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8.子供のこーろのゆめーは

 意識を失った理由はわかっている。

 俺は反省を活かして、生産性のある発言を心がける。


「ふぅ……。よし、作物でも育てようか?」

「急に真っ当すぎること言うと、

 落差で逆に正気がないみたいに見えることもあるんだね。不思議だね」


 しかし、その紳士的な発言を、イスカは疑っている。

 疑いながらシャドーボクシングしている。

 すげえ、手が早すぎて見えねえ……。


 もしまた暴走すれば、彼女の鋭いフックが俺のジョーを捉えることだろう。


 もうこの子怖い。

 なんか体術スキルカンストしてんだもん……。

 音速の壁、ぱちぱち叩いてるもん……。


「家庭菜園を――いや、もうここに畑を作って生きてこうぜ?

 僻地で農家とか超憧れてんだ、俺」

「んー、魔力さえあればできなくはないんだけどね」

「おー、魔力があればできるのか。

 しかし、何をするにしても魔力がいるってわけか……」

「うん! というわけで、魔境の奥へと行こーう、よ?」


 イスカは両手の人差し指で、平原の先にある森を指差す。


 俺はちらりと目を向ける。


 形容しがたい冒涜的な森が、うぞぞと効果音をたてている。

 やばい。

 森の癖に蠢いてやがる。あれ、生きてるよ。ぜってー生きてる。

 森そのものが化け物で、入ったら胃袋の中ってタイプだよ。ぜってー。


 俺は本能のままに首を振る。


「絶対、あかんやつですってあれ……」

「あかんからこそ、わくわくするでしょ!

 だからこそ行くんだよ!」

「な、なんでやねん……。

 死にかけてるのに、なんでわざわざ危険なとこ行くねん……」

「正味な話、私の魔力を回復させるには『絶望』が必要。

 けど人のいる南方面には行けない。

 なら、別の場所で人を探さないといけない。

 残っているのは北のほうの森のみ。しゃーないね!」

「北の魔境には人がいないって言わなかったか?

 しゃーないを理由に自殺はしたくないぞ?」

「そりゃ全うな人間はいないと思うけど、代わりの生き物がいると思うよ。

 確か人族に迫害された亜人さんたちが潜んでるはず……」

「なるほど、亜人がいるのか……。流石、異世界。

 で、そいつらに会わないと腹減りで死ぬ――か。

 ここにはパンも大きなパンも巨大なパンもない。

 ……なら即降りしないことには話が進まないな」

「そーゆーこと!」

「しゃーない! 行くか! 亜人さんたちと異文化交流だ!」

「いえーい!!」


 イベントの詰まりを感じた俺は、気分を切り替えて森へと向かう。


 危機感どころか、思考回路すら壊れている気がするものの、それもしゃーない。

 絶望えさを求めて、俺たちは亜人を探しに行くことになったのだった。


◆◆◆◆◆


 異世界の森。

 それは不思議が一杯で、夢も一杯な世界だった。

 正確にはいけない葉っぱで幻覚見えてるような世界だった。

 歩けど歩けど、出遭うのはモンスター。


 きしゃーと大口を開ける木々に襲われる。

 肉食昆虫が擬態したキノコに食われかける。

 舞う蝶の燐粉を吸いすぎて、全裸になりかける。

 象よりも大きなミミズが這っていたのを見て、生態系の異常さを悟る。


 そして、鬱蒼とした森をかきわけ、その果てに出会ったのが――


「うひょーー! おい、イスカ! なんだあれ! でけぇ!

 いや、でけぇってレベルじゃねえ!!」


 ――それは子供の夢そのもの。


「あれは竜族の亜種だね。一応、モンスターじゃなくて魔獣に分類されたと思う。

 見つかったら死ぬから、静かにねー」


 恐竜ティラノサウルスさんのような魔獣さんとやらが徘徊していた。

 体長は十メートルをゆうに越えている。正真正銘のモンスターだ。

 銃弾すら弾きそうな焦げ茶色の皮膚の中に、びっしりと筋肉が詰まっている。

 全体的な造詣はトカゲに近いが。頭部が妙に大きい。

 脳みそがでかいのではなく、アギトがでかいのだ。

 まさしくそれは、他者を食らう――という概念のままに進化した証。

 ただ、そこを歩くだけで世界の生物が恐怖に震える。

 

 ついでに俺も震える。


「む、胸がドキドキする……。まさか、これが恋?」

「ふふっ、甘いよジンさん。それは恋よりも尊い感情の顕れだよ」

「こ、恋より尊いだと! 知っているのか、イーちゃん!?」

「その感情はロマン! ロマンだよ、ジーちゃん!」

「ああ、これがロマンか!! ――あ、あとその愛称なしな、なしなし!

 言いだしっぺだけどごめん、ジーちゃんはさすがにないわ!」

「愛も恋も、ロマンの前には大同小異! 僅かな価値もない!

 ロマンこそ至上っ、ロマンこそ人の生きる意味そのもの!!」

「そう言われるとそんな気がしてきたぜ! じわじわと!

