聖夜のみのド短期バイトやりませんか?
「ついに……」
今日が何の日だか知っているだろうか。
まるでパーティに参加した女性のように飾りに飾った木々がいたるところに立ち並び、町中の人が二日に渡って浮かれ、夜には赤い服を着た不法侵入者が来るというこの日は――
「ついにやって来てしまったか、クリスマスよ」
自宅のリビングで呟いたオレこと宮代大地はクリスマスが大嫌いなのだ。
理由は簡単。
町が騒がしくなり、男女のイチャイチャが嫌でも目に入ってくるからだ。
「くっ、忌まわしきクリスマスめぇぇぇえええ!」
「はいはい、自分が彼女いないからって僻まないの」
負の感情を全開にしていたオレに話しかけてきたのは妹である愛理。
綺麗な金髪を二つで結んでツインテールにしており、気の強そうな目、少し普通より鋭い犬歯は見るものを威圧する。
まあ、オレ以外にはニコニコ笑ってるけど。
そんな愛理は水色のパーカーにジーパンのような生地のショートパンツ、寒さ対策には肌色のパンストを履いており、いつもとは違うオシャレをしていた。
「お前、そんなオシャレをしてどこに行くんだよ」
「ど、どこだっていいじゃない……!」
明らかに動揺している。怪しい……!
お兄たんはそういう事は見逃しませんっ!
「お前まさか……!」
「じ、じゃあねっ! 私ちょっと出掛けてくるっ!」
そう言って、慌てたように玄関に向かい外に出ていく愛理。あ、あいつまさか――
「彼氏でも出来たと言うのかっ!」
そんなっ!? 妹ですらクリスマスを一緒に回る相手がいるだと!?
地球に隕石が激突したくらいの衝撃を受けたオレは、ショックのあまりリビングの床にゆっくりと崩れ落ちた。
そうか、妹に彼氏か……。
いや、どちらかというと彼氏なんてどうだっていい。
妹に一緒に回る相手がいるということが許せない。
「オレにも彼女欲しい」
クリスマスに一緒にデートして、夜には夜景の綺麗なレストランで食事して、そしてその後ホテルへ――
と妄想が膨らんでいる途中で、ふとポケットの携帯が震えている事に気づいた。
ま、まさかクラスメイトの女子がオレを誘いに!?
そんな期待を込めながら、オレは携帯の画面を見る。
速見勇次、男。
オレは静かに電源ボタンを押した。
するとまたもや携帯が武者震いするかのように震え始める。
やはり掛けてきているのは勇次だ。
嫌々ながらも通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
『大地、電話切ったよな!?』
「ただ今、速見さまの携帯のみ電波が通じない状況にあります。ピーッという発信音の後に高層ビルの屋上から飛び降りてくれると嬉しいなっ☆」
『了解。オレの最後の言葉は――っていやいやいや! しないからそんな事っ!』
「あっ悪い、電波が――」
『ちょっ――』
オレは再び電源ボタンを押して、通話を終了した。
アイツごときが崇高なるオレの携帯に電話を掛けてくるなど二億年早いわっ!
すると三度携帯がブゥゥンという雄叫びをあげる。
いい加減イラッとしたオレは携帯をリビングの窓から全力投球。
よし、これで連絡は取れまい。
なんて思っていると、ピンポーンと自宅のインターホンが鳴る。
もしや、と思ってインターホンに付いているカメラ越しに訪問者を見ると、そいつは先ほどまで電話を掛けてきていたはずの勇次だった。
オレは今日ほどアイツを怖いと思ったことはない。
仕方ない、と勇次のしつこさに負けたオレはインターホン越しに話しかける。
「チッ、何の用だ」
『今舌打ちしなかったか!?』
「気のせいだ。で、何の用だ」
そう言うと、勇次は何故だか頬を赤らめ、
『い、一緒に町に行かないか?』
「気持ち悪い」
プツッ!
オレは即刻インターホンの通話を切った。
……何だろう。今全身を駆け巡った寒気は。
そう思いながらオレはまだ飲みかけのホットコーヒーを口に含み、十分口内を暖めてから飲み込む『大地ーっ! ここを開けてくれ――っ!』前に吹き出してしまった。
なんだあの窓に張り付いている男はっ!? 変質者だな? そうだ、そうに違いない!!
オレは家の電話の受話器を手に取り、正義の味方コール用番号を押す。
「あ、もしもし? 警察の方ですか? ええ、変質者が――」
「ちょっと待てぇぇぇええええっ!?」
窓ガラスを突き破り、不審者はオレの家のリビングへと強行突破してきた。なのでオレは、
「あ、不法侵入、器物破損も追加で」
その瞬間、辺りにとある車のサイレンが鳴り響いた。
いやぁ、さすが正義の味方。仕事が早いな。
数十分後、パトカーで軽く取り調べを受けた勇次は、なんとか釈放されてオレの家へと上がっていた。
「酷い目にあった……」
「そりゃ大変だったな」
「いや、お前のせいだよっ!?」
チッ、もう少し捕まってれば良かったのに……!
