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2 もう一人の姫巫女2

 リィナがこの時代に時渡りをしたとき、シャルロッテは異人街中央の水場で彼女が来るのを待っていた。

 時を渡ったリィナにとって、それはひどい衝撃であった。

 時を渡る直前の気持ちのまま半狂乱になって叫びたいような衝動も、何でと叫びたい気持ちも、ヴォルフと叫んで彼を求めたい気持ちも、全ての感情が抜け落ちるほど、目の前の光景に驚き、動揺した。

 時渡りをした先で何が起こっているのか、という漠然とした疑問と、とんでもないところに時渡りしてしまったのではないかという恐怖に似た衝撃に頭が真っ白になったのだ。

 先ほどまであった全てが消え、全く違う状況であり、想像だにしない異様な光景が目の前にあったためである。

「まさしく、至高の力をお持ちになる存在……。姫巫女様、お待ちしておりました」

 姫巫女と分かる一人の巫女が、動揺して立ち尽くしているリィナに話しかけてきた。

 けれどそれに答えることが出来なかった。巫女を先頭に他数十人の神官が、その場に現れたリィナを前に身を伏せていたからだ。

 視界一面にいる、いかにも身分が高そうな男達が、突然その場に現れたリィナに跪いているのだ。

 これほど多くの人間に傅かれた記憶などない。元いた時代で姫巫女に祭り上げられたときも、立場も存在も明確に与えられていなかったために、そういう事態に置かれることはなかった。

 呆然と立ち尽くすリィナのそばに寄り、手を取ったのは、先頭にいた姫巫女の少女、シャルロッテだった。

「わたくしに合わせて下さいませ。あなた様が姫巫女としての自覚が薄いことは存じております。わたくしが、お護りいたします故、どうぞ今ここは、わたくしを信じて、共においで下さいませ」

 リィナだけに聞こえるよう囁かれたその声に、頭が働かないままゆっくりと目の前の気高い少女に目をやった。

 曇りのない青い瞳が、真っ直ぐにリィナをとらえていた。


 そうして、この時代に渡って以来、リィナは稀代の能力を持つ時渡りの姫巫女としてこの時代に存在することとなった。そしてそのリィナの立場を護り続けてくれているのがシャルロッテだ。

 本来、一つの神殿に姫巫女が二人もいることはない。けれどリィナがエドヴァルド神殿に留まり続けることが出来ているのはシャルロッテの強い意向があるからだ。

 そして、彼女は何も知らないリィナに、この時代のことも、神殿のことも、全て教えてくれている。

 彼女がいなければ、今頃リィナは時渡りの姫巫女として、神殿の象徴代わりに他の神殿へと移され、何も分からず抵抗も出来ぬまま都合良く扱われていたことだろう。

 力を扱えないとはいえ、至高の力を持つ巫女であるとシャルロッテに明言されている、それだけでリィナの価値は神殿にとって余りある。

 彼女はそれらの思惑から守ってくれ、今はリィナに力の使い方を教えてくれている。全ては、リィナがヴォルフの元へ返るために。

 シャルロッテはリィナの気持ちを全て知っていた。リィナが姫巫女としてこの時代に留まるつもりが無い事も、ただ、ヴォルフの元に帰りたいためだけに頑張っている事も。それを全て受け入れた上で、教えてくれているのだ。

 ところが、同じ力を持つ姫巫女からの教授をうけても尚、リィナの力は自在に操ることが出来なかった。

 帰れないことに焦っているのはリィナだけではない。シャルロッテもまた、我が事のようにリィナを心配していた。

 シャルロッテの意向は神殿において、個人の物としてはもっとも強く反映される。それはリィナの身の振り方一つを見ても明らかだ。ここでシャルロッテがリィナがここに留まる事を最善と明言しているからリィナはここにいられるのだ。が、二年が経ってもまだ、時を読むことさえ出来ないリィナに、神殿内ではシャルロッテの言葉だけを受け入れる必要はないという声も強くなってきていた。

