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小さな言葉

作者: みあ

 悩みは第三者に聞いてもらうのが良いと耳にする。私情が含まれない分、冷静に中立的立場で話を受け入れてもらえるからだ。しかし第三者に相談するのは少々勇気が必要である。金銭の受け渡しを行うカウンセリングしてもらうほどの内容ではない。

 丁度その時、タイミング良く噂が耳に入った。

「愛琉のこと、俺だけじゃダメみたいだし……何か良いアドバイスが得られるかもしれない、けれども……」

 俺は頭を悩ます。愛琉のことを相談するとなると、嫌な顔をする人がいるからだ。彼女の左腕のことを話すと怖がる人もいるからだ。第三者だからこそ、怖いものである。しかし身内に打ち明けるのも恐れ多い。

 ふと地面に小さい花が咲いていた。名前は知らない。どこでも見かける花。たぶん雑草だろう。けれども、その小さい花が希望の光に感じられた。まるでその花が、導いてくれるかのように。俺を、その店に行かせるように。

 空を見上げると青い。何があっても、いつものままの空。俺は腹を括り、噂を信じて進むことにする。もしも嘘なら引き返せる、期待はしていない。けれども、もし本当ならば……俺を、俺たちを救ってくれるのだろうか。そんな希望の人、この世に存在するのだろうか。もしいるならば、会いたい。

 空から地面に視線を戻し、再び花に目をやる。そのまま、前を向き歩き始める。

 行こう、新たな一歩になるのかもしれないのだから。





◇◆◇






「いらっしゃいませー」


 心地よい風が吹き、木々が賑わう。緑豊かなこの町。そこにある小さなお花屋さん、フラワーショップNoA。私、つぼみはそこで今日も元気に勤めています!

 と言っても『つぼみ』は本名ではない。本名は別にあるだけど、お花屋さんで勤めるにはこの名前が良いということでオーナーからつけてもらったニックネーム。

 本名とは全然関係ないけど、すごく気に入っている。つぼみということは、後に大きい花を咲かせる可能性を秘めているということだもん。


「つぼみちゃん、今日も元気だね」

「オーナー!」

 事務室からオーナーがお店に出て来た。オーナーのお名前は野上彰。分かった方がいると思うけど、野上の『の』、彰の『あ』。この二つを組み合わせたのがお店の名前。単純かもしれないけども、結構可愛い名前だから好きです、店名。ちなみにオーナーの子供には『あ』から始まる名前を付けるみたい。このお店を継がせる気満々なのが伝わるが、押しつけは駄目なのだけどね。

「もちろん、私は元気ですよ」

 笑顔で言う、私から元気を取るとお花が大好きぐらいしか残らなくなってしまう。だから風邪も引かないし常に元気いっぱい!

「まぁつぼみちゃんが風邪でも引いたら大変だし、このお店も人が来なくなっちゃうよ」

 それは言いすぎだと思います、オーナー……と言おうと思ったけど黙っておきます。

 実際このお店は人があまり来ない。お花なんて普段から買う人も少ない。卒業式や入学式、誕生日や何かイベントの時は購入する人も増えるのだけど……。

 それに元々この町は自然豊かな。お花屋さんがなくともお花はたくさん元気いっぱいに育っている。お花屋さんがある方が珍しいのかも。

「もっと色んな人にお花を見て貰いたいです」

 自然のお花も綺麗だけど、お花屋さんにもいろんな種類のお花がある。だから私はいろんな人にお花を見てもらいたいけど、難しい……。とりあえず掃除でも、と思い箒と塵取を手に持ち始める。

「つぼみちゃんの噂が広まればいいのにね」

「そんなに私は凄くないですよ~」

 そう、この小さな町には小さな噂がある。フラワーショップNoAに勤める看板娘に悩みを相談すると解決に導いてくれるというものだ。

 このショップにはオーナーと私しか勤めていない。娘という時点で私のことだとわかる。そんなに相談に乗ったりした記憶はないのだけども……いつのまにかこんな噂が広まっていた。

 その噂を聞き、やってくる人はちらほらおりますけど、もっと色んな方々にお花を見て貰いたいと私は考えている。相談など乗るのは苦手ではないけども、仮にも私はお花屋さん。相談だけでなくお花も見てもらう方法はないのかな。