そう心の中で呟きながら、オレはテーブルの向こう側にいる勇次を見る。
「何よ、何見てんのよっ!」
とても気持ち悪いこの物体は速見勇次。
顔はイケメンなのに、ありあまる性欲を行動力に変換し、クラスの女子にセクハラをしまくるという最低な性格のせいで女子から『半径五キロ以内に入らないでっ!』と言われている少年である。
どちらかと言うと、オレもあまりお近づきになりたくない。
「なあなあ! 一緒に町行かねっ!?」
「何が嬉しくて男と町行かなくちゃならないんだ」
「まあ、そういうなって! 町に女性をナンパしに行くんだからよ!」
「……ふっ、とうとうクラスメイトだけじゃ飽きたらず、町の女性にまで手を伸ばすのか」
「えっ!? 何その反応!」
もうコイツは警察のお世話になる以外道は残されていないだろう。
バカの冥福を祈りながらオレは席を立つ。
「大丈夫だから! 犯罪行為なんてしないって」
「存在自体が犯罪のやつに言われてもな……信用性ゼロだ」
え、オレそこまで信用無い? と呟くバカを無視してオレはリビングを出ようとした。すると、
「あれ? どこ行くの?」
その言葉にオレは呆れた顔をしながらこう言った。
「お前が犯罪を起こさないようにオレが見張ってやる」
瞬間、泣きながら飛び付いてきた勇次の腹を蹴り飛ばし、オレは自室からコートを取りだしてそれを着た後、二人で外に出たのだった。
雪は降っていないが、凍てつくような風が吹いてものすごく寒い。
そんな寒い中を何故か男二人で歩くオレ達。
……心身ともに寒くて仕方ない。
「で、どうするよ?」
「お前が誘ったんだろうが。自分で決めろ」
いざ町に出たのはいいものの、ナンパのやり方など知らないオレ達はただ町をさ迷っていた。
そんな状況に暇をもて余すオレは辺りを見回す。
町の真ん中には一軒家ほどの大きさのクリスマスツリー。
様々な飾りで着飾ったツリーは「お前ら男二人なのか、寂しいな。オレはみんなに注目されてるぜ」と勝ち誇ったような雰囲気を醸し出しながらオレ達を見下ろしていた。
斬り倒してやろうか、コイツ。
他にも至るところにイルミネーションが施されており、さらに辺りを見ればカップルや夫婦らしき二人組もチラホラ。
女性同士はよく見かけるが、男同士はほとんどいなかった。
「はあ、仕方ない。オレが学校で編み出したスキル『対価交換(性欲を行動力に)』を発動させようか!」
「やめろっつってんだろ」
早速暴走しかけているバカを殴り飛ばす。
良かったよ、見張りにきて。
「とりあえず何か食おう。腹が減った」
ちょうど近くにマ○ドを発見したオレは勇次にそう提案する。
すると勇次は「えー、オレは女性を召し上がりたい」とヤバイ事を言い出したので即座に顔面を殴り、気絶させた上で襟を掴んで、マク○へと入店した。
「お客様、気絶している方の入店はご遠慮させていただいております」
「いえ、これゴミなんで大丈夫です」
「当店へのゴミの持ち込みはご遠慮いただきたいと……」
「あ、すいません。焼却炉とかありますかね? 少しお借りしたいんですが」
「ウチではそういった類のゴミは処理できませんので……」
「さっきからゴミゴミ言うなぁぁあああ!」
綺麗な女性店員とゴミ処理について話している途中でゴミ……もとい勇次が目を覚ました。
そして空気の読めない男、勇次は女性店員を見て突然目を輝かせると、スッと店員の手をとり、
「お姉さんはお持ち帰りできますか?」
うん。俺は今までこんな最低なナンパを聞いたことがない。
そしてそんなナンパをされた店員は満面の笑みを顔に浮かべ、
「お客様のミンチ肉を使用したハンバーガーがオススメですがいかがなさいます?」
その瞬間、勇次の顔が真っ青になり、ガクガク体を振るわせ始めた。
やっぱりバカだな。コイツは。
「あ、じゃあ人一名と変態一つで」
「かしこまりました」
とりあえず無事入店できたオレとバカ一つ。
ハンバーガー、ポテト、チキンナゲット、ホットコーヒーと至って普通のメニューを頼み、商品を持って席を探す。
やはり今日はクリスマスイブ。カウンター席しか空いていない。
仕方なくカウンター席に座ったオレ。
その後、勇次も遅れてオレの隣に座る。だがなぜか、勇次の顔に元気がない。
「どうしたんだ? ナンパして失敗したのが悔しいのか?」
そう言うと、横に首を振る勇次。
じゃあなんだろうか、とオレは勇次が置いたトレイを見ると、ようやく元気がない原因がわかった。
「なあ大地。なんでオレのトレイにはストローしか置いてないんだ?」
「それはお前が変態だからだ」
勇次のトレイにはストロー一本がポツンと置いてあるだけ。
多分だが先ほどの『変態一つ』は人として認識されないのだろう。
なんて空気の読める店員なんだ。国民栄誉賞を贈りたい。
「ストローあるだけマシだろ」
そう言うと勇次はストローを口にくわえ、一人で遊び始めたのだった。
よく遊べるな。その扱いで。
飯も食い終わり、カウンター席から立ち上がろうとした時、隣に少女が座っているのに気づいた。
綺麗な銀色の髪を上で結ってポニーテールにしており、小さな顔、クリッとした目、潤っている唇は幼い子供を彷彿とさせる。
首には黄色のマフラー、体に黒いロングコートを着ており、背丈は高校生平均身長のオレ達よりも二〇センチくらい低い。
そんな少女は何も頼んでおらず、ただ席に付いているだけだった。
迷子かな? とも思ったが話してみないことには分からない。ということで話しかけてみることにした。
「迷子か?」
そう話しかけると、少女はフルフルと首を横に振る。
どうやら迷子ではないらしい。
「何も頼まないのか?」
すると少女は言いづらそうに少し俯きながらこう言った。
「あ、あの店員と話すのは苦手なのじゃっ」
何故か爺言葉で話す少女。
店員が苦手? ……まあ、あの店員腹黒そうだしな。
「なら、オレが買ってきてやるよ」
そう言ってオレは席を立ち上がり、自分が頼んだメニューと同じメニュー(コーヒーはオレンジジュースにチェンジ)を頼んで、少女の元へ運んだ。
すると少女は目をキラキラ輝かせ、満面の笑みを浮かべながら、無我夢中でハンバーガーなどを食べ始めた。
その微笑ましい光景を眺めていると、後ろから呪いの呟きが聞こえてくる。
「ヤバイすごくヤバイ可愛い可愛すぎる持ち帰りた――ゴブッ!」
とりあえずロリコンという名のバカを一発殴って黙らせる。
その様子に少女はビクッとしていたが、オレが「大丈夫。今ゴミを処理しただけだから」と言うと、少女は少しだけニコリと笑って再びポテトなどを食べ始めた。
数分経つとオレが買ってきた食べ物はすべて無くなり、綺麗に完食していた。
少女は紙で口許を拭き、紙屑などをゴミ箱へ捨てるとオレの元へと駆け寄ってきて、ペコリとお辞儀した。
「かたじけない」
「いや、いいよ」
そう言ってオレはバカを引きずって立ち去ろうとすると、オレのコートがクイッと引っ張られる。
振り返ると少女がオレのコートの裾を握っていた。
「ん? どうした? 家に帰らなくていいのか?」
迷子ではないと言っていたので、一人で帰ると思っていたのだが違うのか?
