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死闘

 キョウジが騒ぎを起こしている隙に、グレイとムーラン、そしてココナは城の中に侵入していた。

 ココナがあちこちの匂いを嗅ぎ、床を見つめ、耳をすませる。ホムンクルスの僅かな残り香を辿り、グレイたちは進んで行った。

 途中で何度か、召し使いらしき者たちとすれ違ったが、彼らは一様に慌てていた。明らかに場違いなはずのグレイたちだが、彼らは見ようともしない。キョウジの引き起こした騒動の方が気になるのだろう。


 やがて一行は、下に通じる階段に着いた。

「この下に居るみたいですにゃ……でも、他の男たちの匂いもしますにゃ」

 ココナが顔を上げ、不安そうな表情で言う。するとムーランが微笑んだ。

「ありがと……ココナちゃん、あんたは危ないことはしなくていいからね。戦いになったら、すぐに隠れるんだよ。敵はあたしたちがやっつけるから」

「わかりましたにゃ」

 頷くココナ。グレイが先頭に立ち、階段を降りていく。ムーランとココナが後に続いた。


 下の階は、地下牢のようになっていた。上の階とは違い、壁は灰色に塗りつぶされている。通路は上より広く、六〜七人が並んで歩けそうだ。

 そして、数人の男たちがそこにいた。


「お前ら……」

 グレイは舌打ちする。よりによって、こいつらがここにいるとは……。

 壁に掛けられた松明の明かりに照らし出されたのは、ルーファスたちだった。以前にムーランを捕らえた冒険者たちだ。全部で四人いる。退屈そうに椅子に座り、テーブルの上で何やらカードのようなものをやり取りしていた。

 しかし、グレイたちの姿を見るなり立ち上がる。

「お前ら、久しぶりだな……あん時は世話になったな、ええ? 騎士さんよう……」

 大柄な男がバトルアックスを構えて立ち上がる。しかし、ルーファスがそれを制した。

「まあ、待て。なあ、あんた……俺も昔は騎士だったんだよ。色々やらかして、国を追われたがな。あんたと同じさ、モードレットさん」

「俺の名はグレイだ。モードレットという名は捨てたんだよ」

 グレイは吐き捨てるような口調で言葉を返す。

 そして、ちらりと横目でムーランを見ると……顔が青くなっていた。ルーファスたちに負わされた心の傷は、未だにムーランの意識に残っているのだ……これでは、彼女は使い物にならないかもしれない。一度、心に染み付いてしまった敗北の記憶は、苦手意識となって体を支配する。下手をすると、抵抗することさえ出来ないこともある。

 グレイは、そういったケースを何度も見てきたのだ……。


「そうか。じゃあグレイさん……お互い、無駄な争いはよそうぜ。あんた、幾らでこの仕事を請け負った? 今、あの村には金はないはずだぜ。俺たちに……いや、伯爵に協力しろ。金なら、こっちの方が上だろうぜ」

 そう言って、ルーファスはニヤリと笑う。かつて騎士だった、と言っていたが……その面影はどこにもない。

 いや、そもそも騎士という人種は、一皮むけばこんな連中ばかりだった気もする。名誉だ何だと言いながら、実際には足の引っ張り合いばかりしていた。自分も何度、下らない嫌がらせをされたことだろう。

 そう、自分はもともと騎士には向いていなかった。この状況で寝返るほど世渡りが上手ければ、騎士の身分を捨てたりなどしていない。


「断る。ホムンクルスは村のものだ。村に返してもらおうか」

 そう言うと、グレイは細身の刀剣を抜く。右手には、投げナイフが握られている。

 だが、ムーランは震えていた……山賊の集団や、オーガーを相手にしても怯まなかったムーランが、明らかに怯えているのだ。

 グレイは心を決めた。ムーランは使い物にならない……自分一人で、こいつらを皆殺しにする。


 その時、バトルアックスを担いだ大柄な男が進み出る。薄ら笑いを浮かべながら、口を開いた。

「ああ、何言ってんだよ……てめえらに何が出来るんだ――」

 言い終えることは出来なかった。グレイの抜く手も見せず投げたナイフが、男の胸に突き刺さっていた。  同時に、グレイはルーファスに向かう。間合いを詰め、細身の刀剣で斬りかかる――