 花言葉や誕生日花とか、お花は色んな意味を数多く持っていますのに……。


 ちなみに噂の出所は不明。もしかしたら、七不思議とかあれば面白いという単純な理由で出来た物かもしれない。何も言えませんが、もし私なんかで解決に導けるのであればならば喜びたいな。



「いらっしゃいませー」

 オーナーの声で「いらっしゃいませ」と言いながら入り口の方を見る。そこには中学生、もしくは高校生ぐらいの少年が立っていた。

 男の子が来るのは彼女のプレゼントとか両親に……が一番多い。次にお見舞いや育てるため、である。しかし少年は入った後、お花を見る様子もなく店内を見回し、私と目が合う。

「すみません、あの……ここの看板娘に相談をすると悩みが解決出来ると聞いたのですが……」

 オーナーと目を合わせ、オーナーは笑顔で少年に視線を向ける。

「うん。こちらの彼女つぼみちゃんが、解決してくれるよ」

「え、オーナー!」

 見知らぬ人の相談をあっさりと受けても良いものなのかな。もし力になれなかったら……なんて考えると胸が痛くなる。

「本当ですか! よかった、来て……」

 でも、こういう風に言われちゃうと困ります……私、逃げられなくなっちゃう。折角来てくれたのだから、お話ぐらいは聞くべきだよね。この人、優しそうですし……逆恨みとかしないと信じて、行こう。

「えっと、解決出来るか分かりませんが……お力にはなります」

 相談って聞くだけでも相手の悩みや考えが整理されて解決される場合があると耳にしたことがある。その程度になるかもしれないけど、力になれるならなりたい。迷いの光を宿している人に、その迷いを断ち切りたい。



 少年、一原陸はお話をしてくれました。





◇◆◇





「愛琉!」

 俺は彼女の名前を呼んだ。すると彼女は振り向いた。瞳には光が宿っていなかった。しかし俺が話しかけたからか、微かに瞳が揺れていた。同時に自室なのに俺がいることに驚いているようだ。

「り、く……?」

 愛琉の元へ行くと様子を見た。右手にはセーフガードのついていない剃刀、左手首から血が出ているのを見て、無言のままポケットからハンカチを出し傷口に当てた。皮膚に赤い線が引かれているようなだけであり、ぱっくりと傷が開いているわけではなかった。つまり傷口は酷くなく、医者に診せるまでもないと判断したので、ハンカチを当てる行動に出たのだ。

「いいよ、陸……ハンカチ、汚れちゃう……」

 愛琉はそのハンカチをどかそうと思うも、それに反するかのように俺はどかさない意志を貫いた。

「愛琉の方が心配なんだよ」

 止血をしながら、愛琉の様子を見る。今回、彼女が行った動きがコレだけであればよいが、そう簡単なものではない。彼女の表情を見ると、精神的に追い詰めているのがよく分かる。こう見えても長い付き合い、世間風に言えば幼馴染だ。彼女は昔からこんな感じだ。

「愛琉?」

 何も反応を示さない彼女を呼びかけてみた。

「ね、陸。そんなことしなくていいの。私、要らない子だから」

 突如彼女の瞳から涙が溢れ出した。ポロポロというよりもボロボロ。次から次へと大きな涙を流し、まるで滝のように目から頬、顎と流れ地面へ落ちる。思わず止血を止め、彼女を落ち着かそうと試みる。

「愛琉! そんなこと……」

「あるの! 私なんて、私なんか、要らない! ねぇ、何で私生きているの? 私、何のためにこの世にいるの!」

 嗚咽する間もないかのように愛琉は言葉を、ひたすら自らを傷つける言葉を吐き続けていた。俺に言っているわけではない、自分自身に言っているようだ。

「ねぇ、陸……ごめんなさい、うま……れて、き、て……」

「そんなこと!」

 彼女の言葉を遮ったのと同時に、彼女の身体が傾いた。俺は両手で彼女の小さな体を支える。小さな呼吸音が聞こえて来たが反応はない。眠ってしまっているようだった。

 俺は小さく息を吐き彼女をベッドに横にして布団をかけてあげた。本当は意識が戻るまでそばにいるのが良い。けども、そばにいても傷つけてしまう可能性は否定できなかった。過去にそばにいたら、愛琉は謝り出すこともある。そばにいない方が良い結果を生み出していることに数々の経験から導いた答えだ。