そう思っていると少女は少し頬を赤く染めながらオレにこう言った。
「もし良かったらバイトをせんか?」
「……へ?」
俺は少女の言った意味が理解できなかった。
バイト? こんな小学生くらいの子がオレ達を雇うのか?
「え、ごめん待って。今頭の中を整理するわ」
そう言うと少女はコクリと頷き、俺の顔をじっと見つめて返事を待っている。
待っていろ。今整理してるからな。
………………………………………………………。
うん、やっぱ無理。
「それは君がオレ達を雇うという捉え方でいいのか?」
少女は再びコクリと頷く。
……ははーん、これはドッキリだな? うん、ドッキリだ。
でも待てよ? オレ達が芸能人なら兎も角、普通の一般人にドッキリをしてなんの得がある?
こんなドッキリ企画を見ても、視聴者は『誰だよアイツ?』にしかならないんじゃないのか?
それじゃあ、これはドッキリではない?
「パニックになっているとこ悪いのじゃが」
脳内で第一次思考大戦が行われて混乱しているオレに少女が心配そうな顔をして呼び掛ける。
「ん? ああ悪い。何だ?」
「嫌なら嫌で断ってくれていい。私は構わん」
その瞬間、オレは見た。少女の悲しそうな横顔を。
それを見た時点でオレの返事は決まったようなものだ。
「……ふ、やはり断る」
少女は「ええっ!?」と驚いた顔をすると突然あたふたし始める。
「普通、こういう時主人公は『よし、やってやるよ』と言うと思うのじゃが?」
「えーっ、オレ主人公じゃねえし? 別にそんなかっこよく生きなくてもなー」
そんな非日常な世界でオレは生きてないやい。
……非リア充ではあるがな。
すると少女は勧誘を諦めたのか、しょんぼりした顔をして、「……そうか分かった。ハンバーガー美味かったぞ」と言ってその場から立ち去ろうとする。
オレはそんな少女の頭にポンと手を乗せ、少し笑みを浮かべながら彼女にこう言った。
「ま、冗談だ。やるよ、バイト」
その言葉を言った瞬間、少女はパァァと綺麗に花咲くような、いかにも子供らしい純真無垢な笑顔をオレに向かって見せてくれた。
うん、これが神様のくれたささやかなクリスマスプレゼントかもな。
その後、ゾンビのように復活した勇次も参加することが決定し、オレ達は少女から詳しい話を聞くことにした。
「とりあえず自己紹介だ。オレは宮代大地。愛しのハニーとでも呼んでくれ」
「『いとしのはにー』じゃな。了解した」
え? 軽い冗談だったんだけど。
そんな心のツッコミも露知らず、少女はオレから視線を逸らし、勇次を見ようとした――所をオレが少女の目を塞ぎ、勇次を視界に入れさせないようにする。
「な、なんで目隠しするのじゃ?」
「ごめん。コイツは八一歳以上しか見ちゃダメなんだ」
「何でだよ!? しかも八一禁って何!? 普通は一八禁じゃね!?」
一八禁? 何をふざけたことを抜かしているんだか。
こいつの存在を視認することは一八歳くらいじゃまだまだ若すぎる。
「今、心の中ですっげー失礼なこといってねーか?」
「今、心の中ですっげーマトモなことを言っている」
これは全人類の共通認識だろう。
「とりあえず、コイツは変態こと速見勇次。いいか? 君のような少女がコイツを見たらダメだからな」
「ちょっ、何変なこと教え込んでんだ!」
「うん。分かったのじゃ」
「そこ分かっちゃうのっ!?」
良かった。この子が素直な子で。
「じゃあ次は私じゃな。私の名前は聖波夜月じゃ。今日一日はよろしく頼むのじゃ『いとしのはにー』さんと『へんたい』さん」
何かハンドルネームみたいになっちゃったぞ。しかも勇次は『へんたい』という呼称になったし。まあ、それはそれでいいか。
ふと勇次を見ると、わなわなと体を震わせ、何かを堪えるように俯いていた。
……少女に『変態』と呼ばれたわけだからな。嫌で悔しくて恥ずかしいのだろう。
それで体を震わせているのかもしれない。ちょっと悪いことをしたな。
すると勇次は急にバッと顔を上げ、とても気持ち悪い顔で衝撃の一言を発した。
「子供に罵られるっていいな……!」
「ごめんなさい。貴方はもう生物を中心とした半径五キロ以内に入らないでください。とても気持ち悪いです」
「なぜ急に他人行儀っ!? ってか、『生物を中心とした半径五キロ』って、もうこの地球にオレの住むところがなくねっ!?」
「バイトって基本何をすればいいんだ?」
