10.キャラメイク終了
再度、俺は意識を覚醒させる。
そして、目をこすりながら、自分の見た夢に驚く。
あんなにハイな俺初めてだ。
まだ、俺は俺のままで在れていない? 出し切っていない?
そう疑うに十分な余韻が、頭の中に残っている。
ちょ、ちょー楽しかったんですけどぉ……。
「なんだったんだ、あの人……」
あんなにも俺がハイになれたのは、あの露出狂さんのおかげだ。
それは間違いない。
驚愕している俺の隣で、イスカが心配している。
「あ、起きた? なんか凄いうなされたけど、大丈夫?」
「いや、すごい話の合う人が夢に出てきてさ、
意気投合して熱くディベートしちゃったよ」
あんなに熱くなったのはいつ以来だろう……。
親友相手に心を開いて、知人に格下げされたとき以来か?
いや、妹相手に宇宙について語って、ドン引きされたとき以来か?
それとも、両親相手に人類の生きる意味を問うて、病院送りされたとき以来か?
とにかく、久しぶりだった。
イスカ相手のお喋りも楽しいことには楽しいが、口論になるわけではない。
彼女は共感者であり敵対者ではない。
ゆえに、ディベートによる真なる意味の熱が得られない。
というか、正直イスカと口論になって勝てる気がしない。
深層心理で彼女を敬っている間は不可能だろう。
ゆえに、彼女は理想だった。理想の痴女だった。
「あ、あいつもうきたのかー。
あれでしょ、すっごいキラキラしてる偉そうなお姉さんでしょ。
なんだかとても深そうなこと言ってそうで、実は大したこと言ってないお姉さん。
あれ私のとこにもきたよ」
しかし、イスカの露出狂さんへの評価は、妙に辛らつだった。
「おいおい、そういう言い方はよせよ。
彼女はなかなか真理を突いてたよ。うん。
彼女となら三日三晩は口論できるぜ、俺。彼女、なかなか素質あるよ」
「えー、私は嫌だなー。あのお姉さん。口うるさいんだもん」
「馬鹿っ! イスカのおばか!!
おまえ、あんなに本気でぶつかりあえるやつなんてそうそういないんだぞ?
普通は、衝動を解放して顔真っ赤にして話してたら、速攻で引かれるんだ。
カウンセラーとか精神科医とか、暖簾に腕押し状態ですっごい悲しいんだぞ。
それに比べて、お姉さん最高だよ。押せばちゃんと返してくれる、弾力MAX。
一生つんつんしたい。こうちくちくと、答えのない哲学をくっちゃべりたい」
「ジンさんの評価が異様に高くて、私びっくり」
「ぶっちゃけ、お金払ってでも喋りたいレベル。
彼女、いいホステスになれるよ。うん」
「ええー、私には払ってくれないくせに!」
俺の評価に不満があるようだ。ぷんぷんと頬を膨らませてイスカは怒る。
目の前に女の子がいるのに他の女性を手放しに褒めるのはまずかったようだ。
「で、誰あれ?」
「えーっと、あの人はあれだね。《大精霊》様だね」
「へえ。なるほど、大体わかった」
「なんで大体わかるんだろうね。不思議だね」
「なんか、ホステスさん。俺を殺すために勇者送るって言ってたけど……」
「それもう私にも送られてるから気にしなくていいよ」
「え、てことは勇者会ったことあるの? まじで?」
「うん、ちょー強い。
頭おかしくなるくらい加護のかかった生体兵器が、
自爆特攻しかけてくるから気をつけてね」
「勇者なのに自爆特攻!?」
「可哀想なことに、昨今の勇者さんたちは使い捨てなんだよね。
どれもこれも、ばっちゃが悪い。というか、最近の魔王側が強すぎるせいだね。
だから向こうのトップが顔真っ赤になってる。ざまぁ」
「あ、やっぱり俺たち魔王側なん? まあ、そうだろうな!
ここにそれっぽいのいるからなー。なら俺は幹部か、四天王あたりか?」
「四天王いいねっ。あと三人くらいスカウトしたいねっ」
「いや、四天王の最弱ポジションになりそうだから、やっぱ俺は総司令官で!
頭脳労働でいく!」
「魔王軍大元帥ジン殿ですな。じゃ、私は囚われの聖女ってことでよろしく!」
「まあ、どっちかていうと俺が囚われのお姫様状態なんだけどね!
というかそれだと魔王不在になるな!」
「なら、魔王様と大元帥と四天王、あとで六人ほどスカウトしようよ!!」
「それも新興と同じ気がするけど、仕方ないか!
でも黒幕はおまえ安定だな!
