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9.午前三時レストランくらいの無駄話

 気がつけば、俺は見知らぬところにいた。

 見渡す限りの蒼が世界を埋め尽くしていた。


 その蒼の正体は水と空。まるで南国の海のような澄んだ水が一面に広がっている。

 その水の上に、俺は立っていた。

 沈むこともなく、ただそこへ存在していた。


 そして、真下を見ると、色彩豊かな景色が広がっているのが見える。

 そう。

 水の中には『現実世界』が映っていた。

 この世界を俺は理性なく本能で感じ取る。


 ここは『果て無き果て』。

 永遠の果てにある終焉。終焉を越える創世の時間域。

 狭間の中にありながら、狭間の外にある世界。


 ――みたいなところだったらいいな。


 そう悶々と考えこんでいると、声が聞こえてくる。


「――ようやく、魂の消滅運命アポトーシスに引き寄せられましたか」


 た、たましいのアポトーシス?

 なにそれかっこいい……。


 先ほどまで誰もいなかった水の上に、白いアンティークテーブルがあった。

 その周りに白い椅子が四つほど並んでいる。

 そして、その一つに、妙齢の美女が座っていた。

 テーブルの上に並んでいる見るからに高そうな白い陶器のティーセットを並べ、

 紅茶を愉しんでいる。


「貴様、何者だ……!」


 美女の姿は異様だった。

 絵画に描かれた女神様のように、装っている衣服がギリギリだった。

 白いバスタオルを巻いたほうがましなほどの露出狂っぷりだった。

 二次元なら神聖さとか清らかさとか感じるかもしれないが、

 直に見ると変態としか思えない。

 ひ、引くわー。


「警戒することはありません。私はこの世界の《観測者》です」


 露出狂は怯え慄く俺に自己紹介する。


「か、《観測者》……、だと……?」


 お、俺も観測者がいいな……。

 なんか勇者とかより二段階ぐらい上な感じがする。

 ルビでヌーヴェルヴァーグとかつけたい。


「ええ、そうです」

「その《観測者》というのは――、っな、痛!!」


 どうやったらなれるんですか? と聞こうとしたら、急に頭が痛み出す。


「ぐ、うぅ! 頭がっ、痛い……!!」

「少年よ、それは世界の『身じろぎ』です。

 異物を追い出そうと、森羅万象が身じろぎしているのです」


 露出狂さんが何か言っている気がするけど、そんなことよりバファ○ン欲しい!  

 プレミアムのほう買ってきて誰か!!


「世界を破り、世界を超えた代償です。

 このまま、こちらの世界に居続ければ、その魂が削れ、二度と直らなくなる。

 死よりも無よりも、恐ろしい結末になりますよ……。

 ゆえに早く諦めるのです、少年」

「くっ、うぅ、ぅ……」


 いや、いやいや、そういう話じゃなくてさっ。ほんとに頭が痛いんだって。

 そんな話する流れじゃないだろ……。馬鹿なのこの人……?

 こういう女性が、ヤンママになって子供を車に放置しちゃうんだよ。

 おこだよ。まじおこだよ。


 …………。


 ――ん? いや、まさかこれ。


 振りだと思われた?


 くっ、右腕が疼く……!

 左眼の封印が解ける……! 系列のネタを振られたと思ってる?


 いや、こっちは本気なんだけど……。

 なんだけど――そっちがその気なら俺は応えるぜ。

 だって、それが俺の新しい生き方なのだから……!!

 

「……い、嫌だ。俺は帰りたくない。諦めるものか。やっと自由になれたんだ。

 俺は俺の思うままに生きる。もう二度と、何かに縛られたくない。

 縛られて、たまるものか!!」

「私ならば、あなたを元の世界へ送ることができます。

 その痛みから解放してあげることができます。あなたの協力が得られればですが」

「ハッ、絶対に嫌だね……。やっとこの人間という血の詰まった肉袋の先へ行けそうなんだ。身体を裂き破る瞬間に辿りつけそうなんだ。人の性と業に囚われることのない、本当の俺に気づけそうなんだ……! 戻ってたまるか! 戻れば、戻ってしまう。何の意味も価値もなくっ、ただ人間という種を繁栄させるための人形ドレイとなる! 嫌だ、それだけは絶対嫌だ! 俺は俺という魂が示す、俺の真理に辿りつきたいんだ!! 俺は俺のための俺だ! 決して、種のための俺じゃない!! だから――!!」

「――その人という器も、あなたの一部なのです。それを受け入れ、人としての幸福を得ることが、あなたのあるべき正しき姿。あなたは異世界人ジンなんて名前ではありません。あなたはどこにでもいる人の子、地球の日本に生きる学生。そう、名前は――」

「その名で俺を呼ぶな! そんな記号みたいな名前!! そんな意味のない記号が俺の何を証明してくれる!? 被りに被る名前が、俺の何を慰めてくれる!? 俺は俺だ、俺でしかない! それをこの世界で俺は手に入れるんだ! 俺はジンだ、「どこにも属さない存在ジン」なんだ!! イスカっ、俺の名前を呼んでくれ! 俺はここにいる!!」

「それは勘違いなのです、人の子よ。その高次の存在へと昇華できる感覚。そんなものはただの幻、勘違いでしかない。なぜなら、人は人でしか生きられない。一生――死ぬまで――いえ、死後も永劫――あなたは人――、ただの人でしかありえない――。それが運命なのです」

「黙れ! 俺は超えてみせる。何にも縛られず、囚われず、俺が俺でしかない存在まで至る! それができるって、イスカが教えてくれた! この生きるには暗く広すぎる世界で、やっと俺は仲間を見つけたんだ! 死してなお、魂と魂で触れ合える真の同胞を!!」

「……流石は『世界』の『特異点ニュクス』が呼んだ『特異点ニュクス』。

 魂の歪み具合が尋常ではない。

 こうも未熟で病んでいるとなると、コミュニケーションが成り立たちませんね」

「『ニュクス』だと、なぜおまえがそれを知っている……!?」

 

 ニュ、ニュクスってなに?

 造語なしルールじゃなかったの?

 確か神様の名前だったような気がするけど、

 なんか知らん内に神になったのか俺?


 やった!


「ならば、力づくとなりますね……」

「くっ! 何をするつもりだ、《観測者》!」

「私はあなたの魂に手は出せません。しかし、あなたの周囲は違う。

 私の加護を人間たちに与え、代わりにあなたの救済を行います。

 目が覚めれば、我が勇者たちが、

 あなたを無に還す救済を行ってくれることでしょう」

「勇者の救済……、だと……!」

「耐えられますか? ただの人であるあなたに。

 勝てますか? 何の意志も持たないあなたに。

 抗えますか? 何の力もないあなたに」

「全部超えてみせる! そして、その先に行ってやる! おまえも越える! 

 上に立つものが居る限り、全て! 超えてやる!

 超えて、踏みにじってやるのが、いまの俺の願いだ!!」

「上――? いいえ、全て勘違いなのです、人の子よ。この世に上などないのです。

 もちろん、下もない。そもそも有無もない。

 私とあなたは同じ。誰もが同じ域なのです」

「上から目線で語っといて、平等とか謳うやつの言うことなんて信じられるか!!」

「その渇きと苦しみを癒せるのは、愛。――愛だけでしょう。

 どうか、あなたに祝福を――」


 それを最後に痴女さんはアンティークテーブルから立ち上がり、手をかざす。

 たった、それだけで、蒼の世界が白に染まる。


 何もかも無に帰す、圧倒的な白が全てを呑みこんだ。

 それは視界だけでなく、俺の思考までも――


 真の意味で全てを帰した。


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