「あれっ、もうオレ認識外なの!?」
誰だ。五月蝿い雑音を流している奴は。聖波の話に集中できないじゃないか。そんな雑音を気にすることなく、聖波はオレの近くによってきて、バイト内容をオレに伝えてくれた。
「それはじゃな。私が用意した荷物を配達してくれるだけでいい」
まるでサンタみたいな仕事だな。
「ねえねえお嬢さん。お兄さんのお家こなふぎょっ!?」
「全く……。雑音を流すスピーカーはどこにあるんだろうか? ここか?」
「じゃちゅおん!? しゃしゅがにひどょくゅない!? あとょ、あごょをはにゃしぇっ! (雑音!? さすがにひどくない!? あと、顎を放せっ!)」
意味の分からん事を言い出す勇……もといスピーカーを無視し、オレは少女の方へともう一度意識を向ける。
「それはトラックか何かで、か?」
「……いや自分でじゃ。別に少し運んでもらうだけじゃから体力的にアウトという事態はない」
まあ変態スピーカーが何かをやらかして、青い服を着た正義の味方さんに『法的にアウトだよチミたち〜』と、タクシー帰りならぬパトカー帰りという事態にならなければいいが。
それはさておき、最大の問題はバイト料である。
バイト『量』も大事だが、やはり時給いくらかでこちらのモチベーションも変わってくる。
……なんて普通なら思うのだが、雇い主は子供だ。そんな子供からバイト料を貰う気は全く無い。
ボランティアに参加したような気分で働くことにしよう。
「で、何時に何処集合だ?」
「開始時間と場所か? そうじゃな……時間は一時。場所は町にある大きなクリスマスツリーでどうじゃ?」
「一時にクリスマスツリーか……。ああ、分かった」
ということでオレとスピー……謎の物体Aは一人の少女に超短期バイトという形で雇われることになったのだった。
「あ、オレのランクが最低になったような気がする」
知ったことか。
☆
腕時計を見ると、現在午前〇時五八分。もうそろそろ聖波が来てもいい頃だと思うがまだ来ない。
もしかしてどこかで事故や事件にでもあったんじゃなかろうか、と唐突に芽生えた親心をいかんなく発揮し、オレは無意味にクリスマスツリーの前を彷徨いていた。
そんなオレの不安を映しだすのか、後ろで電飾の明かりを消されたツリーが、ズンッとオレを見下ろし『ハッハッハッ、彼女いない歴のあまりの長さに○クドで少女に出会うという妄想に囚われたのじゃないのか?』と語りかけてきているように感じる。
見てろよテメェ。クリスマスが終わる時がテメェの胴をぶった切る時だからな。
そんなこんなしていると、目の前の大通りから一人の少女が歩いてくる。
銀色のポニーテール。うん、聖波だ。
右手に白い大きな袋を抱え、左手には紙の束を持った聖波は頼りない足取りでこちらに向かってきている。
恐らく袋が相当重いのだろう、と考えたオレは即座に聖波の近くに駆け寄り、
「それを寄越せっ!」
と引ったくりのように袋を奪い取った。
「もっと素直に言えんのか……」
「いや、オレは欲望のままに行動した」
本当はキザな言葉を言うのが照れ臭かったのだが、あまりそれは公にするものではない。これは国家機密事項に値する。
「とりあえず今からどうするんだ?」
「まあ、もう一人の到着を待つとしよう」
アイツの到着を待つのか。正直もうあれ以上関わりを持ちたくないんだけど。
すると、そんなオレの心の声を否定するかのように聖波が来た方向から勇次が現れた。
夕方に出掛けた時と同じく、灰色のセーターに焦げ茶色のズボン、その上から黒いコートを着用しており、そんな服装の勇次が歩いてくる様はまるでトレンディ芸能人のようだった。
……喋らなかったら世の女性にモテモテだったろうに。
勇次のあまりにも可哀想で残念な性格を思うと、オレの目から涙がこぼれ落ちた。
「えっ? 何でオレ見て泣くの?」
「……ぐすっ。……強く生きて、さっさと墓入れよ」
「今さりげなく『死ね』って言ったよね? 遠回しに言えば分からないと思った?」
「ごめん間違えた。のたうち回って死ね」
「まさかの悪化っ!?」
せっかくの慰めの言葉に文句をつけられるとは全く……。
ギャーギャー騒ぐ勇次を無視して、オレは聖波の方向へ向き直す。
「さ、そろそろバイトを開始しようぜ」
「うん。そうじゃなっ!」
オレの言葉に笑顔で答えてくれる聖波。
よし、気合いは十分だ!
