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1 選ばれた少女

  シャン……!!

 目を閉じて記憶をたどれば脳裏に響く鈴の音。

 それは五年前の祭りの日。得体の知れぬ懐かしさが幼いリィナの胸を襲った。

 目の前で繰り広げられていたのは、美しい姫巫女役の少女と、雄々しく剣士役を舞う彼の姿。

 当時まだ少年だった彼が、姫巫女を守るように、そして戦うように、剣を持って舞っていた。

 その美しい舞に、リィナの胸は熱く焦がれるように疼いた。こみ上げてくるのはたとえようのない愛しさと懐かしさのような不思議な気持ち。

 苦しく焦がれる胸を抱えながら、幼かったリィナはなぜそんな気持ちになるのか分からなかった。こんな胸の痛みなど感じたこともない。だからこの苦しさがどういう意味を持つのかもわからない。祭りの度、毎年見ている舞なのに、どうして。

 けれど舞を見つめている間、その想いはただ胸からあふれてくる。

 訳もわからずこみ上げる感情は、胸を締め付けるように、その舞が終わるまでずっと、小さな胸を痛ませた。

 その夜、何度も、何度も姫巫女の舞を思い返し、ヴォルフという剣士の名前を胸に刻んで眠りについた。


 家の守石が、ぽぅっと、淡く輝いたが、そのことに、誰も気付かなかった。




 その日、リィナは上機嫌で村の集会所に向かっていた。頬は勝手に緩むし、足取りだって軽やかだ。

 祭りの練習の音色が遠くに響いている。

 約束の時間にはまだ早いが、演奏の練習はもう始まっているようだ。そう思うと更に浮き立ってしまう。

 リィナは今年の姫巫女役に選ばれた。

 あの、あこがれの姫巫女だ。剣士と舞を踊るのだ!

 この思いがけない幸運に恵まれたことを知らされたとき、悲鳴を上げて喜んだ記憶は新しい。

 今日は一日そわそわして仕事に手が付かず、店主のアヴェルタに笑いながら店を追い出された。

「そんなに浮かれてちゃ、ろくなレースの仕上がりにならないよ」

 上の空でレースを編む手元をのぞき込んできた店主にそうからかわれて。

 よほどリィナの浮かれ具合は顕著だったようで、けれど笑った店主の声はうれしそうな物だった。

 二月先に時渡りの祭りがある。祭りを前にして村中が浮き足立っていた。

 祭りの一番の催しは姫巫女と剣士の舞。それはこの村、グレンタールの始まりを伝える内容で、三百年前に現れた姫巫女と、彼女を護りグレンタールを興した剣士との物語である。

 村の少女の一人が姫巫女役に選ばれ、剣士役に選ばれた青年と村の歴史を舞いによって伝えてゆく。

 この村の少女なら誰もが姫巫女役を夢見ていた。

 剣士役は村一番の有望な青年が選ばれる。そんな人とお近づきになれ、しかも舞の内容は恋物語である。ともなれば、娯楽の少ない村の少女達にとって格好のあこがれとなるのは当然だろう。

 リィナももちろんその中の一人だ。

 しかも、今回の祭りはいつもより盛大にすることが決まっている。 

 祭りは姫巫女を讃え、この村の豊穣を願うものだ。けれど今年はそれだけではない。

 祭りを始めて三百年目に当たる年なのだ。

 いま、グレンタールは例年以上に活気づいていた。なんと今年は首都エドヴァルドから王族までやってくるといわれている。

 村中が、浮き足立っていた。祭りで奉納される舞の主役に抜擢されたリィナの責任は重い。けれど、だからこそ気合いも入るという物だ。

 緊張と、期待と、興奮と、恐れと、そして喜びとを小さな胸一杯に抱えてリィナは軽やかに足を進める。

 去年までの四回姫巫女を務めたラーニャは「姫巫女の再来」とまで謳われ、美しい容姿と舞でもって村人を魅了していた。

 今日はその彼女と初めての顔合わせの日だった。

 ついに、あこがれのラーニャさんと!

 想像だけで顔がゆるんでしまう。

 美しいラーニャは村の少女達一番のあこがれの女性である。

 本当なら今年こそ、ラーニャが姫巫女をやるべきなのかもしれない。村中そう思っていた節があったのだが、時渡りの神殿から、祭りの姫巫女は例年通り十代半ばの少女に、という通達があったと聞いている。

 ラーニャは既に四度も姫巫女役を果たし、二十一才になっていた。

 残念だが、こればかりは仕方がない。通例として姫巫女は毎年変わる。多くても二度までだったのだが、ラーニャの人気はその通例さえ覆してしまうほどの人気だったのだ。彼女はそれほどまでにグレンタールの民から求められた姫巫女役だった。

 その後に舞うとなれば、責任重大である。

 重大であるのだが、リィナは浮かれていた。

 そんなことより村の少女達のあこがれのラーニャに会えるのである。六つも年が違うと、顔を合わせることすらほとんどない。けれど、これは仲良くなるチャンスだ。

 最初はなんて挨拶しようかな。

 自分にこの大役が務まるのか。ましてや、あのラーニャの後を引き継ぐ姫巫女ともなると、怖い気持ちもある。けれど、それ以上の期待とあこがれに満ちて、リィナは響く音色に向かい歩んでいった。

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