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20.最終決戦前夜的なコミュ

 長老エルフの館には、ためになる文献が多くあった。

 とはいえ、そう簡単にネタなんて見つからない。


 これ以上の探索は無意味だと思い、俺は一息つく。

 しかし、まだイスカが地下から上がってこないのに気づき、

 仕方なく呼びに行くことにする。


 仄暗い地下室へと降りる。

 鼻につく黴臭さに、女の子の声が混じる。


「うまうま、うまうま」


 なんか鎖に繋がれたエルフたちがめそめそと泣いている中、

 満面のイスカがお腹をさすっていた。


「イ、イスカさん、何やってんの……?」

「エルフちゃんたちを絶望させて、色々と試してたところ。

 けど、駄目だね! 全然魔力回復進まないー……!

 やっぱり、ジンさんと繋がってるせいか、

 絶望だけ食べても効率が悪いみたい。

 絶望と希望、両方バランスよく食べないといけないのか……。

 面倒くさっ!」

「あ、ああ、そういうことか。 

 ただ、そういうのびっくりするから、相談もなしにやるのはやめようぜ?」

「我慢しきれずにやっちゃった。てへへ」

「素直でよろしい! でも、次からは我慢しようね!」

「はーい」


 イスカは元気良く返事をするが、全く信用ならない。

 彼女が我慢とは程遠い存在であるのは誰よりも俺が一番知っている。


 なので、俺はため息をつきながら、状況の説明を求める。

 

「で、これ何したの?」


 非戦闘員のエルフたちが、みんな涙を流している。

 全員が両手を後ろに回され、イスカの作った特殊な錠で拘束されている。

 エルフには美形が多いため、そこはかとなく淫靡な光景だった。

 

「これから起こる凄惨な陵辱と拷問の内容を、こと細やかに説明してあげてたの!」

「んー、イスカさんは息をするかのようにそういうことするよね。

 イスカは俺にドン引きしてるって言うけど、俺だってイスカにドン引きだよ」

「てへへ。照れるね」

「邪悪だっつってんの!!」


 ちょっと目を離すと、とんでもなく魔王っぽくなるイスカだった。

 仕方なく、俺は誤解を解こうとエルフたちに近づく。

 いつも通り、頼れるお兄さんを装って笑顔を見せる。


「ひ、ひぃ!」


 だが返ってくるのは、息もできないくらい怯えたエルフたちの悲鳴。

 あどけない顔の幼いエルフから、豊満な胸と腰の大人エルフまで、

 みんながみんな、恐怖でカタカタと震えている。


「やばい……、エルフさんたちの俺を見る目がやばい……」

「そりゃそうだよ! 私がジンさんの魔王軍大元帥だってところ、

 いっぱいいーーっぱい、説明したからね!!」

「そういうのやめろよ! 俺はおまえと違って、そういうキャラじゃないんだよ!

 おまえは絶望担当で、俺は希望担当。つまり、おまえ魔王で、俺勇者。

 ここから颯爽とエルフたちに希望を与えて、救世主になる予定だったのに!」

「い、いやぁー、それは無理でしょ……?

 堂々とエルフの里壊滅させたし……」

「そこはイスカに操られてたとかで、何とでもなるかなーって?」

「それで何とかなるって思ってるジンさん、ぱねえっす……」


 イスカが呆れ顔を見せるので、俺はむきになって再挑戦する。


「見てろよ、イスカ。この俺なら、こっからだって正義の味方ルートいけるから」


 過去最高の微笑をイメージする。

 そして、過去最高の愛嬌をもって、軽く手を上げて、エルフたちに近づく。


 しかし――、


「お、犯さないでぇ!」

「…………」

「小さい子には手を出さないで! 私がっ、私が何でもするから!!」

「…………」

「この外道! 鬼畜! ペドフィリア! 地獄へ堕ちろ!!」

「…………」


 うわぁー……。

 イスカさんやりすぎー……。

 しかもこれ、俺が幼女に手を出すような悪人になってるよね?


 微笑を固めたまま、俺は振り返る。

 そこにはサムズアップのイスカさんがいた。

 あいつ、許さん……!


「ひ、ひぃ、近寄らないでっ!!」


 泣きながら首を振るエルフさんたちで一杯だった。

 逆に反応に困ってしまう。


 なにこれ。

 期待されすぎだろ。

 別に手を出したいわけでもないのに、逆に手を出さないといけない空気になってる。

 こういうのが一番苦手だ……。


 俺は降参しようと思い、イスカのほうへと向き直る。

 ただ、そこには「ジンさんなら、やりきるよね?」という期待の目があった。

 何をどうやりきれと言うのか……。


 仕方なく、俺はいつものごり押しへと入る。

 結局、俺にできるのはこれだけだ。


「な、なあ――」


 すすり泣く可愛いエルフに、俺は声をかける。

 ここまできたら、もうやるしかない――!


