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11 変わりゆく時代3

 決意してからのヴォルフは以前の無気力とも言える無感情の状態から、変化しようとしていた。

 それまでは、リィナを失った直後の無感情な状態よりだいぶ落ち着いていたとはいえ、何も出来ない虚脱感から目を逸らすように、先を考える事をやめていた。目先のことだけをこなし、ただグレンタールが出来る時を待ち、そこに行く事だけを考えていた。リィナとの未来だけをぼんやりと待っていただけだった。

 しかし一向にその様子はなく、それどころか住民達はエドヴァルドから離れつつある現実を前に、ようやく待つだけでは行かないのだと目をさましたのだ。

 今のヴォルフには目的ができた。自ら動き始めたことで絶望から這い上がろうとしていた。


 ヴォルフはエドヴァルドとの交易を続けたい近所の長屋の者達を集め、カルコシュカからの陸路での交易を提案した。

 現状では道が交易に適した物ではないのは分かっている。けれど水運に頼っていた分の流通経路は、これから必ず陸路へと変化していく。そうならざるを得ないほどに水運は打撃を受けていた。完全に大河を奪われてしまうと、その利用料で商品の高騰は免れないのだ。今まで通りの交易は不可能だった。

 けれど、異人街の商人が陸路での交易を開けば、必ず国はそれに追随してくる。先に開拓するのは人員も費用も莫大な物となるが、開拓する事でそこに必ず品物が流れ、人も物も金も動く。何より国よりも先に交通経路の先々で渡りを付けていれば、後々有利に働くのだ。後から国が交易に参加してきたところで、陸路での商人の発言力は国よりも大きくなるだろう。国との交渉も何かと有利になる。最初に開拓した利益は追随を許さないはずだ。

 ましてや現状ではいくらか誤解は解けたとはいえ、異人街とエドヴァルド住民との感情はまだ緊張状態が解けたとは言えない。わだかまりも大きく、再び互いに信頼関係を築くにはまだしばらくかかるだろう。


 ヴォルフの話を聞いた長屋の住民達は一様に黙り考えを巡らしている。

 しばらくして住民達とヴォルフは互いの疑問点や考えを交わしはじめた。

 この被害の大きい異人街に縋り付くよりも、新天地を目指すというヴォルフの提案は、異人街の住民達の心を揺さぶったのだ。

 ヴォルフは異人街の住民がこの考えにどういう判断を下すかひとまず知りたかったのだが、手応えは思った以上に良い物だった。

 当然その話を彼らだけで判断を下すわけにも行かない。ここではそこまでの資金も人材も確保できないからだ。一度組合へと話を上げて、異人街全体の意向を問う事になった。


 ヴォルフは住民達の様子を思い出して、一人帰った家の中で、思った以上のつかみの良さに安堵していた。

 ヴォルフの働きかけで異人街はそれまでとは違った方向へと動く兆しを見せ始めたのだから。今後の情勢にもよるだろうが、少なくとも長屋の住民達は、前向きに提案を考えているのがうかがえた。

 今異人街に起ころうとしている変化を感じ、ヴォルフは自らが動かなければいけなかったのだと確信する。望む物があるのなら、自らの手でたぐり寄せなければいけない。腑抜けている場合ではなかった。

 リィナに約束をしたのだから。グレンタールで待っている、と。

 目標が定まってからのヴォルフの行動は早かった。

 ただ、漫然と待つよりも性に合っていたせいもあったのだろう。何より、グレンタールを興すために動いていれば、リィナに近づくような気持ちになれた。


 組合での話し合いでは、ヴォルフの案がおおむね好意的に受け入れられた。

 ヴォルフの今後に対する変化の読みと、新たに流通経路を開拓をしなければならない組合との目的が合致した。


 新しい陸路の開発計画に関わる内に、ヴォルフはゆるやかにリィナが時渡りをしてこの時代にいなくなった絶望を受け入れ始めた。代わりに、「必ず帰ってくる」と叫んだ彼女の姿を思い出すことが出来た。

 何事にも必死で前向きな彼女が瀬戸際で叫んだ言葉だ。思い出すと、きっと時代の先で必死に頑張っているはずだと、信じられた。

 一人でどんなに大変な思いをしているだろうと考えれば、手を差し伸べることすら出来ない現状に胸が軋む。どうしようもない無力感に苛まれる。どの時代に行ったのかさえ分からない。

