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時渡りの姫巫女  作者: 真麻一花
3幕

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82/91

10 変わりゆく時代2

 最初の暴動からしばらく経ってから、二度目の暴動が起きた。一度目ほど大きな物ではなかったが、再び異人街は大きな被害をうける事となった。

 街はひどい混乱状態に陥り、それを期にヴォルフは引きこもる生活をやめ、再び警備隊へと戻った。

 戻りたかったわけでも、戻らなければいけないという使命感があったわけでもない。その時もまだ、ヴォルフは感情を閉じたような状態だったのだから。

 ただ、ふと考えたのだ。今の状態が続けばリィナが帰ってきた時に悲しむのではないかと。何もかもがどうでも良かったが、帰ってきたリィナが悲しむ顔は見たくなかった。少しでも笑顔でいられるように、その為だけに行動に移した。

 帰ってくるのだと、信じたかったのかもしれない。もしかしたらヴォルフを動かしていたのは「帰ってきた時」というその発想だけだったのかもしれない。


 それからは主に異人街を守るために警備隊の仕事を始めた。ヴォルフが統括していた小隊は元々異人街の警備に特化していた隊のため、ヴォルフが戻る事で、再びそれを中心に動く事が出来た。

 その後も小さな暴動が立て続けに起こり、商人の街であるにもかかわらず街には人通りが完全に途切れた状態となった。異人街はまともに機能せず、それに伴い、主に運河を経由した物流が今まで以上に滞り始めた。やがてその諍いは異人街のみにおさまらず、内乱と言えるほどに悪化し始め、エドヴァルド全体が不穏な空気に包まれていった。

 しかし異人街だけの問題で済ます事が出来ないほどの問題となることで、国がようやく収束に向けて乗りだしてきた。

 国はエレイネ川に向けていた兵を呼び戻し、その戦力を治安に向けたのである。

 しかし期待されただけの安定がもたらされることはなかった。

 国はまずエドヴァルドで一番不満の大きかった物流を回復するため、運河に沿ってできている異人街の治安の安定に力を入れたのだが、余計に「国民よりも異国民を保護するのか」と、反感が更に強まり始めたのだ。

 何かが起こる度に異人街の民にとってあまりにも良くない方へとエドヴァルドの住民感情は高まっていく。

 一定の方向性を持って向けられる感情に、疑問の声が上がり始めたのは異国民の多い警備隊からであった。

 そして、これは異国民に悪意を持つ者によって意図的に煽動されているのではないかと、調査し始めた矢先だった。

 情勢が一変した。

 ゾルタンが再び開戦の声を上げたのだ。


 エレイネ川では兵士の多くをエドヴァルドにまで呼び戻し、異人街の治安に割いていたために、圧倒的な兵力の差が出てしまっていた。

 王都であるエドヴァルドで頻繁に起こる内乱と、エレイネ川でのゾルタンとの戦に、コルネアは体勢を立て直す事が出来ないままゾルタンに侵攻されてゆく。今まで保たれていたコルネアに優勢な均衡は瞬く間に崩され、まもなくエレイネ川は占領されたのであった。

