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7 変化2

 個人的に外で会うのは初めてだったが、守人の男は酒も入ってか饒舌に姫巫女のことを語った。姫巫女を賛美する言葉の数々は多少の色が入っているにせよ、通常では知る機会のない時渡りの力について聞くことが出来た。

 警備隊は寄せ集めの隊であり、ならず者達を把握し統括する意味もあった。隊の質は玉石混淆で、使えない者も当然いれば、使える者もいる。その中でも神殿が欲しがる人材には直接声がかかることがある。まさしくヴォルフがそれだった。

 神殿への傾倒を促す意味もあってか、男はヴォルフに問われるままいろんな事を語って行く。

 現時点では世間話の域を出ない会話がほとんどであったために、詳しい情報などが含まれることはないが、ヴォルフが知りたいと思うことはいくつか解消されていった。ヴォルフの反応次第では、そのうちもう少し詳しく内情を知ることなども出来るようになるだろう。

 しかし、今知ることの出来る事など、誰が知ってもたいして問題ないような物ばかりだ。けれど、そのどうでも良いような話は、ヴォルフに衝撃を与えた。

「姫巫女の時渡りに第三者がついて行けるかだって? そんなことできたらこぞって悪用する者が出そうだね」

 男は子どもがバカなことを言ったときのように、軽く笑ってあり得ないといなした。

「「やらない」のではなく「出来ない」ということか?」

「それに関しての記録を読んだことがあるんだがね、やっぱり時渡りの姫巫女が居た当時、一緒に時を渡ろうとした者がいたらしいんだ。でもことごとく失敗したらしい。それだけ時渡りの力は、姫巫女だけに与えられた祝福だって事だとは思わないか。それだけすばらしい希有な存在が、コルネアには生まれることがあるんだ。すばらしいだろう! 過去に戻りたい、未来に行きたい、人の欲望は尽きないが、姫巫女はその理を侵さない。侵すことのない存在なんだ。変なことを考えても、時渡りの姫巫女様が現れたところで、共に時を渡ることは叶うことがないのさ」

 酔いも入って饒舌になっている守人の男は、いかにも悦に入って姫巫女に思いをはせるように語った。

「なるほど」

 とヴォルフは肯いたが、話を続ける男とは別のことを考えていた。

 出来ないと言うが、事実として、ヴォルフはリィナの力に引きずられてこの時代にいる。けれどそれは本来不可能と考えられていることなのだ。

 それはヴォルフの望んでいた未来に、通常なら繋がらないことを指していた。

 リィナと二人で元の時代に戻ることは想像以上に難しいのではないかと言うことだ。

 けれど、単にリィナの力が稀に見る強さなのかもしれないと思い、尋ねてみた。

 その答えは予想通りでもあり、予想外でもあった。

 時渡りの姫巫女の力とは、他の時読みの巫女とは格段に力が違うのだと男は言った。時読みしか出来ぬ巫女はそうと力を込めてようやく時を読むというのに、時渡りの姫巫女はまるで息をするかのように、容易く力を扱い時を読むのだという。

 その時点で、時渡りの姫巫女の力はリィナには当てはまらない。リィナに時を読む力は、片鱗さえ見あたらないのだ。

 また、時渡りについては、相当に力を使う物らしく、一番遠くて十年の過去か未来を見て帰るのがせいぜい。数十年の時を渡った姫巫女は、なかなか帰ることが出来なくなったという。

 時を渡る力にも限界があるのだと男は言った。そして限界まで使うと、一時的に時渡りが出来なくなるらしいとも言った。けれどそれでも時読みの力は健在だというのだからすばらしいなぁ、と続ける。

 聞きながら、ヴォルフはリィナの存在がいかに異端な力を持っていたのかを感じていた。三百年以上、もしかしたらもっと長い時を渡ったのかもしれないのだ。それは、今までの姫巫女の中で飛び抜けていると思って間違いないだろう。なのに、リィナは自身の力を感じることがないというのだから、通常の時渡りの力とは何かが違っているのか。

 それは時を渡った為に力が出せないというより、以前から変わることなくそうだったのだというのだから、「時渡りの姫巫女」としてはあまりにも不安定すぎる力の使い方なのだということも想像できた。

 知り得たことから導かれる結論は、どれも望んだ物とはほど遠かった。あえて期待通りだったと思える物があるとすれば、リィナの力がとてつもなく大きな物らしい、という事だろうか。だが、それもリィナの力の不安定さを思えば、あまり期待して良い物とは思えなかった。

