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7.名前を考えるだけで三晩は余裕ですよね

 脳内麻薬の噴出が落ち着いたところで、俺達は現状を再確認する。


 ようやく俺は魂の衝動を解放し「もう元の世界とかどうでもいいや!」という状態になったので、この異世界で生きていくことになった。


 そう。

 俺はこの異世界で、魂の同胞である少女と生きていく。

 心に決めた。


 しかし、ただ生きていくだけというのも難しいものだ。

 衣食住がなければ、人は人らしい生活を営む事ができない。


 だが、いまの俺たちは、余裕で衣食住余すことなく、ない。

 そう。人らしい生活を営めないのだ。


 ギリギリ、いま着ている服のおかげで最低限の『衣』は保たれている。

 しかし、明日着替える下着もなければ、温度変化に対応することもできない。

 加えて、今日寝る場所もなければ、今日食う食べ物もない。


 ゆえに、それらを探すため、周辺の砂浜を適当にぶらつき始め――余りに何もないことに気づいて、薄々と嫌な予感がし初めて――かなり必死こいて早歩きになって――それでも衣食住の足しになりそうなものは見つけられなくて――ちょっと前の暴走を後悔し始めているところだった。


「異世界でやっていくと決めたものの……、し、死ぬ……! 

 このままだと余裕でのたれ死ぬ……! いやだ、飢え死にだけはいやだ……!

 もう帰る……!」

「ふひひっ。いやぁ、流石は未開の魔境! 大自然の厳しいおしおきだね!」


 そろそろ腹の空き具合も不安になってきたところだ。

 しかし、少女はこの逆境を楽しんでいた。


 俺も少女のように逆境を楽しめればいいのだが、

 未熟な俺にはまだ至れない境地のようだ。

 少女に状況の打開方法を聞く。


「おまえ、世界を滅ぼせるほどの魔法使いなんだろ……?

 どうにかできないのかこの状況……。なんとかしろ、いやしてください……」

ジンさん・・・・の召還と『呪い』の構築で、私の魔力の貯蓄は空になったんだよー。

 ジンさんが私の乙女の呪いにかかってくれなかったのが悪いんだよー」


 ん? ジンさん?

 いや気のせいだ。まだそのイベント通ってないし……。


「そこは少しだけ申し訳ないと思っている……。

 しかし、過ぎたことを嘆いても仕方がない。過去に縛られるな、いまを生きろっ!

 ……で、魔力を貯蓄するにはどうすればいいんだ?」

「うーんと、意外にも私は『悪』に属する魔法使いタイプだから、

 魔力回復は特殊なんだ」

「意外でも何でもないな。それで?」

「私の栄養源は、主に人間の絶望です」

「へえ、そうなん。その回答にさほど驚かない自分に驚くぜ」

「しかし、ここは無人の魔境……。私の魔力回復は絶望的なのでした……。

 うぐぐぅ、自分の絶望は食べてもおいしくない!」

「なるほど、自分のはダメと。俺からはダメなのか?」

「うーん、だめっぽい。ジンさんは私が召還した存在だからね。

 私の使い魔――所有物みたいな扱いになってるんだよ。

 流石に自分自身からは吸えないって理論」

「所有物とか恐ろしい初耳情報をありがとう。

 そして、このままだと本気で危ないという恐ろしい情報もありがとう」

「どういたしましてっ、ジンさん!」


 もうスルーすることはできない。

 このままだとなし崩しにその名前で呼ばれ続けてしまう未来が見える。

 それはすこーし嫌だ。


「で、それはなんだ」

「んー?」

「その『ジンさん』ってのは、俺のことか?」

「うん。ジン=イセカイさん。異世界人さんだと長いからね」

「勝手に名前決めんなよ……。

 そういうのはもっと重要なイベントとか経て、

 三日三晩考えて決めるんだよ……!」


 いまみたいに、いつの間にか決まっているのだけは避けたい。

 まるで、家族にすら忘れられていた俺の誕生日のように切ない。

 RPGで重要なイベントをスルーして、

 仲間が一人足りないままラストバトルくらい切ない。


「でもそれまで不自由じゃん!

