言い辛いんだけどさ……
……お、来た来た。
おぉい、真鍋! こっちだこっち!
いやぁ、久しぶりだなぁ。あれか、成人式以来か。てことは……もう十年だ。やだねぇ。俺たちも歳くっちゃったよ。
悪いけど、先にいただいてるぞ。……文句言うなよ。居酒屋に来てビール我慢するなんて、俺には無理だね。……もう、分かったからお前も頼めよ。今日は俺のオゴリだから。え、いや、気にすんなよ。呼び出したのはこっちなんだし。
それにな、その、何て言うか、ちょっと言い辛い話なんだよ。
いや、違う違う。別に金貸してくれってんじゃないよ。そうじゃなくて、お前自身のことなんだ。
あ……おぉい、お姉さん! こっち、中生二つと、えっと、唐揚げと枝豆!
これで良し、っと。
ふう。……え。おいおい急かすなよ。いいじゃねえか乾杯の後で。……はいはい分かったよ。
あのな、話の前に、ちょっと聞きたいことがあるんだよ。……別に焦らしてるわけじゃねぇよ。いいから、聞けって。
お前、最近どっかおかしくないか。
いや、よく考えてみろって。何かないか。例えば、体調が優れないとか、肩が重いとか、あとは、あ、何か視線を感じるとか、不幸になったとか。
……バッ、違ぇよ。宗教の勧誘でもねぇって。いいから真面目に答えろってんだ。
……ふうん。じゃあ、もしかしたら、事故とかかもな……。
あのさ、今からちょっと変なこと言うけど、いいか、ちゃんと聞けよ。……バカ、俺がいつも変だ、とかはどうでもいいんだよ。
よし、じゃあ言うぞ。
お前さ、多分もうすぐ、死ぬよ。
……そんな、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔すんなって。
ま、いきなりこんなこと言われたらビビるよな。悪い悪い。でも、冗談なんかじゃないんだ。
いや、大丈夫だ。俺は正気だよ。この通り。というか、ヤバいのはお前だ。
お前さ、この間……十二時頃かな。この店の前通っただろ。……昼じゃねえよ。夜だ、夜。
お、思い出したか。そうそう、スーツなんか着てさ。ありゃ残業かい。大変だねサラリーマンは。日を跨いでご帰宅なんてさ。え、ああ、見かけたんだよ、この店の前で。ちょうど俺も帰るところでさ。え、いや、飲んでただけだけど。
ま、いいや。それでさ、そんときに見たんだよ。
死神。
え、死神だよ死神。知らないのかお前。あれだよ。人を殺す神様。あれ、違ったかな。ま、そんな感じだ。その死神がさ、言い辛いんだけど、お前の後ろにくっついてたんだ。
……酔ってねぇよ! これくらいの酒で酔うか! ア? あの日だってそうだよ。ちゃんとしてたよ。現に、時間とかお前の服装とか、しっかり覚えているだろ?
笑うなって! 真面目に話してるんだから!
とにかく、お前には死神がついてるから、多分そろそろ死ぬ! そんだけ!
え、真面目も真面目、大真面目だ。お前は死ぬよ。間違いなく。近いうちに。
だって、今もいるもん。死神ちゃん。
バカ、後ろ向いたってお前には見えないよ。
俺さ、昔からそういうの、見えるんだよ。死神だけじゃなくてさ、幽霊とか、妖精とか、あとちっさいおじさんとかな。知ってるか、あれ、ホントにいるんだぜ。え、どうでもいい? あっそ。
……おいおい、そんなに青ざめた顔すんなって。いいじゃねぇか。どうせ人間、いつかは死ぬんだ。
え、背格好? 死神のか? んなこと知ってどうすんだ。ま、いいや、教えちゃる。
そうだなー、全身は、まあ、黒尽くめ? 真っ黒のマントみたいなのを巻いてる感じ。足はないよ。え、鎌なんかもってねぇよ。
あ? 顔? あぁ、うぅん、そうだな。何て言えばいいのかな。なんか、こう、ガマガエルの顔を三発ぐらい殴った後に、パン粉ぶっかけて二、三時間油で揚げたみたいな? ……うるせぇな、とにかく酷い顔だ。
今のところ体調に異変はないみたいだから、病気じゃないと思うぜ。ま、心臓発作とかかもしれねぇけど。それに、身の回りでおかしなこともないみたいだから、誰かがお前の命を狙っている、なんてこともねぇな。多分事故死だ。
……いつ、どこで事故るかなんて、俺にもわかんねぇよ。ま、近い内ってことくらいだな。俺が言えるのは。
あ、無理無理。逃れられないよ。言い辛いんだけどさ、俺、見えるだけなのよ。だからお前を助けることはできまへん、てなもんで。……いや、無責任とか言われても。そもそも俺に責任ないし。
……だからさ、同じこと何回も言わせんなって。マジなの。マジでお前に、死神が取り憑いてんの。お前はもうすぐ死ぬの!