 左手首にガーゼを当て、包帯を巻いた。軽いものとはいえど、悪化させてしまう場合がある。痒くなって掻き毟ってしまう場合もある。だから手当は大げさかもしれないけれども、念入りにする方が俺は落ち着く。

 意識が戻ったときの為に、コンビニエンスストアでミルクプリンを買って置いた。牛乳には精神の高ぶりを鎮める効果のカルシウムが豊富と聞いたことがあった。気休めになるか分からないけれども、そういうものに頼ってみたくなる。

「愛琉、少しは俺を頼れよ……」

 夢の世界にいる彼女に声が届くはずはない。支えたくても、彼女は殻に籠っている。とても頑丈で、強い殻に。そう簡単には開くことのない殻に。

 再び息をゆっくり吐いて、そのまま俺は彼女を残して家を出た。


 ちなみに俺はストーカーではない。彼女の両親は共働きであるため家にいることは滅多にない。今回は無断で入ってしまったが、愛琉の様子がおかしかったからである。愛琉の心配を優先しただけにしか過ぎない。と、心の中で自分に言い聞かせていた。





◇◆◇





「リストカット、ね……」

 事務室で一原さんの話を聞いた。もちろん、その間はオーナーにお店の番を任せています。人が来ないと言え、お店を無人にするには少々怖いからね。

「俺は愛琉を支えたいんだ。一緒にいたい! けども俺では力不足で……」

 彼の瞳を見る限り、心から愛琉さんを思っていることは初対面の私でもよくわかる。決意が固く、そんな彼女を心から愛していると伝わってきた。同時に力になれない悲しさが宿っていることにも気付く。

「リストカット……通称リスカは自己否定から来ることもあり、自己の再確認、ストレス解消によるものだから……どうすれば一番良いのかしら。原因が分かれば何とかなりますが……一原さん」

 一つの疑問を訊いておこうと思いまして、彼に視線を合せてみた。

「愛琉さんが行っている自傷行為は、リストカット……のみですか?」

 自傷行為はリストカットだけではない。世間ではリストカットが一番広がっているため、他に何があるのか知らない方もいるかもしれません。薬物乱用も自傷行為である。普通の医薬品でも十分に危険なので、それによってはアドバイスも変化してしまう。ただ薬物乱用の場合はお医者様に診せるのが一番なのだけど、処方された薬を大量摂取しても大変な問題となってしまう。

「たぶん、ですが……リスカのみです。他に何があるか知りませんが、不審な行動などは、リスカ以外みたことありません」

 それを聞き、安心した。医薬品の心配がなくなっただけで、アドバイス出来そうな範囲が広がるからね。

 自傷行為と呼ばれるリストカット。意識的にする人もいれば無意識で行う人もいる行動。精神的ストレスが溜まりかけている時に行う行動でもある……精神的に追い詰められてしまっている愛琉さんが、それから逃げるためにリストカットを行っているのかな。

