5.さあ、序章を終えろ! 我が名を叫べ! アウルゲルミルハティーファクター!!
いま俺は盛大に笑い、真の意味で正大に笑う。
今日までの俺は、俺らしく笑うことすらできなかった。
本当の自分を取り戻した俺は、少女へ聞く。
「ははっ、笑わないで聞いてくれるか?」
「内容によるね!」
ああ、少女は正直だ。
表面上のやり取りなんてない。
ただそれが、ただただ嬉しい。仰るとおり、無料なのが本当に不思議だ!
「俺は人間が嫌いだ。だいっきらいだ!!」
「ん? 私も嫌いだよ?」
「いや、普通は同意なんて得られないんだよ。
……これを昔、真剣になって親へ相談したらさぁ、
二次成長期特有の反抗期として片付けられたんだ。
次に親友へ相談したら、中学二年生時にかかるはしかのようなものだと、
生暖かい目で見守られた。そのとき俺は悟ったんだ。
こういうことは口に出すべきものじゃない……。
少数派の主張は常に迫害されるものであり、害悪。
主張すれば主張するほど自分の立場を不利にしていくだけの類だと……」
吐き出すかのように、俺は頭二つ以上は小さな子供へ人生相談をぶっかける。
その唐突なよた話を前にしても、少女は穏やかに微笑み続ける。
「だから俺は今日までその衝動を胸に秘めて生きてきた……。
だって、素直になればなるほど、俺は生きづらくなったんだ!
俺が俺らしくすると、悲しそうな目で見られる!
だから、たとえ息が辛くとも、抑え続けて生きなくちゃいけなかった!
だって、俺がちょっと本気で語りだせば、誰も彼も白い目で見やがる!!
ちょっとだ、俺にとってはちょっとのことなのに!
周りのやつらは異常者を見る目に代わる!
そりゃ、憚るようになるさ! 心配されることを心配して大人しくもなるさ!
今日まで、ずっと! いまのいままで! そうしてきた! 否応なく!
――けどっ! けどおまえは違う! おまえは違うんだな!?
俺は、自由にっ、おまえと話していいんだな!?」
ずっと俺は衝動をひた隠してきた。
しかし少女は違った。俺が秘めてきた衝動を、遠慮なく撒き散らしていた。
これこそ私だと言わんばかりに、傍若無人に振舞っていた。
その姿に俺は惚れ――救われた。
地獄の底でもがいているところを掬われる。本当の意味で救われる。
「ふひひっ、だから言ってるじゃん!
私をそんじょそこらのやつと一緒にしてもらっちゃー困るぜー!?
私こそ世界の悪を一身に受けながらも、その聖なる心を失わない超聖女!
人を超えしプリチーな現人女神兼大天使様なんだから!」
あれだけの邪悪を口にしながらも、少女は同じ口で自分は女神だなんてほざく。
その姿が眩しくて堪らない。敬うしか他にない。
リスペクトやインスパイアを越えて、信仰したくなる。
「女神……、か……! ははっ、確かにおまえは神々しいよ!
おまえは、俺にとっての光――っ! 希望の光だ!!」
その心のままに、俺は叫ぶ。
少女の姿を真似て、世迷言を世迷言でないようにほざいてみせる。
「ここに俺と同じぐらい病気だけれども、それを恥じることなく生きる少女がいる。
それだけで、俺は救われる気持ちになる。
「ああ、俺は間違っていなかったんだ」って……。
「生まれた場所が、時が悪かっただけなんだ」って、言い訳できる。
俺は病気なんかじゃない……! 絶対に病気なんかじゃない!!」
かつての苦しみと諦観を否定する。二度と諦めないと心に誓う。
排他されるから言葉を選ぶなんて苦行、二度とやるもんか!
「なあ、やっぱり人間って最悪だよな……? ろくでもないよな……?」
「うん、人間ってろくでもないよ! 許されざる種だよ!
