表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

15.勇者イアヴァスリル

「セイリィン! 早くその男から離れなさい!」

「ま、待って、イアお姉ちゃん! こっちのお兄さんは敵じゃなくて――」


 現れた女エルフの名はイアというらしい。

 彼女は少年エルフ・セイリィンを助けに来たようだった。

 俺とイスカを弓で牽制しつつ、じりじりと近寄ってくる。


「くっ、なんて邪気だ! かくなる上は!」


 仲間であるセイの言葉に耳を貸すことなく、イアは走り出す。

 そして、滑らかな動きで、素早く牽制射撃を撃ってくる。


 足元あたりに矢が二本放たれ、俺は大きく飛び退く。

 矢の刺さったところが、急に凍りつく。

 とてもファンタジックな魔法の矢だ。


「う、撃ってきた!? やる気満々だなこいつ!」

「ふひひっ、口実ができた!!」

 

 俺は怯え、イスカは愉悦する。


 イアが狙っているのは俺だけだった。

 正確には、セイリィンを助けるために動いているので、

 その近くにいる俺を追い払おうとしている。


 だが、このイケメンショタは逸材――

 これからの演出に必要な子なのだ。

 俺は少年を守るため、迎撃の構えを取る。


 立ち塞がる俺を見て、イアは近距離用の短刀を取り出す。

 セイと同じ短刀のようだ。


「対幻想生物実践古武術――! 鏡湖三十三表の型――!」


 とりあえず、それっぽいことを叫び、イアを取り押さえにかかる。


 イアの短刀が俺の腕を斬り裂こうと煌く。

 それに対し、俺が行うのは単純なこと。


 その動きをしっかりと目で追いかけて、

 合わせて両腕を適当に動かす。


 技も何もない。ただ、素人が拙い防御を行うだけ。

 しかし、その動きは的確で鋭い。ただただ鋭い。


 複眼生物のごとき動体視力で短刀の動きを見切り、

 魔獣のごとき膂力と速さでイアの手首を取る。


 ――そして、そのまま、上へ放り投げる。


 合気道のように投げられたかのようで、その実、力任せのぶん投げ。

 イアは森の中、宙を舞い、俺は決め台詞を吐く。


「これぞ、対幻想生物実践古武術、迎撃の構え――

 鏡湖三十三表の型――、『朧半月』!」

「意味は!?」


 イスカが間髪入れず聞いてくるので、俺も間髪入れず答える。


「意味などない!」

「だからこそぉ――!?」

「――かっこいい!!」


 なんて受け答えをしている内に、イアは落ちてくる。

 綺麗な受身と共に、俺から距離を取る。


「こ、この男、動きが並じゃない――!!」


 遠くから再度弓を放つ。

 しかし、オッドアイに進化した俺の双眸に隙はない。

 その異常な動体視力で、飛来する矢の軌道を、全て見切る。


「……うん。ちょっと焦ったけど、このままなら勝てそうかな」


 イアの動きは一朝一夕で身につくものではない。

 おそらく、様々な訓練を繰り返し、多くの外敵を打ち払ってきたことだろう。


 だが、人としての誇りとか何やら色々と捨てた改造人間の敵ではない。

 バジリスクの目と魔獣のパワーだけで何とでもなる。


 遠距離も近距離も圧倒的に俺が有利だ。

 あとはゆっくりと穏便に捕縛するだけだと、そう思ったときだった。


《――そうはさせませんよ》


 どこからともなく、声が聞こえてきた。

 いわゆる、脳内を直接――!? というやつだった。


 そして、その声に俺は聞き覚えがあり、

 その声の持ち主ならば、こんな真似をできると信じられる。


「ま、まさか……、この声は……! ホステスさん!?」

《誰がホステスですか! 誰が!》


 現在、俺の好感度表のトップに記されている痴女さんで間違いなかった。

 思いもしないイベントに俺のテンションは急上昇し、

 思いもしないことを口走ってしまう。


「そんな! 俺の中では当店人気ナンバーワンホステスぶっちぎりなんですよ!

 あなたがホステスをやめてしまったら、このお店はおしまいです!!」

《……よ、良いよりしろです。流石はエルフの隠れ里の才媛。

 何より、純粋に力を求め、心は隙だらけ。素晴らしい。

 いま、その隙間を埋めてあげましょう。神託オラクル勇者ブレイブリー/急造バースディ】》


 俺を放置して痴女は話し続ける。

 だが、それでも俺はめげない。


「無視しないでください! また一緒にお話しましょう!

 貴女となら、もっと仲良くなれる気がするんです! もっと!

 前はちょっと生意気言っちゃいましたけど、あれただのツンデレですから!