意気揚々とやって来たのは普通の家族が住んでそうな一軒家。
これから荷物を配る場所、そこに住む人が欲しいものは全て聖波が持ってきた紙束に書いてあるようで、オレは手元のその資料を見ながら、本当にこの家かを確認する。……うん、どうやら合っているらしい。
「で? どうやって荷物を渡すんだ」
問題は荷物の受け渡しだ。
こんな夜中に正々堂々チャイムを鳴らすわけにはいかない。
すると、聖波は真剣な声色でオレにこう言った。
「窓から侵入するのじゃ」
「よし。行ってこい勇次!」
「了解っ! 早速行動開始――ってできるかぁぁああっ! そんな事ぉぉおおおっ!」
全力でノリツッコミをする勇次。誠にご苦労である。
だが、オレには一つ言いたいことがあった。
「『できるかぁぁああっ!』って俺ん家の窓ガラスを突き破ったのは誰だったっけ?」
「うっ……」
花が一気に萎れるように勢いを無くしていく勇次は、気まずそうにオレから視線を逸らす。
うん、弁償代は一〇倍にして請求するとしよう。利子付きで。
今はそれより侵入方法だ。オレは『青〜い制服、ポリスマ〜ン(某ライダーV3のオープニングのテンポで)』のお世話にはなりたくない。
よって、安全かつスピーディに事を運ばなければならない。
「で、どうするんだ?」
作戦を立てようと聖波の方向を見ると、聖波は目を閉じて、何かを祈るように両手を組んでいた。
そして聖波が両手を勢いよく広げると、オレたちの体を淡い青色の光が包み込む。
「な、何だコレ?」
「これは人払いを応用した魔術じゃ。人の気配をある程度消す事ができる」
魔術って……おいおい。非日常な世界へようこそ、ってか?
本当にこの少女は何者なんだろうか。
「聖夜に降り立つ魔法少女、ってか?」
「世界にはいろんな不思議があるもんじゃ。お主達はその一部を見ただけ……」
少女は言うと、少し俯いて言葉を続ける。
「やっぱりこんな力を持つ人間は嫌か……?」
その表情はとても儚く、悲しげに、そして自分が嫌われるんじゃないか、という心配を含んでいるように見えた。
だからオレは聖波の心配を拭うため、なによりもこの少女が涙を流さないように自分なりの優しい表情を浮かべながらこう言う。
「ありがとうな聖波。不思議な世界へ招待してくれて」
言ったその台詞が聖波にとって正解か不正解だったのかはオレには分からないが、少女はニコッと優しくて暖かい微笑みを浮かべてくれた。
少なくとも、不正解ではなかったみたいだ。
「よし。じゃあ入るか」
「うむ。そうじゃな」
会話を終えたオレ達は家の一階部分にあたる外壁を見てまわる。侵入できそうな窓を探すためだ。
……こうやってると完全に泥棒だよな。違う点と言えば物を『盗る』か『置く』という点だけだろうか。
自分が犯罪を犯しているような緊張感と背徳感を覚えながら窓を探していると、少し離れた所にいた勇次が小さな声でオレ達を呼ぶ。
「ねえねえ、ここなんかどう?」
そこだけ戸締まり確認を忘れていたのか、少し窓が開いている。人が入れそうな大きさだし、これなら行けるだろう。
そう思ったオレ達はできる限り静かに窓を開いていき、人が入れるくらいまで開くと聖波、勇次、オレという順番で家の中へ侵入していく。
ああ、オレとうとう不法侵入という罪を犯してしまったよ……。
かなりの罪悪感を覚えながら辺りを見渡すと、黒いソファーやTVラック等、お洒落でシックな感じの家具が揃っていた。
どうやらオレ達が侵入したのはリビングのようだ。
「(で、どうするんだよ?)」
できる限り小さな声で聖波に話しかけると、「(とりあえず、子供の部屋を探すのじゃ)」との返答が。
言われた通り子供の部屋を探そうとした時、ふと勇次がいないことに気づく。
「お、おい、勇次?」
少しだけボリュームを上げた声で勇次を呼ぶが返事がない。
子供の部屋を探すついでに勇次を探そうとリビングから廊下に出ようとした時、廊下の方から何やら人の気配を感じ取った。
ヤバイ、バレたのか!? と全身が硬直し、冷や汗を流しているとギィィ、という音を立ててドアが開く。
そして中に入ってきたのは――
「(ねえねえ、子供の部屋が上にあったよ?)」
探していた勇次だった。
「(お前もう二階を調べてきたのかっ!?)」
「(まあオレ、こういう事得意だしね)」
今、さらりと危険発言をしたんだが。
そんなことを気にすることもなく、勇次は聖波に近寄り、オレに報告した内容と同じことを伝える。
「(そうか。なら早速その部屋に行くとしよう)」
言って、オレ達は勇次が見つけた部屋へ向かうことにした。
リビングを出て、階段を登った先の廊下の突き当たりに目的の部屋はあった。
ドアにはハートが散りばめられた可愛らしいプレートが掛けてあり、それを見るだけで部屋の主が女の子という事がわかる。
「(よし、開けるぞ)」
聖波の合図で静かに扉を開き、中の様子を確認する。当然だが部屋の電気は切ってあり、真っ暗で何も見えない。
が、微かに人の健やかな寝息が聞こえ、誰かが寝ていることがすぐに分かった。
少しすると目も慣れ始め、部屋の様子が見えてくる。可愛らしいぬいぐるみや白を基調とした勉強机、ハートが描かれているクッションなど、一〇代の女の子を代表としたかのような部屋だ。
そーっとベッドを見ると、そこには一人の少女が可愛らしい寝息をたてながら眠っていた。年齢は一〇才くらいだろうか。熊のぬいぐるみを大事そうに抱えながら眠っている。
そして彼女の枕元には一枚の紙が置いてあり、その紙には『パンダのぬいぐるみが欲しい』と書かれていた。
「(よし、袋からこの子のプレゼントを出してほしい)」
「(了解っと)」
オレは白い袋から少女の名前が書かれた少し大きめな包みを取りだし、それを聖波に渡すと、聖波はその包みをベッドの脇へ置く。
「(よし、これで一軒目終了じゃ)」
そう言ってオレ達が部屋を出ようとしたとき、ベッドで人が動くような気配がした。
「んっ……」
ヤバイ。もしかして起きたかっ?