絶滅も致し方ないんだよ! ほーろーべっ、ほーろーべっ!!」
「でも、流石に絶滅に追いこみまではしないかなア!?」
一言えば十にして返してくれる少女。
それは俺の理想だ。早く俺もそうなりたい。
そして、その憧れの少女は俺を解放してくれた。
「もう、ここでは我慢しなくていいんだ……。
なんだ、異世界、ちょーサイコーじゃん……」
少女は言ってくれた。
解放されたと。自由だと。誰もいないと。一人だと。
そして、夢を追いかけていいと。
「夢――か」
俺は髪をかきあげながら、ニヒルに笑って見せた。
いまからはやりたい放題。やりたい放題だ。
ああ、なんて開放感!
空気が美味っしいーーーーーー!!
「なあ、俺の夢、聞いてくれるか……?」
片目を隠しつつ、覗き込むように少女へ聞く。
一言一言、演劇のように、緩急をつけて、大仰に、ただただ格好良く、紡ぐ。
「俗世と関わらぬところで生きるのが、子どものころから夢だったんだ。
人間とか、誰とも関わり合いたくなかった。同じ空気も吸いたくなかった。
関われば関わるほど反吐が出そうで大変だった。
だから、この誰もいない無人島とか超理想なんだ。一人で生きて、一人で死ぬ。
それが人としての完成形であり完了形だと思わないか?
ああ、その完了形こそが、俺の夢なんだ……。へへっ」
「わぁ、前向きだね! 前向きだけどとっても後ろ向きな理想!
その矛盾した夢はとても人間らしいね! 人間らしくてクール!!
異世界人さん、かっこいい!!」
「だろ? 俺は常々から思ってたんだ、人は孤独なんだ。
俗人共がどれだけ人と人は支えあっているとのたまおうと、孤独は孤独なんだ。
そして、その孤独を受け入れることこそが強さであり、人の気高さに繋がるんだ。
そう。つまり、孤高――、『孤高』こそが人が唯一持てる美しさなんだ。
それだけが、美しく……、かっこいいってことなんだよ。
それだけが真実の美なんだ。それ以外の格好良さなんて幻だ!
人は一人で生きていけないとかっ、誰かに助けられて生きているとか!
人は知ったような口を利くやつらはたくさんいるだろう――だが、俺は!」
「だが、異世界人さんは!?」
「――俺はそうは思わない! そんな幻想に騙されはしない!
他人なんて不自由不確定な要素があるから、傷ついて悲しくて不幸になるんだ。
俺はそうだった! いつだってそうだった! もういじめられまくった!
それを俺は経験で知ってる。普通に考えれば当たり前だ。
思い通りにならない他人がいるから、自分の人生が思い通りにならない!
よくある大抵の不幸は他人のせいなんだ。他人が不幸を運んでくる!
他人がいるから人は比べてしまう! その身の競争心に耐えられなくなる!
妬み、恨みっ、貶めるっっ! 襲い、争いっ、奪い合う!
それを止めるにはどうすればいい!? 簡単なことだ!
他人を排除すれば、完璧で安定した人生になる。そう、安定こそ幸福。
平穏こそ終息なんだ。しかし、人はそれを愚かと呼ぶだろう。
だが俺はっ、ここでそれを実証してみせる。一人で生きてみせる!」
「ふひひ! なんて浅くて微笑ましい持論!
だからこそ逆に真理を掠めているんじゃないかな!」
「ふっ。浅くて微笑ましい持論――か……。ああ、わかってるさ。
俺が孤高を気取っているだけのただの屁理屈屋だってことくらい、
自分でもわかってる。――けど、それでも俺は!
俺は俺の出した答えから逃げるわけにはいかない。
それは自分自身を否定することになる。
だから、たとえ神の定めた法があろうと、俺はそれに従いはしない!
自身の定めた法だけが、自分自身の法なんだ! それが答え!
