22.あとの祭り
その夜、ささやかな祝宴が開かれた。
エルフたちは慣れないながらも、たくさんの料理を庭に広げた。
蔵から酒という酒を引っ張り出してやった。
半強制的に行わせた祭りだったが、子供たちの受けだけはよかった。
軽い空気の中、仲間のモンスターたちを紹介したり、
地下室で脅されたエルフたちの誤解を正したり、
イスカの大魔法で花火をあげたり、歌ったり飲んだりした。
本当に拙い拙い祝宴だったが、
珍しい大騒ぎにエルフたちもまんざらでもなさそうだった。
各々が、まるで【呪い】のように、何かから解放された顔をしていた。
先の演説で、少しだけ自制や遠慮の心を剥ぐことはできていたようだ。
王である俺たちとエルフの距離が縮まった気がする。
そして、祝宴の終わり、俺は長老さんと話していた。
演説で示した案を、ちゃんと検証し、本当に行えるかどうかの確認だ。
計画を詰めていった最後、長老さんは薄く笑った。
「はあ……、王が馬鹿だということだけはよーくわかった……」
王に対してフランクすぎる国である。
だが、それは俺たちが望んだことなので何も注意はしない。
むしろ、友のように王として答える。
「えっ!? そんなに俺の案って馬鹿だった!?
すっごい簡単なことしか言ってないよね?」
「まず祝宴を一ヶ月毎という時点で不可能だ。
我らの保持している食料はいつも限界ギリギリなんだ。
どこもかしこも余裕があると思わんでくれ」
「へへっ……。そこは王の俺に任せて任せて。
現代農業知識で何とかしてやるぜ!!」
「うーむ。王が言うと、まともに成功する気がせんなぁ」
「大丈夫大丈夫! なんだかんだで俺はやれる男だから!
それにイスカもいるしね!」
「ああ、確かに聖女殿なら、最終的に力技でなんとかしてくれそうではある」
「だから、とりあえずその計画表通りに進めて!」
「まあ、仕方あるまい……。一度請け負ったものだしな……。
ただ、まだまだ問題はたくさんあるぞ……」
「ん、んー……。
細かい問題は自分たちで頑張れ! その苦難もたぶん俺たちの魔力になるから!」
「はあ……、王たちの魔力性質にも困ったものだ……」
「頼んだ! エルフのおじいちゃん!
ぶっちゃけ、ほとんどあんたにかかってる!」
小言を繰り返されそうだと思い、俺は長老から逃げる。
なんだか、長老の対応が親戚の悪ガキを預かってる感じになってる。
おかしい……。俺、王なのに……!
そして、次に祭りの端で何かしているイスカへと近づく。
里の女エルフたちと共に、何かを作ってるようだった。
「イスカちゃん。あとはこの像に祈ればいいのね?」
エルフの一人が、ちっちゃな木製の神殿に何かを置いていた。
よく見れば、イスカに似た木彫りの像だった。
俺の世界のフィギュアに近い、完成度の高さに驚く。
おそらく、イスカが自分で作ったのだろう。無駄に才能のあるやつだ。
「そうそう、そんな感じー。ま、本気で信仰はしなくていいよ。
あくまで、魔力供給のチャンネルを繋げるためのキーなだけだから」
「なるほどね。これで遠くでもイスカちゃんに届くわけね。
でもこんなので本当にいいの? 急造も急造よ?」
「いいよいいよ! 十分すぎるよ!
とにかく、嬉しいときも悲しいときもこの像に祈ってねー!