「止めさせたいのです。俺は、愛琉がこの世からいなくなってしまっては耐えられません」

一原さんは本当に心から愛琉さんを想っているのが伝わってきたけど……今、一原さんは“止めさせたい”と……。もしかして、

「一原さん、愛琉さんがリストカット止めるように言いましたか?」

「当たり前です! リストカットは自殺を行うための行動ですよね? 仮に手首を切るだけで命を落とすとは考えていませんけど、もしも……を考えましたら、怖いです」

 もしも愛琉さんが『死にたい』からリストカットをしていない場合を想定すると原因が分かった気がする。私が考えた、愛琉さんがリストカットをする原因が。


「ね、一原さん。リストカットは……死にたいからする、だけではないのですよ」

 予想外の言葉だったようで、顔を上げた。

「自傷行為を行う人の中には生きたいからする、切らなきゃ生きられない。血を流すのに安心する。自分を傷つけずには生きていけない、それも理由なのです」

 一呼吸置き、一原さんが言葉を発する前に言う。

「そんな人に、リストカットを止めるように言うのは、生きるのを止めて下さい……と同じ意味なのです」

「な……!」

 一原さんは俯いた。何度言ってきたか私には分からないけど、もし愛琉さんが『生きたいからする』場合だったら、言ってきた分彼女を否定していたのだから。

「もしかしたらですけど、愛琉さんは……一原さんを傷つける自分が嫌だったのですよ」

 私は思わず、自分の手をきつく握った。

「こんな性格で、こんなに簡単に情緒不安定になって、優しくしてくれる一原さんを突き放す。けども一原さんは何度でも私の手を握る。絶対に傷つけているはずなのに、何度も助けてくれる。一原さんを傷つけた分だけ、自分も傷つきたい。そうしなきゃ、生きていけない……」

 一原さんは黙っていた。理解していなかった部分かもしれないし、まさか自分が関与しているとは予想外だったはず。だけど、あくまでも私が考えた愛琉さんの考えです。

「もしかしたら違うかもしれませんけど」

 仮に違ったと想定しても、少しは関与しているはず。愛琉さんが現在、リストカットのみの自傷行為であるようならば、今なら戻れる。今だからこそ、自傷行為から離れる事が出来るはず。

 私は立ち上がり、お店へと向かった。オーナーは、そんな私を見て微笑んでいた。

 お店から一つの鉢植えを持ってきた。そこには開花している花がいくつもあった。

「一原さん、このお花……愛琉さんに渡してあげてください。私の話は間違いも多いかもしれません、けれども一原さんの本当の言葉を、愛琉さんに話してください」

「俺の……」

「私が出来るアドバイスは、ここまでです。後は、殻を開ける力は一原さん次第です」

 一原さんは悩んだ後、口を開きました。

「つぼみさん、最後に一つだけ良いですか?」

「はい」

 手に持つお花を一度机上に置く。まだ心の中に迷いがあるのだろう。一つと言わずにいくつでも聞くのに、そのために現在相談に乗っているわけだから。

「もし、もしも……愛琉に拒絶されたら……どうしたらよいですか?」

 拒絶される可能性はある……下手すれば愛琉さんの殻が更に硬さを増してしまう結果にだって成り得る。それでも、一原さんは愛琉さんに手を差し伸べるだろう。それが、一原さんという人間と私は感じた。

「手を、手を握ってあげてください」

「手?」

「まぁ手でなくても良いのですが。愛琉さんを逃がさないように、捕まえておくように……優しく、とても強く。しっかりと」

 愛琉さんもきっと一原さんを想っている。けれども、それを受け入れることを恐れている。だから逃がさないために。もし逃がしてしまえば、再び会えるかさえ不明になってしまう場合だってあり得た。

 私は再びお花を手に持ち、一原さんに渡す。

「一原さんも、逃げないでください」

 必要なのは、踏み出す勇気。

 彼はお花を受け取ると、お花と見つめ合っていました。そして

「ありがとうございます、つぼみさん。ようやく、分かった気がします」

 と微笑んでお店を出て行きました。


「上手く行ったのか?」

 彼を見送ってから、オーナーが尋ねてきました。

「後は、一原さん次第です」

 私は笑顔で答えておいた。それしか言えないし愛琉さんの精神が不安定になるもの安定するのも、きっと一原さん次第だと私は考えているから。

 けれども一原さんなら大丈夫。私は信じている。彼ならば愛琉さんを助けてあげることが出来る。勇気を出して進めば、絶対に大丈夫。ここに来た時の一原さんは迷いを持っていましたけれど、今はその迷いがなくなっていた。決意の籠った瞳。ならば、大丈夫。愛琉さんに声は届きます。





◇◆◇





「陸?」

 家のインターホンが鳴り、外に出てみると陸がいた。

「どうしたの、陸から来てくれるなんて」

 普段は私から陸へと会いに行く。陸が来てくれるのは、あの時のみ。けど、今はあの時ではない。それなのに今日は陸から私に会いに来てくれた……すごく嬉しい。心が温かくなる……。