 だが、ルーファスの反応も早い。すかさず長剣を抜き、グレイの一撃を受け止める。そして長剣を一振りした。

 鋭い一撃が、グレイを襲う――

 しかし、グレイは地面を転がり、どうにか避けた。かつては騎士だった……その経歴は伊達ではないらしい。他の連中よりは、確実に腕がたつ。

 その時、ムーランの悲鳴が聞こえてきた……。


 ムーランは、男の一人に押し倒されていた。恐怖に歪む顔……だが、抵抗することすら出来ない。

「あん時みたいに、ひいひい言わしてやるよ」

 言いながら、男はゲスな笑みを浮かべる。傍らには、もう一人が立っていた。どうやら、ルーファスに加勢する気はないらしい。その腕前に、全幅の信頼を置いているようだ。

 そんな状況にもかかわらず、ムーランは震えるばかりだった。完全に、体全体がすくんでしまっているのだ。かつて受けた敗北、そして暴力による支配の記憶が心と体を蝕んでいる……抵抗はもちろん、逃げることも出来ない。

 しかし――

 男の背中に飛び乗った者がいた……ココナだ。ココナは凄まじい勢いで、男の顔面をかきむしる。

「何しやがる! このクソガキが!」

 男はわめき、ココナを掴んだ。そして壁めがけて投げつける。

 しかし、ココナは空中で壁を蹴る。そして見事に着地した。

「ふしゃああああ!」

 男を睨み、威嚇の雄叫びを上げるココナ……。

「このガキ……ぶっ殺してやる」

 男は短剣を抜き、立ち上がった。だが、ココナは怯まない。唸り声を上げ威嚇する。その瞳には闘志があった。ムーランを助けたいという想いが、自分よりも巨大な相手と戦うための闘志と化し、ココナの小さな体を突き動かしていたのだ……。

 その姿を見た瞬間、ムーランの中で何かが弾け飛んだ。

「ココナに……ココナに手を出すな!」

 怒りの形相で叫び、そして立ち上がる。先ほどまでの怯えきった様子が嘘のようだ。彼女は奇妙な構えをしたかと思うと、呪文を唱えながら男に触れる――

 次の瞬間、ムーランの手から炎が吹き上がった。炎は激しく燃え上がり、男の上半身を焼く。

 今度は男が悲鳴を上げる番だった……ムーランの手の炎は、現れた時と同じく唐突に消える。だが、男の顔面に火傷を負わせるには充分だった。髪は焦げ、目は潰れてしまっている……だが、ムーランは容赦しない。悲鳴を上げている男を蹴り倒す。

 そしてムーランは振り向き、残った男に突進して行く。もはや彼女の心から、男たちに対する恐怖は消えていた。




 グレイは、ルーファスの長剣をかわす。ルーファスの剣技は大したものだ。まともに剣で斬り合っては勝ち目がない。

 そう判断した瞬間、グレイは自ら倒れ、仰向けに寝転んだ。

 ルーファスは残忍な笑みを浮かべ、長剣を振り上げる――

 だが振り上げた瞬間、長剣の切っ先が天井にぶち当たった。ルーファスの視線が、天井の方に向く。

 その瞬間、グレイは動いた。前転して間合いを詰め、刀を一閃――

 ルーファスは驚愕の表情を浮かべた。彼の喉は切り裂かれ、傷口がぱっくりと口を開けている。

 次の瞬間、その手から長剣が落ちた。喉を手で押さえ、よろよろと後ずさって行く。

 そして、膝から崩れ落ちた。

「お前は辞めた後も、やっぱり騎士のままだったんだよ……その長剣、こんな場所で振り回すようなもんじゃない」

 グレイは言い放つと、ムーランに視線を移す。

 だが、心配する必要はなかった。ムーランは既に二人を片付け、荒い息をついて壁に寄りかかっている。傍らでは、ココナが心配そうに見上げていた……。

「ムーラン、大丈夫か?」

 グレイが尋ねると、ムーランは頷く。平静を装おうとしているが、内面では様々な感情が渦巻いているのが見てとれる……グレイは哀れみを感じた。優しい言葉でもかけ、休ませてやりたかった。

