キョウジはナイフを取り出し、サンドイッチを結わいている紐を切る。

 そして、サンドイッチの中を見てみた。

 丸パン、干し肉、レタスのような野菜などが入っている。

 あとは、金貨が一枚。

「にゃにゃにゃ……金貨が入ってますにゃ……グレイさんとムーランさんは、間違えて入れてしまったのですかにゃ? 金貨は食べられないのですにゃ……」

 不思議そうな顔で、首を傾げるココナ。キョウジは思わず微笑んだ。

「本当だよな。全く、ひねくれた奴らだよ。普通に渡せばいいのに……」

 言いながら、キョウジはバーレンのある方角を見つめる。グレイとムーランは、今もあの街で芸をしているのだろうか。

 そして、お尋ね者として追われ続けていくのだろうか……あの二人が何をしたのかは知らない。しかし、二人には幸せになってもらいたい。


「キョウジさん……食べていいですにゃ?」

 物思いにふけるキョウジ。だが、ココナの声により現実に引き戻された。ココナの方を見ると、物欲しそうな顔でパンや干し肉を見ている。キョウジは苦笑し、パンの中に肉と野菜を挟んだ。

「ほらココナ、食べていいよ。ちょっと金貨の味がするかもしれないがな」

「ありがとうございますにゃ!」

 ココナは、サンドイッチを受け取り食べ始めた。時おり「にゃにゃ」という声を洩らしながら、美味しそうに頬張っている。

 キョウジは微笑みながら、他のサンドイッチからも金貨を取り除く。サンドイッチは全部で四つ。金貨は四枚。この世界において、金貨がどれくらいの値うちなのかは知らない。だが、銀貨や銅貨より値うちがあるのは間違いないだろう。

 そしてキョウジは、ホムンクルスに視線を移した。微笑みながら、サンドイッチを差し出す。

「食べるか?」

「ありがとう」

 ホムンクルスは頷き、サンドイッチを食べ始める。一方、ココナはあっという間に食べ終え、好奇心の赴くままに周囲を探検し始めた。廃屋の中を覗きこみ、匂いを嗅いでいる。

 だが、不意にこちらを向いた。

「キョウジさん! 誰かがこっちに近づいてますにゃよ!」

「何だと……誰が来たんだ……」

 言いながら、キョウジは立ち上がった。まさかとは思うが、追っ手が来たのだとしたら……。

 だが、ココナの答えは想定外のものだった。

「この匂いは、チャックさんですにゃ!」


 やがて、とぼけた表情のチャックが現れた。キョウジたちに向かい、ヘラヘラ笑いながら恭しくお辞儀をする。

「いやあ、皆さん……待っていてもらえたとは嬉しいね。いやあ、感激だよ」

「何やってんだよ、お前は……」

 呆れたような表情で言葉を発したキョウジに対し、チャックは笑みを浮かべながら近づいて行く。

「何って、お前らのことが心配だから追いかけて来たんだろうが……お前らだけじゃ、危なっかしくて仕方ねえ。やっぱり、俺みたいなのが付いててあげないとさ。そうだろ、キョウジ……ところで、これ食べてみなよ」

 そう言うと、チャックは布袋を差し出す。

「豚肉の蒸し焼きだ。美味いぞ」

「にゃ! 美味しそうな匂いですにゃ!」

 そばに居たココナが目を輝かせ、袋を見つめる。キョウジは苦笑した。

「まったく、しょうがないな……」


 チャックとココナ、そしてホムンクルスは楽しそうに話している。まるで、昔からの知り合いのように。

 その様子を見ながら、キョウジは考える。

 自分は、元の世界に戻り復讐するつもりだった。ユウキ博士を殺した連中を殺すという目的を果たそうと決めていた。

 しかし、自分はこの世界で、繋がりが出来てしまった。

 それに……この世界で、何人もの人間の命を奪ってしまった。

 それら全てを無かったことにして、元の世界に帰ることなど出来ない。それだけは、してはいけないことだ……。

 自分は、この世界に骨を埋める。


 ユウキ博士……本当にすみません。

 今の俺には、あなたの仇は討てない。

 あなたに言われた通り……俺はこの世界で、人間として生きていきます。


「なあキョウジ、ホムンクルスの名前はどうするんだよ?」

 不意に、チャックが声をかける。キョウジは面食らったような表情になった。

「な、名前?」

「そうさ。いつまでもホムンクルスなんて呼ばれたら、あんただって嫌だろ? キョウジに名前を付けて欲しいだろ?」

 そう言うと、チャックはホムンクルスの方を見る。ホムンクルスは、はにかみながら頷いた。

「うん……あなたに付けて欲しい」

「わかった」

 キョウジは下を向いた。ふと、幼い頃に観たロボットのアニメを思い出す。人工的に創られた女のアンドロイドが登場していた。名前は確か……。


「フィアナ」







 急でしたが、どうにか終わらせられました。ところで、この最終話を書き上げ、投稿したのは2015年の11月1日です。その一年前の2014年11月1日、声優の弥永和子さんが敗血症で亡くなりました。弥永和子さんはアニメ『装甲騎兵ボトムズ』(この作品に多大なる影響を与えたアニメです)にて、ヒロインのフィアナを演じていた方です。この『異分子たち』を読み、ボトムズというアニメにほんの僅かでも興味を持っていただけたなら、是非とも一度観てみてください。

 最後に、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。






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