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6 もう一人の姫巫女6

 シャルロッテがいなければ、ここでまともな神経で生活できていたとは到底思えない。グレンタール神殿での修行より、もっと辛い事になっていただろう。

 シャルロッテは神殿や巫女の都合の為だけでなく、リィナ自身のために、もう一度、本当に自分の態度で問題がないかを考えるよう促した。神殿の良いようにあしらわれたくなければ、嫌でも、姫巫女の立ち振る舞いを覚え無ければならないのではないか、と。

 人を従わせる為の術を身につける事が大切なのだとシャルロッテは更に続ける。それが神殿内で自分自身を守る力になるのだと。

 シャルロッテの話を聞きながら、リィナは自分の考えの甘さを感じていた。

 ここは自分が育った優しい村の中ではないのだ。好意や思いやりに誰もが返してくれる世界ではないのだ。むしろそれを逆手に取り利用する者が溢れている。

 シャルロッテと共に過ごす事で、リィナは自分の気持ちが通じる人間ばかりではないという事を、理屈ではなく肌で知ってしまった。

 けれど、シャルロッテが助けてくれる事に甘え、自身でそれを乗りこえる術を模索すらしていなかった。

「あなたには、成すべき事、成したいことがあるのでしょう? ならば、そのための手段を躊躇ってはならないのではなくって? あなたが、自分の言い分を貫いたとして、一体何が出来ているというのです。にこにこと笑っていれば、誰かが手を貸してくれるとでも? そうではない事は、今、十分に感じているはずです」

 反論の余地もない。リィナはうつむいた。

「年若い巫女一人さえも従わせる事も出来ず、どうやって神殿を相手にするつもりなのです。反発する者一人も押さえる事が出来ないその態度で、一人で時渡りした先で、あなたは本当に自分の求める未来を得られると思っているのですか。わたくしはあなたの性質を好ましく思っています。でも、それで神殿を従わせようと思えば、あなたが一生をかけても足りないはずですわ。そこまでかけて神殿を変える価値をあなたは見つけられますか? ヴォルフ殿を捨てて」

 リィナははっと顔を上げる。

「あなたが自分のやり方を貫きたいというのなら、そういう事になるのです。違うでしょう? あなたの望みはそういう事ではないでしょう? あなたはヴォルフ殿の元に戻りたいのでしょう? だからこそ、よく考えなさいませ。戻った先では、あなた一人の力で神殿全体を従わせなければならないのですから」

 厳しく射竦める瞳をうけて、リィナは息をのんで厳しくも優しいこの時代の唯一の友人を見た。

「……シャルロッテ……」

 言葉にならなかったが、胸が詰まりそうなぐらいの衝撃を受けた。自分の視野の狭さを知った事、シャルロッテがどれだけ先を見てリィナの事を考えてくれていたのかということ。

 ようやく分かった。

 これまで言われてきた事はシャルロッテの必要と思う価値観のためだけでなく、全て、リィナのための物であったったのだ。リィナの常識を貫けば、この神殿内ではその為に望まぬ事態も引き起こす。先ほどの巫女のように。シャルロッテがリィナを守るからリィナは傷つかない。代わりにリィナが心を痛める方向には動くのだ。優しさのつもりが全て裏目に出る事すらあるのだ。

 シャルロッテはこの神殿という閉じられた世界で生き抜く術を教えてくれていたのだ。姫巫女らしい態度とは、手段なのだ。自分が正しいかどうかではない。リィナは目的を優先したければ手段を選ぶだけの余地はないのだ。自分の価値観を貫いて手に入れられるだけの力がリィナにはない。ヴォルフとの再会と天秤にかけるだけの価値も。

 それを分かっているようで、分かっていなかった。時渡りさえ出来るようになれば何とかなると、無意識に楽観視していた。

 手段を選んでいてはヴォルフの元にたどり着けないないのだ。

 神殿内部の事で、姫巫女が神殿に対して主導権を握るための手段を知り尽くしているシャルロッテの言葉を、考えが合わないからと切り捨てるのは余りにばかげている。なのに考えが甘かったから、その程度の事も思い至らなかった。

 自分のために言ってくれているのは分かっていた。でも、真意を分かっていなかった。見なければいけない事を、見ていなかったのだ。

 ほんの少し居心地の悪さを我慢すれば良いだけの事に、何を躊躇っていたというのか。たったそれだけの事を我慢できないほど、自分が状況を理解していなかったのだと気付いた。

 ようやく受け止めたシャルロッテの思いを噛み締め、リィナは一つ覚悟を決める。

「分かりましたか?」

 もう一度念を押すシャルロッテに、リィナは、今度ははっきりと肯いた。

「うん……うん。ありがとう、シャルロッテ。ずっと、私の事、考えてくれていたのにね。気付かずに、わがまま言ってごめんね」

 リィナの様子に、シャルロッテはほっとしたように肩の力を抜いた。

「……分かれば、良いのですわ。あなたを、立派な姫巫女に見えるようにしてから送り出すのが私の使命ですもの。せいぜい、中身は無理でも、外見ぐらいは立派な姫巫女に見えるように頑張りなさいませ」

 溜息混じりの言葉は、最後に少しからかいの色を含み、その場の緊張感を和らげる。

 一瞬「うっ」と身を引いたリィナだったが、わざと意地悪く言ってきたシャルロッテに、にっこりと笑って意趣返しをする。

「うん、私、がんばる。ちゃんと、身につけるね。頑張って、シャルロッテみたいに偉そうに、わがままにするわ!」

「二言多いですわ!」

 叫んだシャルロッテに、リィナは声を上げて笑った。

 その様子をシャルロッテもやれやれというように溜息をついて笑ってから、ややあって少し寂しげに微笑み「どうか、あの子の罪を、無駄にしないでやって下さいませ」と呟いた。


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