19.勝った……! 第一章完!
こうして、無数のモンスターたちがエルフの里へ雪崩れ込み、
魔王軍とエルフ軍はぶつかり合う。
押し寄せる魔物の群れに対し、エルフの猛者たちは神秘の力で対抗する。
戦術と暴力がせめぎ合い、互いの知略と策謀が飛び交い、
魔法と獣の壮絶なる戦いの協奏曲が、いま、始ま――らなかった!
驚くことに決着は一瞬だった。
恐ろしいほど一瞬だった。
ぶっちゃけると、一瞬で魔王軍が勝っちゃったぜ……!
決着までの流れは単純。
まず、俺たちの襲撃と同時に、エルフたちは慌てふためき逃げ散った。
対して、我々【逆巻く仔の反逆】の戦意と気力は最大値。
口々に「ち、近寄るな、モンスター!」とか「ひぃっ、命だけは助けてくれ!」と
言うだけで、エルフたちに何の逆転イベントも覚醒イベントも起きない。
弱々しい魔法によるエルフたちの抵抗は、見ているだけで悲しかった。
こっちは魔王なんだから、
一人や二人覚醒しても文句はないというのに――何も起こらない。
セイやイアのような展開を期待していたが、前兆すら感じない。
途中おかしく思い、セイに聞いてみると「イアお姉ちゃんが里一番で、僕が二番です。たぶん、ぼくたちより強いエルフはいませんよ?」なんて、ひどいネタバレを食らってしまった。
そして、無情にもエルフたちは一人ずつ、
モンスターたちによって優しく捕縛されていった。
もちろん、それなりに強いエルフもいたが、俺が各個撃破した。
どうやら、俺たち魔王軍の動きが迅速すぎたのが悪かったらしい。
斥候が帰ってくると同時の侵略というのがいけなかった。
エルフの大事な『結界』とやらが壊れてすぐだったのもよくなかった。
――結果、大勝利。
まさしく、巧遅は拙速に如かずを体現した戦いだった。
そして、俺たちはいま、戦後の処理をしているところだった。
拘束した百近いエルフたちを里の中心に集めて、その正確な人数を数えている。
それを眺めながら、俺はがっかり感を隠して悪い顔を保つ。
いや、わかってる。彼らは悪くないんだ。
彼らなりに頑張っていたのは、戦っていた俺が一番知っている。
ただ、行動が速いというだけで、こうも戦略的有利って取れるんですね。
戦争なんてしたことなかったから知らなかった……。
次からはもう少し遅く動いて、相手の準備を待とう……。
モンスターたちで包囲しているためか、
拘束されたエルフたちは顔を青くしてざわめいていた。
「な、なぜ、森のモンスターたちが群れをなしているんだ……」
「武器を持っているモンスターまでいるぞ……」
「いや、それどころの話ではない。統率が取れていることが一番の異常だ」
「くぅ、くそう、なんてことだ……。数百年の安寧を保っていた里が……」
俺たち【逆巻く仔の反逆】の知能レベルの高さに驚いてるようだ。
【永遠唱室】の力で急速に成長しているためか、
中にはスライムさんが人型になって、剣を持ってたりしている。
へいへいへーい動くんじゃねーと吼える、二足歩行し始めた狼さんもいる。
んー。
そりゃ、知ってたモンスター全員が突然変異してたら、対策できませんよね……。
「魔王軍大元帥のジンお兄さん。里の人数と名簿を照らし合わせてきました……。
これ、残りの名簿です。どうぞ」
「ふっ、よくやった。【裏切りの精霊将】セイリィンよ……」
「変なあだ名つけないでください……」
セイは協力的だった。
どこか諦めた様子で、渋々と手伝っている。
その代わり、仲間たちの命は助けて欲しいという契約を交わしている。
ほんと健気なやつだ。
仲間に「裏切り者」と罵倒されながらも、人知れず命を助けるとは……。
本当に逸材だね。このイケメンショタエルフ。
「よし、戦闘員の拘束は大体オッケーだな。
あとは逃げた非戦闘員エルフの退避先を見つけるだけか。
確か、イスカが長老さんの家あたりを探してるんだっけ?