というわけだからさ、いろいろ準備とかしておいたほうがいいぜ。結婚は? ああ、してないのか。お前は昔からモテなかったからな。じゃ、残されるような人間はいないんだな。
なら、親とか、友達とか、同僚とか、今のうちにあって話しといたほうがいいぜ。死んじまう前にさ。貸した金とか、ほら、ちゃんとしとかねぇとな。
……お、来た来た。ほらほら、そんな思い詰めた顔すんなって。ほれ、乾杯だ。ジョッキ持てって。ほら早く。
ゴホン。では、真鍋君の最後かもしれない晩餐に、かんぱーーーい!
おお、いい飲みっぷりだねぇ。いいよいいよ。飲んどいたほうが。酔っぱらってりゃ神経麻痺して、あんまり苦しまないで逝けるかもしれないからな。ギャハハ、冗談だよ。
さてさて、他に何か喰いたいものはあるか? 何でもいいぞ。お前が好きなものを頼め。俺はこの先、何だって好きなだけ喰えるからな。
……なにしけた面してんだ。まるでお通夜だぜ。気が早いっての。
うわわ、怒るなよ。わ、悪かった、悪かったって。もうなにも言わねぇよ……。
……なんだよ。え、お前、もしかして泣いてんのか?
はぁ……そんなに死ぬのが怖いか? 大丈夫だよ、後ろにいる潰れたガマガエルが、お前を天国に連れてってくれるぜ。心配すんな。
え……。だからさ。無理だって。お前が死ぬのは運命だ。これは変えられない。お前は死ぬ。何があっても。絶対だ。
……ちょ、やめろって。別に礼を言われるようなことはしてねぇよ。……いやでも、俺も嬉しいよ。こんな話信じてくれてさ。今まで何回か、今日みたいなことがあってさ。でも皆信じてくれなかった。俺のことを疑って、それで、やり残したこと抱えながら、皆死んでいった。
だから、お前は、悔いがないように、前を向いて死ねよ。
最後に、一つだけいいか。もう一つだけ、忠告があるんだ。……そう構えるな。大丈夫。大したことじゃないよ。
すごく、ものすごく、言い辛いんだけどさ。
ふ。
ふふ。
あははははははははははははははは!
嘘だよ嘘! 死神なんかいねぇよ。そんなもん憑いてるわけねぇだろ!あははは!
はい、ドッキリでしたーー! 大成功? これって、大成功? 騙された? お前完全に騙されたよね!
あはは、お前顔真っ赤だぞ! 何だよお前。改まってお礼なんか言っちまって。『教えてくれて、ありがとうな』、だってよ。あはははははは!
怒んなって! ジョークだよジョーク! ほら、最近暑いじゃん。だから、ちょっと涼しくしてやろうと思ってさ。ただの怪談じゃつまんないじゃん。だからさ、ちょっと変化球みたいな? お茶目な僕ちゃんの粋な計らいですよ!
え? どっからだって? 全部だよ全部。あ、この間お前を見かけたのは本当だけどな。
死神? だからそんなのいねぇって! お前の後ろにも、この世のどこにも。
幽霊? 見えない見えない! 見たことないね、そんなもん見えるなんて嘘嘘。
ちっさいおっさん? しらねぇよそんなもん! それも嘘だよ。
ガマガエル? そんなブサイクな奴、いるわけないだろ。嘘だよ嘘。
お前がもうすぐ死ぬ? そんなわけないだろ。ホントは今すぐ死ぬんだから。嘘だ、嘘。
最後かもしれない晩餐? それも嘘。確実に、絶対に、最後の晩餐です。
偶然お前を見つけた? それもちょっと嘘だよ。なんかビール飲んでたらさ、そろそろ新しい獲物でも欲しいなって思って。ちょっと物色してたわけよ。
ん? いや。聞き間違いじゃねぇよ。うん。あ、ちょっと待ってな。よっこらせ。
え? これ? 包丁。
いや、言い辛いんだけどさ、
今からお前、殺そうかなって。
理由はないんだけど。死神なんかに怯えてるお前を見てたら……ねぇ……。なんかやってみたくなっちゃった。ま、最初からそのつもりだったんだけどね。
へへへ、嘘だよ。うん。嘘。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘
。
どうしたんだよ。
逃げんなよ。
待てって。
おい。
ふふ。
ごめんな。
じゃあな。