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22 望む未来4

少し暴力的な表現があります。

表現も内容も軽く留め、もし引っかかってもPG12程度だ思いますが、苦手な方は、お気を付け下さい。

 街全体がざわめきだした。

 走ってきた男が辺りの住民に対して叫んだ。

「暴動だ! エドヴァルドの奴ら、とうとう大勢で襲撃してきたぞ!!」

 会う人ごとにその男は声をかけて行く。

「カルー! ロンネー! シュスー!」

 早く見つけなければいけないのにまだ子供達は見つからない。リィナは近くまで走ってきたその男に子供を見かけなかったかと声をかけた。

「子供が広場の外に出て見つからないの!」

「見つけたら誰かが連れて行く! あんたもひとまず逃げろ! 女があいつらに捕まったら危険だ!」

「分かりました、あと少し探したら、すぐに逃げます!」

「見つからなくても、いつまでもぐずぐずするなよ、すぐに逃げるんだぞ! 逃げるときはひとまず運河の方へ抜けろ!」

「はい!」

 知らせに走っている男は他の人たちの誘導へと走っていった。

 リィナが異人街の入り口方向を見ると、叫び声の混じった喧噪と、そして、煙が上がっているのが見えた。火を付けたのか、それとも争う内にどこからか火が移ったのか。リィナはぞっとした。

 子供の名前を呼びながらリィナは子供が遊ぶのが好きな用水路へと走る。

「シュス!!」

 一人だけ用水路の縁に座っている少年を見つけ、リィナは駆け寄った。

「良かった。他の二人は?」

「知らない。あいつら勝手にどっか行った」

 最近の喧噪に慣れ始めていた少年は、今の街の状態が危険であることに思い至っている様子がない。リィナは少年が口をとがらすのを、どこか不安に感じながら「すぐ逃げるわよ」と手を引く。

「逃げるって?」

 走るリィナの様子がただ事ではないことにようやく気付いた少年が不安げに問いかけてくる。リィナは少年の手を引いて走りながら説明する。

「今ね、エドヴァルドから大勢で異人街に喧嘩を仕掛けてきたみたいなの。街の中にいると巻き込まれてしまうから。すぐに逃げるの」

「カルとロンネは?!」

 先ほどまでの怒りを忘れ、少年が縋るように尋ねる。少年と同じ焦燥感をリィナも感じながら、束の間の気休めを口にした。

「分からない。私はシュスしか見つけられなかったから。でも、ロンネのお母さんも探しているから大丈夫よ」

 遠くに響いている怒号はだんだんと近づいているようであった。リィナはこれ以上ここにいるのは危険と思い、これ以上探すのは諦めてこのまま二人で逃げるつもりだった。けれど少年はそうではなかった。必死にリィナに言い募る。

「リィナ、もしかしたら二人、水場の木の所にいるかもしれない! 僕あそこは遠いから行っちゃいけないって言ったけど、あいつらおもしろがって……」

 リィナは息をのんだ。

 もしそんなところまで行っているのなら、ロンネの母親も見つけ出せていないだろう。悩む暇はない。リィナはすぐに覚悟を決めた。

「分かった。すぐに私が見てくるから。シュスはこのまま運河の方に抜けて。出来るだけ急いで行くのよ。絶対に私やカル達を待ったりしたらダメだからね。ほら、走って!」

 シュスが肯いて走ったのを見てから、リィナは水場に向かって走る。街の中心に水を引いてあるその場所は、子供達の遊び場として人気の所だった。

 今から中心部に行くのはこわかったが、見るだけでも……と、リィナは走った。

 男手か、警備隊でもいれば助けを求めるところだが、中心部辺りの住民は避難した後なのか、逃げてくる人とも出会わない。

 声を上げて見つかるのも恐ろしく、リィナは子供の名前を呼ぶことも出来ずに無言で水場に向かう。

 すぐ向こうで暴徒と化した人たちの気配がする。石畳を走る足音も怒鳴り散らす声も、すぐ近くから聞こえる。まだ水場までは来ていないようだったが、それも時間の問題だと思えた。広場には人の気配がなく、ほっとそのまま引き返そうとしたときだった。

