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25 神殿

 一方、姫巫女として迎え入れられたリィナは、いつまでも悔やんではいなかった。

 望んだことではなかったが、もう来た以上はあがいたところでどうしようもない。理由はどうあれ、ここに来ることを選んだのはリィナ自身であった。その上で自分に出来ることはと考えて、とりあえず真剣に姫巫女修行をすることにしたのだ。

 望んだことではなかったが故に、不快感や悲しみはもちろんあったが、巫女という存在に対しては、コルネアに生きる者として尊敬とあこがれの念を少なからず抱いている。自分がなるとは思わなかったし、したいと思ったこともないが、すばらしい存在だという思いは変わらない。

 一生をここで過ごすことになるのかもと思うと、どうしようもない絶望のような感覚に陥ることもあるし、そこまででなくても焦燥感のようなやりきれなさは常につきまとっている。それでも、その一生を苦悩と後悔だけに囚われて生きていくよりも、出来ることを探す方がよかった。少しでも実りがあれば、その先に何かあるかも知れない。この生き方を自分に許せる日が来るかも知れない。

 苦しい部分を見つめて生きるより、良いところを探して生きる方が良い。

 リィナは自身にそう言い聞かせていた。

 しかも、姫巫女である。

 尊敬とあこがれの対象。

 リィナにとっては分不相応で恐ろしく、望んでないという点では絶対的に嫌だ、逃げたいと思うのだが、もし自分に力があるのだとしたら、ここまで拒絶するほどではないのだ。リィナはそう思い込もうとしていた。

 そうすると一番の問題は、自分にその姫巫女を名乗るような力があると思えないことだった。この分不相応さは、持ち上げられ期待された分だけ、そら恐ろしく感じる。

 とはいえ、もしその力が本当にあって使えるのだとしたら、少なからず誇らしいことである。誇らしいことであるはずなのだ。

 複雑な胸中を抱え、けれどリィナは自分の苦痛におぼれることを良しとはしなかった。どうせここにいるしかないのなら、自分の出来ることをするのだと、気持ちを切り替えようとしていた。

 切り替えるしかなかった。自分の力では、どうにもならぬ所まで来てしまったのだから。

 そしてリィナの精神力でもって、それはリィナ自身の心をだますことで、ほぼ成功していた。

 それ故、リィナは自分に巫女の力があると言われるのだから、望んだことではないと意固地にならず、その力が本当にあるのかを知るためにも出来る限り全力で取り組んでいた。

 巫女の力が感じられるようになれば、ヴォルフの手を振りきって神殿に上がってきたことは無駄ではなくなるのだから。

 何より姫巫女として認められれば、コンラートとラウラを今回のようなことに巻き込んでも、守れるのではないかとリィナは考えていた。姫巫女と認められたのなら、次に何かあったとき無力に従うだけにならずにすむのではないかと。

 そして、未来を読み、過去を読み解けたなら、グレンタールにとっても益となる。

 姫巫女となって、グレンタールを……ヴォルフが背負うグレンタールの未来を支えていけたのなら、それは決して悪い道ではないかも知れないと、リィナは思うことにした。

 いつかヴォルフ様を支える力になれるかもしれない。

 どんなに辛くても、姫巫女になることは、きっと、私にとって悪いことばかりじゃない。

 そう思うと、耐えられる気がした。



 嫌で退屈でたまらない修行も、舞いの修行で来た時以上にまじめに取り組んだ。以前と変わることなく、全く修行の意味さえつかめないリィナだったが、それも何とかこらえてがんばっていた。

「大丈夫ですよ、守石があんなにすごい光を放つくらい力があるんですから!」

 そう言って励ましてくれたのは、舞の修行で仲が良くなった三人の巫女達。

「あの守石の光り方は本当にすごかったんです。姫巫女様にはすごい力があるんですから! 私たちも出来る限りお力になります!」

 立場上、距離を置かれはしている物の、そう言って側でリィナを励ましてくれた。

 寂しいだけではなかったことも、リィナの心を落ち着かせるに至った。

 ただ、リィナの立場は、神殿において決して良い物ではなかった。

 何の力も具現できない者が、姫巫女として神殿に上がってきたのだ。巫女達は、自分の力に、そして存在に、誇りと自信を持っている。なのに、ほんの少しの「時」も感じられない、つい数日前まで神殿とは関わり合いもなかった娘が、ただの巫女としてではなく、巫女の頂点に君臨する姫巫女としてやってきたのである。そして、行う修行はあまりにも初歩的で、そして何の成果も上げられないのを目にしているのだ。稚拙というのも腹立たしい、巫女としては無能な人間を姫巫女として敬わなければならないのだ。

 その視線は厳しかった。

 その上、仲良くなっていた三人は、何とか親しげに話をしている物の、姫巫女としているリィナへの言葉遣いは以前のように砕けた物ではなくなっていた。

 それでも、孤独感や寂しさ、辛さを抱えつつ、リィナは毎日、必死で修行に取り組んだ。苦痛と焦燥感と闘いながらの毎日だった。けれど、その努力が実を結ぶことのないまま、毎日は過ぎていっていた。

