最終話.【逆接】の物語
――五時間後。
「っふうー!」
俺は血をぬぐいながら、イアを道端に埋め終える。
長い戦いだった……。しかし、悪は滅びた……。
一章のボスを倒した俺は、イスカを連れて鬱蒼とした森へ歩く。
「ふひっ、なんだかんだで手加減してたね、二人とも。
いまの関係、一種のWinWinなのかな? ちょっと嫉妬しちゃうなー」
「か、勘違いすんなよ! 手加減なんかしてねーし! ちゃんと埋めたし!!」
なんだか、ツンデレの亜種みたいな扱いを受けて、俺は必死に否定する。
「そういうことにしておいてあげるよ。
じゃあ、今度こそちゃんと行こうか。とはいえ、もう私の魔力は十分だから、
他の里の説得は超イージーだと思うけどね。
安定して魔力供給される以上、敵なんていないよ?」
「けど、まだ完全回復はまだまだ先なんだろ?
なら、できるだけ魔力は節約して、全部俺に任せろ。
暴力じゃなく、説得で何とかしてみせる」
「ふひひっ、ジンさんがそう言うなら頼っちゃおうかなー」
「ああ。そして、とっとと魔力を完全回復させて、
おまえをいじめたという東にある人間たちの大陸へ行こうぜ!」
「うん! よーし、魔力供給先増やすため、今日も征服がんばろー!!」
俺とイスカは恋人繋ぎで、デートのように歩く。
《う、うぅ……。やっぱり最後には私の国へ来るのですね……》
そのとき、頭の中に声が響く。
「ん?」
《……あっ》
うっかりさん過ぎて可愛い。
流石、俺の好感度200パーくらいある痴女さんだ。
「ふふふっ、お久しぶりです。今日は寝かせませんよ、ホステスさん」
《だからホステスじゃありません……》
観念したのか、ホステスさんは弱々しく答える。
しかし、すぐに真剣な様子に切り替えて、俺に問いかける。
《それよりも、いまはあなたたちのことです。
本当にこちらの大陸まで来るつもりですか?》
「いや、むしろ行かない理由がないし……」
《しかし、こちらの大陸には、選りすぐりの勇者が何十人も待ち受けています。
それでもですか? はっきり言って、勝ち目なんてありませんよ?》
「まじかよ、あんなのが大量生産されてんのか……。
まあ、でも行くよ。どうせ、そいつら全員倒すつもりだしね」
急造のイアでさえ、あの強さだ。
選りすぐりと言われる勇者の強さは計り知れない。
《……はあ。あなたは何があっても、そこの少女の味方につくのですね》
「もちろん」
俺がうなずくと同時に、空気が張り詰めていく。
魔王オーラを発したイスカと同じような規模の魔力が森に溜まっていく。
ただ、溜まっていくのは大精霊という名に相応しい神聖なオーラだ。
殺人的な善意の魔力が俺を包み、
【観測者】は俺を誘う。
《少年ジン――、私につきませんか?
あなたならば私の勇者に迎えるに相応しいと思っています》
そこに冗談は一切ない。
本気でイスカを裏切れと言っている。
俺は無言で答える。ぶっちゃけると激おこである。
【観測者】は誘惑を続ける。
《私の勇者になれば、あなただけは救うことはできます。
いますぐ、そこの【特異点】の少女から離れれば、
世界のみじろぎからも守ってあげますよ?》
「ハッ、それは絶対ないな。あんた風に言うなら、俺はイスカの勇者だからな」
けど、俺は首を振る。
それだけは絶対にありえなかった。
好感度が200パーあろうと駄目だ。
イスカと対抗するには少なすぎる。
《……少女は【呪い】によって、無残な死が約束されています。
近い未来、全人類の敵として、悪そのものとして、世界から嫌われ――死ぬ。
生まれたときから、そう運命付けられています。
【この世全ての悪】とはよく言ったものです。まさしく、その通り。
少女の傍にいる者も、その【呪い】に巻き込まれることでしょう。
不幸と絶望にまみれ、苦痛と屈辱の中、虫のように潰されますよ?
それでもですか?》
「そんなことくらい百も承知だ。
イスカは魔王だからな、そんなもんだろ」
《わかっていながら、ですか。
――本当に怖くないのですか? 本当にあなたは死を許容できるのですか?》
「……ああ、死ぬのは怖い。
許容なんてできない。
けど――それでも俺は……」
優しく【逆接】する。
「――俺はイスカとずっと一緒だ。
イスカのために生きて、イスカのために戦って、イスカのために死ぬ。
俺とイスカは二人で一人。一心同体だって決めたんだ。
イスカが【絶望】なら、俺が【希望】に変えてやる。
たぶん、それが俺の役目だ」
その言葉は考えることなく、するりと口から漏れた。
《本気で言っていますね……。いえ、ずっと全てが本気だったのですね……。
そこまで……》
【観測者】は驚き、惑い、言葉を失った。
俺としては当然のことを言っただけだが、
彼女にとってはあえりないことだったらしい。
言葉の飛び交いが消え、森は静寂に包まれる。
俺は格好つけて、決死の覚悟の主人公顔を保っていたものの、
余りにも長すぎて、崩すしか他なかった。
「ん、あれ? おーい、ホステスさーん! え、また帰った?」
《……な、なんでもありません! ちょっとかっこいいなーなんて思ってません!