 名前呼ぶたびに、六文字分のエネルギーが消費されるじゃん!

 そこを二文字にして、お腹が減るスピード減らすんだよ!!」


 しかし、少女の言わんとすることも理解できる。

 なので――


「仕方ないな。即興で仮の名前くらいは作るか。

 ジン・イセカイ……。つまり『伊瀬戒・仁』……。

 ちょっと苗字が格好悪いな……」

「うーん。そもそもイセカイって言いにくいなあ。

 ジン=イスカイアのほうが、こっちの世界に適してるかな?」

「偉人イセカ。怪人イセ。維瀬嘉・迅。

 駄目だ。ジン=イスカイアが一番マシだな。

 あー。日本語、まじ格好悪いわー」


 うんうんと俺達は唸り続けて、カロリーを消費する。


 正直、名前なんてものに意味はない。所詮、ただの記号だ。

 記号を決めても、腹は膨れない。

 けれど、決別と再生を記念してカッコいい記号を決めたい気分でもあった。


 危機感なんて立派な機能は、見事に停止しているのがわかる展開だった。


「俺は【†Zin†】でいいとして、おまえの名前はどうする?

「ん、んー? どうしようっかな。

 ここはジンさんに倣って、

 私もおニューの名前を貰っちゃうべきなんじゃないかな?」

「しかし、俺から見れば、おまえも異世界人だからな。

 利用できる情報は、異世界人、少女、銀色、邪悪、魔王、人類の敵、

 ――あと【†この世全ての悪†】ぐらいしかないぞ?」

「何その邪悪な単語!?

 ま、まままってよ、悪とか魔王とか心外だなあもう!

 私ってば、本当に心清らかな普通の聖女だよ?」

「まあ、まず聖女は普通じゃないんだけどな。

 そして、聖女を自称しているやつが聖女なわけないんだよなこれが」

「ええ!? じゃあ聖女はどうやって聖女であることを証明するの!?」

「自称するのは悪女。呼ばれてしまうのが聖女」

「なるほど!?

 じゃあ、†Zin†さんが私を聖女と呼べば解決なのかな!?」

「ははっ。俺からこの世の全ての悪とか呼ばれちゃってる現状から、

 それは不可能だって察しようぜ?」

「では逆転の発想!

 今日から私の名前は『せいじょ』。

 せいじょちゃんまじせいじょって呼んで!」

「うーん。俺的には悪くないけどね。

 でも、それ本物の聖女が出たときに被って困るからなー。

 一応、俺ってば異世界で冒険した末、聖女とロマンスする予定だしな。

 その子とラブロマンスの途中、おまえの顔がよぎるのは避けたい」

「それ、いまでしょ!?

 いま聖女とラブロマンスってるよ、 †Zin†さん!

