14.魔王軍四天王、裏切りの精霊将セイリィン・アルセイクスとの出会い
そして、俺たちは逃げていたエルフたちに追いつく。
しかし、目に飛び込んできた風景は一刻を争う事態だった。
グロテスクな形をしたモンスターたちに、エルフが襲われているのを目にする。
あ、これ。
つい先ほど解散させた俺のお友達のどれかだ……。
俺とイスカの意を汲んで、健気にも足止めしてくれているのかもしれない。
そして、ここからが重要なのだが……、襲われてるエルフの子供たちは幼い。
中には、俺好みのエルフ少女もいる。
こ、これは……!
「あ、タイム! タイムタイム、イスカ!!」
「ん? いえっさ!」
駆けていた足を止める俺に、イスカも倣って止まる。
不思議な顔で俺を見るイスカは放置して、俺は『設定』を作成する。
…………。
……………………。
………………………………、……よし。
――な、なんてことだ!
なぜこんなところに、高レベルのモンスターが!
あれは森の奥でしか見られないはず……!
何らかの異常がなければ、ここにいるのはおかしい!
つまり、第三者の手によってモンスターが引き寄せられた……?
一体誰が……!?
いや、いまはそんなことを考えている場合じゃない!
このままだと子供たちが危ない!!
罪のないエルフの子供たちが犠牲になる世界なんて間違っている。
そんなことっ、絶対に俺が許すものか!
そう。あの日、俺は誓ったんだ。
もう俺は誰かが死ぬところを見たくない! 今度こそ、助けてみせる!
あの日助けられなかった『彼女』のためにも、俺はァ――!!
「いま助ける! 心配するな!! 俺が絶対に助ける!!」
十分なモチベーションを作り上げたのち、俺は一人で駆け出す。
そして、エルフの子供たちを助けるべく、颯爽と登場して――
「っぎゃ、ぎゃあああああー!! 大ボスがきたぁあ!! もう駄目だぁああ!」
「お兄ちゃんっ、怖いよぉーーー!」
「ぼ、僕がみんなを守る! この日のために、ずっと鍛えて来たんだ!」
目に涙を一杯溜めた絶望顔で迎えられる。
「あ、あれぇ!? やっぱ駄目!? 思いのほか歓迎されてない! なんで!?」
計画は失敗した。
そして、俺はその失敗の要因を考える。
すぐに、後ろから尋常でないプレッシャーを放っているイスカのせいだと判断する。
「おい! おまえのせいだぞ、イスカ!
おまえが普段からラスボスっぽいこと言ってるから、
純真な子供にはおまえの邪悪さがわかるんだよ!」
「え、違うよ!?
もしわかるとしたら、この清らかなる純潔の精神だけだよ!
言っとくけど、今回の原因はジンさんだよ!
私と違って、まだ瘴気コントロールできてないせいだよ!」
「まじで!? やっぱこれコントロールいるの!?
い、いや、とにかくそれよりも助けるか、まずは!」
うぉおおおと戦う振りをしつつ、しっしっと優しく追い払う。
足止めサンキュ。グロテスクな友よ。
愛してるぜ。
「いいってことよ」と言ってそうな友が、のそのそと去っていくのを見送り、
俺はエルフたちに近寄る。
ちなみにエルフたちに退路はない。
俺とイスカで見事挟み込んでいる。絶対に逃がすものか、特にロリエルフ。
「っふー、間に合ったか。大丈夫か、おまえら」
身体から漏れ出てるらしい瘴気を気合で押さえ込み、
できるだけフレンドリーで頼れるお兄さんを装ってみるものの、
「た、助けてぇーー! 食べないでえーー!」
「ふぇええ、うぅ、うわぁあああーーん!!
