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時渡りの姫巫女  作者: 真麻一花
3幕

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4 もう一人の姫巫女4

 リィナの一日は、礼拝から始まる。

 下位の巫女であれば、神殿の掃除から始まるのであるが、リィナは最上位の巫女であるために、そういった雑事を割り当てられることはない。何の力もないから掃除をしたいと言った時には、シャルロッテに姫巫女の価値を下げるなと力一杯叱られたという経緯もあったのだが。

 納得はしていないが、郷に入っては郷に従えとも言うので、ひとまずリィナは過客の姫巫女として現在の待遇をうけていた。

 リィナの姫巫女として低姿勢とも言える言動は、世話をする守人にはおおむね好意的に受け止められており、世間知らずの状態のリィナに親切であった。

 稀に神殿の外へ視察がてらシャルロッテについて出るときも、楽しく過ごしたこともあるし、空き時間に神殿の散策をするときもいろいろと気を使ってもらえることもある。守人達はそれに対しうれしさと感謝を込められて話をされるのであるから悪い気がするはずもない。

 一部の巫女や神官野中にはそんなリィナの性質を好ましく思い、敬愛する者もいた。

 けれど、親しみを込めたリィナの言動そのものを嫌う者達も、神殿内部では少なくなかった。リィナの態度は、姫巫女にするとあまりにも卑屈すぎて見えたのだ。

 力が出せない為に守人に媚びる、愚かで浅はかな卑賤な姫巫女。

 そんな評価を下す者までいる。

 神官などはそんなリィナを侮り、好きに動かそうと高圧的に出る者もあれば、卑しく思っているのを隠して取り入ろうとする者もいるほどだ。

 そして巫女の中でリィナを嫌う者は、慇懃無礼な対応を取る者がほとんどであった。

 時渡りの姫巫女である以上、巫女がリィナを表だって軽く扱う事はいない。それは身に染みついた変えようのない上下関係であった。とはいえ実際の所、リィナの力は下位の巫女以下であるのは明らかなのである。力がそのまま立場にほぼ直結している巫女にとって、リィナの存在は礼を尽くす気にならぬ相手と感じる事が当然多かったのだ。

 長い時渡りをすれば確かに時渡りの力が戻るまで時間はかかる。今まで聞いた事もない百年を超える時渡りならば尚更だ。しかし、時渡りの姫巫女があまりにも特別すぎて尊敬の対象であるが故に、より強い力を求める巫女達の反動もあるのだろう、二年が過ぎても時読みさえ出来ない時渡りの姫巫女は蔑視の対象となってしまったのだ。


「あら、リィナ様……ご散策ですか?」

 嘲笑を伴ったような甲高い声がかかった。

 名前を呼ばれて振り返らないわけにも行かず、リィナは声のした方に目を向ける。

 またか、とリィナは内心溜息をついた。

 そこにいるのは時読みの巫女として、神殿内でもそれなりに力のある巫女である。時読みとは、過去見と先読み共に出来る、時渡りの次に力を持つ巫女である。シャルロッテがいなければ、この巫女がエドヴァルド神殿で次代の姫巫女となっていただろうと言われているほどに、力のある少女だ。いずれエドヴァルドを出て他の神殿の姫巫女として迎えられる事もあり得る。

 この年若い巫女はシャルロッテに心酔している。そのため、その隣りに巫女として劣ったリィナがついていることを腹に据えかねているらしい。リィナが一人でいたりすると、すぐにこうして嘲るように突っかかってくるのだ。

 リィナより五つも年下の幼さの残る少女であるが、言葉尻だけではどうとでも解釈できることしか言わないので、反論すら出来ないのが現状である。頭も相応に切れるのだろう。

 ただ意図することはあからさまなリィナへの嘲笑がほとんどだ。

 また面倒な相手に捕まってしまった。

 リィナは溜息をつきたいのをこらえて、にっこりと若い巫女に目を向ける。自分には面倒な少女だが、巫女としての資質も高く、これからの巫女達を導く存在の一人として、シャルロッテが目をかけている存在でもあることを知っている。

 ただリィナの修行にシャルロッテが力を入れるため、彼女に目をかける時間が減っていた。その為、尚のことリィナへの反感がひどくなっているところもあるのだろう。

「なにかご用事でも?」

「ようやく力が発現されたそうで……おめでとうございます」

 にっこりと笑う幼さが抜けきってない顔も言葉も当たり障りのない物だが、リィナに向けられる視線はそうではなかった。

 リィナも同じようににっこりと微笑み返しながらこれから向けられる悪意を覚悟した。


「教えてくれてありがとう」

 巫女がリィナに悪意のこもった苦言のあと、リィナはそう言って微笑んだ。

 彼女の言葉を要約すると、「時渡りの姫巫女であろう方が、たかだかひとときの時読みをしたぐらいで満足などなさらないでいただきたい。あなたのためにシャルロッテ様が神殿でどれほど辛い立場に立たされているのかをおわかりになっていない。あなたのような名前だけの姫巫女がシャルロッテ様のおそばにいることが、どれだけ迷惑な事かを、気付くべき」と、いう事らしい。

