18 選択7
「人間ってのは、大切な人が笑ってくれるだけで、報われるもんだ。君が俺に与えてくれている全てが、俺の返す言葉で君が報われているというのなら、俺が君のためにする全てもまた報われているんだ。世の中には無償の愛なんて物はない。俺が優しいと思うのなら、それはただ君に与えているだけじゃないんだ。相応の対価があるから出来るんだ。無償に思えても、そこに喜びや満足といったという対価が、必ず存在しているんだ。人の幸せっていうのは、そういうもんじゃないか?」
リィナは優しく見つめてくるヴォルフを見ながら、躊躇いがちに考える。
私が笑っているだけで、幸せって思ってくれてる? 私が、ヴォルフ様が喜んでくれるなら何だってしたいって思うみたいに、ヴォルフ様もそう思ってくれている……?
リィナは、ようやく、震えながら肯いた。
「相手が笑ってくれる、笑いかけてくれる、自分のしたことが相手の幸せにつながる、それは人からしか与えられない得難い幸せだ。人間はおそらく自身が全く求められない場所で幸せに生きていくことは不可能だ。求められることは居場所を得ることでもある。それは幸せなことだと思わないか? だから自分のしたことが大切な人の笑顔につながるのなら、それを得るための全ては、苦ではないんだ。役に立つとか、立たないとか君は気にするが、そんな物で物事ははかれない。そもそもそれは目に見える物だけではないんだ。役に立つことが君にとって重要なら、俺は嘘偽りなく、リィナが俺の役に立っていると誓える」
だから、とヴォルフが続ける。
「これからも俺と一緒にいてくれ。どこへも行ってくれるな」
突き刺すほどの視線と共に向けられる切ないまでの懇願に、リィナは何度も肯いた。
「ヴォルフ、様……っ」
喉が詰まって、ぼろぼろと涙が溢れた。
「ヴォルフ様、ヴォルフ様……っ」
つながれた手を、きゅううっと強く握りしめる。
嬉しくて、たまらなく幸せで、胸が詰まる。
「私もっ、ヴォルフ様のそばに、いたいですっ こんな時代に連れてきちゃったのに、一緒にいたいって思って、ごめんなさい……っ」
嬉しくて、でも胸に残る罪悪感は消えなくて、涙と共にこらえきれない感情が漏れる。言ってはいけない事だと思っていた。苦しさを分かってもらいたいだなんて、思ったらいけないと思っていた。懺悔することも出来ない。だから、笑って、もう大丈夫って、そう言って別れなければいけないと思っていた。なのに、ヴォルフは一緒にいたいと言ってくれた。リィナ自身を求めてくれた。
こらえていた「一緒にいたい」という感情が、堰を切ったように溢れてくる。
つながれた手はそのままに、ヴォルフが立ち上がる。
「……君が俺に負い目を抱いているのは知っている。だが、俺はそれにつけ込んででも、君を手に入れたい」
どこか苦しげに呟かれた言葉に、リィナはとっさに首を横に振った。
「つけ込むだなんてっ 私はっ、……私も、ヴォルフ様が、好き、ですっ だから、ほんとは、ずっと、ずっと、一緒にいたくて……っ」
恥ずかしさと、いたたまれなさのような感情とを抱えながら、涙で喉を詰まらせながらたどたどしく伝える。
「好き、か。君の好意は、本当に俺と同じだろうか?」
苦く笑うその顔に、今度はリィナが気持ちが通じていないような不安を覚えた。
同じかどうかなんて、知らない。分からない。
ただ、戸惑いながらその意味を探るように見上げると、ヴォルフの手がそっと離され、代わりに大きく骨張った指がリィナの頬を撫でる。
「君は、こんな風に、俺と触れ合いたいと、思ったことはあるか……?」
少しざらりとした指先が頬を撫で顎をなぞり、そして包み込むように手のひらが頬に添えられて。真剣な表情で、けれど、どこか試すように、ゆっくりとヴォルフの顔が近づいてきた。
リィナはヴォルフの行動の意味は分からなかったが、受け入れるように彼へと手を伸ばした。不安げに見るヴォルフを慰めたいような衝動が、リィナにそうさせた。
指先が頬の無精髭にざらりとなぞるように触れ、そのまま首の後ろへと手を伸ばせば、男の硬い髪の感触が指に絡まる。抱き寄せるような形でヴォルフの頭を包み込むと、そのまま彼の顔が寄せられて、唇が触れる。
「俺は、リィナに触れたい」
わずかに離れた唇から、ヴォルフの小さな声が吐息と共に漏れた。
「君は、俺に、こんな事をされても大丈夫なのか?」
今度は更に深く口付けられ、覆い被さるようなヴォルフが、倒れそうなリィナを支えるように強く抱きしめる。背中に回された力強い腕がリィナに熱を伝え、大きな手のひらが、撫でるように背中をはい、腰を引き寄せる。
リィナは深い口付けの後に、離れた唇が目の前にあるのを見る。視線を唇から男の目元へと移せば、苦しげに歪んだ表情がリィナの目に飛び込んできた。
「ヴォルフ様が、好き」
リィナはとっさにそう言った。
首に回した手に力を込め、抱きしめるように顔を引き寄せ、「ヴォルフ様を、愛しています」そう確かに言葉にした。
「リィナ……っ」
抱きしめる男の腕の力が更に強さを増した。痛いほどに抱きしめられ、けれどリィナが感じるのは、彼に包み込まれている安心感だった。
「帰ることが、出来るようになったとしても、それでも諦めてくれるか?」
どこか切羽詰まったように囁かれる言葉に、リィナは抱きしめる腕に力を込めて応える。
「ヴォルフ様の居ない所なんて、戻っても、辛いだけです。ヴォルフ様と一緒じゃないなら、戻りたくありません。私がいたら、ヴォルフ様の足手まといになっちゃうけど、でも、そばにいさせて下さい」
ヴォルフが許しを請うように、そしてリィナの小さな体に縋り付くように抱きしめた。
「ああ、この時代で、二人で、生きていこう……」