ちょっと俺もそっち行ってくるから、ここ頼むぜ、セイ」
「はいはい、わかってます……。
変な事はしませんよ。どうせ、モンスターたちに睨まれてますし」
「それ、【裏切りの精霊将】であるセイを慕ってるだけだぜ?」
「それはそれで嫌だなあ……」
ここはセイに任して、俺は里の奥へと歩いていく。
戦いのあとだというのに、どこも里は綺麗なままだ。
俺たち魔王軍の統率力の高さと、戦いの迅速っぷりがよくわかる。
立体的な里を歩き進み、一際大きな家屋に入ると、
イスカがどたばたと走り回っていた。
「タンスを調べろー! 勇者の特権だーー!! ふひひー!!」
どうやら、長老さんの館で、勝者の権利である略奪を行っているようだった。
「……めっちゃ楽しそうなことしてんなー」
「あっ、ジンさん! さっき面白そうな飲み物見つけたんだよ!
なんか秘薬っぽい空気! ねえ、飲んでみない!?」
「とりあえず、俺で実験するのはやめような。
そういうのはちゃんと用法用量を確認しようぜ?」
「でも、私が動けなくなったら、ジンさんは私治せないじゃん?
でも、ジンさん動けなくっても、私ジンさん治せるじゃん?」
「動けなくなるような疑いがあるなら、まず摂取をやめろよ!!」
「大丈夫! 次の取替え用の胃腸は、新鮮なのがあるから!」
「人体改造前提の話もやめてくれる!?」
「ちっ、仕方ない。あとで成分調べるかー……。
飲んだら一発で効能わかるのにな……。チラチラっ?」
「こっち見んな!!」
とイチャイチャしながらも、きっちりとイスカは身体と目を動かしている。
家捜しに余念がない様子だ。
その理由を俺は問う。
「それでイスカは何を探してるんだ?」
非戦闘員を探すのを頼んだのに、全く別のことをしているように見える。
言外に責めたつもりだが、イスカは全く意に介さず普通に答える。
「何って、何かしらの厄が詰まった資料?
見つけたら、色々とエルフを脅せるからねー」
「エルフを脅すって、何のために?」
「ちょっと困ったことに、あんまり魔力が回復してないんだよねー。
だから、色々とエルフたちを動かすネタが欲しいんだよっ。
もっともっと絶望か希望を味わってもらわないと……」
「魔力が回復していない?
亜人に会えば、それだけで回復するんじゃなかったのか?」
「それなんだけどね――」
イスカは魔力が回復できなかった原因を説明し始める。
それはとても単純なことだった。
俺たちはエルフの里をモンスターたちを使って占領した。
そのスピードたるや神速。余りにエルフたちは弱すぎた。
占領するに都合よく弱すぎた。ただ――
――それは俺たちにとって余りに不都合だったのだ。
イスカは【絶望】を糧にする魔法使いだ。
そして、最近知ったのだが、俺は【希望】を糧にする魔法使いらしい。
セイと共闘して希望を心に抱いたとき、
魔力が急回復したので間違いないとイスカは言っている。
つまり、戦いによってエルフたちが【希望】か【絶望】か、
どちらでもいいので強く心に抱いてくれれば、それだけで魔力は回復していたのだ。
――だが、そうはならなかった。
エルフは希望も絶望も抱く暇なく、一瞬で敗北してしまった。
それにより、せっかく亜人たちと出会えたというのに、
イスカの魔力回復が遅れているというわけだった。
緊急は脱したが、まだまだ魔力不足の状態だ。
「――そういうことか。それは確かに困ったな」
「そういうこと。だから、こうやって色々と探してるわけ……――っと、
おー、いいもの見つけたー」
「ん?」
「里の地図だねー。ふむふむ……。
あ、馬鹿だねぇ。これで非戦闘員さんたちの退避先まるわかりだよ。
……この館、地下なんてあったのかー。
じゃ、せっかくなんで、私はそっちのほう行って先に処理してくるね。
一応、非戦闘員誘導が私の本来の役割だしね」
「俺も一緒に行こうか?」
「いや、ジンさんはここで資料探ししてよ。
私から見れば、ここに大したものはなかったけど、
異世界人のジンさんなら、別の着眼点で何か見つけられるかもしれないからね」
「わかった。なら、俺はここでもう少し色々と資料を探してみることにするよ」
「いいネタを頼むよー、ジンさん!」
そう言って、イスカは地図を持って地下へと向かった。
非戦闘員が相手ならば、イスカ一人でも問題ないはずだ。
これでエルフの里は完全攻略完了だろう。
だが、イスカの魔力問題は解決していない。
ゆえに、エルフたちを希望と絶望に落とし込むネタを探すため、
俺は家捜しを引き継ぎ、館を荒らしていく。
ここでエルフを脅すネタが見つかれば、
里の庭につないだ百のエルフの処理も簡単だ。
俺は某勇者のごとく、夢中になって館でアイテムを探し続けた。
恐ろしいまでの巻き展開!




