6 変化
「仕事の話がある」
そう言ってリィナを置いて夜に出かけた。
ヴォルフが神殿の警備隊に入ったのには、リィナに言ったような戦関連の他にも、欲しい情報があったからだった。
神殿の……正しくは「時渡りの姫巫女」という存在の情報である。ヴォルフのいた時代、時渡りの姫巫女が神殿からいなくなって三百年近く経っていた。つまり、それだけ時渡りの姫巫女という存在の情報は伝説じみていて、あまりにもあやふやで偶像崇拝的な雲を掴むような話しかなかったのだ。しかしこの時代は、どうやら最後の姫巫女が亡くなってから百年ほどしか経っていないのだという。
百年というともう既に大昔であるが、それでも、直接姫巫女を知っていた世代の次の世代の者がまだ生きている。比較的正しい情報を得られると思ったのだ。
ヴォルフは、リィナに対して「異国に来たのと同じだ、この時代で生きればいい」と言っていたが、その実、元の時代に帰ることを諦めてはいなかった。
帰る方法があるのなら、ヴォルフは元の時代に帰るつもりでいた。この時代なら確かに追われることはない。けれど自分たちの時代ではないという違和感がぬぐえないのだ。失った故郷を取り戻したいような焦燥感はぬぐえない。帰ることが可能ならその方法を探るつもりであった。無いのなら、このままリィナには黙っていればいい。
だがリィナの力で渡ってきたのである。ならばリィナの力が発現しさえすればまた、戻ることが出来る、という事である。
けれどそれをリィナに言ってしまえば、彼女は自分の力を使えないことで苦しませてしまう。何より、帰るための意志を示せばリィナは必ずこの時代にヴォルフを巻き込んで連れてきたことで己を責めるだろう。それは本意ではない。
いっそリィナが何も出来ない少女ならよかったのだ、などと、くだらないことを考える。おそらくそんな少女であれば、自分はここにこうしていなかっただろうから、まさしくくだらないことであったが。
彼女は、彼からすると幼く見えても、それでもしっかりと自立している。自身の行う全ての事に、自身で責任を負う。
例えばヴォルフに守られて、ヴォルフの決断に考えもせずにただ従い、何かあれば自身を嘆き周りが悪いと責任をなすりつける……などということをしない。
もし、ヴォルフ自身の判断ミスでリィナに不利益が起こったとしても、彼女がヴォルフを責めることはないだろう。ヴォルフの判断に従う事を選んだ自分自身の責任だと感じる、そんな少女なのだ。
もう少し頼ってくれても良い物だが、と、思わないでもない。
彼女のことだから、もしかしたら未だにヴォルフをこの時代に連れてきた責任を感じているかもしれない。
さすがにそこまで気にしなくても良いのだが、とヴォルフは思う。むしろもっとも不安のないように囲ってやりたい。
けれど甘えさせるよりも、責任を与えた方が安心するような子だ。できる事があると、こちらの案ずる思いなどはねのけるように生き生きとする。
ここで生活する事を決めたときには、ヴォルフが知らぬ内にさっさと自分で仕事を見つけ出し、いつの間にか長屋には知り合いが溢れて、彼女が居ると笑いが絶えない。
自分など必要ないのではないかと思うと、まったく、と溜息が出る。けれど、そういうところが可愛くてしかたがないとも思う。だからこそそんな彼女の心を自分が守ってやらねばと思う。
だが、それにしてもだ。自立をしすぎているのも考え物だ、などと少し苦く思う。彼女は聡すぎる。いろんな物が見えすぎて、甘えたり、わがままに何かを望むことをしない。そして、それができるほどに強い。
それは愛すべき気質だ。しかし時には自分の前でぐらいもう少し気を緩めても良いのではないかとヴォルフは思う。彼女は全てを自分の中に抱え、自身で何とかしようとしてしまう。
そんな彼女だから、下手なことを言うわけにはいかない。
ヴォルフへの負い目をこれ以上無駄に増やしたくなかった。
ゆえに出来る限り調べ尽くして、帰るための手段のめどを付けてからリィナに伝えるつもりだった。その為には、最終的に神殿の神官との渡りも付けたい。彼女が力を使いこなせるようになるために何が必要なのかも分かっていなければならない。
ヴォルフは少しずつその為の手段を探っていた。
ヴォルフが考えるに、おそらく、彼女の力はひどく不安定だ。日常において彼女がいつも身につけている守石が全く反応しないことから、普段は全く力がない状態に等しいのだろうと思われた。
巫女という存在は力が制御されてなければ、無意識に過去や未来を見てしまうことがたびたびあるのだという。リィナにその気配が全くないのだ。突発的に大きな力を発したのが嘘のように、全く片鱗が見えない。しかし時を超えた今、力は確実にあるのは分かっている。
ひとまずは時渡りの姫巫女という存在が、どういう力を持っている物なのかを把握しておく必要があった。
当然、現時点で神殿側にリィナのことを知られるわけにはいかない。それ故に「コルネアの「時渡りの姫巫女」の不思議な力に興味がある」そういう素振りで話を聞き出していた。
異国から来た人間が、他国の宗教に傾倒するというのは珍しく、この国に落ち着く意図があると見なされ、根掘り葉掘りつっこんで聞いたところで、他国の人間が疑問を持つのは当然と、あまり訝しまれることもなかった。時渡りの姫巫女という不思議な存在に関心を持つのはこれまた珍しいことでもない。
築き上げてきた人間関係で、ヴォルフはようやく神殿の、特に姫巫女に詳しい守人と渡りを付けることが出来たのだ。
その日ようやく機会を得て、ヴォルフは約束の人物と会いに出た。