「や、やややるなら僕が相手だ! 悪魔め!!」
だが、もはや俺の評価が覆ることはなかった。
化け物を前にして生を諦めているエルフたちであった。
泣き叫び続ける姿を見て、イスカは面倒くさそうに聞いてくる。
「ねえジンさん。これ助ける方向?」
「んー、ノリでそうなっちゃったからな。いまさら方向転換するのもなぁ。
助ける前に原稿用紙三枚分くらいの設定を頭の中に作っちゃったし」
「方向転換おすすめだよ。
私としては、ささっとエルフの目とか耳とか欲しいんだよね。
しかも、この子達はぴっちぴちの子供エルフ。ぐふふ、いい実験材料になるー」
イスカは身の瘴気を抑えるのをやめて、
どす黒い台詞と共にどす黒いオーラを出す。
そのプレッシャーは魔王そのもの。
俺みたいなちんけな四天王再弱候補とは比べ物にならない。
「こ、こっちのほうがやばかったぁああーー!」
生物の反射として、エルフたちはイスカから距離を取る。
これは好機だと判断して、俺はエルフたちとイスカの間に割り込む。
「聖女とか純潔とか言ってた口でこれだからな、やっぱり邪悪だよなぁイスカ。
――さあっ、子供たち! そっちのお姉ちゃんは危ないから――というかこの世の邪悪の塊みたいなやつらだから、こっちへきなさい!! 俺の後ろに!!」
「う、うわあああーー――!!」
エルフたちは魔王と俺を何度も見比べ、
最終的にはこっちのほうがましだっていう大雑把な判断で、俺の後ろに隠れた。
エルフたちを守るように、俺はイスカの前に立つ。
悪くないシチュエーションだった。
このまま、八百長決めたら、ロリエルフは俺に惚れること間違いなし。
「ふふーひ。ジンさん、私とやるつもり?」
凶悪――いや、この世全ての悪と、誇張なく言える極悪な顔を浮かべるイスカ。
その身は幼くとも、魔王の中の魔王。
それ相応の瘴気を身体から滲ませる。
俺はそのプレッシャーに負けず、頷いて見せると、嬉しそうに魔王は語る。
「ふひひっ、そのがきんちょどもをこっちへよこせー。
さもなくば、生きたまま目抜き鼻削ぎ耳落とし、色々やっちゃうぞー。
血管を大事にだーいじに守りながら、皮を開いて、肉を裂いて、
臓腑を別のと取り替えちゃうぞーっ!」
う、うわぁ……。
発想が怖いわぁ、この子ー……。
咄嗟に冗談を言っているのではなく、本気でやりかねないから怖い。
だからこそ、その演技(演技だよね?)は真に迫っていた。
エルフたちは完全に怯え切り、俺を盾にする。
「こ、こえぇええー!!」
「お兄さん助けてー!!」
もはや藁にもすがる気持ちなのだろう。
先ほどまで敵意を向けていた俺に助けを求めている。
瘴気は抑えたので、いまは普通の人に見えてるのかもしれない。
こうして、イスカVS俺の図式は完成する。
予定通りだ。
予定通りだが……、足がちょー震える。
「すまんな、俺もぶっちゃけ怖い……。
あいつマジになると、マジモンのラスボスオーラ出すんだもん。
なにこのプレッシャー。一面で見ていいレベルじゃないって……!」
人体改造を終えて身体は強くなったものの、心は弱いままだった。
もう、がくがくだった。
その姿を見て、エルフたちは悲鳴をあげる。
「格好つけてるくせに、思ったよりも頼りにならないー!!」
ああ、そうだろう。頼りにならないなんてわかってる。
俺とあいつの力量差なんて初めからわかってる。
でも――、それでもっ、これは俺の望んだことなんだ。
ゆっくりとファイティングポーズを取りながら、俺は自らを鼓舞する。
「頼りにならない、か……。ああ、確かに俺はあいつに勝てないかもしれない……! 力を手に入れたとはいえ、所詮はあいつから借りた力……、偽物だ! 勝てるはずがない! 道理がない! どこまでいってもあいつの手のひらの上っ、全ては予定調和! 子が親にっ、人が神に挑むも同じこと! 百に一つの勝ち目もない! それが必然っ、ここは降参するのが正解っ、逃げるのが懸命っ! だが! だけど、俺は――!!」
「来たぁー! ジンさん得意の逆説からのごり押しプレイー!!」
「――俺は諦めない! 偽物の力だろうが何だろうが、それは自身の力だ! いつか子は親を超え、人は神を殺す! そういう予定調和もある! 諦めない限り、希望は残り続ける! どちらの予定調和に至るか、その差は心の差だ! たぐりよせるは心の力! たとえ勝機がなくとも信じる! それがいまの俺たちにできること! だから、おまえたちも諦めるな! 万に一つの可能性ならば、万の失敗を乗り越えればいいだけの話! いや、むしろそれは勝利フラグ! 万に一つの勝機とか、成功率1パーセントとか、勝利フラグだから!! あれっ、なんだか急に行ける気がしてきた! なあ、おまえらもそう思わないか!?」
勢いのまま、上半身だけで振り返る。
「ご、ごめんなさい! 知らないニンゲン(?)さん!」
「に、にに逃げろーーー!!」
そこには俺を置いて、森の中へ逃げるエルフたちがいた
「え、逃げるの!? 俺を囮にして!? かわいい顔してひどい!」
予定が崩れ去るのを感じる。
この流れでイスカのやつに八百長勝利して、
俺はロリエルフと人生のゴールインを迎えるはずだったのに、
どうしてこうなった!?
「へ、変なお兄さん……」
世界の抑止力の可能性を疑っていると、
一人の子供エルフが声をかけてくる。
可愛いロリっ娘エルフしか眼中になかったため、
一人残ったイケメンショタエルフに気づくのが遅れてしまった。
若草色の髪を垂らした少年エルフが、俺をまっすぐと見ていた。
「僕も戦うよ……! お兄さんを残してはいけない!!」
その両目は正義の炎で燃えていた。
ロリエルフたちには見捨てられたが、俺には希望が残っていたことを知る。
い、いーじゃん。
そこらのロリエルフより、ぜんぜんいーじゃん、おまえ!
