2.二人は幸せなキスをして開始
「んー……、思った以上の邪悪を目の前にして、ちょっと怖くなってきたわ……」
「え!? 私は悪じゃないよ! これは正当防衛だよ!
真っ当な理由ある反撃、いわば天罰の代行業なんだよ!!」
「だとしても、やりすぎだろ……。なんだよ、豚以下の扱いで支配とか……。
今日び魔王でもそこまでせんわ……」
「なら、その魔王には業が足りないんだろうね!
それなりの恨みがあれば、人間から言語と尊厳を奪い、
家畜として管理するくらい当然だよ! いや、そんなの手始めに過ぎないよ!
本当は生まれてから死ぬまで、
苦しみだけしかない拷問地獄をシステム化したいんだけどね。
それはちょっとコストと時間がかかりすぎるんだよ。
私の代だけで成すのは難しいねっ。この瞳に収められないのが、口惜しや!」
「いや、怖いわ! おまえ怖いわ! おまえ、人類に何されたの!?」
「仲間外れにされたぁ!!」
少女は年相応の表情で怒る。
そこだけ切り取って見れば、よくある状況なのだが、
直前の発言のせいで狂気を感じる。
「そんな可愛らしい理由から、なんでそんなどす黒い報復に発展するの!?」
「い、いや! 待ってよ、国家レベルの仲間はずれだよ?
村八分とか目じゃないよ!? 想像してみて!」
「それにはちょっとだけ同情するけど、
おまえを隔離したくなる国の人たちの気持ちもわかるんだよなぁ、これがまた!」
話せば話すほど、少女が社会に不適合な存在であることがわかる。
「えぇー! 異世界人さんは私の味方じゃないの!? お友達でしょ!?」
「おまえの言動を省みると、
『おまえのお友達』という単語すらも邪悪に見えてくるから不思議だ。
そういった理由から、俺はおまえとの友達化に一歩踏み出せないでいる。
見た目は及第点なのだが、中身がやばい。
こう……、この世の全ての悪とかが詰まってそうで、触るのも躊躇うレベル」
俺を異世界から召喚した少女。
そいつが、どす黒いオーラを纏っているのは気のせいだと思いたかった。
けれど、もう確定だ。
これたぶん魔力とかそういうのだ。
で、少女は溢れんばかりの悪意と瘴気が垂れ流しになっているのだ。
いわゆる魔王オーラってやつだな。ラスボスとしての貫禄すら感じるよ。
触ると、魔力のない俺なんて溶けそうで怖い。
「ぐぬぬ……」
「ぐぬぬじゃねえよ。
だから自分の言動を省みろよ。友達できる流れじゃないから」
「ふひひ……、ならば仕方あるまい。――えい」
「――あ」
極めて自然な動きで、少女は俺の頬に両手で触れ――
そして、そのままゆっくりと頭部を動かし、
爪先立ちで顔面と顔面をくっつけてみせる。
端的に言うとマウストゥーマウスだった。
咄嗟に俺は、少女の首を絞めながら突き飛ばそうとする。
そこまでの過剰防衛をさせるだけの悪意が、その口付けにはあった。
端的に言うと魔王オーラが俺の口内を蹂躙してきた。
こう、ぬるーりぞわわと這う感じで。
悪魔の契約みたいな何かを拒否するため、少女の唇から逃げる俺。
「う、うわ! ぞわわって入ってきた! ぞわわって!! なんてことすんだこら!
こわっ、なにこれ、こわっ! 俺、モンスター化でもするの?
悪魔にでも堕ちて、永遠に苦しみの世界を彷徨い続けるのかこれ?
それとも天国にいけないゾンビなやつ? 輪廻転生から外れちゃう系!?」
「私をなんだと思ってるの、異世界人さん!? 想像力豊かに怯えすぎ!
ちょっと呪いかけただけだよ!」
「いや、呪いってさ、ちょっとなんて気軽さでかけていいもんじゃないんだよ。
やっぱ、おまえって邪悪だよ」
「――異世界人さんは私のファーストキスを奪った。
だから、その責任を取ってもらう。
そんな素直になれない女の子の『呪い』だよ?」
「嘘つけ! そんな乙女チックなキスじゃなかったって!
もっと、どろどろした何かが、ぞわぞわ侵入してくるやつだったって!」
「ふひひ、私は知っている。
こうすれば、大抵の男の子は堕ちるということを――!
地獄にいるばっちゃが言ってた!」
「……え、本当にそういう話? いや、その、責任とか言われても困る。
それにいまのが、おまえのファーストキスとかかなり疑わしいし。
そもそも、そういう思惑でのキスってわかると冷める。
……もう、いまのノーカンでよくね?」
「異世界人さんってば、思った以上に最低!?」
嫌いなワードトップテンには入る『責任』という言葉を聞き、
俺は全力で誤魔化しにかかる。
このまま、キスなんてなかったことにしようとする空気を感じ取ったのか、
またもや少女は自然な動きで俺に近づこうとする。
その熟練された歩法は、老年の武闘家を連想させる。
――ふっ、見えているぞ!
そう簡単に同じ手は食らうかと、少女の両手を払おうとする。
しかし、その払い手を、逆に少女に払われてしまう。俺は驚きと共に、その払い手を払おうとして、その払い手も払われ、払い払われ繰り返した結果、なぜか俺の両手は少女の片手で抑えられていた。
――……まじかっ。すげえ!
そして、両手を封印された俺は、否応がなく少女の口撃を受けてしまう。
「えい」
「――あ」
端的に言うと悪魔の契約再履行。
「んー!!」
「むー!!」
しかも、少女の舌が俺の舌へと絡み付いてきた。
唾液と唾液が混じりあい、くちゅくちゅという厭らしい音が鳴る。
堪えきれず、俺は悲鳴と共に少女の舌ごと自分の舌を噛み切ろうとする。
殺気に気づいた少女は、ぱっと口を離して逃げる。
唾液の糸を引く少女に、俺は涙目で訴える。
「ディープキスはやめろよ! 年考えろよ!
なんかすごい恥ずかしい! スキンシップを超えて卑猥!
こういうの苦手なんで勘弁してくれませんかぁあ!?」
「っぷはー! 足りなかったようなので足すよ! 『呪い』増し増しだよ!」
「ふ、ふんっ。で、次はディープキスしたからにはって言うのか?
ハッ、言っとくが俺にその手はきかないぞ?
俺は好意ある少女たちに囲まれたとしても、
知らない振りして人間関係を調整できる男だぞ? あ?」
仮定の話である。なお現実は厳しい模様。
「異世界人さんってば、想像以上に下衆い!?」
「いや、別にゲスくないよ。ちょっとキープしてるだけだよ。
こんな俺に惚れる女の子たちが悪いんだよ」
仮定の話だから、言ってて自分で悲しくなってくる。
「しかーしっ、私をそんじょそこらの少女と同じにしてもらっちゃ困るかな!
これは私開発の術式、
『貴方がいないと生きていけないの私だけを見てお願い』、
通称『恋の魔法』。この『呪い』のルールは――
『一日に一回は私と会話しないと――穴という穴から体液を噴出して死ぬ』、
『一日に一回は私に触れないと――脳みそが融解して死ぬ』、
『一日に一回は私を笑わせないと――全身が裏返って死ぬ』」
「死ぬにしても、もう少し穏便に殺してくんない!?」
なんだか、急に俺の体内から暗黒瘴気っぽいのが漏れてる気がしてきた。
少女の口づけにより、比喩ではなくマジで呪われた気がする。
その呪いのついでに、大事な何かを落としたような気もした。
本当に大事な大事な何かを落として、
それで――
それで――?