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時渡りの姫巫女  作者: 真麻一花
幕間
49/91

幕間3

 それはエドヴァルドについて三日目のことだった。

 二人が旅人や商人向けの長期滞在用の集合住宅の一角を借りる為に出かけている道すがら、ヴォルフが困ったようにつぶやいた。

「……やはり兵士が、多いな」

 ヴォルフの小さなつぶやきが耳に届き、リィナも辺りを見渡す。

 時代が違うのだし、そもそもこんなにいろんな人が入り交じっている場所に来たことがないからと、あまり深く考えていなかったが、確かに普通ではないような装備をした男がちらほらといる。

「ちびすけ、もしかしたら、今は話に聞いた以上にあまり安定した時代ではないかもしれない」

 耳元でヴォルフが囁いた。その事にドキリとしつつも、その内容の重さに、リィナは気を引き締めると静かにうなずいた。

「戦火がここまで来るかどうかは分からないが、ここは安全と楽観視しない方が良いだろう。安全さを優先するなら、もっと離れた土地、そうだな、カルコシュカに向かった方がよかったのかもしれないな」

 溜息混じりに考え込んだヴォルフだったが、意を決したようにリィナを見る。

「ちびちゃんが嫌なら考え直すが、俺は少し危なくても予定通りしばらくエドヴァルドに滞在しようと思う。戦火の危険はあるが、反面町中の安全性は他の土地と比べものにならないぐらい高い。仕事も得やすい。なにより田舎にいては情勢が分からないし、田舎ではよそ者はどうしても敬遠される。エドヴァルドにいる方がいろいろと都合が良いんだ。とはいえあてどない旅だ、ここにとどまる必要は決してないが……構わないか? ちびちゃんは俺が守るから」

 そうは言っても、リィナが不安がれば、ヴォルフはカルコシュカに向かうつもりでいるのが分かる。心配そうにのぞき込んできたヴォルフに、リィナは力強くうなずいた。

「はい。私はエドヴァルドにとどまって大丈夫です。」

 戦と言っても実感がないせいかもしれない。リィナにあまり不安はなかった。リィナからするとずいぶん遠くで起こっている話で、まだ大丈夫だろうという感覚もあった。危機感が薄いと言うよりも、この都市の活気と、今まで立ち寄ったどの町よりも治安がしっかりしているのが分かる空気によるところが大きいかもしれない。やはり王都でもあり、神殿の力が大きいエドヴァルドは、中心に近ければ近いほど警備が厳しく、治安がしっかりしている。

 ヴォルフの決断に異論はなかった。

 それよりも、リィナが心配になったのは別のことだった。

「ヴォルフ様?」

「なんだ」

「私は頼りないと思いますけど、ヴォルフ様が全部背負わないで下さい。私に出来ることがあれば言って下さい。私はヴォルフ様に頼ってばっかりですけど、出来るだけ重荷にならないよう頑張りますから」

 ヴォルフはいつもリィナが思いつかないことを考え、常に先を見ている。兵士のことや、現在の情勢など、リィナにはとてもではないが読み取ることが出来ない。けれどいつか不安を覚える日も来ただろう。が、前もって伝えられることでそれも軽減されるはずだ。何よりそういうときは判断するための一端をリィナにも与えてくれる。

 それは、おそらくヴォルフにとっては負担となっているのではないかと、リィナは思うのだ。

 決断力のある者にとっては己で決断していく方が容易なのだ。己より判断力の足らない者に裁決をゆだねることは意外に難しい。ヴォルフを心配するなどおこがましいが、あまりにもヴォルフが気遣ってくれるので不安になったのだ。

 思わず縋るように見上げたリィナに、ヴォルフが微笑んだ。

「ああ、大丈夫だ。重荷になんてなっていない。頼りないとも思っていないさ。もし、そう思っていたら、こんな話はしていない」

 微笑むヴォルフに胸が疼いたが、リィナは「よかった」と笑ってうなずいた。

 余計に、気を使わせちゃった……。

 笑ったヴォルフを見ながら、これ以上言い募っても更に気を使わせるだけだろうと感じてリィナは肯くことで話を納めた。

 リィナは自分がどうしてもヴォルフを頼ってしまう自身を知っていたし、ヴォルフもまた、リィナに対して庇護する対象としての責任を当たり前に負ってくれていることにも気付いていた。肉体的な面でも、経験値としても、年齢的にも、そうなってしまうのは当然ではある。しかし、それではあまりにもヴォルフの負担が大きい。

 ヴォルフは普段リィナを子供扱いしているが、それでも、相応の責任も与えてくれる。受け身ばかりが辛いと感じることを気遣って、おそらく一人で決断を下す方が楽なことでもリィナに話を通してくれる。けれど、それらの全ては、ヴォルフが楽になるためではなく、リィナを楽にするための手段なのだ。リィナが唯々諾々と従って安堵する性格ではないことに気付いているのだろう。