 ああ、これが男の子のロマンか! 

 ならば、やってやる!! ロマンを全力で楽しんでやる!!

 ――いまから俺が、あいつをっ、倒してみせる!!」

「なんとっ、やるんですかジンさん! あの巨体を相手に……!?」


 口を抑えて、目を見開くイスカ。


 いや、いやいや、そこまで驚くことないじゃん。

 だって、俺主人公だぜ?

 いわば、これオープニング戦ってやつじゃん?

 たぶんチュートリアル式で勝ち確定でしょ?


「なんでだろうな……、いまの俺ならいける。あれにも勝てる。

 ははっ……、なぜだかそんな気がするんだ……。

 もう過去の俺とは違うって、それを証明するときだって思うんだ……」


 憂いの顔と共に微笑むことで、発言に説得力を持たせてみる。


「ほぼ十割気のせいだと思うんだよ、ジンさん!

 よく見てあれ、あのでかさ! あの重さ!

 あれをいけるって、何がどうなったらいけるの!?」


 しかし、イスカは説得されてくれなかった。

 おかしい。陰のある主人公による特に理由もない自信が通用しないとは。

 けれど、俺は諦めない。仕方ないので、いつもので押しきりにいく。


「――ああ、わかってる! わかってるさ!! いくら空想の中で上手く行こうと、現実は甘くないってことくらいわかってる! 妄想は妄想。格闘技漫画を読んで強くなった気がしても、ゲームで百戦錬磨のハンターになった気がしても、いつかは厳しい現実に理解させられる! ああ、現実と空想は違うんだなって……、直面し、諦める、それが世の常。ここは身の程を知り、手を引くのが正解。いや、当然。それが当然の選択! だけど――けどっ、俺はァ!!」

「け、けど、ジンさんは!?」

「――俺はそう思わない!! 俺は信じたい。自分の描いた道を。自分自身の持つ無限の可能性を! 人一人が持つ世界をも革命できるパワーを! だってこんなに勝てる気がするんだもん! いけるって! こう、避けて関節狙って、避けて関節狙って、繰り返してたらそのうち勝てるって! だって俺のプレイ時間あとで見てみ、千時間届きそうなんだよ!? これでいけなかったら、誰がいけるんだよ!?」

「ふひひっ! ジンさんのそういうところが大好き!

 たぶん死ぬと思うけど、それでも私はジンさんの挑戦を止めないよ!

 止めるなんてできない! あっ、これが惚れた弱みってやつなのかな!?

 ふひひっ、楽しみだなぁ!! 内臓とかとびでるかなー!?

 赤黒い血が虹を作るかなー!? ふひひひひっ!」

「鍛えに鍛え抜かれたモンハン脳が戦えと轟き叫ぶ!

 勝利を掴めと脳内麻薬が分泌される!

 いくぞぉおおおお、やってやる! やってやる!!」


 勢いのままに俺は駆け出す。

 木の葉を手で払いながら森を抜け、散歩中だった魔獣さんの前へと躍り出る。

 余りにも身体の大きさが違いすぎて、目線が合わない。

 けれど、俺は一切気後れすることなく叫ぶ。


「さあっ、かかってこいぃいい!! この俺が相手だあああ!!」


 魔獣の六つある眼球がぎょろりと動く。

 そして、のそりとその体重十トンはありそうな肉の詰まった身体を動かす。

 子供の頃に博物館で見た恐竜そのもの。

 違いがあるとすれば、目の数が三倍だというところだけ。


 恐ろしき怪物が、目の前で動く。


 しかし、俺の身体を支配するのは畏怖でなく、感動。

 イスカの言うロマンというやつが麻薬のように感覚を麻痺させる。


 その刹那、魔獣の爪が煌く。

 咄嗟に俺は前転することで、それをかわす。

 台風の中を全力登校したときよりも強い風が隣で吹き荒れる。


「――危なっ!!」


 ばつんっと何かが弾けた音がする。

 爪によって、あっさりと大地が抉れたのだ。

 掠りでもしたら即死することがよくわかる。

 