「愛琉、ごめん……」

「え?」

 陸が突然謝罪して来た。けど、私には何が何だか分からない……何に対する謝罪なのか、何故陸が謝ることがあるのか分からない。陸は私に何もしていない。 

「俺さ、俺の考えばかり押しつけて……愛琉を傷つけていた、よな……」

 陸の考え、陸の思い。そんなのを押しつけられた覚えがない。

「愛琉をどれだけ傷つけたか分からない、けど」

「ま、まって陸」

 彼の言葉を遮り、私は発した。

「私、陸に傷つけられたこと、一度もないよ? 陸はいつも私を支えてくれている、……本当に申し訳ない、ほどに……」

 私は自分の手をきつく握った。もしかしたら、私自身が陸を傷つけているのかもしれない。だから、陸は突然謝り出したのかもしれない。私に気付くように、気付かせるようにしているのかもしれない。私は、陸に私の考え、思いを押しつけている。きっと陸を傷つけている。それに陸が耐えられなくなったから……私に気付かせようとしている、だから謝りだした……?

「もしかして、私が陸を……傷つけている、のかな……?」

「違う!」

 陸から否定の言葉が直ぐに出てくる。信じても、良いのかな。

「俺は、愛琉が好きだから……! 支えられるように、一緒にいたいんだ!」

 陸の言葉は、何度私が求めていたものだろう。陸に愛されたかった、陸と一緒にいたい。それは私も同じ気持ち。嬉しい、とっても。

 だけども、コンナ私と一緒にいたら……陸を不幸にしてしまう。絶対にしてしまう。私なんかと一緒にいてはいけない、これ以上陸を傷つけてしまうことはしたくない。私は、そう私は、×××シマエバイインダ。

私は愛する人を傷つけることしか出来ない。だから、要らない子要らない子要らない子要ラナイ子要らない子要らナい子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要ラない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らナイ子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要ラない子要らない子要らない子要らない子要らない子要ラナい子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らない子要らなイ子要らない子要らない子要らない子要らない子要ラナイ子要らない子要らない子。

「ねぇ、陸」

 もう何も感じない。涙がこぼれるのも感じない。陸の表情が驚いているのだけが分かる。もちろん、悲しさも表情に出ている。

「私なんかと一緒にいたら、陸を不幸にしちゃうの。だから、私は……××××だよね」

 視覚があてにならない感覚。あぁ、本当は××なんて口にしてはいけないのだろう。それで陸を追い詰めてしまう可能性も十分にあった。でもね、重荷がなくなることで楽になる場合だってあるんだよ。背負い続ける必要性なんて、どこにもない。そう、夕立。夕立は雨が凄く降るけども直ぐに止む。きっと私がいなくても、陸なら大丈夫。むしろ、居ない方がよいに決まっているのだから。

「愛琉、これ」

 陸の言葉で微かに視界が回復した。陸の手には綺麗に咲いている花があった。鉢植えから一生懸命生きている感じが得られる、綺麗な白い花。そして私の大好きな、白色。

 けども、何故ここで花が出てくるのだろう。理由は分からない。今までにない展開。それとも陸は花ですら一生懸命生きているのに私は何をしているんだ、と叱責するつもりなのだろうか。うん、そう決まっている。

「愛琉」

 ふわり、と陸が私を抱きしめている。花に気を捕られている間に、優しくけども強く。陸の腕の中、こんなにも温かかったっけ……すごく気持ちよい。叱責なんて、しない。そんな感じじゃない。何て言うんだっけ、この、すごく温かくて心地よい気持ち。怒りでも悲しさでもない。今日、陸が会いに来てくれた時のような感じ。自然と視界が回復する。色を持つ世界に変わる。涙が止まっているのも分かる。

「俺は愛琉の気持ちを知りたい。だから、この花を愛琉に渡す。この花の名は『ペチュニア』で花言葉は――……」

 耳に入って来た言葉に、私は先ほどとは違う感情の涙が零れる。何時振りだろう、この感情の涙を流すのは。

「陸、私は……」

 下に垂れさがっていた私の両手を、陸の背中にまわした。温かさを感じるように、心地よさを感じるように。これが夢でないと、思うように……私は微かに、力を込めた。

 私は、今まで何をしてきたのだろう。心に抜けていた何かが、空いていた穴が埋まった気がした。私は必要とされているのだろうか。私は、ここに居ても良いのだろうか。……先ほどの要らない子は訂正しなきゃ。陸、ありがとう。





