表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

蜂怪奇

作者: 音切殊

   蜂怪奇


                       


「っ痛」


 午前一時過ぎ、左の二の腕辺りに突然強烈な痛みが走り私は目を覚ました。


 その痛みは、まるで肉を抉られるような痛みだった。けれど、そこを触ってみても血が出ているというわけではなかった。


 なんだ、夢か。


 そう思ってまた眠りについた。だから、次に目を覚ます頃にはその痛みのことは、夢の中での出来事だとすっかりおもいこんでしまった。




「おっはよぉ、知華」


「あ、美里おはよう」


 いつも通りの登校風景。


 いつも通りのやりとり。


 そして、


「おっす、知華。後ついでに美里」


 いつも通りの出会い。


「たぁかぁみぃ、なんで私はついでなのさ」


「うーん、ま、気にするな」


「うぎゃ」


「やべ、美里が壊れた」


 天深と美里の他愛もない掛け合い。これもやっぱりいつも通り。全部いつも通りで見慣れている。けれどこのいつも通りが、私は大好き。


「うにゃあ、知華独りで笑って。なにか面白いことがあったの、だったら、私にも分けなさい。その胸の辺りに付いてるけしからんものも私に分けなさい」


「ちょ、美里なにどさくさにまぎれて変なこと言ってるの。私のは普通だよ」


「んにゃ、それは普通じゃあないよ。天深、あんたもそう思うでしょ、って何逃げてんのさ」


「そんなガールズトークについていけるか」


 そりゃ、そうだよ。でも、私のってそんなに……。


 そんなことを考えていると、


「痛っ」


 夢の中で感じた痛みが襲ってきた。その痛みのあまり私は、その場所を押さえる。


「知華、どうしたの。ははーん、さてはまた二の腕に余分なお肉でも付いたのかい」


「またってなによ、またって」


 良かった、美里には気付かれてなかった。


「…………」


 少し離れた所で天深が渋い顔をして見ていることには気がつかなかった。




 痛っ。まただ、またあの痛みが来た。今は、三時間目の古典。集中しなくちゃいけないのに、たびたび来るこの痛みのせいで全然集中できない。順番を考えると次の問題は、私に当てられる。だから、せめてこれだけでも解かなきゃ。


「えー、ではこの問題は御坂さん」


 あ、れ。御坂さんって、私の次の人。


「先生、まだ松谷さんが当たってません」


「松谷、さん。ああ、失礼しました、最近どうも物忘れが多くて。では、改めて松谷さんこの問題を」


「えーと――――」




 あの授業の後、謎の痛みは無くなった。やっぱり、私の思い過しなのかもしれない。


 そして、昼休み


「知華ぁ、山辺先生ってそんなに物忘れ多かったっけ」


 そう、そのことが引っかかる。だって、あの先生見分けがつかないって言われる双子の櫻木姉妹が入れ替わって授業を受けようとしたのを見破ったんだから。しかも、教室に入ってきた瞬間に。


