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3 新しい生活3

 そろそろかな。

 一刻が過ぎるという頃、リィナは寝室の扉をたたいてヴォルフを起こす。一日休みを挟んで翌朝からは日中の勤務になるため、今日のような日は睡眠の習慣を元に戻すよう仮眠だけで済ませるのだ。

 しばらくしてヴォルフが眠そうな顔で出て来る。

「すごく眠そうな顔になってます」

 笑いながら水を手渡すと、ヴォルフが「あー」とけだるそうな声を出しながらそれを飲み干す。

「ちびすけは用意が良いな。ありがとう」

 眠そうな眼が優しげに細められ、リィナの頭にぽんと手が乗せられる。

 リィナはにこっと笑いながら以前ヴォルフに言われた事を思い出す。ヴォルフにとってこの頭の位置はよほど手の置き場に良いらしい。ぐりぐりと頭を撫でる彼の手の感触にリィナは出会った頃に言われた言葉を思い出す。

 すっかり彼の頭を撫でる行動は癖付いているようで、何かあると、すぐに頭を撫でたり、頭に手を置いたりするのだ。

 子ども扱いが嫌なだけで、大きな手で包み込まれるように撫でられるのは嫌いじゃない。けれどやはりこれは子ども扱いなのだろうなぁ、などと思ってしまうと、リィナは怒りたいような嬉しいような複雑な気持ちがこみあげる。ヴォルフを見上げるとヴォルフの細められた眼と出会い、口元がゆっくりと弧を描く。いつものからかう笑顔とは違う穏やかな笑顔が浮かぶのを見て、リィナはどくんとはねる自分の胸を押さえた。

「あの、目はさめましたか?」

「ああ。けどなぁ、家にいるとそのまま寝てしまいそうだ。おちびちゃん、急ぎの仕事はあるか?」

 ヴォルフがひょいとリィナの背中の向こうをのぞき込むようにして、テーブルの上に置いたままになっている刺繍途中の布に目線をやる。

「いえ、あれはお店に卸す物なので、急ぎの仕事はないです、けど?」

 ヴォルフの意図が分からずに、その表情を窺うと、彼が眠気を吹き飛ばすように、にこっと笑った。

「そうか、じゃあこれから二人で出かけるか」

 日はまだ高い。とはいえ夕食の準備をしないと食べ損ねるような時間だ。躊躇っていると、ヴォルフがリィナの手を取る。

「たまには二人で外で食べればいい」

「外、ですか?」

 リィナには外食をする、という概念があまり根付いてなかった。食事は家で作る物である。けれどこれだけ大きな都市だと、食事をするための店は多く存在し、外で食事を取ることは珍しいことではない。実際ヴォルフは仕事の合間に撮る食事は近くの食堂で取っていると聞く。けれどリィナは、不規則な生活をするヴォルフを思って、彼が帰っている間の食事は家でゆっくり出来るように必ず家で食事を作っていた。二人で暮らすようになって何度かヴォルフに連れ出されたことがあるが、それでも普段は家で食事をする方が落ち着く。つまり外食は、リィナにとって、ヴォルフが誘ったときだけの、特別な食事である。

 ヴォルフの仕事は明日は休み、今は眠くても起きておかなければならない状態で。

 一瞬のうちに、ぐるぐるっと考えを巡らせて、リィナは笑顔でうなずいた。久しぶりの、ヴォルフとのお出かけである。

 すぐに準備をすると、包み込むような大きな手に引かれて、リィナはヴォルフに促されるまま家を出た。


 ゆっくりと手をつないで散歩がてら歩く。

 リィナはつながれた手を視界の端にうつしながら、わずかに弾む胸を押さえる。ヴォルフは大きい。隣に並ぶと、リィナの背は彼の肩ほどにも届かない。リィナの手を握る大きな手と、リィナを包み込めるほどの大きな体躯は、そばにあるその存在感だけで、守られているような気持ちにさせる。