 そんな事は言われるまでもなく、分かっている事である。その上で現状に至っているのだ。それ故シャルロッテ以外の誰かに言われても意味のない事であるために、リィナはにっこりと笑って躱す事ぐらいしかできない。言い返したところで、単にリィナが気に入らないから何でも思い当たる事を糾弾したいだけの少女に、リィナの反論が届くとも思えない。

 いっそのこと頭を撫でながら「そんなに怒らないで、落ち着いて」とでも言いたい気分だったが、それをすると火に油を注ぐのは火を見るより明らかだ。それでなくても反発心で燃え上がっている巫女である。

 溜息の一つもつかないとやってられないような状態であった。

 五才も年下の少女に、目くじらを立てて怒る気にもなれず、リィナはこの巫女の言動には、心底対応に困っていた。

 一応巫女の言葉は助言の体を取っているのだからここは感謝を返してお茶を濁すのが一番当たり障りが無くこの話題から逃げられるだろう。後は、どうやってこの場を離れるか、なのだが、若い巫女はそう簡単にリィナを解放するつもりはなかった。

 若い巫女は、そんなリィナの態度が嫌いだった。何を言っても軽く躱して、なんでもないように微笑んでいる。こちらが嘲っているのは分かっているはずなのに。言葉の内容を気にした様子もなく、かといって否定も肯定もせず、ただその言葉のままに受け止める。まるで幼子のわがままでも「はいはい」と受け止めているかのような態度だ。

 それは何も出来ないこの姫巫女に馬鹿にされているようにすら感じていた。

 この穏やかな顔が歪むのを見たかった。傷つけてその気持ちを踏み躙りたかった。なのに、いつも笑顔でさらりと躱すのだ。

「力も出せないくせに、何を偉そうに……」

 今までこらえてきた気持ちが思わず漏れた。そして悔し紛れに巫女がもう一度口を開こうとした時だ。

 二人しかいなかったはずのその場に、もう一つの声が響いた。

「お前。稀代の姫巫女様に、なんという口の利き方をしておる」

 シャルロッテだった。静かに響いたその声は、聞く者が思わず体を震わせるほどに怒りに満ちている。底冷えするような瞳がその巫女をみやった。

「姫巫女に対する礼儀もわきまえることが出来ぬような者はこの神殿に必要ない。今すぐ荷物をまとめて神殿から出て行きなさい」

 思いがけない厳しい言葉に、リィナの方が焦って、取りなそうと口を出した。

「シャルロッテ、でも、その子は……!」

「リィナ様、かばう必要などありませぬ。その者は、己の立場をわきまえることをしなかったのです。その者の思いなど関係ないのです。どのような理由があれど、あなた様は神殿の者があなた様を害することを許してはなりませぬ。そしてわたくしは時渡りの姫巫女を軽んじることを、この神殿内で許すわけには行きませぬ!」

 シャルロッテが目をかけてきたはずの巫女であるのに、彼女はその若い巫女を名前で呼ぶことすらしようとしなかった。リィナはその巫女の事を決して好意的には見ていなかったが、彼女の言い分にも相応に納得は行っていたために、シャルロッテの剣幕に、何故ここまで怒っているのかと困惑していた。

 巫女は敬愛する姫巫女の様子に焦りを滲ませて必死で言い訳を口にする。

「ですが、シャルロッテ様、その方は力を全く扱えぬではないで……」

「だまれ! 扱えぬなどとどの口がいうか! 時渡りの神殿が出来て五百年。その間に四百年もの時を渡った姫巫女など存在せぬわ! それだけ力が大きければ制御できぬも道理!! 未だ力が戻らずとも何ら不思議はないわ! それがどれだけの偉業かも分からぬほど愚かな者が、何を持ってリィナ様が力を扱えぬなどと侮辱するか!」

 シャルロッテの剣幕と、その言葉に、その巫女はざっと顔を青ざめさせた。

 リィナの潜在的な力に対しては若い姫巫女も知っていた。それ故、この時代に来た当時は相応の敬意を示していた。次第に力が扱えぬ事にばかり目が行くようになり、嫉妬も合わさって嫌悪感すら抱くようになったのだが。けれど、改めて敬愛する姫巫女に叱責された事で、リィナの力がどれだけの物かにようやく思い出したのだ。

 若い巫女の前でシャルロッテが跪いた。

「そこな巫女に変わって、わたくしがあなたに謝罪せねばなりませぬ。当代の姫巫女として、あなた様にこのような振る舞いをしたこと、変わってお詫び申し上げます」

 姫巫女がする事などあり得ない最高の礼を、シャルロッテが取るのを見て、ガタガタと震えだした巫女だったが、震えながらもそれに倣って、リィナにひれ伏すように礼を取る。

 誇り高いシャルロッテの行動に、年若い巫女は己のしたことがどれだけ礼を失したことなのかを、ようやく心の底から思い知ったのだった。


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