 自分で何とか出来ないのなら、せめてヴォルフの力になりたいのに、気持ちだけが空回りする。

 もっとさりげなく、もっと、ヴォルフ様が心配しないようにしないと。

 リィナはふがいなさを感じるたび、自分がいかに守られているかを思わずにはいられなかった。


 宿屋から長屋に移り、少ない荷物を簡単にほどいたところで、ヴォルフが隣に座れと、促した。

「なあ、おちびちゃん」

 ぐりぐりと髪を撫でられながら、優しく細められた眼を見つめ返す。

「俺はな、おちびちゃんは十分すぎるぐらいよく頑張っていると思うんだ。もう少し力を抜けないか?」

「頑張ってなんて! 私よりもずっとヴォルフ様の方が大変なはずです。私はずっと頼りっぱなしで……」

 リィナの言葉を、ヴォルフが遮った。

「そのことだが、ちびちゃんはそれを気にしすぎだ。俺はそれなりに遠征に行ったりいろいろ経験があって慣れている。まずは慣れることが一番大切なんだ。今は格別急いで慣れなければいけないとか、頑張って他の事をしなければならないという事はない。ちびちゃんは今の生活に、とりあえず慣れさえすればいい。ヤンセンの山奥からここまで、村から出たことのないおちびちゃんが、弱音一つもはかずに歩き続けただけでも大変なことだ」

「でも、それは、いっぱい休みながらにして下さったし」

「それでも、慣れないことだっただろう? 体も相当辛かったはずだ」

 大変だったのは、ヴォルフ様も同じだと訴えると、ヴォルフが鼻で笑った。

「バカ言うな。ちびちゃんと俺とじゃ、体のつくりも鍛え方も違う」

 そう言うとにやりと笑って、頭に置かれたままの手が、ぐりぐりと撫でてくる。さらさらと髪が左右に動くのが目の端に移るのをじっと見つめながら、リィナはやるせなさを感じていた。

「だからな、ここにいることで落ち着いたことだし、ひとまずはゆっくり休むんだ」

それだとヴォルフに迷惑を掛けるだけだと、納得が行かずに見つめ返すと、ヴォルフが困ったように笑った。

「その代わり、おちびちゃんはここできっちり生活できるように、いろいろ整えるんだ。後は、その時にでも戦に関して巷の噂なんかもしっかり聞いておけよ。そう思って辺りを見ると、必要な情報を見つけやすくなる。ちびすけは俺の相棒だからな。頼むぞ」

 なんだかんだと言いくるめられている気がしたが、相棒という言葉にリィナは嬉しくなっていた。

 確かにリィナができる事など、身の回りを整えるくらいが精一杯だ。けれど、きっと、それだけでも全部自分でやれたのなら、ヴォルフもそれなりに楽になるだろう。そう思うと気分も晴れてきた。ただ頼るだけは辛いが、小さくても自分のできる事があるのは嬉しい。

 頼ってくれているわけではないかもしれない。けれど、彼は自分を認めてくれているのだと感じられた。

「はい、ヴォルフ様」

 前向きな気持ちでうなずいたのに、ヴォルフが苦い顔をした。

「ああ、それと。前から言っていたがな、「様」をつけるのは、やめるんだ」

 確かにそれは今までも何度か言われたことだった。けれど、頑張りますと言いつつ、何となく誤魔化して、ヴォルフもそれを仕方なさそうに受け入れてきていた。

 なのに、今更。

 戸惑うリィナに、ヴォルフが説明する。

「見知らぬ土地で、「様」なんて敬称をつけておちびちゃんが俺を呼んでみろ。あからさまに関係がおかしいだろう。ひとまずは身寄りのない親戚同士、ぐらいの間柄に見せておくか?」

 確かに、ひとまず定住するのであれば、いつまでも敬称を付けているのはおかしいだろう。

 これは本気で頑張って呼び方を変えなければいけないと、リィナはうなずいた。

「そうですね……じゃあ、なんて呼びましょう?」

「兄さんでも、お兄ちゃんでも、ヴォルフでも、好きに呼べばいい」

「えーと……お、お兄ちゃん……?」

 リィナは口に出してみて、そしてヴォルフを見上げる。

 リィナの戸惑いながらの呼びかけに、ヴォルフが複雑そうな顔をしてリィナを見つめてくる。リィナも、この顔は「お兄ちゃん」じゃないと、思い至る。

「……は、やめて、ヴォルフさん、で、良いですか……?」

「さんもやめろ。呼び捨てにしてくれ」

 何ともいたたまれない様子で天井を仰いだヴォルフに、呼び捨ては辛いですとリィナは縋った。

 それを、ヴォルフが笑いながら押しとどめ、いつものようにぐしゃぐしゃとリィナの髪を撫でる。

「おちびちゃん、さん付けはあんまりだと思わないか? 仮にもこれから、二人っきりの、家族になるっていうのに」

 思いがけない言葉に、リィナは顔を上げる。

 それは、ここへ来たことでリィナが失った物だった。リィナがヴォルフから奪った物だった。家族とは無条件で愛し愛され、助け助け合い、そして帰って行ける存在。

「か、ぞく……?」

 一緒にいて良いのだと許された気がした。今までだってずっと許されてきた。でも家族だから、当たり前にそれらを享受して良いのだと言われた気がした。そのくらい大切に思っているのだと。

「だろ?」

 笑ったヴォルフに、リィナの表情がぱっと明るく輝く。

「……はい!」

 エドヴァルドでの、二人の生活が始まった。




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