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3 もう一人の姫巫女3


 リィナの修行はシャルロッテのお務めの時間に行われる。

 彼女の存在はやはりこの時代でも、神殿側だけでなく他の巫女達から嘲笑の対象になっていた。シャルロッテがリィナの力を断言し、多くの神官達がリィナの時渡りを目にしているため、表だっての嘲笑や反発はない。けれど、明らかに巫女達からは力のない姫巫女と、嘲笑われていた。

 胸を張りなさいとシャルロッテは言う。誰がなんといおうと、貴女は時渡りの姫巫女なのだから、と。

 シャルロッテはリィナにとって、唯一の理解者であり、そして今では互いの人となりを理解し合った親友であった。

 利害の一致だけではない信頼関係を確かに築いている。

 リィナはシャルロッテに促されるまま、時を読むために瞑想に入った。

 思えば、いつも自分は人に助けてもらってばかりだと考える。

 この時代に来る前は、ヴォルフがいつでも側にいてくれた。

 あの頃は「こんなに素敵な人が自分の側にいてくれる」という幸運に押しつぶされそうになっていた。何故私なのだろうという不安と、本当に彼を引き留めて良いのだろうという後ろめたさがあった。でもヴォルフは、態度で、そして言葉でリィナを安心させてくれた。側にいて良いのだと思わせてくれた。

 悩んで苦しんだあの頃があったから、今があると思える。シャルロッテがリィナのために力を尽くしてくれることを卑屈に感じずにすんでいるのは、あの頃思い悩んだ日々があったからだ。自分を思ってくれるヴォルフの心がいろんな事を教えてくれたから。

 その彼は、今はもう遥か遠く、時の彼方にいる。

 けれど、あの時築いた思いがあったから、リィナはヴォルフを、そして未来を信じられる。

 あの時は、ヴォルフと共に元の時代に帰ることを諦めて、二人であの時代で生きることを誓った。でも、今度は諦めたりなんかしない。絶対に。

 だってヴォルフが、私の帰りを待っているから。

 リィナはそれを信じている。

 もちろん、そう簡単に今のような心境になったわけではなかった。この二年間、何度もリィナを襲う不安に苛まれたことがあった。ヴォルフがそばにいないということは、それだけでリィナの心の均衡を揺るがしてしまう。

 寂しさだけならよかった。

 襲い来るのは、不安だった。

 無関係な彼を時の彼方に引きずり、そして一人置いてきてしまったことを、彼は恨んでないか。

 時の彼方の彼を思って「ごめんなさい」と呟きながら泣き続けた日もあった。

 自分のような足手まといの小娘は、側にいない方が良いのではないか。帰らない方が良いのではないか。と、いつか克服したはずの感情が込み上げて来て、心が地の底へと迷い込むような苦しさに、消えてしまいたくなるときもあった。

 グレンタールで待っていると叫んでくれた彼は、本当に待ってくれているのかと、ヴォルフの心を疑ったときもあった。

 それは全て遠い未来であるのに、リィナの心の中で、彼の時間はリィナと同じように進んでいるような気がした。

 不安で不安でたまらない瞬間が、時折襲っては、リィナを苛んできた。

 けれど、そのたびにリィナは立ち直って前を見続けてきた。

 不安な時は心の中で彼の名を呼んだ。

 ヴォルフ。

 大好きな人、愛しい人、私を愛してくれた人。意地悪な素振りをしながら、その実、とても優しい、あの人。

 心に残る面影をなぞれば、不安はウソのようになりを潜める。

 ヴォルフは言った。一人で背負うなと。甘えて良いのだと。

 待っていてと願うのはリィナの甘え。忘れないで。私を求めてというのは、リィナのわがまま。けれどリィナの心の中に住む彼は、それで良いとうれしそうに笑うのだ。それが俺の望みだと、偽りなく囁くのだ。

 不安が完全に消えることはない。それでも、信じる気持ちの方がずっと強かった。

 心の中にいるヴォルフが笑顔でリィナの名を呼ぶだけで、リィナは前を向く心を持てた。

 だから、ヴォルフと共に歩む未来を信じることが出来た。

 例えヴォルフがリィナを忘れても、リィナは決して彼を諦めるつもりがない。彼の元に帰るし、彼をもう一度振り向かせると心に決めている。

 なによりリィナがヴォルフを思い続けるように、ヴォルフも同じなのだと、信じられる。

 その絆を、確かにリィナとヴォルフはあの時の彼方で築いたのだ。

 想いは必ず重なっていると、信じられる。

 不安に惑わされない。襲う不安は寂しさなのだ。それに囚われたりしない。

 大丈夫。ヴォルフは待ってくれている。だから、私は、帰らなくちゃいけない。待っていて。必ず、あなたの元に、帰るから――。

 瞑想の最中、そんな事を考えながら、リィナの気が完全に修行からそれていたときだった。

 急に込み上げてくる奇妙な感覚に、リィナが目を開けると、目の前は光がはじけるように白くなっていた。

 突然頭の中に、見えている視界とは別の物が押し寄せてくる。

 見えるのは神殿内部の映像、そして、脳裏に描かれる映像は移り変わり、あれは……

「……ヴォルフ?」

 声に出したとたん、見えていたそれらが突然消えた。

「な、……に……?」

「……先読みが出来たようですわね」

 その声に顔を向けると、共にいたシャルロッテがリィナに歩み寄り、満足そうに微笑んでいた。

「先、読み?」

「ええ、あなたの首に提げている守石が光っていたでしょう?」

 リィナは頭が働かないまま、母からもらった守石のペンダントを手に取る。目の前が白くなったのはこの守石の光だったのか、と、ようやく気付く。

「何が見えましたか?」

「こことは少し様子が違うけど、この神殿内部。それから、場所が変わって、全然知らないところに、ヴォルフが、いて……」

 そう、あれはヴォルフだった。自分の知っているヴォルフとは少し違う感じがした。思い返すと、自分の知っている彼より少し力強そうな印象が強くなっている。でも年を取ったというほどでもなく、もしかしたら別れたあの時より数年が過ぎた先の彼なのかもしれない。

 そう思ったとたん、涙が溢れてきた。あれが、別れたときより未来のヴォルフだとしたら。

 ヴォルフは、生きているのだ。

 暴行の怪我なんかで命を落としたりはしてないと信じていたけれど、彼の無事な姿を見たことで、思った以上に不安があったのだと知る。

 良かった。ヴォルフ、無事だった。元気そうだった。

 安堵と懐かしさと愛おしさが溢れて、涙となってこぼれ落ちる。今しがたの先読みでは一目見ることが出来ただけだった。でも、今は、それだけでがんばれる気がした。

「初めて、明確な時が見えたようですわね」

 寄り添うように肩を寄せて、優しく囁くシャルロッテに、うん、と何度も頷きながら、「ありがとう」と「頑張るから」という言葉を繰り返した。

 やはり自分の意志ではなかったが、こんな形で力が発露したのは初めてで、少しだけ望む未来に近づいた気がした。

 その夜は、先読みできた喜びよりも、垣間見たヴォルフの姿に興奮して眠ることが出来なかった。ベッドの上で、何度も何度も先読みで見た彼の姿を思い返す。

周りの景色は山の中のようで緑が茂っていた。見たことのない景色の中に、彼の他幾人か人がいた。

 あれはどこだろう。

 ヴォルフはグレンタールで待っているといった。もしかして、グレンタールを開くために、エドヴァルドを出たのかな。

 いろいろ想像して、ヴォルフの未来を思い描きながら眠りについた。


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