額から大量の冷や汗を流しながらベッドを見ると、眠れる少女は一度寝返りをうっただけらしく、すやすやと眠っている。
良かった、とひと安心した時、少女の口から一つの言葉が漏れだした。
「んにゅ……ありがとう……サンタさん」
どんな夢を見ていたのかは分からないけど、その言葉を聞いたオレ達は少しばかりの微笑みを浮かべるのだった。
☆
大きな事件もなく、一軒目を終了させたオレ達は次の二軒目へと向かっていた。
「なんか、心臓が爆発しそうなくらい罪悪感と緊張感があるんだが……」
「何言ってんだよっ! こんな事日常茶飯事じゃないかっ!」
「………………え」
こいつ、まさか日に日に不法侵入しているというのか……?
「な、なんでそんなに軽蔑の眼差しを浮かべるの? ……ち、ちがうってっ! 俺んち帰るのが遅かったらメタル○アソ○ッド並の警備が施されるんだよっ! だからいつもこんな緊張感には慣れてるんだっ! 別に人んちに不法侵入してる訳じゃないから!」
「何だ。一瞬、友達をやめようかと思ったじゃないか。……チッ、捕まればいいのに」
「今、友達に掛けてはいけない言葉が聞こえたんだけど!?」
「気のせい――だといいな」
「希望形なのっ!?」
何故か憤慨して興奮するキモい勇次から目を離し、ふと聖波の方を見ると彼女は口を手で押さえながらクスクスと笑っていた。
ん? 何かおもしろい事でもあったのだろうか?
「どうしたんだ聖波? なんでそんなに笑ってるんだよ」
「いや、お主らは本当におもしろいな、と思っての。こんなに笑ったのは久しぶりじゃ」
目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら聖波はそう言う。
「まあ、コイツの存在が面白いのは認める」
「ちょっ、それどういう意味っ!?」
「言葉通りの意味に決まっているだろうがっ!」
「逆ギレっ!?」
「あはははははっ!」
ついに声を出して楽しそうに笑う聖波。その笑い声を聞いているオレ達も思わず笑みがこぼれた。
いいよな。こんな光景って。
「よし、後の配達もさっさと終わらせようぜ」
『ああ!』
そうしてオレ達は次の二軒目へと向かうのだった。
到着した二軒目。
先ほどの経験を活かし、侵入できる窓を探すオレ達。
……なぜだろう。オレの心が汚れていってる気がするのは。
そんな事を思っていると、再び勇次が一軒目の時と同じように侵入できそうな窓を発見。
だがその窓は一階ではなく、二階に設置されていた。
「さて、どうするか……」
オレがそう呟くと、勇次が「ちょっと待ってて」と家の陰へと走っていく。
一体何処へ行ったのか、と様子を見ていると、何処からともなくかなりの高さがある梯子をゆっくりと運んできた。い、一体何処から用意したんだコイツ……。
「これで行けるよ」
「お、お前この梯子、どうしたんだよ……?」
「え? そこに置いてあったよ?」
そう言って勇次は家の陰にある物置を指差した。
「なんかさ……オレが侵入について悩んでるのがバカらしくなってきた……」
「?」
とりあえず首をかしげる勇次を無視。そしてオレ達は勇次の機転(?)で家に侵入することに成功した。
そして入った場所はちょうど目的地だった子供の部屋。
床にはレ○ブロックやサッカーボール、初代プレス○などが乱雑に置いてあり、男の子らしい部屋だとオレは思った。
でも、なんで今さら初代プ○ステなんだ。せめてプレ○テ2は欲しいところだな。贅沢を言えば○レステ3か。
「何回、伏せ字を使うつもりじゃ」
「気にするな」
まあ、それはいい。さっさとプレゼントを置いて家を出よう。
散らかっているおもちゃ類を踏まないように気を付けながら、すやすや寝息を立てている子供がいるベッドへと向かう。
「聖波。この子の欲しいもの、何て書いてある?」
聖波はベッドの上で掛け布団を蹴り飛ばして寝ている男の子の枕元に置いてある紙を手に取ると、極めて普通のトーンでこう言った。
「プレ○テ4」
「存在しねぇよっ!」
さらりと存在しないものを要求しおった!