ああっ、たとえ神に抗おうとっ、一人で生きていきたい!
自分の道さえ信じられなくなって、何を信じられるって言うんだ!」
「ああ、なるほど! なんだかんだと言いながら、
結局過程なんて異世界人さんにはどうでもいいんだねっ!
最終的にやりたいのは自己肯定!
けど、その姿勢こそが人間の本質だよね!
どれだけ取り繕おうとも、それが生きるってこと!
異世界人さんは生きるのがお上手だね!」
…………。
ノリノリでカウンセリングしてもらってたけど、
少女の辛らつな評価に、ちょっと心が折れそうになる俺だった。
「……な、なあ。待って。ちょっと待って。待って待って待って。
おまえは俺を解き放ちたいのか、なじってるのか、どっちなんだ?
ちょっと涙出そうになってきたんだけど」
尊敬する少女の無慈悲な相槌に耐えられなくなり、俺は若干膝を折る。
打たれ弱いのだ、俺は。
「え、褒めてるんだけど……?」
けれど、少女は不思議そうに俺を見るだけ。
「え?」
「え?」
お互いに疑問が浮かぶ。
俺は少女を魂と魂で惹かれあう運命の人だと断じた。
しかし、だからといって全てが通じ合うわけではない。
解り合えるようで解り合えていない。
――仕方ない、か。まだ出会ったばかりだもんな。
けど、彼女が人生で一番の理解者であるのは確かだ。
少なくとも、俺を見る目が輝いている。光がある。知性を感じる。
俺の存在の理解を放棄しようとしていない。
「ふっ、確かにいまの持論は未熟が過ぎていたかもしれないな……。
少しだけ訂正しよう。そして、前へ進もう。
やり直せないものなんてこの世にはないのだから……。
ああっ! 俺はこの衝動を更なる次元へ昇華し、次へと! 進む!
もう俺はっ、誰かに気を遣って立ち止まることなんてしない!!」
だから、この程度で止まるものか。
這うことしかできなかった俺が、ようやく自分の足で歩き出せた瞬間だ。
今日、俺は生まれ変わった。
つまり、これは異世界召喚ではない。
まさしく、異世界転生! 誰が何と言おうが、これは異世界転生!
さあ、我慢することなく叫べ。
いまからおまえは世界の中心――主人公なんだ。
――異世界に転生した主人公らしく!
ラノベ主人公よりも享楽的に、純文学主人公よりも病的に!
ドラマ主人公よりも愛深く、叙事詩主人公よりも憎しみ深く!
過去の自分よりも、いまの自分らしく――!!
「新たな人生の始まりを、自分で喝采しよう!
自分で自分を祝福しよう! もう俺は、誰にも祝福されたくないのだから!
ああ、ようやくっ、ようやく――!」
――物語の序文を叫ぼう!!
「凍っていた物語は融け、語り部は謡いだす!
蒙昧なる簒奪者によって正統なる思索者が弾圧される時代は終わったんだ!
さあ迅こう、今こそ杭を打つかのように軍靴を鳴らすとき!
この世の矛盾の群れを率いて、神に世界の評定を突きつけるとき!
ああっ、誰がどう見ても、この世は失敗作だ!
それを世界に突きつけ、全人類に報せてやる!!」
「あははははっ、そうだね!