 ゾルタンに大河の利権を奪われたのである。


 戦の決着がつくと同時にエドヴァルドでの異国民に対する悪感情も静まっていった。

 戦火は直接にかぶることはなかった物の、エドヴァルドの中心部は内乱と大河の戦による混乱で、異人街に意識を向ける余裕がなくなっていたことが一つ。

 更に警備隊の調べで、異人街に対する悪意を広めていた中心的な人物と思われた者達が、内乱のどさくさの中で居なくなっていた事も判明した。

 その事により、この異国民街に対する暴動から引き起こった内乱は、ゾルタンの煽動だったのではないかという見方が強まった。

 全てゾルタンがエレイネ川の利権を得るために起こした布石だったのではないかと。

 情報が錯綜する中、ゾルタンの煽動はほぼ確定的な物だとして噂は広まっていった。そしてそれに乗った事で、エドヴァルドの者達は完全に自分たちの首を絞めたのだと知った。


 けれど、人の感情とはそれだけではすまない。

 一度持った悪意が人の感情から簡単に抜ける事はない。煽動された事を知り目をさます者もいたが、そのまま異国民に悪感情を抱き続ける者も少なくはない。

 今回の戦も、それに負けた事も、全てが異国民のせいだと言う者も相応に存在していた。

 その中で、戦で水運権を無くしたコルネアへの輸入は、物流を再開された後は一気に利用料を上げられ、加えて内乱の傷跡も深く、エドヴァルド内はひどい有様であった。戦直後の混乱も加わって、コルネアの水運は壊滅的な打撃を受けていた。

 そう言った現状下、内乱の一番の被害を受け、なおかつ水運で生活を立てている者が大半を占める異人街は、街の復興もままならない状態となっている。

 とてもではないが、そう簡単に元の生活に戻れるような状態ではなくなっていた。


 ヴォルフは警備隊を続けながらエドヴァルドの、主に異人街の復興にいそしんでいた。

 現状では生活すらままらならない状態の者も多くいる。しかし国からの援助は焼け石に水程度。異人街は異人街のみで立て直すしかない。

 異人街には交易のために存在する組合があり、異人街の復興は主にそこが中心となっていた。しかし、住民の援助と保護も行うとなると、交易がまともに立ちいかない状況では長期的な支援は難しい。しかもひとまずエドヴァルドとの交易から手を引く者も増え始め、ある程度身支度が整い次第出るつもりで居る商人が数多く出始めていた。

 このままではそう遠くない未来、組合自体の存続すら厳しくなるのは確実であった。


 ヴォルフは街が復興というより衰退していく様子を見ながら、時折考え込む事も増えていた。

 リィナが親しくしていた長屋の商人達も今後について話し合っているのが見て取れた。

 警備隊としての仕事を再開した時は機械的に仕事をしている状態のヴォルフだったが、忙しさに考える時間もなかった事も多少は幸いし、わずかながらリィナのいない現状を冷静に受け入れ始められるようになっていた。そして住民達の気遣いも、ヴォルフの閉ざした感情に温かい物を運んできた。ヴォルフを取り巻く全ては、リィナと共に築き上げてきたものだった。それを壊したくないと感情が動いた。

 そして、その日、ヴォルフは行動を起こした。


 このままでは異人街がなくなってしまいかねない。それだけは避けなければいけない事態だった。

 このままではリィナとの約束を守ることができない。今の時代の流れは、ヴォルフの知る歴史とは違った方向に向けて動いているように思えたのだ。

 つまり、現状において、グレンタールが興る兆しがなかった。

 戦の後の被害をうけた住民達が移住した先がグレンタールだ。大河周辺はゾルタンの影響力が強く、人が流れる気配もない。一番ひどい被害を受けた異人街は、村を起こすどころかコルネアを去ろうとしている。

 さらに時渡りの姫巫女が現れたという話もない。伝説の姫巫女と剣士が興すのがグレンタールである。その存在さえいないとなれば、このままではグレンタールが興るのはどのくらい先になるかも分からない。

 もしかしたら、とヴォルフは考えた。そもそも、グレンタールを興した姫巫女と剣士の物語自体が、実際にあった話ではなかったのかもしれないと。三百年も前の伝説の物語が、多少脚色されていて、ちょうどその時代にいた存在を持ち上げるための逸話になっていたのだとしても不思議はない。

 ならば悠長に待っているわけにもいかない。グレンタールを興すために誰かが動くしかない。そして、今、そういう発想を持った者は誰もいなかった。

 ならば自分が動くしかない。

 グレンタールで待つとリィナに約束をした。かすかにだが肯いたリィナの姿はまぶたの奥に焼き付いている。

 その約束を果たさなければならない。

 グレンタールを作るのだ。


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