16.【急造勇者】対【継ぎ接ぎの英霊】
「セ、セイリィン! こっちこっち!」
当初はセイリィンを助けようとしていたイアだったが、
覚醒してからは全く思慮の外だった。
そのおかげか、セイリィンとの合流は楽だった。
そして、ひゃっはー我慢できねえ! とセイリィンを羽交い絞めにする。
「はい動くなー!! 動いたらーーー、セイ君を殺す!!」
「え、ええ!? お兄さん!?」
驚くセイリィンに、俺はひそひそと説明する。
「――セイっ、すまん。あとで何でも言うこと聞くから、合わせてくれ。
見ればわかるだろ、おまえの姉ちゃん絶対なんかおかしくなってる。
まずゆっくりと話し合うため、これは必要なことなんだ」
「そ、そうですね。確かに様子がおかしいです……。
話し合いのためなら、仕方ありませんね……」
セイの協力を得て、俺は人質作戦を敢行する。
そして、その作戦の効果は劇的だった。
自らの助けるべきだった相手を見て、イアの動きが止まる。
「ぐ、ぐぬぬ……!」
そして、悔しそうに歯を食いしばり、動かなくなる。
「ふっ、ふはははー! 思いもしない形で、悪役展開!
しかも、なんかエロいシチュで、ちょっとドキドキ!」
状況は逆転した。
これでようやく一呼吸つける。
俺は状況が止まったのを利用して、仲間のイスカの無事を確認する。
イスカは少し遠くの木の上に居た。
枝に寝転がり、なんか美味しそうな木の実をぽりぽりと食ってた。
「おっ? で、陵辱? やっぱ、陵辱なのかー?」
「観戦してんじゃねええええ! あとその手の食いもんは何だこらあああ!
俺ら、食いもんのためにここまで来たって流れじゃなかったかあああ!?」
こっちは死闘をしていたというのに、
我が相棒は悠々と観戦してやがった。
俺は渾身の突込みを入れる。
「――隙あり!」
すると、そこへイアの渾身の貫き手が襲いかかる。
咄嗟に身をひねることでかわしたが、下手をすればセイに当たっていた。
「っぶねえ! おまえそういうのやめろよ! セイが危ないだろうが!?」
「知ったことか! いまの私に人質など通用すると思うな!
よくよく考えれば、なんだかとってもどうでもいい気分だった!!」
「いやっ、待てよ! ここは「くっ、殺せ……!」とか「好きにするがいい……!」とか言うところだろ!! 別にそこまで酷いことしないから! ちょっとおっぱい触るくらいだから!」
「くくっ(嘲笑)、(人質を)殺せ……! (人質を)好きにするがいい……!」
「ほんとひどいな! この世界のエルフ!
思春期男子の夢を返せよ!!」
「くくくっ、殺す……!! 殺す殺す殺す……!!
くはははは! いまの私を止められるものなどいない!!」
「わかったって! 触らない! おっぱい触らない!
だからとりあえず止まれ! 止まれって!!」
俺の制止など歯牙にもかけず、イアは駆け出す。
そして、その恐ろしい貫き手を再度繰り返してくる。
このままではセイが危ないと判断した俺は、
堪らず人質を解放する。
イアは開放された人質を背中にして、にやりと笑う。
「これで人質はなしだ!
くくくっ、やはり私は間違っていなかった……!
人質交渉など、力を押しつぶせばいいだけの話だったのだ!」
脳みそが筋肉でできてる発言と共に、
遠慮なくイアは襲い掛かってくる。
その筋力の暴力に俺はなすすべなく、防戦一方だった。
このままでは死んでしまうと思い、この場で最も強いであろう人に助けを求める。
「ちょっと、イスカさあああん! 助けてくれませんかぁあ!?」
「駄目。そのエルフに勝ったら、次の相手は私だからね。
リテイクするからね、さっきの!」
「さっきの展開、結構気に入ってたのかよ!
ほんと、根っからのボスキャラだなあおまえ!