 そのうち、最初は励ましてくれていた三人の巫女たちも、日を追うごとに距離を置かれているのを、リィナは感じていた。

 じわりじわりと、後退していくように、少しずつおかれてゆく距離。

 ささやかだけれど、リィナの大きな心の支えだった彼女たちの変化に、リィナは焦った。

 それ故、尚のこと、リィナは必死になって修行をがんばった。ちゃんと力を出せるようになれば、また三人と仲良く話せるようになると信じて。

 おもしろくもなければ、全く力を感じないが為に、やりがいすらない修行だった。時折、弱く守石が反応することはあったが、リィナにはなにも感じられず、どういう時に、どこに力が出ていたのかさえ分からないような状態だった。

 守石が反応する時は、時の流れの何かを感じるのだと言うが、リィナ自身は、ただぼうっと、何気なく過去を思い出したりちょっと懐かしい気持ちや思いに浸っているような状態でしかなく、守石が反応するときと、反応しない普段通りの修行とどこが違うのかさえ分からなかった。

 そしてリィナのがんばりは、間もなく行き詰まった。これまでも行き詰まっていたが、それでも言われたとおり、必死にがんばる事が出来ていた。元々よく分からないまま姫巫女に祭り上げられた状態である。過分な身分と、過分な待遇、これで力が出せなければ神殿に閉じ込められた意味さえなくなってしまうからだ。

 せめて、この神殿に閉じ込められた意義を見いだしたいと、リィナは必死だった。

 だから、行き詰まった理由は、己の力が出せないことが直接の原因ではなかった。

 原因は、リィナにとっては、思いもよらないところで足場が崩れることになったからだった。


 その日も、リィナは何の成果も出せないまま、瞑想室を出て、自室に帰ろうとしていた。

 そして、思いがけない人たちからの、思いがけない中傷を耳にしてしまったのだ。

「あんな状態で、姫巫女を名乗られるだなんて、冗談じゃないわ」

 聞こえてきた声は、聞き慣れたものだった。

 ひそひそと囁かれる中傷自体は、今までも嫌でも耳に入ってきていたし、その内容も代わり映えすることのない物であったが、よく知らない、関わることのほとんどない巫女達からの物は、何とか我慢してきていた。我慢できていたのは神官や、守人達はリィナに対してとてもよくしてくれていたこともあった。気にかけてもらえることは、がんばる為の力にもなるのだから。何より、身近な巫女三人が、リィナを励まし、理解してくれていた。だからがんばれた。がんばろうと思えた。

 彼女たちは理解してくれていたと、思っていた。

 リィナは、声を聞きながら、友達だと思っていた三人の姿を脳裏に描く。

 こちらが勝手に思っていただけだったのだと、リィナは得も言えぬ衝撃を受けていた。

 姿は見えないが、この声は、間違いなくビアンカの声だった。

「あれじゃ、見習いの巫女の方が、よっぽどまし。たった一度守石が光ったくらいで姫巫女だなんて」

 これはローリア。

「そうよね、確かにあの光り方はすごかったけど、一足飛びに姫巫女だなんて、変よね」

 少し遠慮がちに言葉を続けたのはベレディーネ。

 ベレディーネまで。

 控えめで、優しく、いつも一番リィナを励ましてくれるように、そっと寄り添ってくれていた彼女までが。

 苦しさに胸が詰まった。ちょっと距離を置かれても、それでも彼女たちを友達だと思っていた。笑って慰めてくれて、時には怒って引っ張り上げてくれて、そんなふうに力づけてくれている心を疑ったこともなかった。

 けれど、優しい思いやりに見えたその裏では、こんなふうに思われていたんだ。

 リィナはショックで締め付けられるように痛む胸を押さえながら、大きく、ゆっくりと息を吐く。

 どんなにがんばっても、これが、私の神殿での評価なのだ。秘められた力があったとしても、力が出せずに決して認められることのない姫巫女、それが私。

 リィナは改めて自分の立場を思い知る。

 どんなにがんばったって、力が出せなければ、認められることはない。巫女であることに誇りを持っている彼女たちなら、尚更に。

 リィナは、すがりついていた支えを失い、がんばる意味を、見失ってしまった。


 これまで、ずっと、がんばろうと思っていた。姫巫女になるしかないのなら、自分に出来る精一杯でがんばろうと。なのに、力は全く扱えないままに姫巫女として進む道は、リィナにとっては茨の道。これからも力が出せなければ、この悪意を背負って生きなければならないのだ。

 ヴォルフ様。

 辛いとき、名を呼ぶだけで、姿を思い浮かべるだけで、お守りのようにリィナを守ってくれるその人の名を心の中でそっと呼んだ。

『来い』と手をさしのべてくれた人。拒むしかなかった苦しみから目をそらし、あの瞬間の悦びだけを思い出しながら耐えてきた。

 全てを守ってやると言ってくれた言葉を信じて、甘えてしまえば良かったのだろうかと、心が弱さにむしばまれていくのを感じた。

 今は、ただ、逃げたくてたまらなくなっていた。

 ヴォルフの背負う物さえ考えず、自分の辛さから逃げるためだけに、彼にすがりついてしまいたくなっていた。

 あのときは、父や母を守らなければならない一心で耐えた。ヴォルフを巻き込んではいけないと、理性が残っていた。

 今、もし、その手をさしのべられたのなら、逃げ出したい誘惑に負けてしまっていただろう。

 でも、幸か不幸か、ヴォルフはもういない。おそらく、とっくにエドヴァルドに戻っているはずだ。仮に戻っていなくても、会えることはない。

 ヴォルフ様……。

 思い浮かべるその人の姿は、暗い感情に囚われるリィナの心を、ほんの少しだけ、忘れさせてくれた。



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