 どうぞご自由に私の顔を脳裏によぎらせるといいよ!」

「いま俺の脳裏には邪悪の化身の顔がよぎっている。

 へいへいへーい、ピッチャージンさんビビッてるーって、煽ってきてる」

「おのれ、邪悪の化身めえ! 私の †Zin†さんは渡さん!!」

「うーむ。こうも皮肉が通じないとなると、もうお手上げだな!」


 どうやら、自分を悪だと気づかない最もどす黒い悪だと

 少女に自覚させるのは難しいようだ。

 仕方なく、俺は真面目に名前を考える。

 せっかくなので俺の名前と関係性のあるものを選ぶ。


「ジン=イスカイア、か……。

 なら、俺は『ジン』。おまえは『イスカイア』。

 とりあえず、それでいいんじゃないのか?」

「急にまとも!?」

「どこかの魔王に魔王であることを認めさせるのは無理だと気づいたんだ。

 もう、さっさと名前決めようぜ?」

「ひどい魔王もいたもんだね」

「いや、『イスカイア』は長いか。『イスカ』でどうだ?」

「『イスカ』かあ……」

「……俺の世界だと鳥の名前だったはず。

 自由奔放なおまえに合う名前だと、俺は俺自身のセンスを褒めてやりたい」

「鳥、か……。いいね、それでいこう」


 イスカは空を見上げ、舞う鳥を見つめる。

 目を細め、いくらか和んだあと、イスカは両手を広げて回る。


 独楽のように一回転して、満面の笑顔を見せる。


「私はイスカだよ、ジンさん!」

「ああ、よろしくな、イスカ! 俺は今日からジンだ!」


 俺も同様に笑顔を見せ、名前を呼び合う。


「ジンさん!」

「イスカ!」

「ジンさぁぁん!!」

「イスカァア!!」

「ジンさん、おなかすいたああああ!」

「俺もだ、イスカァアアアア!」


 名前は決まったものの、何も進展はしていない。

 腹が減って死にそうだ。

 俺はよろめきながら、揺れる足に合わせて、心のままに言葉を漏らす。

 喋る前の吟味なんて一つもない新鮮な本音だ。


 正直、頭がくらくらしてきた。


「――だが……、俺は思う……!

 この食欲こそが人である証明であり、憎悪の対象なのだと……!」


 そして、同時に憎しみが沸く。

 なんで俺はこんな目に遭ってるのか。

 なんでこんなに人は苦しまねばならないのか。

 なんで人は生きていかなければならないのか。

 その神の作りし摂理が憎くて堪らなくなる。


 流れとかノリで、世界を壊したくなる。

 あー、まじ世界壊してぇー。


「ジンさん、余裕あるね……。胃液たれ流れてるくせに……」

「俺は食欲なんてものに縛られて生きたくない――!

 生き残るために食い、子孫を残すために食い、欲のままに食うなんて、醜い。

 ああ、醜い! そして、そこに俺の自由はないんだ!!」


 だからこそ、人は世界と戦わなければいけない。

 戦わなければ――、生き残れない!


「え? あ、ああうん。……え?」

「ああ、俺はその人のネイチャーから抜け出し、上のレベルに上がりたい。【届かざる天上の域】、その高みまで至りたい。人では至れないというのなら、俺は人ならざる身と化してでも、追い求める! 真の自由のためなら、全人類に憎まれ、ナユタの時に殺され【永久の地獄】に落とされてもいい! 自由とは、それほどの価値がある!! いや、逆だ! 自由だけが万物に価値を与えるんだ!! なぜ、それに誰も気づかない!? なぜ、価値のない人生を歩もうとする!?」

「お、おう……」

「どれだけ幸せな人生を歩もうとも、それは人のネイチャーに操られた結果だ! 騙されてるんだよ! 俺たち人類は人類に騙されてるんだ!! 人という種の繁栄のために奴隷としてっ、歯車としてっ、部品としてっ利用されているんだ! そこには人権も誇りもない! 地位や名誉、達成感や優越感? そんなものまやかしだ! 俺たちを操る呪いだそれは! そう、俺たちは生まれたときから全自動的に収束する生を強制されている! それは【輪廻する神造の拷問世界】っ、いわば【有機機械仕掛けの運命】!!」

「やばい! 限界来すぎて、ジンさんの素が漏れはじめてる!」

「くっ、しかしその真実に至ってはいても、身体が【真世界元素ノービス・マテリアル】に飢える! ああ、【幽機機械仕掛けの運命フェイト・エクス・マキナ】が魂を逃さないっ、けれど俺は絶対に【世界影の渇望フェイタル・グリード)】に屈しはしないっ、なぜならば――」

「――暴走前に電源を落とそう!!」


 最期に見えた光景は、イスカの拳が光になる瞬間。


 かつんと小気味いい音が聞こえた。少しだけ顎に痛みが奔る。

 視界が四十五度ほど傾き、ぐにゃりと景色が歪む。

 そして、次の瞬間には黒と白ともつかない思考の底へと落ちる。

 

 意識を――、失う――。


キャラ紹介もそこそこ終わったので、

チートってところをそろそろお見せしたいですね。

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