この男の子、親にプ○ステ3を買ってもらえないから、オレ達に八つ当たりしてるんじゃないだろうか。
「よし、仕方ない。そんな子にはコレをプレゼントしよう」
言ってオレはプレゼントが入った袋から『とある物』を取りだし、眠る男の子の枕元へ置く。
「じゃあ、次の家だ」
「うむ」
そうして、この家で任務を終えたオレ達は再び次の家に向かうため、窓から外に出るのだった……。
次の家に向かう道端。
「なあ」
「なんだ勇次?」
「別に文句がある訳じゃないけどさ……」
「ああ」
「初代○レステしか無い子に『ディ○クド○イブ』は酷くね?」
「それが入ってるこの袋の方がすごくないか?」
「た、確かに……」
※後日、少年には『プレ○テ3』を郵送しておきました。
☆
続いての三軒目では先ほどの少年と同じく、可愛らしい少女が『ニンテ○ドー3DS』を進化させたと思われる『ニ○テンドー4DS』を要求してきたり、その次の家では何故かいい年のサラリーマンが紙に『世界』と書いて枕元に置いてたり。
ってか、『4DS』って何だ。時間軸でも操れるのか。後サラリーマン。『世界』が欲しいなら社長へ大出世することをお勧めする。
そんなツッコミをしつつ、三軒目の少女には『初代ニン○ンドーDS』を、サラリーマンには『地球儀』をプレゼントしておいた。(※追記。少女の『初代ニンテン○ーDS』は『○ンテンドー3DS』に変えておきました《聖波》)
その後、他にも何軒かの家にプレゼントを配り回った。
二、三、四軒目ほどの無茶ぶりな要求はなかったのだが、プレゼントのほうではなく、侵入に手こずったおかげでかなり時間を食ってしまった。
「ハァ……ハァ……よ、よし、次が最後だな」
手元にある資料は残り一枚。時刻は午前五時四八分。朝早い人ならもう起き始める時間帯だ。
「最後の一枚は……っと」
残りの一枚を確認するオレ。するとそこには『ある』名前が書いてあった。
その名前は――
聖波夜月。
「なっ――」
名前を見たオレは思わず振り返る。聖波がいる後ろへと。
「お前、これ……」
「そう。最後は私じゃ」
「聖波もプレゼントが欲しかったのか!? 確かに子供っちゃ子供だけゴボッ!」
「誰が子供じゃ。誰が」
いや、今のはオレが悪いけど、でも正拳突きはないんじゃない?
しかも背が低いから、鼻じゃなくて顎に入るし。
必殺、正拳突きを繰り出した聖波はハッとした顔をすると、急に思案顔をし、何かを言いたそうな態度をとる。
「…………」
「どうしたんだ聖波? 悩みごとなら相談に乗るぞ?」
「いや、悩みごととかじゃないんじゃが……」
「?」
聖波が何を言いたいのかが分からず、オレは首をかしげる。
「な、なあ『いとしのはにー』よ」
「うんごめん。やっぱ『愛しのハニー』はやめて? 恥ずかしくて顔から火を吹きそう」
誰だっ! そんな風に呼べとか言った奴はっ! 全く、だから最近の若者は。
「じ、じゃあ大地っ!」
「なんだ?」
そう聞き返すと、聖波は何か迷いを吹っ切ったように言葉を発した。
「わ、私はな! 今は姿こそ違うが、ホントの正体はサン――」
「知ってるよ。サンタだろ?」
オレが言った言葉に聖波は「えっ?」と呆気にとられた顔をした。
「き、気づいてたのか?」
「まあ、こんなプレゼントの配りかたする奴は逆にサンタしかいねぇだろ?」
「て、てっきり不審者ごっこをしたい少年と思ってたのじゃが……」
「思うかッ! それは勇次だけだ!」
「そのツッコミ、ちょっと待って!?」
今まで珍しく黙っていた勇次のツッコミを無視し、オレは聖波に話を続ける。
「で、サンタさんは何が欲しいんだ? この紙に名前があるくらいだから何か欲しいんだろ?」
言いながらオレは手元の資料をヒラヒラさせる。
「それはな――」
聖波はまだ夜が明けない空を見ながら、顔に満面の笑みを浮かべてこう言う。
「もう貰ったのじゃっ!」
「……へ?」
え? もう貰ったって……まさか!?
「財布をいただきますされたっ!?」
「ち、違うに決まっておろうっ! そういう意味ではないっ!」
可愛らしく頬を膨らませ、オレに詰め寄りながら怒る聖波。
オレが「冗談だ」と言うと、彼女は「全く……」と呆れた顔をする。その様子にオレは思わず笑みを溢してしまった。
「で、聖波が欲しいものって何だ?」
そう聞くと、聖波は照れくさそうにオレに背を向け、
「私が欲しかったのは――」
聖波の口が欲しいものを告げようとしたその時、ポツリと頬に冷たい感触が当たる。
ふと空を見上げると、紺色の背景に雪が星とはまた違った斑点模様を作り出していた。
ははっ、なんてタイミングで雪が降るんだよ。おかげで聖波の言葉を聞き逃してしまったじゃないか。
「で、ごめん聖波――ってアレ?」
もう彼女はそこにいなかった。
言いながら空を見ていたオレが視線を下ろした時には、さっきまでそこにいたはずの聖波の姿は跡形もなく消えていた。オレが握っていたはずのプレゼント袋も一緒に。
まるで『今までの事は全部夢でした』とでも言っているかのように。
「聖波……」
悲しみはなかった。いやもしかしたら、頭がついていっていないだけかもしれない。
だけど喪失感はあった。楽しい時間はここまでだよ、とパーティーの終了を告げられたかのように。
そんな喪失感の中、たった一つだけ消えていなかったものがある事にオレは気づく。
それはオレの手に握られていたたった一枚の紙。今までプレゼントを渡してきた人たちの事が書いてあったそんな紙。
それだけが、そんなたった一枚の紙だけが今までオレ達と共に聖波がいたことを証明してくれていた。
「聖波ちゃんの欲しいもの、分からなかったね」
隣にいた勇次がそうオレに言う。
「いや、そうでもないぞ。ホラ」
言って、オレは勇次に手元の資料を見せる。そこには可愛らしい文字でこう書いてあった――
聖波夜月。
欲しいもの――楽しい時間。
「サンタのくせにプレゼントを欲しがるなんて、欲張りなサンタだよ」
☆
パァン!