「――繁殖行動とは何か。君は考えたことがあるか?」

「……え、え? は?」

「――種を残すという生物的行動。ああ、確かに生物的に見れば、それは正しいことかもしれない。わかってる。それがこの世界の常識的な理。産めよ増やせこそ生き物の真理。つまり、ここで俺が手を出すのは、逆に正しいんだろうな。そして、ここで手を出さないのは、逆におかしいんだ。ああ、それは男として、人として、何かが間違っている。だから、ここで君たちに手を出したとしても、それは何もおかしいことではない。それが種の保存であり、種の競争であり、種の繁栄に繋がる。正否で計るのならば、ここで君たちに手を出すのは正しいだろう。ああっ、世界的に正しい! 正しい――けど! けれども! そこに俺の自由意志はあるのか!? そこに正しさがあったとしても、種の繁栄という最終目標達成が待っていたとしても、快楽物質の奔流が待っていようとも! そこに、真の幸福はあるのか!? 俺はないと思う! それは俺の幸福でなく、人と言う種の幸福だ! 騙されてるっ、そんな幸福っ、勘違いだ!! 欲のままに綺麗な君の肌に触れたとしても、そこに高尚な意思は欠片もない! 愛も夢も学も、何もない! むしろ、それは自分という個を、人間という種の本能に侵食されたという証明にしかならないんだ! そう、それは敗北の証明だ! ここでの正しさとは敗北に直結する! そして、俺は本能なんていう俺以外の意思には負けまいと誓ったんだ! だから、俺は君に触れることはできない! なぜなら、それは――」

「――ジンさんってば、長い言い訳をしてるけど……。言っていることは結局、

 童貞だから美人さんを好きに出来る状況が怖いってことだよね?」

「ちゃ、ちゃうわい!」


 途中で核心を突かれ、俺は動揺する。

 しかし、すぐに体勢を立て直し、食い下がる。


「ど、どどどど童貞――? この俺が童貞? 

 ふっ、それは俺を貶しているのか? それとも褒めているのか?」

「貶してるつもりだよ、煽りたかったから!!」

「素直でよろしい。しかし、イスカ。

 どうやら、童貞であることが侮辱になるとは限らないことを知らないようだな」

「むむっ。して、その心は?」

「そもそもだ。そもそも俺はイケメンだ」

「イケメン?」

「大多数の女性から見て好意を得られやすい顔つきということだ」

「なんだかんだ言ってそうかもね。そこは否定しないよ。

 ジンさんってば無駄のない顔つきしてるから、

 凡俗なメス豚さんたちには大人気だと思うよ?」

「だろ? で、だ。その中にはおまえも含まれているはずだ。

 おまえ、俺のこと好きだよな?」

「うん、好き」

「よし。なら性交渉しようって言ったらできるよな?」

「えっ、面倒くさい……」

「め、面倒くさいけどっ、土下座で頼んだらやらせてくれるよね!?」

「ジンさんが土下座でどうしてもって言うなら、

 時間を作ってあげないこともないかな?」

「ほっ……。ほ、ほほほらな、つまりはそういうことだ……」

「どういうことでしょう!? ジンさん!」

「俺はいつでも童貞を捨てられる立場にある!

 しかし、あえて捨てていないだけだ! 

 つまりは童貞は童貞でも、ほぼ童貞じゃないんだ!

 むしろ、気高き童貞! 孤高の童貞! かっこいい童貞なの!!」

「ひゅーっ! 流石はジンさん! 

 よくわからない文脈で、よくわからない主張だね!」

「というわけだ。俺は、ほぼ童貞じゃない。

 だから、別にエルフたちに手を出すほど差し迫ってないもんね。

 あとロリコンじゃないもんね。ちょっと小さい子がストライクなだけだもん」

「ここまでの全部、綺麗なエルフのお姉さんたちへの言い訳だったのか!

 流石、童貞! 果てしなく回りくどく面倒くさい!!」

「う、うるさいうるさいうるさい! 童貞童貞言いやがってよぉお!!

 ていうかおまえも処女じゃねえのかよ! 童貞馬鹿にするなああ!!」

「うん? 私は処女じゃないよ!」

「――え、え?」


 ベチャっと、地下室の床に赤黒い血が落ちる。

 俺の吐血だった。

 ストレスで胃や気管やらが裂傷し、喉から血がこぼれたのだ。


「う、うわぁ……。

 血を吐いてショック死しそうになるとは、さすがの私も読めなかったよ……」

「だって、イスカおまえ、おまえ……。

 俺のヒロインになってる流れだったじゃん。

 異世界にきて、美少女に出会って、おまえと共に生きていく流れだったじゃん。

 な、なのにさ、そのイスカが非処女とか、なにその致死性トラップ。

 危ないよ。まだ、序盤だから良かったけどさ、

 これ中盤終盤でおまえとラブロマンス重ねた後に知ってたら、

 俺喉かきむしって、世界を道連れにして自決してたよ?」

「え、そうなの? なら黙っといたら良かった」

「そこで迷わず、喉かきむしり世界心中エンドを薦めるイスカさんは、

 やっぱり邪悪ですよね。……あ、そうだよ! 