でも、もう少し状況見てくれませんかァ!?」
「ふひひっ、よーく見てるよ!
愛するジンさんの雄姿を!!」
「見てないで、助けろよ!
このままだと、また内蔵とか心臓とか弾けそうなんだよ!」
「んもー、仕方ないなー。
確かにここでそこの【急造勇者】にやられたら、私とも戦えないしね。
仕方ないから、ちょっとヒントをあげようかな」
やれやれとイスカは身を起こす。
そして、俺がイアに勝利するための道を説く。
「いまジンさんの身体には、逆転手段がいくらでも詰まってるよ。
その継ぎ接ぎの身体は、ただスペックを上昇させただけじゃない。
もっと本質的なものを継承させた結果なんだよ。
だから、あとは簡単。耳をすませて、その新しい細胞の声を聞くだけ」
「細胞から、声を。聞く……?」
「そう! その細胞から聞こえる言葉を詠唱するの!
さすれば、ジンさんもかつての大魔導師と同じ魔法を使える!
かつての悪竜と同じ力を! かつての石化蛇と同じ力を!
その身に再現することができる――!!」
それはつまり、俺も魔法ってやつを使えるということだろうか。
俺の知らないところで、
魔法欄にたくさんの魔法が並んでいる――そういうことか?
そうだよな。
せっかくの異世界転生だ。
魔法が使えなきゃ、そりゃ嘘だ!
「ふっ、ふふ! ふふふふ! ああ、そういう――そういうことか!!」
「そういうことなんだよ、ジンさん!」
俺は両の瞼を閉じて、自らの魂の声に耳を傾ける。
それは瞑想にも似た行為。およそ、戦闘中にするものではない。
けれど、俺は信じていた。
自分の選択を――なにより、イスカのことを信じていた。
ゆえに何の迷いも焦りもなく、その声を聞くことができた。
なんかとても怒ってる魔女さんとか竜さんとか蛇さんの魂が、そこにあった。
かつて魔王相手に無念にも敗れた英霊たちの魂が叫んでいる。
なんか俺の魂を食い殺して乗っ取らんとしている気がする。
なにこれ、すごい怖い……。
けれど、俺はそれに恐れることなく、その魂たちの慟哭と向き合う。
俺の力は弱いかもしれないが、心だけは強く保つ。
世界の意思にすら抗うと誓った俺の魂が、英霊の魂を上回る。
――気がする。
まさしくそれは支配。
細胞に詰まった魂たちを言い聞かせるため、俺は叫ぶ。
「――ああ、喉が震える! 啼き叫び咆哮しろと、狂い荒れる!!」
今回、支配する魂は魔女の魂。
彼女は死して、その【喉】を俺に移植された。
移植によって記憶転移するという現象は、俺の世界でも聞いたことがある。
まさしく、それに近い現象が、俺の身に起こっていた。
彼女の人生――修練――、そして身につけた魔法の数々――
その現象を受け入れるのに、時間はかからなかった。
喉に耳をすませることで詠唱が、
魔法の旋律が聞こえてくる――!
釣られ、俺の口は動き、かの【万魔の先導女王】の魔法が再現される――!
「《我が声を聞け! 聞いたものは謳歌しろ!
王を讃えっ、凱旋しろ! 我はここにあるぞ!》」
セイのおかげで身に溜まった魔力が変換されていくのがわかる。
いま俺は! 大魔導師へと転身している――!
