表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

4.自分らしく生きる

 打ち切りっぽく演出して、流れで家に帰ろうとした俺だった。

 失敗だった。


 苦難を乗り越える勇者と最大の壁として立ちふさがる魔王ごっこを終え、

 俺と少女は誰もいない砂浜の上で正座して向き合っていた。


 ヒートアップしすぎて、いまは賢者タイムってところだ。

 作戦は失敗したが、ようやく落ち着いて話ができそうだ。


「――さて、大変無駄な時間を過ごした気がするが……。

 で、俺、いつくらいに帰れるんだ?」

「んー、一年後くらい?」

「駄目。二日な。おまえと遊んでやれるのは土日までだわ。めんご」

「ふひっ、というか私は死ぬまで異世界人さんを返す気ないんだけどね!」

「ふざけんな! さっき元の世界に返せるって言ったじゃねえか!」

「返せるとは言ったよ! けど、返すとは言ってないよ!

 さらにーっ、もし返すと言ったとしても、いつ返すかは言ってないよ!

 さらーにっ、いつ返すかを約束したとしても、

 たぶんその日になったら裏切る自信すらあるよ!!」

「このクソガキ――!」


 全然落ち着いて話せてなかった。

 速攻で手が出る俺。

 しかし、少女は俺のアイアンクローを軽やかに避けてみせる。


「おっと、そう何度も同じ手は食らわないよ! ほんとまさしく同じ手!

 白金の輝きを背負う聖女に同じ技は通用しない!」

「月曜までに返らないと、欠席になるだろうがぁ!

 そうなったら、俺の完璧で美しい無遅刻無欠席記録に傷がつくじゃねえか!

 すぐ返せ!」

「お、おーうふ。

 こんな状況になってまで、遅刻しないつもりでいるなんて逆に凄いなあぁ……。

 もう一生帰れないっていうのにねぇ……」

「一生!? 県内の有名進学校でトップを保ち、

 東大入学を絶対視されていた俺がドロップアウト!

 ああっ、まさか、大学受験すらできない!?

 まてよ! そ、そんな理不尽なことってあるのか!?

 え、というか、このままだと留年? いや、中退!?

 この俺の完璧な学歴に傷がっ、傷がぁア!」


 別に東大は絶対視されてない。けど、せっかくなのでそういうことにしてみる。

 だって、それなりに勉強頑張ってたから。


「……いやあ、まさか、私の友達がここまで学歴コンプレックスだったとは、

 夢にも思わなかったです。

 確かに、こっちの世界でもそういう風潮はなくもないけど」

「フザケルナよお!

 この俺が大学受験のためにどれだけの時間を費やしたと思ってんだよ!

 この悪魔がぁ! 人は大学受験のために生きて、大学受験に死ぬんだ!

 大学受験できないということは死んだも同然なんだぞぉ!?」

「んー、小さいなあー。思いのほか小さいなー。

 こっちの世界にも学校あるんだから、そっちに通えばいいんじゃないかな?」

「さっき、人里のほうへは戻れないっつったろうが!

 このままだと学歴中退からのホームレス生活!

 ――どころか、原始人生活に回帰しちゃうんだろ!?」

「おっと」

「おっと、じゃねえよ! ナチュラルに人を騙そうとすんなよ!」

「いやいや、嘘じゃないよ? いつかは機会があると思うよ?

 たぶん、きっと、メイビー、……うーん、いや、やっぱないか」

「最後まで濁せや!? 人を騙すには夢とか希望とか重要だぞ!?」

「いや、騙すほどでもないかなって思ってさ。

 学歴なんてなくとも、私は聖女で、

 そっちは異世界から呼ばれた勇者様なんだからさ」

「それじゃあ駄目なんだよ! 職業だけが誉れ高いものじゃ駄目なんだよ!

