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19 望む未来

深まる絆。

それは、訪れるべき試練への序章。

試されるのは、二人が築き上げた――絆。


「仲直りしたみたいで良かったよ」

 品物を卸しに行くと、ラウスがにこにこと話しかけてきた。

「……え?!」

 激しく動揺しながら、リィナは目を泳がせながらなんと応えるかに窮した。

「な、仲直りって……」

「アロイスとルーベンだよ。最近、物流が滞り方がひどくなってきたから、どうしても仕入れ値が上がるだろ? それでアロイスが怒っちゃってさぁ、いくら職人肌とはいえ、あの人も、もうちょっと情勢に興味を持ってくれたら良いんだけど。ようやくルーベンの都合の方も理解できたみたいでさ。リィナは、今入れている分は値段が変わらないけど、前に仕入れていた分なの?」

「うん。今持っている分はこのままでいけるけど、次の仕入れ分からだと、やっぱり値上げになるの」

 仲直りというのはどうやら自分たちのことではなかったことにホッとしつつ、リィナは相づちを打つ。

 長引いている小競り合いが、また本格的な戦になるかもしれない話は聞いていた。

 小規模な戦と停戦を繰り返しつつ、未だエレイネ川の利権問題は決着がつかない。この前の停戦ではどうやらコルネアに有利な状態で落ち着いたらしいが、当然それに納得が行ったわけではなく、ゾルタンがまた戦を仕掛けてくるのは時間の問題だろうというのがもっぱらの噂だ。エレイネ川の航路は治安も悪く賊が多発していることもあり、尚のこと小競り合いがひどくなって、最近では入ってくる船の数が格段に減っているという。

 異人街の中でも商人が多いリィナの近所ではその話で持ちきりで、ヴォルフからもあらためて気をつけるようにときつく言われているところだ。

「リィナも、難癖付けられないように気をつけろよ。最近さ、変な噂もあるから、そのせいで難癖つけてくる奴らも結構居るみたいだし」

 溜息混じりのラウスが困ったように首を横に振った。

「変な噂?」

「うん。この前話しただろ、異人街が、戦を理由に商品を高騰させて吹っ掛けてるって噂。それはないって言ってるんだけど、実際やたらと物価が上がっているし、変に信憑性があるように感じるみたいでさ。俺たちも機会があれば訂正しているんだけど、やっぱり不満があるとさ、なかなかおさまらないっていうか、自分の都合の良い方に悪意ぶつけるっていうか」

「そう」

 どうしても埋まらない、エドヴァルドの住人と異人街の人たちの溝を思い、リィナが重く肯いたときだった。

「リィナじゃないか!」

 嬉しげな声がして振り返れば、細工師の少年が、店に顔を出したところだった。

「お、デニス! 待ってたんだ! この前の細工は評判が良くて、似たようなのが欲しいって注文がいくつか入っているんだ」

「ほんと? うれしいなぁ」

 にこにことデニスは中へ入ってくると、リィナの顔をのぞき込んでうれしそうに笑った。

「良かった。リィナ、元気になってる」

「……気付いてたの?」

 こそっとデニスに耳打ちすると、デニスはうんと小さく肯いた。

「だから、リィナに笑ってもらおうと思って作ってきたんだけど……もう元気みたいだから、元気祝い」

 そう笑って、デニスが首にかけてくれたのはリィナがいつもしている翡翠の髪飾りに似た首飾りだった。

「うん、似合う」

「ありがとう」

「へぇ、それ良いな、ちょっと見せてもらえる?」

 ラウスが商人の目になってリィナの首飾りに触れたときだった。

「リィナ!」

 とつぜん低い声がして振り返ると、ヴォルフが厳しい顔をして彼女を見ていた。

「ヴォルフ?」

 リィナが卸に来るのに合わせて見回りに来ると言っていたので、リィナは楽しみにしていたのだが、彼の表情に困惑する。

 怒っている……?

 そう気付くとどきりとした。滅多に見ないような厳しい顔をしているヴォルフに、リィナの胸はきゅっと痛む。

 ヴォルフがこんなに怒るだなんて、よほどのなにかをしてしまったのだろうか。

 ヴォルフに怒られるような事って、何かしたっけ?