 それでも、きっと彼女は頑張って、前を向いている。

 ヴォルフの知る彼女は、守らなければ何も出来ないような女性ではなかった。頼りなさげに見えて、思いのほか芯のしっかりした、自分の足で立ち、歩んでいける女性だった。ヴォルフの元に戻る術を探っているはずだと信じられた。

 何もしてやれることはない。ヴォルフが彼女に出来ることと言えば、信じることだけだった。けれど「待っているからな」と心の中で呟けば、心の中に描く彼女は笑顔で頷くのだ。「待っていて下さい、必ず帰りますから!」と、返してくる姿がいとも容易く思い浮かべられた。

 その彼女に約束したのだ。だからこそ待つだけではなく、自らグレンタールを作るために動かなければならないのだ。


 しかし金銭的にも新たな陸路の開拓という先行きの見えない手段に、あまりにも分の悪い賭だと、反対する者も少なくはなかった。

 とはいえ、王都であるエドヴァルドの混乱もまだ落ち着いておらず、大河は完全に制圧されており、しばらくコルネアが大河の利権を取り戻す事はないのは確かである。しかも、これから取り返すにしても、治安が悪化した状態が続くのは間違いない。大河経由以外の流通経路を確立させる事は必ず必要になってくる。


 ヴォルフにとってコルネアの玄関である大きな港町という認識のカルコシュカという街は、この時代ではまだ小さな漁村であった。商人達にとってもエドヴァルドに向けていく海路途中の非常時用の中継地としての認識ぐらいしかない。

 カルコシュカにはたまに物資を運ぶ船もあるが、小さな集落のため、そう多く交易しているわけでもない。周囲を山に囲まれて海からの往来がほとんどで、山を越える道は生活路として、細々と残っているのが現状だった。しかし、船を入れるにはとても適した形状でもあり、そこを港町として拠点にすると言うのに適しているのは間違いない。

 問題は、陸路の開発である。獣道より幾分かマシというような道が途中にいくつもあり、馬車を使っての物流は困難だ。まずは道を広げる必要がある。

 その為の拠点をまず設けなければならない。


 カルコシュカとエドヴァルドの間にそびえる山の手前エドヴァルド側にある小さな街リュッカと、海に面する新たな港の候補地であるカルコシュカ、両方に拠点を置き、それぞれから道をつなぐ事になった。

 そしてそれぞれの土地で交渉を行い、協力を取り付けるのだ。

 けれど、それではその間に拠点がない。人の足で数日はかかるその行程にめぼしい町や村がないのだ。特に困るのが山越えの時の拠点がない事である。

 そこに新たな拠点となるグレンタールを作る事をヴォルフは提案した。まずは商人の小さな簡易宿泊地的な場所として作る事が出来ればいい。

 元々その経路が出来上がっている時代にいたヴォルフが提案する計画故に、無駄が非常に少ないのが功をなし、組合の者達も積極的にヴォルフの言葉を取り入れ計画は進んでいった。


 後で必ず国も神殿も参入してくるとヴォルフが断言すれば、「なら今の内に一等地に場所を取っておかないといけないな」と楽しげに笑い声が上がる。

 自らが新しい物を作り上げていく事に一種の興奮を覚えている異人街の若者達も少なくない。国や神殿が参入してきた時に土地も利権もその土地特有の伝手も確保しているとなれば、これからの商売の確保も有利な条件でうまくいくだろう。

 先行きに絶対の自信を持つヴォルフと、煮詰まってくる計画の熱気とにのせられ、計画に反対していた者達も次第にその話を見極めようとしはじめ、闇雲に反対する者は減っていった。

 ヴォルフを計画の中心の一人として話は進んでいく。ヴォルフの表情に、もはや絶望はなかった。絶望に浸る暇などないほどにやる事が山積みにあった。熱気と興奮があった。


 更に、今回の内乱や戦で被害を被っていたエドヴァルドの商人達もこの話を聞きつけて一口乗ろうとする者まで現れた。

 流通経路もさることながら、新しい道を開拓するのであれば、動く金は膨大な物になる。しかも異人街が未来を賭け組合を上げてやる事業である。目端の利く者なら、一枚噛みたいと名乗りを上げる者も当然に出てくる。

 陸路開発の動きは、大きな波のようにいろいろな物を巻き込み、確かな物となって動き始めたのだ。


 時代は、ヴォルフの知る未来へと、確かに進み始めようとしていた。


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