 だが、今はそうも言っていられない。

「ムーラン、行くぞ。ホムンクルスを助けなきゃならない。そしてキョウジを連れて逃げる……伯爵なんざ、ほっとこうぜ」


 ・・・


「じゃあ、キョウジの言ってることは本当なんだな……あんた、村からホムンクルスをさらったのか」

 ロクスリー伯爵に向かい、唖然とした表情で言うチャック……だが、伯爵は表情を崩さない。

「だからどうした? 私はセドリックを救うためならば、国王でも殺してみせる……それが、私が父親としてしてやれる唯一の事なのだ」

 伯爵はチャックにそう言うと、キョウジの方を向いた。

「貴様が何者かは知らん。だが、ホムンクルスは渡せん。あれを切り刻み、体の秘密を解き明かす。そうすれば、セドリックの病気が治せるかもしれんのだ……私の邪魔をするのなら、貴様を殺す」

 そう言うと、伯爵はキョウジを睨みつける。そして長剣を一振りした。

 だが、その時――


「父上……もう止めてください……僕のために……誰かを傷つけないで……」


 あまりにも弱々しい声……だが、その声が聞こえてきた瞬間、皆の動きが止まった。

 杖をつきながら、中庭に進み出てきた者……それはセドリックだった。青白いシワの目立つ顔を苦痛で歪ませながら、必死の形相で歩いて来る。

「セドリック! 部屋で大人しく待ってろと言っただろうが!」

 チャックは、怒鳴りつけると同時にセドリックに近づき、自らの肩にもたれかからせる。セドリックは荒い息をつきながら、伯爵を見つめた……。

「父上……もう……いいです……僕のために……他の人を……」

 そこまで言うと、セドリックは咳き込んだ。チャックが慌てて背中をさする。彼は正直、この状況をどう収めればいいのかわからなかったが……はっきりしていることは一つ。まずはセドリックを部屋に戻さなくてはならない。

「セドリック、部屋に戻ろう」

「まだです……父上……もう止めてください」

 セドリックは必死で、伯爵に懇願する……だが、伯爵の表情は変わらない。

「セドリック……お前は部屋に戻っていろ。そもそも、ホムンクルスなど人ではない……人形のようなものだ。死んでも構わん――」

「ホムンクルスは人間だ! 人形じゃねえ!」

 不意に怒鳴り声を上げ、会話に割って入る者がいた……キョウジだ。キョウジは凄まじい形相で、伯爵を睨みつける。

「あのホムンクルスには、感情がある……喜んだり、悲しんだりするんだよ……あいつは人間だ! 紛れもなく人間なんだよ! その人間の命を、貴様の好き勝手にされてたまるか!」

 キョウジは吠え、伯爵を見つめる……その瞳は怒りに満ちていた。チャックはその勢いに呑まれ、思わず立ち止まる。そして成り行きを見守っていた……。

 だが、それは悲しき過ちだった。


「父上……もう……止めてください……もう――」

 そこまで言った時、不意にセドリックは苦しみ出した。両手で胸を押さえ、もがき始める……。

「セドリック! どうしたんだ! しっかりしろ!」

 叫ぶチャック……同時に、伯爵も駆け寄って来る。先ほどまでの、仮面のような顔つきが嘘のようだ。

「セドリック! まだ死ぬなぁ!」

 伯爵は吠えた……。

 しかし、セドリックには聞こえていないようだった……両手で、胸をかきむしるような仕草。さらに、手を伸ばし伯爵に触れようとする――

 だが、その手から力が抜けた。そして、だらんと垂れ下がる。セドリックは、伯爵の目の前で息絶えたのだ……。

 伯爵は無言のまま、セドリックの亡骸をじっと見つめていた。


 そしてチャックも、無言のまま、その場に立ち尽くしていた。優しくて、素直なセドリック……本当にいい奴だった。こんな形で死なせたくはなかった。恐らく、あまりに衝撃的な話を聞かされたため、心臓がもたなかったのだろう。ただでさえ、体が弱く衰弱していたのだ。それが、ここまで歩いてきて、挙げ句に衝撃的な話を聞かされて……。


 俺のせいだ……。

 俺がセドリックと一緒に部屋に残っていれば……。


「貴様のせいだ」

 伯爵の声。チャックはびくりと反応し、伯爵の方を見る。だが、伯爵はチャックを見ていなかった。

「貴様さえ、現れなければ……」

 言いながら、伯爵は立ち上がる。その瞳は、キョウジを捉えていた。

「貴様さえ来なければ……セドリックは死なずに済んだ!」


 伯爵の体が歪み、潰れ、膨らみ、そして人ならざる者へと変化していく……兵士たちは目を白黒させ、その場に立ちすくんでいた。キョウジも呆然とした表情で、この奇妙な光景を見ている。