 その破壊力に俺は顔を歪ませる。口元が吊りあがる。


 すぐに逆の爪が襲い掛かり、それを今度は側転でかわす。

 その間も、顔は喜色に歪み続ける。


 いま俺は危険の真っ只中で踊っている。

 普通に考えれば狂気的だ。望んでやっているのならば病的だ。

 けれど、俺はずっとこれを求めていた。欲しがっていたのだ。


 飛び降りるのならば安全は確認されていないほうが興奮する。

 命綱は頼りなければ頼りないほうが、逆に心強い。

 殴り合いの喧嘩をするよりも、そこらの尖ったもので刺し合うほうが好きだ。

 死力を尽くしあったほうが、あとで仲直りしやすいに決まってる。

 スポーツをするなら、血を吐くほど限界を超えなければ燃えない。

 選手生命とか言い出したら興醒めだ。


 子供の頃から、ずっとそう思ってきた。

 けれど、俺は周囲から止められてきた。


 怪我をしないように怪我をしないように、

 痛くないように痛くないように、危険から遠ざけられてきた。

 俺はそのルールに嫌々ながらも従ってきた。

 そうしなければ、社会で生きていけなかったから。

 だから、怪我も痛みも、怖いどころか快感だったのに我慢してきた。


 けれど、もう我慢しなくていい。


 俺は迫りくる爪をすれすれにかわし続ける。

 だが、回避力に定評ある前転と側転の限界は近づく。


 服と共に肉が裂かれ、鮮血がびちゃりびちゃりと近くの木々にへばりついていく。


「――ぐぅっ! 現実には無敵時間がない! さっきから、さくさく裂けてる! なぜだっ、なぜ食らうんだ!? ゲームの俺と現実の俺っ、どこに差がある! プログラムと物質世界の差か!? 形而上と形而下の差か!? いいや、同じだ! ゲームも現実も突き詰めれば0と1の世界! 神の域だろうが、愚者の域だろうが、どの空間も突き詰めれば等しい0と1! おなじっ、同じなんだ! ならば無敵時間を信じて戦え、俺!! いまこそ、全ての境界を超え、全ては同じだと証明するとき! RPGで世界を救えば、現実でも救世主! シューティングでルナティックならシモヘイヘ! ハンターランク三桁なら、こんなやつっ、俺だってぇえええ!!」


 そして、回避ではなく攻撃へ転じる。

 絶対勝利を信じて、俺は魔獣の爪を前へ出てかわす。


 轟ッと、隣を二tトラックが通ったかのような音が過ぎる。


 紙一重でかわすことに成功した俺は、敵の硬直に大技を叩き込むべく叫ぶ。


「――対幻想生物実践古武術っ、帝釈天七十七裏の型! 【《穿》】!!」


 全身のバネを伝動させ、兆を超える細胞の力のベクトルを一箇所に集中させる。

 地を踏みぬき、大地から反発力を得たことにより、その速度は倍へと達する。

 人体の生み出せる破壊力の頂点。

 それを右の拳に収束させる。


 後のことなど何も考えず、魔獣の足へと全てを叩き込む。


「――っ!?」


 痛いのは俺のほうだった。

 凄まじい衝撃が拳に返ってくる。

 思った以上に俺の拳の力が強かったせいか、反動が予想外に大きかった。


 殴った俺がびっくりだ。

 テンションのせいか、リミッター外れたパンチとなったらしい。


 すげえな人体。

 まじで人体の生み出せる破壊力の頂点を生み出したかもしれん。

 拳だけでなく、腕の毛細血管びちびちに弾けてるもん。


 そして俺は、骨にひびの入ってそうな痛みに耐えながら、後方へと跳ぶ。

 

 当たり前だが、魔獣さんはびくともしていない。

 わかってる。予定通りだ。

 一発で沈むとは思っていない。狩りの基本は反復。

 同じ場所を狙って、ただただ反復するのみ。


 前転側転を繰り返し、俺は対幻想生物実践古武術――

 いわゆるアンチアルティメットアーツを繰り出し続ける。

 そして、その型の最終形態を放とうとしたときだった。


「まだだ! 天照全項一表の型っ、森羅該象の――ォ、ア゛ァ!!」


 直撃した。

 敵の攻撃が。


 技名を最後まで叫ぶことができず、呼吸が止まる。

 バチバチと、束ねた小枝を一気に折ったかのような音が、頭に鳴り響く。

 それが自分の身体の骨が砕けていく音だと理解するのに時間はかからなかった。


 次にパツンと何かが弾ける。

 折れた骨が肺に穴を開けた。不思議と痛みはなかった。

 ごぽりと口から赤い血を吐き出しつつ、宙へと身体は放り出される。

 糸の切れた人形のように、身体は動かない。

 べちゃりと地面に打ち付けられ、酸化して黒ずんでいく血を見続ける。


 呼吸ができない。

 だが、コヒューコヒューと妙な音は響く。


 そして、ようやく気づく。

 死んでしまうということに。

 何よりも恐ろしい無に引き寄せられていることに。


 気づき、ようやくわかる。

 なぜ、社会が危険を隔離していたのか。

 痛みという信号が肉体に存在していたのか。


 簡単なこと。死ぬから駄目なのだ。

 死ぬのは怖い。だから、危ないことはしちゃいけない。


 傷みを避け、怪我を予防する。ああ、当たり前のことだ。

 でも俺は些細なことで脳内麻薬が出るもんだからわからなかった。


 ――こんなにも死が恐ろしいとは知らなかった。


 だから、遠のく意識の中、俺は思う。


 嫌だ……、消えたくない……。

 まだ……、オレはやる……、べき――こと――が……――


 だが、後悔の時間は二秒も与えられず、終わる――

終わりません。


感想返しですが、こちらは迷宮最深部よりもさらにさらにフランクにいきます。

コメディものなので、結果的に感想返しもとても気軽な感じになりますので、不快になられる方が出るかもしれません。ご容赦くださいませ。

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