 シュスの言葉を思い出して水場の木にちらりと目をやったリィナは周りも見ずに広場へと飛び出した。

「カル、ロンネ、速く逃げるのよ!」

 木の下に駆け寄るとあまり大きな声になりすぎないよう気をつけながら声をかけた。

「リィナ! ねぇ、どうなってるの?」

 不安げな声で、木の葉に身を隠していたロンネが尋ねてきた。この辺りも逃げろとざわめいたはずなのに何故逃げなかったのか。けれどそれは今追求するときではなかった。

「暴動が起きてるらしいの。逃げるから早く降りてきて。大丈夫、私がいるから」

 リィナが何とか笑顔を浮かべると、ほっとしたように二人が木から下りてくる。

「急いで。すぐ近くまで来てるみたいだから、急いで運河まで走るわよ」

 いいわねと念を押すと子供達は真剣な顔で肯く。

 二人が飛び降りて三人で走り出したときだった。

「おい! 異人がいるぞ!」

 後ろから声がした。

 振り返った子供達をリィナが叱る。

「振り返っちゃダメ、前を見て走って!」

 必死で走り出したが、聞こえる罵声に再びロンネが振り返った。

 その瞬間、石畳に足を取られてロンネが転んだ。

「ロンネ!」

 カルが叫ぶのを、リィナが「行きなさい」と叫び返す。

「一人で逃げるのよ! ロンネも私も、後で行くから!」

 リィナは叫びながら、ロンネを起こし走らせる。そして同時にリィナも走り始めたところで、腕が引かれ、がくんと体が止まった。

「きゃぁ!」

 反動で後ろ向きに転ぶ目の前で、ロンネとカルが振り返ったのが見えた。

「逃げて! 警備隊の人に出会ったら助けを呼んで!」

「リィナ!」

 叫ぶロンネに、リィナは腕を引きずられながら叫ぶ。

「助けを呼びに走って!」

 リィナが二人をこの場から離れさせるためにとっさに出た言葉で、ロンネもカルも我に返ったように走り出す。

「この、異国の女が!」

 引きずられたリィナはそのまま地面に叩きつけられる。

「……っ」

 痛みに声を失ったが、男の足がリィナを蹴りつけようとしたのが見えて、とっさに身を躱そうとする。

「……ひっ」

 避けきれずに脇腹に当たった蹴りに、リィナは息をのんだ。

 痛いと感じる間もなかったが、暴行を受けた衝撃が、実際の痛み以上の痛みと恐怖となってリィナを襲う。

「いい服を着てるじゃないか」

 男が身を丸くしたリィナをごろんと足で転がしてから、しゃがみこみ胸元をねじり上げるようにしてリィナの体を無理矢理起こす。

「俺たちがお前らのせいで苦しい生活になっているってのによ!」

 再びリィナの体は地面へと叩きつけられた。

「……っ」

 背中が地面に叩きつけられた衝撃で、悲鳴も出せないまま一瞬息が止まる。

 男の的外れな勝手な言い分に反発する隙すらない。

 かほっと咳き込みながら目を開けたリィナは、男の顔が嫌な感じに歪んで笑っているのが見えた。

「へぇ、コルネア人みたいな可愛い顔をしてるじゃないか」

 ニヤニヤと笑う男の隣に、別の男が顔をのぞかせてきた。

「おい、可愛いの捕まえてるじゃないか」

 リィナが咳き込んでいる内に、彼女を見下ろす男の数が四人にまで増えた。

「異国の女って、どんなんなんだろうなぁ」

 卑下た笑いを浮かべながらリィナを怯えさせるように顔を近づけて笑いながら男の一人が言った。

「連れて行くか?」

 嗜虐心を露わに嗤う男に、他の男達も「そりゃあいい」とおもしろそうに同意する。リィナの怯える顔を楽しんでいる様子がうかがえた。

 取り囲まれて見下ろされている状態で、リィナが逃げることは出来ない。

 男の一人が嗤いながらリィナに馬乗りになって服に手をかけようとするのをリィナが必死に抵抗する。

「いやっ、やめてっ、やめてっ」

 抵抗するがそれは男の興奮と苛立ちを煽るだけだった。

「うるさい!」

 怒鳴られて、リィナは体をこわばらせる。恐慌状態に陥ったリィナは、もう訳も分からずに叫んだ。

「ヴォルフ! ヴォルフ! ヴォルフ!!」

「だまれよ! この異国の女が!」

 リィナが胸元で必死に握りしめていた手が男によって振り払われる。そのまま服に手がかけられそうになったときだった。

「リィナ!!」

ヴォルフの声がした。

 気のせいかもしれないと思うほど小さな声だったが、その声に縋るように、リィナは声を出せる限り彼の名を叫び続けた。


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