 もし俺が勇者として魔王を倒してもさっ、「魔王倒すなんて勇者様すごいわっ。……でもあの勇者様って大学卒業どころか高校中退らしいの。魔王を倒すのはすごいけど、中退はちょっとねー」って、蔑んだ目で見られるに違いない! 

 い、いやだぁ!  大学も出ずに後ろゆび指されるのは嫌だぁああ!」

「え? 他人の目が気になるタイプなの……? そのテンションで?」

「ああ、気になる! このテンションで!」

「うっそだー! 他人の目が気になるから、トウダイってとこへ入るの!?

 自分のためじゃなくて、他人の目のために入るの!?

 なら、入ってどうするの!? 入ることで異世界人さんは何を得るの!?」 

「ステータスを得るんだよ! 固定値高めなステータスを!

 東大に入るのが夢であって、東大に入った後のことなんてどうでもいい!

 東大生というステータスが大事であって、その中身は必要ない!

 入った後は、なあなあで何とでもなる! 何とでもなるって言ってた!」

「そういう話をしてるんじゃないよ! なんでそのステータスが欲しいの!?

 その理由は何かを聞いてるんだよ!?」

「そのステータスさえあれば、もう俺は誰にも馬鹿にされない!

 もう誰とも関わらなくてすむ! 誰が何と言おうと自分を保てる!

 だから俺は、俺は――!!」

「――違う! それは違う! 間違ってるよ、異世界人さん!! おばか!!」

「――ぐはぁっ!!」


 唐突なパンチが俺を襲う。

 オーバースローのように豪快な一撃が、俺の横頬を打ちつける。


「そんな心配っ、もう必要ない! 必要ないんだよ! 

 異世界人さんが元の世界に帰りさえしなければ、

 その『誰とも』二度と会うことはない! 

 つまり、誰も彼も死んだも同然!!

 そうっ、私が皆殺しにしてやった!!」


 な、殴られた。


「え、え? 急に、何、え……?」


 親父にもぶたれたことない頬を、少女は遠慮なく躊躇なく殴った。


 驚愕よりも先に、感動があった。いや、それどころか快感すら感じる。

 快楽物質がぎゅんぎゅん精製され、胸がきゅんきゅんと高鳴る。

 初めての経験に初めての経験が重なり、堅い殻を叩き割られたかのように爽快だ。

 誰かに本気で否定され、本気で諭される。

 それがこんなにも気持ちいいなんて、全く知らなかった。


 未知の感情に支配され、女のようによろめき倒れる俺へ少女は宣言する。


「私があなたを馬鹿にする全員を殺して見せた!

 世界ごと、ぶっ殺してやった! それが異世界人を召喚するということ!!

 見てっ、私はそうするだけの力と邪悪をかね揃えている! 

 だから、あなたは一人、ここにいる! あなたはもう一人! たった一人!!」


 女々しく器の小さいところを主張する俺を、器ごと壊そうとする少女。

 倒れた俺の体を跨ぎ、男らしく仁王立ちして、

 慈愛を持って見下ろし、真っ直ぐと見つめてくる。

 その目は俺を見ていた。


 誰かと一括りにしたわけでもなく、誰との義理があるわけでもなく、

 誰の代わりにしたわけでもなく、俺だけを少女は見てくれた。


 誰にも必要とされない俺を――少女だけは真っ直ぐに見つめてくれた。

 それは俺にとって、何にも変えがたい幸福だった。


 少女はあらん限りの力を振り絞って、叫び散らす。

 その小さな体を千切れるほど振り回して、主張する。


「異世界人さんは自由になったんだよ! 解き放たれたんだよ!」

「え、え……?」


 先ほどまでのふざけた言葉と違い、その言葉一つ一つには魂がこもっていた。

 その豹変に面食らいながらも、その言葉一つ一つに圧倒される。


「なのに、さっきからうだうだうだうだとっ、

 人の目を気にして、ステータスだなんて!     