 そもそもイスカは邪悪なんだからさ、

 路線変更でラスボスに据えてしまえばいいんだよ。

 ラスボスが非処女なら、まあまだよくあるよ。

 悲惨な過去が世界を呪わせてるとかの流れなら、まだ耐えられるよ。

 うん、それがいいね。それでいこう。もうそれしかない。

 それじゃないと俺がストレスで死ぬ!!」


 俺は口から零れる血を厭わず、真っ赤に染まった地面に足を突き立て、

 その身と魂を賭けて、イスカと敵対する。


「イスカァアアア! 俺はっ、おまえをっ、絶対に許さないぃいいいい!!

 よくもっ、よくもこんな世界に呼んでくれたなぁあああアアア――!!」

「ここにきて、その話を蒸し返す!? 流石、ジンさん! 

 処女じゃない女の子には厳しいとか、童貞の鏡だね!!」

「だって、イスカに性交渉経験があるとか、もう絶望だよ!

 この異世界に何を期待して、俺は生きていけばいいんだよ!?

「な、なななな泣いたーー!? 初泣きがこれ!?」

「な、なななな泣いてねーし! 別に全然ショックとか受けてねーし!」


 泣いたとか、そんな描写ねーし!

 ちょっと目が霞んでいるかもしれないけど、

 それは特異点である俺への世界干渉だし!


「い、いや、処女じゃないって言ったけどさ。

 あれ嘘だよ。ちょっと自慰行為が激しくて破れちゃっただけだよ」


 申し訳なさそうな顔のイスカが、前言を撤回する。

 その希望に俺はすがりつく。


「ほ、ほんと……? ほんとのほんとに?」

「大丈夫だよ、ジンさん。

 私の身体見てみなよ、このちっこくて貧相な身体。

 これに手を出そうとする男なんているはずないじゃん。

 ちょっと自慰行為大好きなだけだったんだよ。

 でもそれカミングアウトするの恥ずかしかったから強がっちゃった!

 ごめんね、ジンさん」

「そ、そうだったのか……。

 ああ、わかる……。わかるぜ……。

 俺だって教室じゃあ、経験豊富な先進系男子の振りしてたからな。

 いつの間にか、付き合ってる妄想のガールフレンドが二桁いってたからな」

「私もジンさんに合わせて、経験豊富な先進系女子でいきたかったんだけどね。

 よくよく考えれば、この身体じゃ説得力ないよね。

 ばっちゃみたいなロリ巨乳にすればよかった」

「でも、俺。そのちっこくて貧相なイスカが大好きだぜ?」

「うん。私も童貞で精神不安定なジンさんが大好きっ」


 犠牲になったものは多いが、思いもしないところで両想いの確認ができた。

 俺とイスカは穏やかな気持ちで微笑み合う。


「ありがとう、イスカ……。ふふっ、うふふふ……」

「ふひひ、私こそありがとうだよ……!」

「ふははははは!」

「ふひひひひひ!」


 そして、両手を繋いで踊りだす。

 目に涙を溜めたエルフたちに囲まれながらも、テンションを保つ。

 いつものように幻覚と幻聴で世界を彩っていく。


「はぁっ、はぁっ……」

「ふーっ……」


 動けなくなるまで、くるくると二人で踊りきる。

 そして、俺は息切れの身体のまま、呆然としているエルフたちに微笑む。


 今度は完璧な微笑じゃない。

 しかし、今度は偽りのない本気の微笑み。

 心の底からの笑顔だ。いわゆるアルカイックスマイル。


「はぁっ、はぁっ……。

 これで、俺が清く正しい正統派勇者ってことはわかっていただけましたか?」

「え、ええ……。あなたたちの頭がおかしいってことだけはわかったわ……」


 代表として、一番大人なエルフが答える。

 俺はその返答に満足して、額の汗をぬぐう。


「っふー。よかったよかった。

 エルフさんたちと、いいコミュニケーションがとれたー。

 あとは地上に連れてくだけだね」

「…………」


 うんとれたとれた。もうそういうことにしよう。

 エルフルートなんて最初からなかったんだ!

 俺はイスカと共に異世界を生きていくよ!


 後ろ髪引かれながら、女性エルフたちを地下室から出るように促す。

 そのあと、地上でエルフの名簿と照らし合わせ、

 見事、全エルフを一人も殺すことなく捕虜にするという偉業を達成したのだった。


 そして、俺たちは準備を終える。

 大庭に全エルフを集め、一章エルフの里編をフィニッシュする準備を――!!



決戦前夜に互いの気持ちを告白し終えた主人公とヒロイン――


予約投稿し終えたところ、24話で完結だったので、あと5話です。

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