◇◆◇





「つぼみちゃん、つぼみちゃん宛てに手紙が着ているよ」

 オーナーから手紙を受け取ると、私は差出人をみた。先日来てくれて、それ以降何も連絡がなくどうしているのか不安だった人物からだった。

「一原さん、から」

 そのまま封を開け、手紙を読む。

 一枚だけの用紙に、数行の文字を読み終えて、自然と頬が緩んだ。そのまま、手紙は封筒の中へと戻す。

「どうだって?」

 その様子を見ていたオーナーが問いかけた。

「愛琉さん、一原さんとお付き合いをしてから安定しているみたいです。お互い元気みたいで、良かったぁ……」

 手紙を胸に抱いた。力になれたことが凄く嬉しくて、元気になってくれたのが嬉しい。愛琉さんに一原さんの気持ちが伝わって安心しました。一原さんが踏み出す勇気を持てたので、愛琉さんも踏み出すことが出来たのに決まっている。またいつか、今度はお二人でお店に来てくれると嬉しいです。


「つぼみちゃん。あの彼に渡した花は……サフィニアだよね?」

 あの彼とは一原さんの事だろう。もっとも一原さん以降に男性のお客様が来ていないから別の人の事ではないに決まっている。人は少ないけれども、その分来ていただいたお客様に心をこめて接客出来るのは良いところ、なのかもしれないかな。

