魔女ミリアン
一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
昔々ある街には秋の収穫祭というお祭がありました。収穫祭の名前の通り、その御祭は今年の作物の実りを祝って来年の豊作を祝うお祭りでした。しかし、もうひとつ、その年に成人を迎える子どもたちを祝うお祭りでもありました。これまで育ててくれた両親に感謝の気持ちを込めて、子どもたちはその御祭で踊ることになっていました。
そんな街のある晩の事です。
月夜に照らされた街の広場で一人の娘が踊りの練習をしていました。彼女はとても貧しいパン屋の娘で名前をミリアンといいました。ミリアンもやはり今年の秋の収穫祭で両親の為に踊ることになっていました。もっともミリアンは親なしだったため、彼女を育ててくれた老夫婦の為に踊るのでした。
けれどミリアンにはドレスを買うお金がありません。だからせめて踊りだけでもとミリアンはこうして踊りの練習をしていたのです。
ミリアンが踊りの練習を始めて幾日か経ったころ、貧しいパン屋のおばあさんが病気に罹ってしまいました。ミリアンにドレスを買う為に働き過ぎてしまったのです。
ミリアンは踊りの練習どころではありません。殆どつきっきりでおばあさんの看病をしました。
「ごめんよ、ミリアン。お前には迷惑ばかりかけて・・・・」
申し訳なさそうに咳き込むおばあさんにミリアンは笑って言います。
「大丈夫よ、おばあさん。それよりも早く病気を治して元気になってね。」
しかし、おばあさんの病気は日に日に悪くなる一方でした。
お医者さんに見せるお金もなければ薬を買うお金もありません。ミリアンは弱弱しくなるおばあさんを見て途方に暮れました。
おばあさんがやっと眠りについたころ、ミリアンは夜の広場に向かいました。踊りの練習ではありません。月を観に行ったのです。肌寒い夜に大きく白い月が輝いています。もうすぐ綺麗な満月です。収穫祭が間もなくあることを告げていました。
ふとミリアンは人の気配を感じました。振り返ってみるとそこには笑ったようなお面を被った少年が立っています。
「あら?ぼく、迷子になったのかな?」
そう言うミリアンに少年は構わず言いました。
「貴女の願いを叶えてあげる。」
そう言い、ミリアンの手をとって少年は踊り始めました。とても少年とは思えないくらい彼はダンスが上手でつられて踊るミリアンもたちまち上手になっていきました。久しぶりにとても楽しい時間でした。
ミリアンが目を覚ますとパン屋にある自分専用の作業場にいました。どうやらあの少年は夢だったようで、ミリアンはとてもがっかりしました。
作業台が散らかっています。片付けようとした時でした。
ミリアンはとても驚きました。なんと机の上には幾つかの金貨と沢山の銀貨や銅貨があり、そしてオーブンには焼きたての美味しそうなミートパイがあったのです。
どうやら夢ではなかったようでした。
ミリアンはミートパイを店先に並べて売ったお金と、金貨や銀貨を掻き集めておばあさんの薬代を稼ぐことにしました。
たちまちミリアンのパン屋さんは有名になりました。ミリアンは毎晩毎晩少年と広場で踊りの練習をしに行くたびに沢山のミートパイができるのです。
しかし、おばあさんは薬も飲んでもお医者さんにいってもちっとも良くなりませんでした。
「残念ながらおばあさんは薬ではもう治りません。」
「じゃあどうすれば治るのですか?」
ミリアンが焦りながらそう尋ねるとお医者さんは申し訳なさそうに項垂れて
「ごめんなさい。」
と帰っていきました。
その日ミリアンは泣きました。
「どうしてごめんと謝るのですか?おばあさんは生きたい筈なのに。どうして貧しいだけで死ななければいけないのですか?」
ミリアンはもうどうして良いのか分かりません。すっかり泣き疲れてとうとう眠ってしまいました。
「そういえばあの少年と踊っていないわ」