 話を聞く内に、リィナの力で帰ることをあてにするのは厳しく思えた。これではいくら詳しく知ったところでリィナに伝えるための言葉も見つからない。


 守人の男と別れてからヴォルフはリィナの待つ家へと帰った。先に寝ているように言ってあったためか、リィナは起きてこない。

 ヴォルフは帰ってから一つだけ明かりを灯し、暗い部屋の中でしばらく得た情報を整理していた。

 通常なら二人で三百年もの時を超えるのは不可能に近いことが分かった。しかしリィナの力は不安定な分、いつまた強い力を発現できるかも分からない。

 ただ、希望は全くないわけではないのだ。一度起こったことが二度起こらないとは限らない。

 けれど、それを現時点でリィナに伝えるわけにはいかない。これではあまりにもリィナに対する精神的負担が大きい。二人で元の時代に帰るためには、もっと情報を集めなければならない。

 その日は、まだ、そう思っていた。


 けれど、日がたつにつれ、ヴォルフはあるひとつの可能性についてを重点的に考えるようになった。それは、時渡りが現実味を帯びてから考える事であったが、まだ時渡り自体が実行可能でないために余計に気になり始めた。

 もし、リィナが、一人でしか帰れないとしたら? 一人でなら、帰ることが出来るとしたら?

 力が自在に操れるようになったとして、二人を時渡りさせるあの突発的な力が出せるとは限らないのだ。けれど力を操れるようになればリィナはいつか元の時代に戻れるようになるかもしれない。

 彼女一人なら。

 そうしたとき、ヴォルフは一人この時代に残されることとなる。そしてリィナは元の時代で、一人で逃げなければならない。そうなると、ヴォルフはもうリィナを守ってやることが出来なくなるのだ。あまつさえ、リィナがどうなるのかも知ることさえ出来ない。

 それとも、もっと他の時代に、見知らぬ時代にリィナが一人行ってしまったとしたら?

 リィナの行く末を考えると、元の時代に戻ることにも、時渡りをすることにも心配すべき点があまりにも多すぎた。

 もし、二人で時を渡ることが出来なければ、ヴォルフは確実にこの時代に残され、リィナは一人で生きていかねばならなくなる。

 あの小さなか弱い体で。

 力を自在に操れても、百年単位で時を渡れば、しばらく力は使えなくなり、リィナがまたヴォルフの元に返ってこられるとは限らないのだ。

 そして、その可能性は限りなく高い。二人で渡れる可能性に縋ったところで、失敗したときの代償はあまりにも大きい。それを実行するのは分の悪い賭に思えた。

 リィナを一人で時渡りさせるわけにはいかない。例え元の時代に戻ったとしても、託せる相手が居るかどうかすら分からないのだから。

 ヴォルフは、思い通りに渡ることが出来ない可能性について、詳しく考えるようになった。どうすれば、リィナが無事帰ることが出来るのか。

 リィナの力がどれほどの物かも把握できないのに、出せる答えでもなかったが。

 そうして考えるほど不安要素が積み重なっていった。


 新しい情報が早々入るはずもなく、他にも考えるべき事はあったが、ヴォルフはリィナが一人で時渡りする可能性が頭から離れなくなっていた。

「リィナが一人で、元の時代に戻ったら……」

 ヴォルフは最近心の中の口癖になっている言葉を、今日も胸の内で呟いていた。

 答えの出ない疑問は、その日突然、リィナの未来ではなく、ヴォルフ自身の未来としての疑問になって胸をよぎった。

 その瞬間から、彼の思考は一気に方向性を変えた。

 ヴォルフが想像したのは、リィナがこの時代を離れ、一人この時代に残された自分の未来だった。

 リィナのいない、そして自身に望む未来が何かあるわけでもない、目的もない、やりたいこともない、ただ、リィナの行く末を心配する……想像したのはそんな未来だった。

 リィナがいなくなったら、そしたら、俺は……?

 よぎった思いに、ヴォルフの肝がぞっと冷え込んだ。

 自分は何とでもなる。そう思っていた。だからそこの所は考える必要性を感じていなかった。

 しかし。

 考えるほどに、ヴォルフはじわりと込み上げてくる絶望感を自覚する。

 リィナが、いなくなる……?

 彼女のいないこの時代で、俺は一人で生きていくのか。……なんのために? 守るべき村はない。誰よりも守りたいリィナはいない。では、俺は何のために生きる。

 生きていれば何とかなる。それなりに生きる術は見つけていけるだろう。しかし、ヴォルフはリィナを送り出した先の未来に、自分の生きる目的を見いだせないことに気付いた。自由に生きればいいのだ。好きなように。けれど、したいことなど何もなかった。何も思いつかない。リィナと共に進む現在の延長ならばそんな焦燥感は全く覚えない。ただ平和に生きていける現状を得ることが出来ればいいと思えるのに。リィナがいないだけで、その未来は砂を噛むようなものに思えた。リィナを送り出した先の未来は、いくら平和であっても、あまりにも空虚な物だった。

 ヴォルフはその時、初めて考えた。

 俺はリィナを元の時代に送り出すことが出来るのか。

 心が黒く塗りつぶされていくような思いがした。

 彼女を一人で元の時代に戻すぐらいなら、いっそ、このまま……。

 ヴォルフは硬い表情で息をのみ、己の息づかいを聞きながら、じっと震える拳を見ていた。



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