羨ましくなんてありません! ええ、全然羨ましくなんてありません!
私は普段のあなたを知ってますから! 絶対にありえません!!
やはりニュクスはニュクス! どうしようもないろくでなしですね!》
なんだかとっても怒った様子で、俺を罵倒する。
ありがとうございます!
ぷんぷんと可愛らしく腕を振って怒るホステスさんを幻覚で見た。
そのまま、彼女は捨て台詞を吐く。
《けれど、私は大精霊。全てのものに慈悲を与えます……。
ぜ、絶対にあなたを私の勇者にしてみせますから!》
そして、森から聖なる波動が消える。
ホステスさんの【観測】が遠ざかったのだと直感的にわかった。
「ふう……」
今回は少し真面目な話をしたためか、ちょっとだけ疲れた。
正直、あの強大すぎる存在と話しているだけで、色々と削れる。
俺は深呼吸をして息を整えていると、イスカが声をかけてくる。
「え、えっと、その、ジンさん……」
恐る恐るといった感じだ。
その様子から、イスカもホステスさんの声が聞こえたのかもしれない。
そして、【イスカと一緒に居ると死ぬ】という話も聞いたのだろう。
イスカはそれを黙っていたことを気にしている。
愛する子のことだから、手に取るようにわかる。
だから、俺はイスカを心配させまいと笑う。
いつものごとく、強気で調子よく、
ヒロインのためなら死さえも恐れない主人公に俺はなる。
「似合わない顔すんな、馬鹿。おまえを笑わせないと、俺は死ぬんだろ?
心配しなくても、死ぬ気でおまえを笑わせてやるよ。死ぬまで、毎日な。
そのくらい、お安い御用だ。そのために俺を呼んだんだろ?」
「うん……、うん……!」
「その死の瞬間まで、笑わせてやるから覚悟しろよ?
もし、無残で非業な死がイスカに待っているというのなら、
そのときは俺が必ず傍に居て、その運命を【逆接】してやる!
それが異世界に転生した新しき俺! 【†Zin†】という名の【主人公】だ!」
俺の誓いを聞いたイスカは、ぽかんと口を開ける。
「ジ、ジンさん……」
そして、目じりに薄らと涙を浮かべ、頬を赤くして、目を細めて笑った。
いままで見てきた中でも、それは最高の笑顔だった。
心の底――その底の裏の底から沸いた感情が迸っている。
本来ならばありえない希望と幸福が、そこにあった。
陽光を見つけた向日葵のような笑顔だった。
百年、いや千年――永き永き闇の中へ光が差し込んだかのように、イスカは笑う。
その笑顔は、何よりも美しく、尊く、輝く――
逃げることは出来ない無限の闇を彷徨っていた――けれど、もう【一人】じゃない。
【二人】であると知って、イスカは俺の手を握る。
絶対に離すまいと、強く強く握る。
もちろん、おれも強く強く握り返す。
だから、イスカは安心して、胸を張って叫ぶことができる。
「わ、私だって、もう【絶望】じゃない!
【イスカ】という名の【ヒロイン】なんだよ!」
俺たちは二人であることを世界に向けて主張する。
負けはしないと宣戦布告する!
「ああ、その通りだ。だから、安心しろ」
頑張ったイスカをねぎらい、俺は頭を撫でてやる。
『恋の魔法』とやらの義務ではなく、俺が撫でたいから撫でた。
イスカはくすぐったそうに笑う。
「ふ、ふふーひ! いい撫で撫でだね!!」
「はは! さーて、そろそろ行こうか!
ホステスさんのせいで、ちょっと遅れちまったな!
だが、章の節目はこんなものだろう! イスカとの愛情も再確認できたしな!」
俺もイスカと同じように胸を張って、空へと叫ぶ。
俺の世界を観ている人たちよ、全員聞け!
「いい節目だ! ならば、そろそろ、また宣言しようか!
観劇する全ての存在へ! 嘲笑する全ての存在へ! 見捨てた全ての存在へ!
これから演劇まるは、世界を折り曲げ、悪意を裏返す物語――!
ああ! 我こそが【逆接系因果解放分子】っ!
さあっ、【異世界汚染神話二章】の開演だ!!」
「うん! なーに言ってるのか、ぜーんぜんかわかんない!
けど、ありがとう! ありがとうっ、ジンさん!!
「あっ! いきなりくっつくな、この馬鹿!!」
そして、俺とイスカの【二章】が開演される。
物語は続いていく。
これから俺たちは俺たちの章をたくさん紡いでいくことだろう。
ただ悲しいことに、この物語の【終章】は、もう決まっている。
わかっている。
この物語は、世界に巣食う全ての悪意と戦い、そして敗れる物語。
その終わりに待っているものは、完全無欠のバッドエンド。
無慈悲で救いのないデッドエンド。
ああ、わかってる――!
けれど、俺たちは笑って進む。
だって――、【逆接】――
それでも俺たちは、完全無欠のハッピーエンドに変えられると信じているから――
だから、俺たちは進む。
この物語の【終章】まで、畏れなく進む。
少年少女の物語は紡がれ続ける。
他の誰の手でもない――、二人自身の手によって――!!
完結!