 つまり、力の使えない時渡りの姫巫女を、もっと有効に使うべきだ、と。

 それはシャルロッテでも押さえきれないほどの勢力となってリィナを襲おうとしている。

 それをシャルロッテは怒っていた。

「そんな事は絶対にさせませんわ。巫女とは、民を導くために時を読む存在。神殿の思惑に左右されることを許して良い存在ではないのですから」

 リィナが着替えている間、二人きりの誰も聞いていない場所で彼女は怒りを吐き出すように言葉に力を込める。そしてその矛先はそのままリィナへと向かった。

「わたくしがあなたを守り抜きます。ですから、さっさと力を使えるようにおなりなさいませ!」

 着替え終わったリィナは憤然としているシャルロッテに引きずられるように、朝の礼拝へと向かう。

 リィナを望む時代に帰すためには、一にも二にも力の精度を上げるための修行である。

 リィナは今日もシャルロッテの勢いに気押されながら従った。その後は朝食をとり、修行ための瞑想室に直行である。

 毎日の決まった流れとはいえ、少々憂鬱であった。

 状況はリィナも理解していた。なのでシャルロッテの言葉に従うし、感謝もしていた。けれど少し足が重くなる。二年間もの間、シャルロッテに指導されながら修行しているのに、全く力が扱えないからだ。あまりにも成果が出ないと、どうしようもなく無駄なことをしている気分になるのは否めない。

 こんな夢を見た日は、尚更にヴォルフの元へと帰りたい気持ちで一杯になる。だから、精一杯頑張りたいと思う気持ちはあるのだが、心が受け入れられないときがある。うまくいかないという事実が積み重なるごとに、その落胆がのしかかって消極的にさせてしまう。

「シャルロッテ、ごめんね、せっかく力になってくれてるのに」

 リィナが自分のふがいなさに呟くと、彼女はふんわりと笑った。普段の気高さ溢れる笑みとは違う、柔らかなものだった。

「時渡りの姫巫女を互いに護り合うのは、当たり前のことですわ」

 こんな時、リィナはしみじみと彼女のことが好きだと思う。彼女の存在に感謝する。

 たくさんの好意と、そして好意だけではない、確かな理由と。

 好意を向けられるのはとても嬉しい、受け取るのもとてもありがたい、でも、リィナは与えられてただ喜ぶだけで過ごせるほど子供でもない。

 返すことが出来ないのは、とても辛い。

 けれどシャルロッテがリィナに力を貸すのには理由があった。

 シャルロッテにとって、姫巫女とは神殿のために存在する物ではないのだ。その信念に基づいて行動している。彼女の正義を貫いている延長線上にリィナがいたと言うだけなのだ。おそらく、その延長線上に無ければ、シャルロッテは好意だけでリィナを助けることはない。

 それに助けられているのだという事実が、リィナに、シャルロッテの好意を受け止めやすくさせていた。

 シャルロッテにとって神殿の存在とは、時の女神を奉り、巫女の言葉を広く伝えるためのものである。巫女達が巫女として存在するためには必要な組織だ。

 けれど、と、彼女は強くリィナに念を押した。神殿は巫女にとって重要な存在だが、巫女は神殿に使われてはならないのだと。巫女は民を導くために存在するのだから。

 神殿は女神への信仰心以外にも人間の思惑が大きく関係しすぎている。それ故、人の欲によって動く部分のある神殿の意志に巫女の行動を左右されてはならないのだ。巫女のなかでも特に時渡りの巫女は時の流れを変えるほどの力がある故に、人の欲に惑わされることも流されることも許してはならないのだと。

 時渡りの姫巫女は時のことわりを胸に抱いてい存在している。

 シャルロッテはそれを神殿に侵されてはならないと強くリィナに言った。

 巫女は時の理に反することを禁忌として無意識に忌避する。その忌避すべきと感じている事を、人の欲に流されて、触れてはならないのだ。

 リィナの力をこの時代の神殿が扱うことは間違いなく禁忌だと彼女は断言した。姫巫女として、決して許すことは出来ないと。

「あなたが正しいと思うことをするのが、時渡りの巫女として正しい判断になるのですわ。時の理は必ずあなたの胸の中に存在していますから。ですから、帰りたいのであれば、望む通りにしていいのですわ。もし帰ることが禁忌ならば、あなたは帰りたい気持ちよりも、ここにいなければならない理由に囚われて、決して帰る選択が出来ないはずです。だから、望みを叶えるために頑張ればいいのです。それが私の巫女としての望みであり、使命なのですわ。気にすることなく、わたくしの力を頼みにすればいいのです」

 とはいえ、そうするには、リィナはあまりにも弱かった。利用しようとする神殿に抗うことさえままならない。今のままではただ利用されるだけなのがシャルロッテには分かった。だから、全力を持って守る事を誓っているのだ。そしてリィナは、他の思惑に流されることのないよう、しっかりとあらゆる力を付けなければいけないのだ。

 二人の利害は一致していた。


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