そうすれば希望とか絶望とかが、私たちに届くから!」
「そうね。イスカちゃんの顔を思い浮かべて祈るわ」
そう言いながら女エルフはイスカの頭を撫でる。
甘え上手なイスカは、見事布教を進めているようだ。
まあ、顔だけは可愛いからな、あいつ……。
続いて子供エルフたちも新しく出来た神棚に祈る。
「僕たちはちゃんと信仰するよ! 王様たちは最高の神様だよ!」
「王様のおかげで、なんだか大人のみんなが柔らかくなった気がする!」
「なあっ、セイ!」
その中には我らが魔王軍の将軍様もいた。
「いやあ、大人たちは呆れてるだけだと思うけどねえ……。
あ、僕は信仰しないんで、イスカさん……」
セイは泥だらけの服で、イスカに両の手のひらを向けていた。
「あれ、セイ君、どこ行ってたの? すっごい汚れてるね」
「あなたたちが埋めたイアお姉ちゃんを回収しに行ったんですよ!
いま、ようやく家に寝かせたところです!!」
「あっ、忘れてた……。
そういえば、彼女もいたねー。そうだっ、彼女の身体、ちょっと解体していい?
勇者のエルフとか、すっごいレア!」
「軽い感じで恐ろしいこと言わないでください!!
駄目ですから! 駄目ですからねー!」
「でも、エルフの目は欲しいからなー。
ジンさんの強化に必須だし」
俺の話が出ると同時に、俺も会話の中に入る。
「ふっ、苦難を乗り越え、パワーアップか……。いいね!
じゃあ、セイ! 片目交換しようぜ!」
「嫌ですよ! 明らかにジンさんの目、おかしいでしょ!
紅いほうも翠のほうも、なんか変ですよ!」
俺はサッカーの試合の後のユニフォーム交換の感覚で提案する。
だが、セイは拒否反応を示す。
「え、でも、せっかくエルフの目を貰うなら親友のがよくない?
なんというかその、共鳴とか契約とかの効果増幅的な意味で?」
「なんで親友から目をもごうとするの!?
というか僕とジンさんは、いつの間にか親友になってんです!?」
残念ながら親友どころか、魂の同胞までランクアップしている。
もはや、セイを魔王軍から逃がす気は全くない。
嫌がるセイに目をねだり続けていると、他の子供エルフたちが寄ってくる。
「それなら僕たちの目をやるよ、王様! 死んだときにでも、全部持ってって!」
「んー、死んだときかー。
けど、おまえらが死ぬくらいのときは、流石の俺でも死んでるからなー。
寿命が違うからな、俺らー」
慕ってくれるのは嬉しい話だが、目はいますぐ必要なものなのだ。
「ふひっ。と、思うじゃん?」
だが、イスカは問題ないよ? と俺の寿命の話を否定する。
「おい! そこは死なせとけよ! 人間として!!」
「不許可。私が死ぬまで、ジンさんも死んじゃだーめ」
「可愛らしいこと言ってるけど、おまえが言うと怖いなぁ!
ちなみに、おまえはどんだけ生きる気!?」
「血をすすって延命できる限り、どこまでも?」
「こんなこと言うやつの像に祈るエルフがかわいそう!!」
「ちなみに、ジンさんは老化したところを取り替え続ける方式だからねー」
「たぶん、百年くらい経ったら、もう俺は俺じゃなくなってるなそれ!」
「身体が存在の証明なの!? そうじゃないでしょ!!
肉体なんてただの器! 私たちは私たち自身っ、魂に生きているんだから!!」
「た、確かにそうだな……。問題ない……!」
全く隙のない理論のせいで、二行で論破されてしまう。
それを見て、またセイは呆れ顔を作る。
こいつもうほとんどこの顔だな。
「いや、問題ありまくりですよ。僕なら絶対に嫌ですよ、人体改造なんて……」
俺とイスカは顔を見つめ合わせ、笑う。
「にやり」
「にやり」
セイの呆れ顔が固まる。
「絶対に! 絶対嫌ですからね!」
「にやにや」
「にやにや」
「そのにやにやをすぐやめろぉおおお!!」
と、うちの将来の四天王さんに人体改造の最後通達を送ったりして、
夜は少しずつ更けていく。
そして、俺の異世界転生の長い一日目が終わっていく――