 やがて、伯爵の体は変貌した……狼と人間を、力ずくで掛け合わせたような姿へと。黒く長い体毛に覆われ、狼の頭と人間のような体つきをした者に変わった……。


「貴様だけは許さん……殺してやる!」


 キョウジに向かい、吠える伯爵。すると、周りにいた兵士たちは、血相を変えて逃げ出していく――

 だが、その伯爵の前に立ちふさがった者がいた。

「言ったはずだぜ、伯爵……セドリックが死んだら、俺があんたを殺すと。キョウジ、お前は関係ない……とっとと失せろ!」

 伯爵、そしてキョウジに怒鳴った直後、チャックの体も変貌していく。

 灰色の体毛に覆われた、人狼の姿へと……。


 チャックは唸り声を上げながら、低い姿勢で構え、相手の出方を窺う。

 すると、伯爵は吠えた……威嚇の雄叫びだ。理性を保つことすら難しくなっているらしい。体はチャックよりも遥かに大きい。まるで熊のようだ。それに比例して、殺傷能力もチャックより高い……まともに戦えば勝ち目はない。

 だが、自分がケリをつけなくてはならないのだ……目の前にいる怪物は、ライカンにより産み出された存在なのだから。


 伯爵は、またしても吠えた。そして突進し、鉤爪の伸びた手を振るう。

 だが、チャックはそれを避けた。そして、歯を剥き出して見せる。伯爵は猛り狂い、なおも力任せの攻撃をしてきた――

 だが、チャックは地面を転がり攻撃を避ける。そして、再び歯を剥き出して挑発した。真正面から戦ったら、自分に勝ち目はない。あの両手で掴まれたら、一瞬で首をねじ切られてしまうだろう……ひたすら防御に徹し、伯爵がヘマをするのを待つ。

 だが、自分がヘマをすれば……その瞬間に、自分の命はない。


 ・・・


 キョウジは、状況が今ひとつ呑み込めないながらも、自分に出来る行動をとった。

 まずセドリックの亡骸を抱き抱え、人狼同士の戦いに巻き込まれないよう、城の中に運ぶ。

 そして、両者の対決を見た。黒い方が伯爵、灰色の方がチャックだ。黒い方が遥かに大きく、また凶暴そうである。チャックは防戦一方だ……。

 キョウジは辺りを見渡した。兵士たちは既に逃げ去っている。城の中からも、逃げて行く者たちの姿が見えた。この分では、もはや陽動の必要はないだろう。

 そしてキョウジは、今の状況を整理すべく考える……。

 まず、伯爵の息子が目の前で死んだ。すると、伯爵が何故か人狼に変身し、キョウジに対し殺すと吠えたのだ。それに応じて、チャックも変身した。

 そして今、両者が戦っている……。

 何故、伯爵が人狼になっているのかは不明だ。キョウジにとって、この異世界は何もかもが理解不能である。しかし、目の前で繰り広げられていた一連の出来事は、トップクラスの奇怪さだ。

 もっとも、どのような事情があるにせよ……それ以前に今、自分がここに留まる理由はなくなったのだ。もともとは、グレイたちがホムンクルスを助け出すのを支援する。そのために、城の兵士たちの注意を引き付けておくことだった。