助けたと思った聖女が実は――ってのは王道!!」
「助けに来た勇者を後ろから刺していこ!」
「よし! これで改造された生体兵器対策は完璧だな!」
対策がまとまったところで、俺は状況確認するべく周囲を見回す。
あの死闘の記憶は、未だに残っている。
モンスターの巨大な爪によって、肉は裂け、
身体が潰れたトマトのようになったはずだ。
あのモンスターはどこに行ったのか。俺の身体はどうなったのか。
それを確認しようとしたところで、肉の山を見つける。
比喩ではなく、本当に肉の山が並んでいる。
「――え? な、なにこれ?」
「え、魔獣さんだけど?」
「え?」
「え?」
たとえ二tトラックに百回引かれても、こうはならないだろう。
赤黒く染まった魔獣だったものが、
デパートで売られているお肉みたいになっていた。
なーんだ。
さっきから血の匂いがしていたのは、俺の鼻腔内が切れてるんじゃなくて、
これのせいだったのか。
「ああ、あれなら、私が殴り殺したよ?」
「お、おう……」
たとえ二tトラックがあっても対峙したくない化け物相手に、
この子は徒手空拳で臨んだらしい。
その原始的な殺害手段を聞いて、俺はイスカを尊敬し直す。
「やっぱ、強いんだなおまえ。裏ボス張るだけのことはある」
ただ、それに比べ、俺はどうだ。
果たして四天王の最弱として、勇者一行の笑いを取れるかも怪しい。
そう自分の弱さを噛み締めていると、イスカは楽しそうに俺の腰に抱きついてくる。
「心配しないで、ジンさん! ジンさんも、強くなったから!」
「え?」
イスカはぎゅうぎゅうと力いっぱい俺の身体を押す。
そして、気づく。
こんなにもよりかかられているというのに、俺の身体は微動だにしていないことに。
さらに、自分の両腕が浅黒く変色していることに。
「ん、んー?」
軽く力を入れただけで、イスカの身体を押し返すことができた。
体重30キロはあるであろう肉の重みが、
まるで発泡スチロールを押したかのように軽い。
――いや、正確には違う。
イスカが軽いのではなく、押し返す俺の腕の力が異様に強いのだ。
まるで、俺の腕じゃないように――
――というか、これ俺の腕じゃねえやこれ。
太く浅黒い腕にすげ替えられていた。
「なあ、イスカ。
俺も生体兵器さんたちのこと馬鹿に出来ない状態になってね?」
「勇者に対抗するには改造しかなかった……」
「いや、勇者の話する前に改造終わってなかったか……?」
迫真の台詞を吐くイスカに、困惑する俺。
「でも強くなったよ? もはや全身凶器だよ?」
「けど、もはやそれ俺の身体の名残なくなってるんじゃね?
俺が俺でなくなるんじゃね?」
「いや、ちゃんとジンさんらしさを残したよ? ほら、あっちの湖で見てみて」
俺はイスカに促されるまま、近くの湖まで歩く。
その湖面を鏡代わりにして、自らの姿を見る。
色々とカラーチェンジされてるものの、そこには傷一つない俺の姿が映った。
「んー……、喉と心臓が潰れた記憶があるんだが……」
「心臓は昔狩った悪竜の心臓を使って、喉は昔狩った大魔導士の喉を使ったよ。
片目が潰れていたので、バジリスクの翠の魔眼を借りました。
足りなかった筋組織は、そこに転がっている魔獣さんのお肉を拝借。
ふひひひひっ、即興にしてはいいかんじ!」
「うーむ。はたしてそれは俺といえる生物なのでしょうか……?」
「史上最高の外科手術だったと、自信を持って言えるよ……。
いや、これはもはや手術ではなく、魔法術式……!
ふひっ、ジンさんの命名法を使わせてもらうかな……。
そう。ジンさんが受けたのは、世界初の魔法外科術式!
名づけて『幽機機械仕掛けの運命』!
世界を覆す悪星を降ろす魔法っ、神に抗う力なりー!」
楽しそうにイスカは叫ぶ。
うーん。俺の個性をラーニングしようとしている。
そういうの俺のキャラが薄まるから止めて欲しい。
というかここまでとっかえひっかえされると、俺が異世界人である意義がないような気がしてくる。
四分の一くらいは、こっち原産のものになっちゃったよ。
せっかくの異世界転生ものが台無しなっているような気がする。
気がする、が――
「――が、悪くない。いや、むしろ、パーフェクトだ。イスカ」
湖に映っていた自分の姿を見て、俺はサムズアップする。
その湖面には、何もかもを帳消しにする至宝があった。
びっしりと文字の書き込まれた喉。
浅黒く変色した筋骨隆々な腕。
そんなのはどうでもいい。
何より重要なのは――眼。
眼の色!
「す、すっげー! オッドアイじゃんこれー! きたこれきたこれぇえー!!
初めて見たけど、やっぱいかすなー! かっこいいなー!
こう半々な感じが、どこにも属さない感じで、すごくレジスタンスだよ!」
左眼は翠、右眼は紅に染まっていた。
ヒュー! 漲ってきた!