見直したぜ、ショタキャラ!
ゆえに、俺は彼の話のビッグウェーブに乗る。
「ハッ、何を言ってやがる! 馬鹿か、おまえは!
おまえもすぐ逃げるんだよ!!」
物語序盤に死にそうな頼れる兄貴分っぽく、俺はショタエルフを突き放す。
「お兄さんを置いてはいけない……。ここで置いていけば、僕は一生後悔する……。
だから、僕も戦う……! 戦うんだ……!」
「ちっ……。俺も焼きが回ったな、こんなガキに心配されるなんてよ……。
おい、おまえっ。――名前は?」
「セイリィン。僕の名は、セイリィン・アルセイクスです」
「俺は【†Zin†】だ。
セイ、敵は強大だ……。確かに俺だけの力じゃ心許ない……。
本当におまえの力も貸してくれるのか……?」
「はい……!!」
セイと俺は、目と目と通じ合っていた。
ここで命を賭け、背中を預けあうことを良しとする意思がそこにあった。
無秩序と戦う正義の心が、いま、俺とセイの間で共振していた。
そう。それはまさに【希望の繋がり】。
少年エルフの希望が、俺の体を奮い立たせる。
「ふふふふふひひー! 愚かなエルフだ!
恐怖で足が震えておるぞ!
貴様のような矮小な存在が、この私に勝てるはずなかろうてー!!」
魔王は笑う。
無力な存在二人を前に、勝利を確信していた。
そして、セイリィンも敗北を確信している。
けれど、彼は一歩も引かない。
「僕はそれでも逃げない!
確かにおまえは怖い……! 馬鹿げた瘴気だよ……!
けど、僕はここで恩人を見捨てるような恥さらしにはなりたくない!!」
「ふひひ、馬鹿なやつだ……!
そこの男を見捨てておれば、助かる道はあったというのに!
自ら命を捨てるとはな! 真、俗物の考えは理解しがたい!」
瘴気は濃くなり、魔王の重圧は増すばかりだ。
それでもセイリィンは戦うと言った。
ならば、俺も一歩も引くわけには行かない。
「舐めるなよ、魔王! 少年の身体は小さくとも、その心の炎は天高くまで燃え上がっている! その勇気に俺は敬意を表する! 彼こそ黄金の精神みたいななんやかんやを宿してそうな勇者! 真なる勇者だと俺は認める!!」
「ジ、ジンさん!!」
その宣言により、セイリィンの顔が希望で明るくなり、震えが止まる。
釣られ、俺の身体の震えも止まった。
これが二人で戦うということ。
力が漲ってくる。
というか漲りすぎて不安になるくらいだ。
なんか溢れてる。溢れてきてる。
魔力みたいな何かが回復してるのかこれ?
「ん?」
「お? お、お?」
その異常な力の脈動に首をかしげると、俺の所有者であるイスカもそれに気づく。
いま、俺とイスカの魔力は回復している。
そう確信できるほど、身体から力が漲る。
このまま茶番を続ければ、もっと魔力は回復するかもしれない。
「行くぞ、セイリィン! 抗う者の力を見せてやるぞ!!」
「うんっ、お兄さん!!」
俺は拳を握り、セイリィンは懐から短刀を取り出した。
そして、全身の筋肉に力をこめて、いつでも動けるように身構える。
「ふひひ……、後悔するといい……。
この我に逆らったことを、あの世でなあ……」
その抵抗の意思を見て、魔王は笑った。
パキリパキリと小枝を踏み折りながら、こちらへ近づいてくる。
距離が近づくにつれ、焼けつくような緊張が高まっていく。
あと少し。
あと少しで、戦いが始まる。
先手を取るならば、いましかない。
そう判断し、駆け出そうとした瞬間――
「――ニンゲンっ、子供を放せ!!」
セイリィンとイスカと俺以外の第三者の声が割り込む。
声のしたほうを見てみれば、すらりとした長身美人エルフが俺を睨んでいた。
その腕には弓が構えられ、いまにも俺を撃たんとしている。
「はい、カァーーーーット! カットカット!
知らん人が、紛れ込んじゃった!!」
脚本が崩れたのを感じて、仕方なく俺は戦闘を中止した。
プロット見ると、魔王軍がイスカの逆ハーレムに見える不思議。
『異世界迷宮の最深部を目指そう1』本日発売(宣伝)!
ずっと127ページを眺めるだけで幸せになれる一品です(洗脳)!
こんなに笑顔のディアちゃんとか、もう何年も書いてない気がする。