 思い返すが、リィナには思い当たることがない。それでなくとも、ヴォルフがリィナを怒ったことなどないに等しい。

 おろおろしているうちに大股で歩み寄ってきたヴォルフが、無造作にリィナの腕をつかんだ。

「行くぞ」

「はいっ」

 返事をして、引きずられるように立ち去りながら、リィナは振り返って「それじゃあ」と、彼らに手を振った。

「おいで」

 ヴォルフがとがめるようにリィナを引っ張った。

「ヴォルフさん! 男の嫉妬は、みっともないですよ!」

 後ろからかかる声に、リィナは意味が分からず首をかしげる。

「うるさい!」

 ヴォルフが睨み付けているのに、ラウスは楽しげに笑っている。デニスもにこにこと笑いながら手を振ってくる。

 リィナは首をかしげながらヴォルフの顔を仰ぎ見た。

 この完璧に見えるヴォルフが、何を嫉妬するというのだろう。

 引っ張られるようにして、小走りでついて行くが、ヴォルフは怒ったような表情のまま無言で歩くばかりだ。しばらくそうしていたが、店から幾分離れたところで彼は不意に立ち止まった。

 リィナは少しほっとして、そして、何を怒られるのかと、覚悟を決める。

 ヴォルフが額に手を当てて、横目でリィナをちらりと見つめると、深く息をついた。

 なんだか、呆れているようだ、とおろおろするリィナに、ヴォルフは低くうめくように「すまん」とつぶやいた。

「ちびちゃんがいないと、どうやら、俺は落ち着かないらしい」

「……え?」

 思いがけない言葉に、その意味が理解できずにいると、

「リィナ」

 ヴォルフが名を呼び、リィナの視線をまっすぐにとらえる。その声と視線が、リィナの心臓をつかみ取るような衝撃となって、リィナはとたんに早くなった鼓動を感じながら固まった。

「さっきガキどもが言ってただろ、男の嫉妬はみっともないって」

 ヴォルフの苦笑いに、一瞬意味が分からず、その顔をまじまじと見ていたリィナの顔が、一瞬にして真っ赤になった。

「えっ、あ、そのっ」

「あんまり、俺から離れてくれるなよ」

「ヴォ、ヴォル……」

「……それと。俺の目の前で、俺以外の男に君を触らせるな」

 俺のいないところで触らせるのは、もっと駄目だけどな。そう耳元で低くささやかれた声が、いつものからかう口調とは違う真剣味を帯びる。

「え、あのっ、ヴォルフっっ……」

 もう何を言ったらいいのか分からずに、リィナは挙動不審になりながら、なのに自分をこんな目に合わせているヴォルフ自身に、助けを求めるように見た。

 真剣な顔で探るようにリィナを見ていたヴォルフの顔が何ともいえぬ奇妙な顔で、悩むようにゆがむ。そして、どこか諦めたように、ふっと表情を和らげた。

「俺は、どうもちびちゃんには敵わないらしい」

 彼はそう言って、リィナの頭を少し乱暴に撫でる。

「まさか、俺が、あんなクソガキ相手に嫉妬するとは思わなかった」

 リィナの頭は破裂寸前になる。

「ちびちゃんに、俺は、振りまわされっぱなしだ」

 からかうように言ったヴォルフの言葉に、リィナは真っ赤にゆであがった顔をどうして良いのか分からずにうつむいて、両頬を必死に押さえる。

 どうしようかと躊躇っていると、頭の上からクックと漏れてくる笑い声が聞こえてくる。

 顔を上げると、必死でこらえるように笑っているヴォルフが見えた。

「ま、また、私の事、からかって……!」

 恥ずかしくてそれに耐えるようにヴォルフの服の胸元を握りしめる。

「からかってなんかない。……それとも、ちびちゃんは、からかったんだって言った方が良かったか?」

 やっぱりからかうように顔をのぞき込まれ、またもやリィナは返答に窮する。

 からかってない方が良いに決まってる……けど、けど、本気で言われてたら、私、なんて反応したら、え、でも、からかわれるのは嫌だけど、あ、でもからかわれてるって思った方が……。

 リィナの頭の中はめまぐるしくいろんな事を考える。

 ヴォルフ……ど、どっちも、私、困ります……!!

 大混乱に陥ったリィナをヴォルフが笑いながら抱きしめた。

「わひゃぁ!」

「色気のない声を出すな」

「だ、だって……」

 抱きしめたまま笑うヴォルフの胸が、笑い声と共に上下に揺れる。恥ずかしげに身を小さくしたリィナに、ヴォルフが耳元で囁いた。

「リィナ、残念だけどな、全部本気だ。そろそろ俺の本気も理解してもらえるとうれしいんだがな」

 低く響く声はどこまで本気か分からないが、どこか楽しげにヴォルフの声が耳元をくすぐる。それは心臓に悪いぐらいどきどきして、でも甘い痛みが胸を刺し、そして心地よくて、とても愛おしかった。


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