7 踏み出す一歩
リィナが時読みをした日から一月以上が過ぎていたが、あれ以来リィナが時を読む事はなかった。
頭を抱えているのはシャルロッテだった。
リィナはというと、あの時読みも突発的に起こった物であったので、「ああ、やっぱり」という感覚の方が強い。
「百年以上もの時を隔てている人を先読みしておいて、どうしてすぐ先の事が読めませんの?」
責めているわけではない。ただ、自然に時読みを出来てしまうシャルロッテには、リィナが時を読めない事が理解できないのだ。
どこかに何か原因があるはずだと言い続けるのを横目に、巫女の力の感覚が全く分からないリィナは、何をどう感じ取れば時が読めるのか、そちらの方に頭を悩ませている。
「普通、力が大きすぎると、時を読み過ぎてしまう物なのです。現在、過去、未来が、混在して見えるために、何が現実か混乱してしまうほどに。リィナほどの力があれば、もっと力の暴走の一つや二つあってもおかしくないはずなのですわ」
「……へぇ……」
そんな経験は全くない。リィナが肩をすくめると、シャルロッテが「あなたの事ですのよ!」と、顔をしかめる。
「……はい」
リィナも決して真剣に考えていないわけではないが、そもそも感覚が分からないために、何を、どう頑張ればいいかさえ分からない状態なのだ。
「もう、それだけ力が使えないとなると、何か制限がかかっているとしか思えませんわね。何かが、あなたが力を使う事の禁忌に触れているのかもしれませんわ」
呟きながら落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしていたシャルロッテが、不意に足を止めた。
「……それですわ」
「え?」
「禁忌ですわ。力が使えないのは、あなた自身が力を使う事を忌避しているのかもしれませんわ」
「え……?」
意図がつかめずにに、シャルロッテの顔をぽかんと見上げると、彼女は詰め寄るように顔をずいっと近づけてきた。
「ちょっと思い出してご覧なさいませ。時渡りや時読みをした時に何か共通点があったかもしれませんわ。通常の状態で時渡りも時読みも出来ないと言う事は、通常の状態より、何かが欠けていた場合か、何かが共通して起こっていた場合に、力が発揮できていたのかもしれません。その共通項を考えてご覧なさい」
「……共通……?」
リィナは迫力に押されながら首をかしげる。
時渡りで共通していたというと、切羽詰まっていた事だろうか。
初めて時渡りをしたのは神殿から逃げ出した時、その次は崖から落ちて死にかけた時、もう一つは捕まってヴォルフが袋だたきに遭っていた時。
けれどこの前の先読みは格別に切羽詰まってはいなかった。
「時渡りは、追い込まれて、困った時に起こっていたけど……」
シャルロッテは肯いた。
「あなたの危機感に反応していた、というのは考えられますわね。それも要因の一つかもしれませんわ。……でも」
シャルロッテは言葉を切ると、少し考え込む。
「それでは、少し足りない気がしますわ」
「足りないって?」
シャルロッテは、分からないというように首を横に振る。
「もっと他に何かあるような気がするのです。時渡りとは、突発的に起こるような物ではないのですから。それでは弱すぎます。もしそれが原因なら、もっと何度も起こっているはずですわ。全ては、必然の上に成り立つ物なのです。時読みも含めて、共通していた事が何かありませんか?」
そこまで言ってから、そういえば、とシャルロッテは思い出したようにリィナを見た。
「リィナ、時渡りに必要なことを、一つ忘れておりましたわ。わたくし達からしたら当然の事だったので、気がつきませんでしたけれど……。でも、あなたは、何も知らないのですものね」
なにやら納得した様子のシャルロッテにリィナが首をかしげる。
「時渡りをするということは、必然を知る、という事なのですわ」
「必然を、知る……?」
「そう、時の理が胸の中にあると言ったでしょう。全ては必然にして、必ずたどり着く場所があり、通る道があるのです。巫女の力はそれを読む力。出会いを覚えておりまして? あなたはわたくしのいる時代に時渡りをしてきました。それは決して偶然ではないのです。あなたは無意識に時を読み、一番最適な時を選び渡ってきたのです。おそらくはわたくしに会うため。わたくしはあなたの力になるために、あなたを迎えに行きました。全ては、流れる時のままに。必然を読み、その時を知る。思う気持ちがあり、それを導く。必然の中に、必要を知る」
リィナは、とうとうと語るシャルロッテを、呆然として見る。
「……シャルロッテ……意味が、分からない……」
どうやら重要であるらしい事は分かるのだが、だからといってどうしたらいいのか分からない。
情けない顔で言ったリィナに、シャルロッテが呆れたように溜息をつく。
「追々、分かっていけばいいのですわ。つまり、あなたの時渡りは必然と言う事なのです。必然に起こるべくして起こり、決して突発的ではなかったのです。突発的ではない何かがあったはずなのです。ひいては、それさえ見つければ、あなたは自ら力を使う事ができるのです。ですから必然を知るのです。今まで以上に頑張って考えなさいませ。そうすればあなたが望む時代に戻るのが時の理であれば、必ずその時は来るし、その力を使う日が来ると言うことですわ。全ては、時の流れのままに」
「……うん……」
うなずいた物の、やはりリィナには意味が分からない。
いつもの事だが言葉の意味は分かる。けれど、リィナはその「必然」が分からない。感じられない。力のありかが分からないのだ。
しばらく考え込んでいたが、リィナはふとあることに思い当たる。
「あのね、シャルロッテが先読みして、それを探る事は出来ないの?」
リィナがおずおずと尋ねると、シャルロッテが睨んできた。
「それが出来るのなら、とうにやっていますわ! それはあなたが見つけ出すべき事なのですわ。だからわたくしが先を読む事は出来ないのです。あなたに関する事を先読みするのは、わたくしにとって時を狂わせる禁忌でもあるのですわ。あなたに会うという天啓を受けて以降、あなたのことは読めないのです」
「そうなの?!」
「そうでなければ今頃全てわたくしがお膳立てしておりますわ」
叱りつけるような厳しい視線に、「ごもっともです」と小さく肯く。シャルロッテは、それを見ながら呆れたように溜息をついた。
「ひとまずは、あなたが力を使った時の共通点を頑張って思い出す事ですわ」
「はい……」
リィナは自分の余りにもの情けなさに、がっくりと項垂れた。