 散歩がてらヴォルフが立ち寄ったのはリィナの品物を卸している店だ。

「だいぶ評判が良いみたいじゃないか。すごいな」

 店主と話をしてから、ヴォルフがリィナの手を取って、まじまじと見る。

「手は子どもみたいなのになぁ」

「ヴォルフの手の大きさと比べたら、みんな小さいんです! 子ども扱いしないで下さい!」

 と、憤ると、ヴォルフは「うーん」と眉間に皺を寄せて、ちょっと体を引き、リィナを頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺めて、微妙な笑顔を浮かべると、ぽんっとリィナの背中を軽く叩き、「がんばれ」と、リィナを励ました。

「どういう意味ですか!」

 噛みつくリィナをあしらいながら、ヴォルフがリィナの親しくしている人たちと言葉を交わして行く。中にはリィナのいないときに言葉を交わしている相手もいるようで、ずいぶんと親しげな人もいる。

 それを見ながら、リィナは以前ここで言われたことを思いだした。曰く「お兄さんは、本当にリィナのことが心配みたいね」と。どうやらリィナの行動範囲を、仕事の合間に回って声をかけているらしいのだ。

 親戚だという事にしてあるが、どうやら周りの人たちには過保護な兄として認識されているらしい。

 恥ずかしいような嬉しいような気持ちになった物だが、いざそれを目の当たりにすると、どれだけヴォルフが自分を大切に思ってくれているのかを感じ、やっぱりうれしさが込み上げる。

「ヴォルフ、大好きです」

 太く引き締まった腕を引いて見上げれば、ヴォルフが眼を細めてリィナの頭をくしゃりと撫でる。

「やっぱり仲が良いんだな」

 と、笑ったのは店主の息子で、リィナより一つ年下の少年だ。細工師のデニスとも親しく、品物のことだけでなく、友人として付き合うことも増えてきた。

「ラウスこそヴォルフと仲が良いのね。いつの間にそんなに親しくなっていたの?」

「そりゃ、親しくもなるよ。どんなに長くても十日に一度は顔を見せているからね」

 こそっと耳打ちしてきたのを、ヴォルフが割り込んできてラウスの頭を押しやる。

「いて。ひどいじゃないですか、ヴォルフさん」

 ぐきっと頭を曲げられて文句を言うラウスに、ヴォルフがフンと鼻で笑う。

「うちのおちびちゃんに手を出したら容赦しないからな」

「分かってますよ。ちゃんと虫もはらってますって……」

 呆れたようなラウスの様子と、ヴォルフの様子に、リィナが不思議そうに二人を見比べる。

「虫ぐらい自分ではらえますよ?」

「そうじゃなくってね……」

 ラウスが詳しく言おうとしたところで、ヴォルフが遮るようにうなずく。

「そうだな」

 笑ってリィナの頭をもう一度撫でるヴォルフを見ながら、ラウスが「どんだけ過保護なんだよ」とぼやいていたが、リィナはそれに気付かなかった。

 その足で、そのまま細工師のデニスの元に仕入れた石の分の支払いに向かう。

「せっかくのお出かけなのに、私の用事ばっかりになっちゃいますね」

「デニスにはあまり会う事もないしな、ちょうど良い」

「そんなに心配しなくても、私は子どもじゃないんですから、ちゃんとやってます」

 まるで至らない子どもを「お願いします」と頭を下げて回る親のような過保護ぶりに、さすがのリィナも嬉しいというより、子ども扱いしすぎだと口をとがらせた。

「ならそういうことにしておくか? じゃあ大人のおちびちゃん、一緒に細工師殿の所に行こうではないか」

 わざとらしく、お手をどうぞとさしのべられたヴォルフの手のひらを、リィナはペチンと叩く。

「いりません!」

 顔をしかめたリィナを、ヴォルフがニヤニヤと笑って見ている。

「ヴォルフは私の事をからかいすぎです」

「俺の姫巫女がそうやっていつまでも子どもみたいにほっぺをふくらませるのが可愛いんだからしかたがないなぁ?」

「ふくらませてません!」

 憤って一人で先に歩き出したリィナを、ヴォルフが笑いながら追いかける。リィナはずんずんと歩きながらちょっと後ろを振り返ってヴォルフが笑って付いてきているのを見て安心すると、また怒ったフリをしてずんずんと歩く。

 いろんな物から引き離されてやってきた時代だった。だから寂しい気持ちは消しようがないけれど、でも、リィナは幸せだった。






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