 しかし今の状況では、その必要はないだろう。兵士たちや城の住人たちのほとんどは、怪物同士の戦いに恐れを成して逃げ去っていったのだから。

 つまり、自分はここに居る必要はない。まして、この怪物同士の争いに加わる必要など全くないのだ。

 しかし……。

 キョウジは、チャックに借りがある。

 チャックがいなければ、キョウジは……いや、キョウジとココナはセールイ村に行くことは出来なかっただろう。


 伯爵とチャックは対峙し、睨み合っている。防戦一方のチャックを、伯爵が徐々に追い詰めていっている形だ……。

 しかし背後から、空気を切り裂き、何かが飛んできた――

 銃弾のような速度で飛んで来た何かは、伯爵の体を貫いていく。黒い体毛が、血に染まった……。

 怒りの唸り声を上げ、振り向く伯爵。

 そこに居たのはキョウジだ。キョウジは右手をかざし、さらに釘を発射する。釘は伯爵の体を貫き、体を血で染めていく――

 だが、その傷は一瞬にして癒えていった。伯爵は吠え、突進していく。

 鉤爪の付いた巨大な手が、キョウジめがけ降り下ろされる。

 だが、キョウジはその一撃を右手で掴み止める。

 次の瞬間、伯爵の片腕が握り潰された――

 痛みのあまり、吠える伯爵。

 だが、伯爵の次の一撃が飛ぶ。キョウジは右手で受止めたが、伯爵の腕力は想像以上だった。まるで、バイクが高速でぶつかってきたような衝撃……キョウジは軽々と飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 苦悶のあまり顔を歪めながらも、素早く立ち上がるキョウジ。彼は厳しい訓練を受け、鍛え上げてきたのだ。考えるよりも先に体が動き、瞬時に起き上がる。

 だが、その目に飛び込んできたもの、それは伯爵がもがき暴れる姿だった……その背中にチャックが飛び乗り、首筋に噛みついている。両手の鉤爪を伯爵の体に食い込ませ、牙を突き立てているのだ。

 伯爵は巨大な体で暴れまくり、チャックを振り落とそうとする……しかし、チャックは離れない。両手両足を絡みつかせ、さらに深く牙を食い込ませていく。

 チャンスと見たキョウジは、一気に間合いを詰める。伯爵の巨大な手をかいくぐり、右手を伸ばす――

 キョウジの右手が、伯爵の顔面を掴んだ。

 その右手に、渾身の力を込める……伯爵は吠え、キョウジの手を引き剥がそうとしたが――

 次の瞬間、チャックの鉤爪が喉を切り裂いていく。そして切り裂くと同時に、牙で傷口を抉り広げていった……伯爵の再生能力を上回るほどの速さで傷口をえぐり、切り裂き――

 やがて伯爵の首が、ねじ切られて転がった。




「なるほど、そんなことがあったのか……哀れな話だな」

 横たわっているセドリックの亡骸を見つめ、しみじみと呟くキョウジ。傍らでは、チャックがしゃがみこんで荒い息をついていた。


 戦いが終わった後、チャックは人間の姿に戻った。そしてキョウジに向かい、口を開く。

「何が何だか、未だによくわからねえが……お互い、分かっていることだけでも話し合おうぜ」

 そして、キョウジは聞いたのだ。

 セドリックの病気について。

 伯爵の狼憑きについて。

 ダニーとウォリックという名の、二人のライカンについて。

 そして、チャックがこの城に居た理由について。


「なあ、わからねえ事がある……何でお前、俺に加勢したんだ? お前の仕事は、兵士たちの注意を引くことだろ。伯爵を殺す必要はないはずだ。なのに、何でわざわざ危険を犯して俺に加勢した?」

 語り終えた後、チャックが不思議そうな顔で尋ねてきた。

「お前には、借りがあったからな。お前がいなかったら、俺とココナはセールイ村には行けなかったろう……ホムンクルスにも会えたしな。お前のお陰だ」

 キョウジがそう答えると、チャックは照れくさそうに笑みを浮かべた。

「……お前、おかしな奴だなあ。おっと、お友だちが来たみたいだぜ」

 言いながら、城の廊下を指差すチャック。と同時に――

「キョウジさん! ホムンクルスさんを助けましたにゃ!」

 叫びながら、こちらに走ってくる小さな姿……ココナだ。その後から、三人の男女が付いて来る。グレイ、ムーラン、そしてホムンクルス。

 三人とも、辺りを不思議そうに見ながら、キョウジのそばに近づいて来た。


「なあ……いったい何が起きたのか、俺たちにも分かるように説明してくれないか?」

 ヘラヘラ笑うチャックに対し、訝しげな表情で尋ねるグレイ。すると、チャックは肩をすくめた。

「まあ、話すと長くなるんだが……それより、あれを見てみなよ。微笑ましい光景だねえ」

 言いながら、チャックは顎をしゃくる。グレイとムーランが、チャックの示す方を見ると――

 キョウジとホムンクルスが地面に腰を下ろし、楽しげに会話していた。キョウジの背中には、ココナがおぶさっている。瞳を輝かせながら、二人の会話を嬉しそうに聞いていた。時おり「にゃにゃにゃ!」と口を挟むような声が聞こえる……。

「あいつら、家族みたいだなあ」

 チャックの声に、思わず頷く二人。

 だが、ホムンクルスは売られていくのだ……。







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