 か、勘違いしないでくださいよね!」

《本当にわけのわからない人……。しかし、もう話すことはありません。あなたが【逆巻く仔の反逆リヴァースチルドレン・リベリオン】を率いる【神に挑む一審ユーベルメンシュ】とやらであることはわかっています。あなた達の会話は、世界のコードにアクセスして確認しました。特異点ニュクスよ、【十一番目の終末鮮血戦ブラッドラグナロク・イレヴンズ】というものが起きる前に、あなたは私の勇者で救済します!》


 わ、わー。

 この人、やっぱりすごいや……。

 俺のことをわかってくれてる……。わかってくれるんだ……!


 しかし、無情にも少しずつ痴女さんの声は遠ざかっていく。

 どうやら、言うべきことは伝え終えたのかもしれない。

 だが、俺は足りない。まだまだ話し足りない。


「ちょ、ちょっとまってもう少し話を――、延長を!

 お金っ、お金なら払うから! あ、それとも何か頼む系!?

 どういうシステムなのこれ!? まってまって、まって!!」

《も、もうやだ……。このニュクス……》


 それを最後に、痴女さんの声は聞こえなくなる。

 代わりに、神託を受けたっぽい女エルフのイアが光り輝きだす。


「力が沸いてくる……! これは大精霊様の加護……?」


 強敵を前に覚醒イベントを通過しているご様子でした。

 流石は魔王サイド。

 覚醒されることに定評がある。


「これが私の本質……!? 私の本質なんですね、大精霊様――!!」


 突如、空を見上げて叫ぶ。

 それはまるで末期のジャンキーを見ているかのようで気持ち悪かった。

 独り言とか引くわー。


「ははっ、あはははは! もう負けはしない!

 負けはしないぞ、邪悪なるニンゲンよ!!

 正義は私にあるのだから!!」


 そして、イアはこちらに目を向けて、歩き出す。

 なぜか、手に持った弓を折り壊し、捨てながら。


 ……ん?


「死ねええ――! 爆、ぜ、ろぉおおおおお――!!」


 さらに短刀までも投げ捨て、握りこぶしを作って襲い掛かってくる。


「な――!?」


 もっと魔法的な覚醒をするのかと、こっそり期待していたのだが、

 彼女の覚醒は全く別物だった。


 武器を全て捨て、ただぶん殴ってくるだけ。


 単純だからこそ、単純に強い。

 その怖さを俺は、俺の身体を例に知っている。


 俺はイアの拳を紙一重で避ける。

 代わりに殴られた巨木が爆発四散するのを見て、冷や汗を流す。


「あはははははは! やはり、エルフのまじないなど必要なかった!

 力こそ正義! 拳こそ原初なる武器! 

 私に必要だったのは圧倒的な力! 力だったのだ!!」


 イアの猛攻を受け流しつつ、俺は思う。


 こ、こういうものなのか勇者って……?

 ちょっと思ってたのと違う。

 もっと精霊とか使って、キラキラ魔法っぽいことしようよ?


「そうだ。力さえあれば何でもできる……!

 そう、力さえ、あれば……!」


 なんか目がイッちゃってるし。

 言ってることが、なんか魔王こっち側っぽいし。


「滅び行くものこそ美しい……。破滅こそ永遠の安らぎ……。

 くくくっ、くくくくくっ……!!」


 ほらーーー、くくくとか言い出したよ!

 俺やイスカだってまだ言ってないのに!


 テンプレすぎる悪堕ちを見せる女エルフのイアさんだった。

 だが、そのふざけた覚醒の力は凄まじい。


 野獣に似た動きで襲い掛かってくる。


 その速度と力は何倍にも跳ね上がり、

 俺の改造人間としての力でも対応できなくなってきている。


 特に膂力の上昇が異常だ。

 砂糖菓子を砕くかのように、地面や巨木を壊していく。

 その姿は、まさに破壊の鬼人。


 エルフとかいう設定はどこいったのかわからない鬼人っぷりだった。


 手刀で巨木斬り裂いてるもん。

 筋力極振りにもほどがあるよ。エルフなのに、むっきむきだよ。

 外見に反映されていないのが、せめての救いだよ。


「くくっ、くはははは! くふっ、くふ、ふふ――!!」


 そして、地面とか巨木とか破壊するたび、うっとりしてるのが怖い!

 ほんままずい!

 このままだと、筋力極振りとかいう頭悪いエルフにくびり殺される。


 手段なんて選んでらんねえ!

 こ、この状況なら戦略的撤退か!?

 いや、放火か!?


 違う。この状況なら、ここは――!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