「《虐げられたものは虐げるために、奪われたものは奪うために! 続け! 業を返す道は我が啓く! 覚えあるものは癒される前に奔れ! 忘却と戦え! 今こそ、世界の天秤を合わせようぞ》――! 我々こそが敢然たる強行軍!! 謡え、禁忌の魔法っ、扇動の歌声っ、【永遠唱室】ァアアア――!!」
その魔法は、声の魔法。
声の震えが周囲の領域を支配し、ありとあらゆるものに干渉する。
喉の魔女【万魔の先導女王】さんの力は単純だった。
狂歌によって強化を重ねる。それだけの魔法。
魔法の効果は、周辺モンスターの暴走だ。
森が天地鳴動する。
俺の叫びを聞き、全ての生物が好戦的になっていくのがわかる。
獣が、虫が、鳥が――そして、モンスターたちが狂っていく。
生物たちの意思は一つになる。
たった一つの意思――それは魔女である【万魔の先導女王】の命に従うこと。
それのみ。
そして、突如周囲の茂みから多くのモンスターたちが飛び出て、
イアへと襲いかかった。
その中には、先の恐竜に似た魔獣レベルのモンスターも混ざっている。
土石流のごときモンスターの進軍だった。
俺はモンスターたちの群れと共に反撃に出る。
「くはっ! 邪悪なるニンゲンと魔物たちよ!
この勇者たる私を、舐めるなァアアアア――!!」
それを迎え撃つ勇者。
その光景を遠くのイスカは大口を開けて見守る。
「い、いや、詠唱全然違うし……。魔法名すら違う……。
なのに、何で魔法成立するんだろ……?
うーん、不思議だなあ。世界って不思議がいっぱいだなー」
どうやら、色々と間違っていたらしい。
俺の魂に混ざっちゃってる魔女さんも怒ってる気がする。
しかし、仕方がない。
もはや、この魔法は俺の魔法。命名権は俺にある。
今日からおまえの魔法、【永遠唱室】な!
ふふっ、今時のお洒落なネーミングだ。
魔女さんが嬉しい悲鳴をあげているのが聞こえてくる。
「【永遠唱室】! みんな、あのエルフを圧殺してくれ!」
モンスターに指示を出すことで、百を超えるモンスターがイアに群がる。
だが、相手も覚醒した勇者。
近寄ってくるモンスターを千切っては投げ、千切っては投げる。
俺も反則満載だが、相手も大概だ。
いや、反則同士なら俺が不利だった。
なにせ、ベースとなっているものの経験が違う。
俺は一般学生だが、相手は魔法を使うエルフの戦士だ。
徐々に拮抗した戦いが傾いてくる。
正確には襲いかかるモンスターの数が減ってくる。
死体の山が、森の中に積み重なっていく。
「こ、これでも勝てねえのか!? まずい――!!」
そして、とうとうモンスターの壁をイアに突破されてしまう。
「くくくっ、くはは!!」
交錯する刹那、俺は右腕を掴まれ、引き千切られてしまう。
「ぐぅ、ぁあァアアア――!!」
「くはっ、くははっ、くはははは!!」
イアは引き千切った俺の腕を掲げ、流れる血を浴びて笑う。
その姿は狂気的だった。
そして、冒涜的でもあった。
ごくりと俺の血を飲んだあと、
ねっちゃねっちゃと丹念に俺の腕を粘土のようにこねる。
カラチェンしたばかりの腕が肉団子となってしまう。
「こ、このエルフ、普通にボスキャラなんですけどぉー……」
その悪逆っぷりに俺は引く。
だが、まだ敗北は認めない。イスカに助けを求めようとも思わない。
ボスキャラなのは確かだが、所詮は一面のボスキャラだ。
攻略の手ごたえは――もう手に入っている。
戦闘時間は数分ほど。
しかし、十分な情報を見ることができた。
いまイアは痴女さんのせいで、『その身の衝動が開放されている』。
それは俺も似たような状態だからわかった。確信できた。
この世界の力とは、魂の力。いかに魂から力を引き出すかだ。
おそらく、この女のエルフの勇者イアは破壊衝動が増せば増すほど強くなる。
俺が【逆接】すればするほど、強気になるのと同じだ。
だが、逆に言えば、その衝動から意識をそらすことさえできれば、
途端に弱体化するはず。
――そんな感じだ、たぶん!
ゆえに考えろ。
東大合格確定(妄想)の灰色の脳細胞を奮わせろ。
無数に存在する選択肢が、激流のごとく流れていく。
そして、その中から俺が選んだのは――!