「正確にはペチュニアですよ、オーナー」

質問に答えるべく、ペチュニアを手に持つ。ちなみに、サフィニアもペチュニアも同じお花。だから、私はオーナーに説明を始めます。



「ペチュニアは日本で衝羽根朝顔という名前で渡来してきたお花なのです。ですが、日本では環境が合わなかったためか、あまり人気が出るお花ではなかったのです」

 今ではよく見かけるお花かもしれないけど、昔はそうではなかったの。けれども、それを見かねた人がいました……。

「とある会社の方が、日本の気候に合うように品種改良をしたのがサフィニア。なんですよ、実は」

 オーナーは頷いていた。納得するかのように、静かに繰り返しと頷いていた。

「名前の由来は俺でも知っている。ブラジル先住民の言語で『たばこ』を意味するペチュンなんだよな。花がタバコの花に似ているために」

「そうなのですよ。育てやすく、ガーデニング初心者でもオススメのお花なのです」

 色も多く、すごく綺麗なお花。お花が雨に弱かったり、寒かったりもしますけれども、非常に育てやすいの。

「しかし、何故この花を渡したんだ?」

「このお花の花言葉は……『あなたがそばにいると心が和む』なんですよ」

 もしも、自分が傷つけてしまっている相手が、こう言っていただけると自信にもなる。こんな私でも、誰かのそばにいても良いのだ……と。

その一原さんの気持ち、ちゃんと愛琉さんに伝わったみたいです。とても、良かった……。


「そんな遠回しじゃなくて……愛している、とかお前しか見ていない。みたいなのでも良かったんじゃないの?」

 最初は私も考えたのは内緒。愛を伝えたいだけならば、それでも十分。私は最初に考えたことを気付かれないようにペチュニアを選んだ理由を話すことにした。

「愛とか、見ているって重い感じる人もいるじゃないですか。オーナーはどうします、突然お花を持ってきて愛しているとか言われたいのですか?」

 オーナーは腕を組み、考え出した。

 自傷行為をする人の中には愛を求めている人もいる。けれども愛などを突然言っても逆効果になる場合もある。特に疑心暗鬼に陥っているほど、その傾向は強い。

「オーナー。私はあなたを愛する……薔薇の花言葉です。でも、薔薇には何個か花言葉があって、その中で一つ。私はあなたにふさわしい……なんてあるのです」

 もちろん他にも素敵な言葉がある、けれども突然「私はあなたにふさわしい」なんて言われたら……すごい自信家と思い私なら引いちゃいそうです。

「それは嫌だな」

「でしょう」

 オーナーは頷いて納得をしていた。

 ちなみに私の目はあなただけ見つめる、は向日葵の花言葉。薔薇と同じ私はあなたを愛する、は菊の花言葉だったりするのです。同じ花言葉のお花も結構多いです。

 愛と口にするのは簡単だけど伝えるのは難しいもの。だからか分からないけども愛に関する花言葉は数多くある。お花を使う告白って、すごくロマンティックで憧れちゃいます。


「んじゃ、手を握るのにも意味はあるのか?」

 ちゃっかりと相談を聞いていたオーナーにやや呆れつつ説明をしておこう。

「相手が逃げそうな時に、何もせず逃がしますか?」

 逃げそうな時は捕まえる。逃がしてしまえば戻れなくなる場合がある。しっかりと

捕まえて、しっかりと言葉を伝えるために、捕まえる。

「けど、そこまでするか?」

「自分が聞きたくない言葉を言われるならば、人は逃げたくなります。愛琉さんは逃げたら心を更に硬くして今度こそ一原さんの言葉さえも届かなくなる可能性が感じましたから」

 耳を塞がせないために、伝える言葉を伝えるために、相手も、自分自身も受け入れるために。

「しかし、捕まえなくとも拒絶されたなら伝えても無駄じゃないのか?」

 心から来る本当の拒絶ならそうだろう。こればかりは見極めが難しい……。

「本当の拒絶か、それとも素直になれないだけの拒絶か……どちらか分かれば簡単ですが、そういう風にも行きませんから捕まえる……私は後者の素直になれない拒絶と思ったのですよ」

「ツンデレってやつか。でも、分かりやすいもんじゃないのか?」

 それはライトノベルや漫画を読み過ぎ……だと思う。実際にライトノベルや漫画のようなツンデレはいるとは思えない。あれは分かりやすくきつくなりすぎていない。実際は本心と虚心の区別を付けるのすら大変なほどだ。

「ツンデレはツンデレでも、色々あるのですよ」

 オーナーは、「ふぅん」と言いながら頷いた。

 性格が個々あるように、ツンデレという性格で型を決めずツンデレにもツンデレでいろんなパターンがある……だから捕まえる、逃げないように。素直になってもらうために、本当の拒絶ならば何が何でも逃げるから。逃げないと言うことは、本心からの拒絶ではないはず。

 あくまでも一原さんと愛琉さんの関係を彼から聞いていたので判断した結果。本当は愛琉さんともお話をして決めるべきだったかもしれませんが……ま、仕方がないよね。終わりよければすべてよしってことで大丈夫だよね!





◇◆◇





 お花は命短し、と言う方も多い。けれども一生懸命愛情を込め、育てれば応えてくれる。植物も、生きているのだから。私たちと同じように呼吸をし、栄養をとり、睡眠をする。それにお日様が当たる場所では人に必要は酸素を生み出してくれる。

 もし、私なんかでよろしければ、いつでもお話は聞くよ! お力になれるか分からないけど、聞くぐらいで構わないのならば大歓迎です。お花たちと一緒に、待っているからね。

 雑草だから、とか思わないで道に一生懸命生きているお花を見てほしい。迷うこともなく一生懸命に成長をして伸びて行く。雨風に打たれようと、負けないで頑張っている。最初はお花の名前とか花言葉とか、無理に覚える必要はない。小さく咲いている花をみて綺麗だなぁと思えるだけで十分。



 もし、疲れてしまいましたら、心鎮め植物たちを見て回るのも、オススメ!

 きっと疲れを忘れるぐらい、心地よいものになるよ。お花は小さい存在かもしれないけれども、私たち人間に与えてくれるものは多く、大きい存在にも感じられる。


 本日もフラワーショップNoAは営業中です! 





◇◆◇





 ねぇ知っている?

 この町にある、フラワーショップNoAにいる看板娘こと『つぼみ』さんに悩みを相談すると解決に導いてくれるのだって。まるで悩みの『種』を育て『蕾』を付けてくれるみたい。あとは個々それぞれの解決と言う名の花を咲かせるみたい。

 些細なことでも、悩み続けたら大きな事になる。だから、小さな、本当に小さな悩みでも誰に相談をしてみたら……?


 そうすればきっと、大きな花を咲かせることが出来るよ。


少々重たい内容のお話であります。

久しぶりと言うのか初めてと申すのか……それぐらい長い間書いていなかったので、内容や文章がおかしいかも知れません。

批評などお待ちしております。

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