「はい、兄貴っ! クリスマスプレゼントッ!」
クリスマスの朝。時刻は九時半ジャスト。
朝六時までひと時のサンタクロース気分を味わい、家にこっそり帰宅したオレは妹の元気な声とクラッカーの乾いた音で起床した。いやさせられた。
「ふにゃ……? ふにゃにゃにゃふふへへんほ? (ふえ? クリスマスプレゼント?)」
「舌が回ってないよ」
ヤバイ。寝た時間が時間だけに完全に朝帰りの二日酔いサラリーマン状態。全然頭と舌が回ってない。
しばらく時間を貰って、必死に目を覚ます。
そして数分後。
「……んで、クリスマスプレゼントだっけ?」
「うん。だって兄貴、どーせクリスマスプレゼントなんか誰からも貰ってないでしょ? だからハイっ!」
「事実は時に人を傷つけるということを愛理には是非分かって欲しい!」
全く……。あらやだ、なんか目から海水が。
とりあえずなみ……海水を手で拭い、愛理から可愛らしくラッピングされた長方形の箱を受けとる。
「開けていいか?」
「うんっ!」
ラッピングを取り、中の箱を開ける。するとそこには小さな金の装飾が付いたペンダントが入っていた。
「いいなコレ! ありがとう愛理。よし、早速着けてみるよ」
そう言ってペンダントを手に取り首に付けてみる。
「どうだ? 似合うか?」
「うん、似合ってるよっ! マ○オがピー○姫のドレスを着てる並みに似合ってるよ!」
「それ、誉めてなくね?」
マリ○がピ○チ姫の服を……うん、想像するのはやめておこう。
「冗談だよ。ホントは似合ってないよ」
「ここでまさかの追い討ちっ!」
「ウソウソ! 似合ってるよ、兄貴っ!」
「お、おう……」
屈託の無い満面の笑みを浮かべる愛理を見て、オレは不覚にも照れてしまった。
くっ、まさか妹ごときに心が動かされるとは……。
すると愛理は急に表情を変え、オレにジト目でこんな事を聞いてきた。
「で、兄貴。昨日は夜遅くに何処へ行ってたの?」
「……へ!?」
唐突に繰り出された愛理の質問にオレは間抜けな声を出してしまう。……え、まさかバレてる? 家にいなかったことバレてる?
「だって昨日兄貴、部屋にいなかったでしょ?」
………………………………………………………………………………バレてましたー。
サンタクロースとプレゼント配りをしてました、なんて言った瞬間、オレは妄想と現実の区別がつかなくなった危ない人と思われるのは明白。
ここは是が非でも隠し通しておきたい。
「な、なんの事かしら?」
「むぅ。兄貴どこ行ってたの!」
頬を膨らませて嫉妬心らしき感情を込めてオレに迫ってくる愛理。
な、なんでそこまで知りたがるっ!?
「そ、そういうお前こそ昨日は彼氏とデートしてたんだろ!?」
大量の冷や汗を流しながら言ったオレの苦し紛れの反論に、愛理は何故か「ふぇ?」とキョトンとした顔をした。
「彼氏? いないよ、そんな人」
「へ? だって昨日お洒落して出掛けて――」
「それは友達と兄貴のプレゼントを買いに行っただけだよ」
……アレ? オレなんか完全に勘違いしてた?
「で、でもお前、昨日出掛ける時、すごい焦ってたじゃないか」
「だ、だって――」
愛理は少し俯いて、頬を朱に染めながら上目遣いでこう言った。
「あ、兄貴にはサプライズがしたかったんだもん……!」
「ゴブルバァ!」
「あ、兄貴っ!?」
あまりの破壊力にオレは尋常じゃない量の血を吐き出し、そのままベッドへ倒れていく。
ごめん、お袋、親父。先逝く不幸を許してくれ……!
「ど、どうしたの兄貴っ!?」
どこか遠くで妹の声がする。だけどオレの意識はだんだん薄れて――
「起きてっ! とりゃっ!」
「ゴブッ!」
み、鳩尾にこ、拳が……。
妹の愛情(?)のある心臓マッサージにより、オレは何とか一命を取りとめた。……血はさらに吐き出したけどな。
「で、兄貴はどこ行ってたの?」
まだ尋問は続くのか……。
「だから――」
「でも、まあいいやっ! 兄貴なら変なことしないよねっ!」
オレの返事を遮って、ハニカミながらそう言う愛理。その瞳にはもう疑いの感情なんて感じられなかった。
「あ、そうだ兄貴」
「ん、なんだ?」
「玄関にこんなものが置いてあったよ?」
そう言って、愛理は掌に乗るようなサイズの大きさの箱を懐から取り出す。
箱はいたってシンプルに、ドラマや漫画などで見るような見た目で、白地の箱に緑のリボンが結ばれている。
「誰からだろ?」
言いながら箱を裏返す。するとそこには送り主の名前があった。
「ふふっ……」
「ん? 誰からなの兄貴?」
「さぁてね? 誰からでしょう?」
「むー! 教えてよ兄貴っ!」
飛びかかってくる愛理を避け、ベッドから飛び起きたオレは二つのプレゼントを持って部屋を飛び出す。
妹から貰ったネックレスを首に。
そしてもう一つ。
銀髪のサンタから貰った箱を片手に――
(終わり)
読者のみなさん。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この小説は「ま、クリスマスだし何か書いてみるか」とそんな軽い気持ちで打った小説です。
ですので面白くないと思った方はごめんなさい、と謝ってきます(泣)
そしてもう一度。
ここまで読んでいただきありがとうございましたっ!!