ミリアンはそう思い飛び起きたらやはり自分の作業場で寝ている事に気が付きました。いつものように沢山のミートパイと金貨や銀貨や銅貨が散らばっています。しかし今日は少し違いました。ミートパイの傍らには清潔そうな白いコートがたとまれていたのです。
ミリアンはさっそく店頭にミートパイを並べようとお店に急いで出て行きました。
その時です。
店中に悲鳴が響きました。ミリアンの姿を見てお客さんが驚いたのです。
おじいさんの顔もみるみる悲しい表情になっていきます。ミリアンには何が起こったのか分かりません。
「ミリアン・・・・。」
そう言っておじいさんはミリアンを抱きしめました。拍子に向こう側の鏡で自分の姿がミリアンには見えました。
「もういいんだよ・・・・ミリアン。もう、頑張らなくて・・・いいんだよ?」
そう言い泣くおじいさんの声はもう聞こえません。
鏡に映し出されたのは、頭から足の先まで返り血に染まった自分自身の姿でした。
彼女の作業場にはミートパイの数だけ首が転がっていました。ミリアンは自分が気付かない間に人を殺してお金を奪い、死体をミートパイにしていたのです。
その日、ミリアンは魔女として捕まりました。裁判はあっという間に彼女と判断します。誰も肯定も、否定すらしませんでした。
ミリアン自身も黙ったままです。魔女と決まったミリアンの処刑はもちろん火炙りの刑でした。
処刑の日取りはミリアンが心待ちにしていたあの秋の収穫祭の日でした。
処刑の時間がやってくるまでミリアンはおじいさん、おばあさんから引き離されて一人冷たい牢屋に入れられました。
ミリアンは風の噂でおばあさんが死んでしまったことを聞きました。
「何か言いのすことはありますか?」
刑が執行される直前に教師さまがミリアンに訊いてきます。
ミリアンは黙ったままでした。
そのまま彼女は杭に括られて、火を付けられました。
燃える最中、誰かの泣き声がミリアンには聞こえてきました。おじいさんでしょうか?
「大丈夫。」
ミリアンは誰に向かって言いました。
「だから泣かないで。」
ミリアンはそれだけを言い残して燃やされて死んでしまいました。
その次の日、ミリアンが燃えた後に残った灰を集めている人がいました。あのパン屋のおじいさんです。
おじいさんは出来るだけ多くの灰を集めて大切に持って帰りました。
別に集めてどうしようと言う訳ではありません。ただミリアンが近くに感じることができるのではないかとおじいさんは思ったからです。そんなおじいさんを見て街の皆は笑いました。おじいさんはなんとも思いません。
それからおじいさんはミリアンの灰を自分の行くところ何処にでも持って行きました。
旅先にはもちろんの事、食事の時にも傍に添えて、時々話しかけもしていました。
頭が狂っていると皆はもう呆れ返っていたある日の事です。
街の時計塔が火事になりました。
火はすぐ消し止められましたが、時計塔はすっかり燃えて炭と瓦礫の山になってしまいました。
燃える様を観におじいさんも時計塔前の広場に向かいます。もちろんミリアンの灰も一緒でした。
その時です。
突風がミリアンの灰を吹き飛ばしてしまったのです。灰は風に乗って燃える時計塔の中に行ってしまいました。
おじいさんはとても悲しみましたが、灰を区別することはおじいさんにはとてもできません。しぶしぶ諦めて家へと帰っていきました。
扉を開けると何やらいい匂いがしてきます。パンを焼いている匂いです。どうやら匂いはミリアンの作業場からしています。
ミリアンもいないのに。
おじいさんは急いで厨房に向かいました。するとそこには美味しそうなパンをオーブンで焼くミリアンの姿がありました。
おじいさんはとても喜びました。
なんとミリアンが生き返ったのです。
甦ったミリアンが作ったパンはとても美味しく、たちまち有名になっておじいさんはとても幸せに暮らしたそうです。
「お前はいつまでも変わらない、とても可愛い私の孫だ。」
死ぬ間際におじいさんは彼女に笑って言いました。
彼女は悲しく笑います。
おじいさんは最期まで気付けませんでした。
彼女は一体誰なのでしょう?