小学6年生⑥ 調理実習終了
煮干しと大根を煮ているところから。
いつまで煮ればいいのか、鍋からお湯が噴き出さないか、沸騰するまで、皆は鍋を見張り続けていた。退屈だと嫌がっていた唐原も、魚の干物のような目をしながら、鍋の正面に寄った。
唐原の自己中心的な態度が嘘みたいに静かになったが、鍋を見ることしか退屈を凌ぐ方法がないのかもしれない、と拓海は考えていた。
やがて沸騰すると火を弱めた。そこから5分が経過すると、火を止めて、煮干しを取りだす工程に入る。
口火を切ったのは唐原だった。
「なぁ、俺にやらせてくれないか?」
皆は静かに頷いたが、唐原が急にやる気を見せた意図が分からず困惑した。
彼はお玉を持つや否や、煮干しと灰汁だけを丁寧にすくい取ってボウルに入れた。鍋にはほんのり黄金色に輝く出汁が残り、湧き立つ香りは鼻に優しく訴えかける。
皆が出汁に酔いしれる前に、亜季は豆腐とわかめが入ったボウルを取った。
「この2つは火の通りが早いからすぐに終わりそうだね。入れるよ」
亜季がそう言った後、唐原は再び、俺にやらせてくれ、と言ってボウルを2つ横取りした。
「ちょっと火をつけてくれ」
彼が美空に睨みながら命令すると、美空は酷く慌てふためいて、再びコンロを点火した。それだけのことで体は緊張していた。
唐原は、ボウルの中身を雑にかくように入れると、出汁が跳ねて具材同士がぶつかり、豆腐の形が崩れそうになった。
「もうちょい優しく入れられないの?」
と亜季から苦言を呈されるが、唐原はその苦言をかき消すように、
「豆腐は多少崩れていても大丈夫でしょ。平気平気」
何も気にしないような態度で目は笑っていた。
せめて注意不足を装ってくれ、と皆は思った。
再び鍋が沸騰するまでの間、美空はボウルを水道水で洗って拭いた。そこに唐原が持ってきた味噌を入れて、しばらく鍋の様子を見守る。
再び沸騰し、具材が演舞のように対流したところで火を止める。美空がお玉で出汁をすくうと、味噌の入ったボウルに入れて、味噌を溶かした。
「火は止めてあるよね? 味噌を入れるよ?」
「どうもありがとう」
亜季は美空に礼を言った。そんな美空の行動が気に入らなかったのか、唐原は美空を動揺させるように駄々をこねだす。
「やるなら許可を取ってくれよ。俺がやりたかったのに」
この発言に対し、拓海は言う。
「やりたければ自分から動けばいいじゃん。迷惑じゃなければ勝手に手伝っても文句は言わないよ」
唐原は、納得のいかない顔をしてそっぽを向くと、椅子に座り、台に腕を置いて、他班の調理をぼんやりと眺めていた。
そんな彼のことを皆は無視していた。
亜季は、壁の棚からご飯と味噌汁用のお茶碗、箸を4人分持ってきた。美空が味噌を軽く撹拌させると、汁をすくい茶碗によそった。
ちょうど同じとき、炊飯器の炊きあがりの合図を知らせる、ピー、という音がした。亜季は、しゃもじを水に濡らして炊飯器の蓋を開けると、閉じ込められていた米の甘い香りが噴き出した。米粒を潰さないように注視しながらも大雑把にかき混ぜて、茶碗によそっていく。米粒は白く宝石のように輝き、味噌汁は汁の茶色に白と縁のコントラストが描かれている。
部分的に埋まっていた皆の胃の容量も、味噌のしょっぱい香りで押し広げられた。
拓海は、茶碗をそれぞれの位置に置く。唐原は、置かれた味噌汁だけを見ながら、ありがとう……、と拓海に言ったが、言葉尻が萎んで上手く言えていなく、その態度はどこか不満げだった。
配膳が終わると、皆は三角巾とマスクを取った。亜季が挨拶の指揮を執る。
「いただきます」
他の班がまだ調理中なのを余所に食べ始めた。拓海は米をつまんで口に入れると、その食感に違和感を持った。
「ちょっと軟らかすぎた気がする。浸す水が多かったかもしれない。いやー、申し訳ない」
「そんなことないよ。私は軟らかいお米の方が好きだよ」
美空は、箸で掴んだ米を口いっぱいに頬張って、おいしい、と言った。
美空は、味噌汁の茶碗を両手で包むように持って、口を近づける。喉仏が一、二、三度と盛り上がると、ぷはぁ、と爽やかな笑みを浮かべた。心底美味そうに食べる彼女の姿を見て、拓海は誇らしさを覚えた。他の班員も、まずまずの反応を見せて黙々と食べ続けた。
皆が食べ終わると、釜に水を入れて、そこに全ての食器を浸す。拓海は、率先して水道の前に立ち、洗剤の入ったボトルとスポンジを手にすると、
「僕が洗うから、洗ったものを布巾で拭いてほしい」
と言い、横にいた美空もスポンジを持って、
「私も一緒に洗うよ」
亜季は、台に手をかけて楽をしようとしている唐原に、
「ほら、お前も拭け。どうせ何もやらないなら最後ぐらい協力しろ」
詰め寄られた唐原は渋々布巾を持った。亜季の操り人形となったように彼女には何も文句を言うことなく、粛々と作業をこなしていた。
食器は全て拭いた。生ごみは全て袋にまとめて捨てた。最後に亜季が台布巾で台を拭くと、唐原は自分の荷物をまとめて、先に家庭科室を出た。
亜季は椅子に座り、実習のプリントを記入している。
「わたしはこれを先生に提出したら教室に戻るから、美空ちゃんと拓海君は先に戻っていいよ」
その言葉に甘えて、2人は教室に戻る。
他の班はまだ片付けの最中ではあるが、始まる前に心配していた班活動がどこよりも早く終わったことに安堵の気持ちが生まれた。帰りの階段を上る最中にも、2人は思わず本音を垂れる。
「何とか終わってホッとしているよ。味とかはともかく、待ち時間は長くてもグダグダにならずに調理できたのが良かった」
「私も同じ。拓海君がちゃんとお米の準備をしてくれて、亜季ちゃんが適切に指示してくれたのが本当に助かったよ。ありがとう」
「まぁ、美空がそれなりに楽しめたなら良かったんじゃないかな」
「うん。拓海君がいたから楽しかったよ。あと亜季ちゃんもだけど」
食事中から今まで、美空は非常に上機嫌になっていた。実習中のしょげた目が嘘のように明るく、萎んだつぼみが沼地を飾る1輪のスイレンに咲き戻ったように美しかった。拓海は、美空を見て無意識の内に頬の筋肉をピクリと動かしてしまい、咄嗟に表情を硬くしようとする。その所作を不思議に思った美空は、硬い表情を緩めようと、繰り返し拓海の顔を覗き込んだ。
教室に戻ると、電気はついておらず、唐原だけが自分の席に座っていた。
そんな中、拓海と美空は、他に誰もいないかのように喋りを続けた。拓海も少しずつ話が弾むようになり、2人は和気あいあいとしていた。
唐原の目の前で騒ぎ立てる、仲の良さを見せつけるかのような振る舞いは、次第に彼に苛立ちを募らせると、突如として堪忍袋の緒が切れだした。
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三峰勾洋
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