 だから、私は不安に感じた。


 忘れてしまわれたのではないかと。


 ただ忘れられただけではなく、記憶の中から完全に消し去られたのではないかと。


 幸い、ただの物忘れみたいだっただから良かった。けれど、先生の中から私という個人が消えてしまっていたら……。そう考えただけでも吐き気がした。


「知華、大丈夫。顔色がもの凄い悪いんだけど。どうする、保健室に行く」


「うん、そうする」


「それじゃ、肩貸すね」


 そうして私は、美里と保健室に向かって歩き出した。




「ふう」


 ため息一つ。


 こんなんじゃ駄目だよね。でも、やっぱり人の中から居なくなるって考えると怖いよ。


「ちーす。知華、大丈夫か、って聞くまでもなく大丈夫じゃなそうだな」


「た、天深、何でここにいるの。授業に出なくていいの」


「平気平気。俺、美里とは違って優等生だから一時間位ポカしたって問題無いんだよ」


 その台詞は優等生から限りなく遠い位置にあるんだけど……


「あー、お前、今、失礼なこと考えただろ。心配して来たのに」


「全く、心配してくれるのは嬉しいんだけど…………」


 大丈夫だから、と言おうとしたけど言葉が続かない。


 天深が真剣な顔で見ていたからだ。


「俺は、お前が人から忘れられるのを極端に怖がっているってことを知ってるからな。もちろん、美里も」


「そんなことないよ」


 もちろんこれは嘘だ。本当は天深の言った通り怖い。でも、もしそれを認めたらもっと悪い事が起りそうな気がした。


「ま、知華がそこまで言うならそういうことにしとこうかな。でもな、これだけは忘れないでくれよ、俺と美里は何があっても知華のことを忘れたりなんかしないからな」


 それだけ言うと天深は保健室を後にした。


 そして、天深がいたお陰でギリギリ保っていられた虚勢が私の中から崩れ落ちて泣き出していた。




 西日が窓から差し込んで私は目を覚ました。


 泣き疲れていつの間にか寝てたんだ。そう考えた所でふと異変に気がつく。


 なんで、誰も起こし来てくれなかったんだろう。


 もしかして、私のことがみんなから忘れられたの。


 嫌。そんなの、そんなのって


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 喉が潰れそうなくらいに叫んだ。


 その叫びは、みんなから忘れられたのかもしれないという恐怖からだけではなかった。




 私はここにいる




 そのことを私自身に、そして、周りに伝えるために叫んだ。


 ガラガラガラ


 勢い良く開けられた扉の音で私は自分を取り戻せた。


 そこには、美里と、天深がいた。


 良かった。まだ私はみんなの中にいるんだ。


 そう思うと自然と涙が頬を伝っていくのが分かった。


「良かった。忘れられてなくて」


 それだけしか言えなかった。


「ごめんね、知華。ごめんね」


「わるかった」


 二人が急に謝った。


「え、どうしたの。なんで謝るの」


 けれど、二人は謝るばかりだった。




 結局、なんで謝ったのかは分からずじまいだったな。それにしても、やけに眠いな。別に寝不足ってことはないんだけど……。それに、お風呂にもまだ入ってないんだけど。


 あ、ダメだ。また眠るところだった。せめて、出てから。


 けれど、眠気に抗おうとすればするほど強くなっていく。


 どうにかこうにか部屋まで行くとベッドの上に崩れるように倒れ込んだ。そして、深い眠りに落ちてった。


 どれくらいたってからだろう。あの痛みで目が覚める。けれど、その痛みはなにかが違っていた。


 何かが蠢いているような気がした。


 だが、またすぐに強烈な睡魔が私に襲いかかってきた。




 次に目を覚ましたのはいつも通りの時間だった。でも、体が重い。その上、まだ、寝たりない。


 それでも、無理をして学校に向かった。天深と美里には遅れると連絡は入れておいたからゆっくり行っても問題はない。


 自分の席に座るとそのまま突っ伏して眠りにつく。

 気が付いた時には、私は教室に一人ぼっちだった。

 あれ、今日の日本史って移動教室だったかな。そんな疑問が頭をかすめる。けれど、そんな事を考えている暇はない、とりあえず、

「急がなきゃ」


 やっぱり注目を浴びるだろうな。そう思いながらも意を決して

「遅れてすいませんでした」

 教室に入る。

 みんなの視線が集まる。

 けれど、その視線は私の予想していた種類とは似て非なるものだった。

 これは、初めてその人を見るような視線だった。

 あれ、おかしいよね。昨日も、そして今日も会ったはずだよね。なのに、どうして、そんな、目で見るの。

「君、名前は」

「え、名前ですか」

 あまりのことに尋ね返す。

「はい、名前です」

「松谷知華」

「松谷さん、ですか」

 先生が、出席簿を確認する。教室の中がざわめく。

「すいません、このクラスに松谷という生徒はいませんよ。クラスを間違えていませんか」

 そう告げられた時、立ち眩みがして倒れそうになった。

「失礼、しました」

 そう言って教室を後にして、数歩歩いたところで涙が零れ落ちた。そのまま膝を抱えて座り込み、声を押し殺して泣く。授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。廊下をぞろぞろと人が移動する。けれどその中の誰一人として私のことを気にも留めない。いや、違うね、気にも留めないじゃないんだ。にんしきされてないんだ。

 それに気づいた時、私は人目を憚らずに泣き出した。



                                                         完


終わり方が微妙なのはご容赦ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