 ここまできて小さなことを! あー、女々しいっ!!」


 真下から見上げているため、少女のボロ服の中が丸見えだ。

 ただ、中に下着すら着てないとか、子供過ぎる肢体だとか、鼻血出そうとか、

 そんな些細なことがどうでもよく思えるほど、少女の叱責は心に響く。


 少女の囁きは砂にしみこむ水のようだった。


「もう遠慮なんてしなくていいんだよ……」


 全ての言葉が、俺の望む言葉だった。

 少女の両手が、俺の両頬に触れる。


「遠慮、しなくて、いい……?」


 だから俺の声は震える。歓喜で。


「異世界人さんは異世界人さんとして生きてもいいの。

 ここなら誰も見ていない。誰もあなたを笑わない。もう我慢する必要はないの」


 ぷつりぷつりと今日まで育ててきた道徳が弾けていく。

 ばちんばちんと俺を雁字搦めにしてきた鎖が解けていく。

 ふわぁーっと窮屈すぎた俺の人生がこのどこまでも続く青空のように拓けていく。


「異世界人さん、あなたはやっとくだらない世界から解放されたの。

 あなたは、ようやく一人になれた……。

 だから、正直に、心の欲するままに、魂が叫ぶ答えを、私に聞かせて……」


 頭上の少女は両手を広げる。

 左手の先には大平原。右手の先には大海原。

 しかし、先ほどまでとは違う点が一つだけある。


 大海原には穴が空いていた。

 ブラックホールのように歪む、正体不明の黒い丸が浮かんでいる。

 余りにも不気味な光景だが、なぜかその穴には不思議な安心感があった。


 そう。

 そこを進めば、心休まる日常へと帰ることができる。そんな確信を感じる。


「異世界人さんはどっちへ行きたいの?」


 大した説明もなく、たった一言だけで語りかけてくる。

 いや、違う。騙りかけるにも似た宗教じみた誘惑だ。


 少女は俺の手を引いて、立ち上がらせる。


「――帰ることはできるよ・・・・・・・・・

 けど、もしもあなたが世界を私に滅ぼされたと信じてくれるなら、

 このまま、私と一緒に向こうへ進もう。一緒に旅立とう。

 もう二度と戻ることがなければ、

 いま言った世界滅亡こそが私たちにとっての真実になるんだよ。

 だって、異世界人さんは、もうその『誰』とも一生会わないんだから――」


 そう言って、少女は開放的な大平原へと誘う。

 直感的に彼女の言うことを俺は理解する。

 それは俺の大好きな考え方だった。


「は、ははっ、はははは……」


 自由すぎる滑稽無残な猫箱のよた話。

 ――箱の中の自分の心は死んだかどうか。

 少女は誰よりも俺のことを解っていたからこそ、その戯言を誘い文句に選んだ。


「自由を恐れないで。あなたは一人になったけれど、ここには私がいる。

 共に自由の平原を進む、理解者がいる。

 私こそ、あなたを真に理解し、真に手を取り合える存在なんだよ」


 少女の白く小さな手が差し伸ばされる。

 麻薬に似た抗えない魅力に惹かれ、身体が勝手にその手を取った。


「あなたはあなたの夢を追いかけていいの……。

 もう、誰かの目を気にして、はばかる必要はないの。

 あなたはいま、ここで、解放されたの……!」


 身体を引き起こされると同時に、衝動も叩き起こされる。

 覚醒と呼ぶに相応しい、目覚めであり、目醒めであった。


 口元が引きつっているのがわかる。


「――ははっ。あははハハハッ! ハハハハハッッ!! 

 アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 だから笑った。

 俺は笑った。


アルコールがないと読み直すのも難しいです。

そろそろ二人が本性を現します。ここから先、脳内麻薬推奨。

真面目に読まないように。


ちなみにレイアウトを行間220パーセント文字サイズ95お勧め設定にしました。

文字サイズは100のほうがいいかも。

『異世界迷宮』のほうも、レイアウト変更するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