赤子が見ても、異世界人さんが見ても、この世界は腐ってる!」
適当なことを適当にのたまってみたが、
少女はオールオッケーのようだ。
ただ、それだけのことが嬉しい。
「清々しいな! まるで滑車が軽快に奔る音が聞こえてくるかのようだ! ああ、あれは車輪――いや、【銀の歯車】が廻り回っている――!【第五の無限に至る螺旋世界】の呪いを砕くことはできないが――【咎を負いし少年】は、神さえも掴めぬ真実へと挑む――それでも、その【白い右手】を追い越してみせよう――! それが追憶に至る【終わる未来への系譜】なのだから――!!」
「んっ、んーーっ!? ちょっと話に追いつけなくなってきたけど、
なんとなく前へ進もうとするノリは、ギリギリ感じ取れるかなぁ!?」
「これから始まるは【逆巻く仔の反逆】――!! 俺こそが【神に挑む一審】が一柱!! 夢に夢見る夢のような【魂を風化殺す檻箱】を破壊し、無慈悲な理を【永遠唱室】させる罪人!! ――さあ、演劇めよう! それが俺の【十一番目の終末鮮血戦】なのだから!!」
「わぁー、もう何言ってるのかわからないや!
だけど、なんとなく反撃に出る感じは伝わってくるかな!?
なんとなく、ほんのりとね! ほぼ意味不明だけどね!」
「さあ、塔を立て――最上階にて喝采せよ! ――天よりも高く――地平全てを見下ろす我を崇めよ――! ――這い登る愚者の群れを落とせ! 霧の中――無数の獣を放て! 赤き意思を探せ――白き隻腕を伸ばせ――青き脚を進めろ! 目を閉じ、血肉と別れを告げろ! これから創まるは夢のような夢に似た夢の――夢物語!」
「あっ、ちょっと、わかりやすくなった! けど、インパクトが落ちたかなぁ!?
私の文句に日和った感が否めないね!」
「vi.jiertiierce! vi.jiertiierce! ery ric martias!! eli ,ela,elgo-suria!! ――vi.jiertiierce!! vi.jiertiierce! vi.jiertiierce! ery ric martias!! eli ,ela,elgo-suria!! ――vi.jiertiierce!!」」
「ヴぃっ!? ヴぃ、じーでぇいえるちぇ!!」
何を言っているのがわからないが、手と手を取り合って踊り出す俺と少女。
途中からはノリだ。余りにも少女が喜んでくれるので、俺も後に引けなくなった。
正直、ブレーキがきかないのが悪い。俺は悪くない!
賛美歌が幻聴で聞こえてくる中、幻覚の花畑で俺たちは舞い続ける。
パイプオルガンの音が響き、オーケストラが世界を彩る。
花畑は光の粒子となって、空へと昇る。
「ははっ、何もかも台無しだ! ――だが、それがいい。
俺はそれがよかったんだ! ずっと! ずっとそれがよかった!!
さあ、やり直そう! ここから俺の人生をもう一度、今度は何にも束縛されず!
俺が俺であるための物語を、ここに紡ごう!!
俺が、俺こそが主人公だ!!」
「うん、やろう! ちょっと人生詰んじゃったりしたけど、あきらめちゃ駄目!
失敗とは転んでも起き上がらないこと。私たちは起き上がったっ。
私たちはまだ負けてない!! 私たちの人生はこれからだ!!」
「ああ、人生はまだまだこれから! もっと楽しまなくちゃな!」
「うんうん!」
そして、俺は両手を空に伸ばして――天に向けて、物語の開演を宣言する。
「我こそが【逆接系因果解放分子】っ!
そして、【異世界汚染神話一章】の開演だ!」
「うんっ! なーに言ってるのか、ぜーんぜんわかんない!!」
いま俺は太陽にも勝る笑顔をしている自信がある。
だって、俺の背中に飛びついている少女の笑顔が、太陽に勝るほど眩しかったから。
ならば、隣に立つ俺も眩しいに違いない。
ああ、何もかもが眩しい。そして、同時に世界も眩しい。
あんなにも色褪せていた世界に、光で満ちていく。彩られていく。
こんなにも世界が輝いているということを、やっと俺は知った。
全ては心の持ちよう。人それぞれの受け止め方。
その真の意味を、言葉ではなく身体で理解する――
ああ!
これが俺の物語の始まり――!
【逆接系因果解放分子異世界汚染神話一章】――!!
黒歴史は後悔するものでなく、量産するもの