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中学1年生⑫ ……決別

 次の土曜日の部活動にて。

 普段のように朝集合して基礎練習を始めたのだが、サッカーコートの走り込みになると、拓海はとろい走りで周りと大幅に遅れていた。続くストレッチ、準備体操、インサイドキック練習、パス練習も彼は魚の干物のような目をしながらこなしており、あまりにも適当な動きに唐原ですら心配していた。


 休憩時間中、唐原はベンチに座る拓海に駆け寄り、


「お前今日どうしたんだよ? 全然元気がないぞ」


「……知らない。放っておいてくれ」


 拓海は眉を寄せて黙った。厳格さ漂う無言の圧に、唐原はこれ以上ちょっかいをかけられず、視線を彷徨わせながら立ち竦む。


 この日の唐原は非常におとなしかった。その様子に他の部員たちも安心した表情を浮かべた。


 午前中いっぱいで練習が終わると、先輩たちはコートの整備に、1年生は多目的室に行き、自分たちの荷物を整理する。


 他の1年生は我先にと走って多目的室に向かうが、拓海は静かで重い足を引きずって向かった。


 拓海の表情はずっと暗く、まるで死体が操られているかのように感情の変化を見せない。


 拓海が多目的室に着くと、室内の空気は一気に重くなった。皆は誰かと駄弁るわけでもなく、黙々と着替えている。重い空気を脱しようと手裁きは自然と速くなっていた。

 次第に室内では喋りだす者が現れ、普段の活気を取り戻した。


 そんな彼らの視線は、心なしか拓海と唐原に二分化されていた。そのことに唐原だけ気が付いている様子はない。


 唐原が気がかりなのは、他の誰よりも拓海であった。普段は自分の脱いだユニフォームも丁寧に畳む彼が、今日だけはユニフォームを乱雑に袋に押し込んだ。表情筋を一切動かすことはなく、心の闇に包まれたような拓海の堕ち具合に、唐原は恐る恐る心配の声をかける。


「おい、最近嫌な事でもあったか?」


 明らかに空気の読めていない発言が拓海の癪に障ったのか、ジロ、っと睨んで唐原の方を見ると彼に対する鬱憤をボソボソと呟く。


「あった……。鈴木美空がいないことが」


「何だ、そんな心配事かよ。鈴木なんて放っておけばいいじゃん。どうせそのうち来るよ」


「放っておけないよ。クラスメイトの1人だからさ」


「来なくなったのはあいつの問題だし、お前が抱え込むものじゃないよ」


 はぁっ? と拓海は蔑むように言葉を発する。唐原は一瞬動揺を見せるがそんな態度を隠すようにもじもじとした。

「いや、お前が考え込んでもしょうがないでしょ……」




「お前のせいで鈴木美空はいなくなったんだろっ!」




 この瞬間、拓海は初めて本心で唐原に怒鳴ることができた。

 拓海の咆哮にも匹敵する怒りに、がやがやした部屋内はたちまち静寂に満たされる。唐原を含む部員たちは、そんな拓海の腹の底から溢れ出す憎悪に体を固まらせて、黙って見ていることしかできなかった。


 拓海は唐原に追い打ちをかけるように怒りを続ける。


「お前が散々美空をこき下ろしておいて、はっきりと嫌いだと言ったくせに。それでいざ来なくなったらいつか来るだろう? 勝手に保身に走るなよ」


「保身じゃねえよ。俺はあいつの態度が気に入らないのは本当だけど、何も……」


「じゃあお前が責任とれるのかよ!」


 唐原の言葉を遮った。今の多目的室内は、怒りに身を包む拓海を軸とした空気に支配されて、とても彼に優しい言葉をかけてあげることはできない。当然のことながら拓海は唐原に反論の隙を与えなかった。


 過去、唐原は拓海をいじっても軽くあしらわれるだけで済まされていたが、拓海の本気の怒りは冗談では済まされなくなった。


「小学校の頃から思い返してみろ。自分がいじめに加担したことを忘れたのか?」


 拓海の問いかけは、彼自身も苦しめた。自分も加担者側であるのに偉そうに唐原に説くべきであるかは最後まで悩んだ。その過失の判断は拓海の偏見も混じり、一部保身でもあった。それでも、美空にとって最も苦しかった存在が唐原であることを胸に刻みつけられていたため、唐原を負けさせることこそが美空への償いになる、と拓海は考えることにした。


 拓海は今一度、

「忘れたのかっ?」

 と叫んで唐原を威圧した。


「……あっ、ああ……、その……」


 唐原は怖気づいて言葉を上手く発せられなかった。いや、拓海の持つ全ての憎しみが、唐原の利己的な考え方も堕落した精神も、全てを圧倒して唐原をひ弱な少年へと作り替えた。


 唐原が美空に危害を加えたのは自分が優位に立つためであるならば、それは美空という自分より格上だった存在を必死にこき下ろして相対的に自分がのし上がっただけ。結局、唐原自身は誰よりも弱かった。その弱さが拓海の憎しみで露呈しただけなのかもしれない。


 美空に対する思い、言いたいことを言いきった拓海はその場で振り返り、唐原と目線を合わせなかった。


 部屋の外を眺める拓海と、彼の背中をぼーっと見つめる唐原。他の部員たちは、拓海の眼光に殺されそうで彼に目を合わせることができない。


 最後、拓海は唐原に吐き捨てるように、


「これは僕からのお願いだ。二度と話しかけないでくれ。近づかないでくれ」


「はっ? 待ってくれよ。これからもお前に質問をしたり、雑談をしたりするのは……」


「もう1度言う。もう、二度と関わらないでくれ……」


 拓海の静かな言葉、その一言一言が棘となって唐原の心に刺さる。


 拓海は自分のリュックを持つと、部屋を退出した。他の部員とは一切顔を合わせることもなく多目的室に別れを告げた。


 多目的室内は皆が呆然としていた。初めて喰らった拓海の本気の憎悪、唐原は鳩が豆鉄砲を食ったように立ち尽くし、動けないでいる。


 しばらくすると拓海の余韻が抜けて、他の部員も自分の荷物をまとめだした。


 田崎と倉石は、放心状態の唐原の傍に寄った。倉石は唐原の肩に手を添えながら、


あいつ(拓海)があそこまで怒るの、初めて見たよ」


「……俺も」


 震える声で唐原は返答した。彼の背中を田崎が摩る。


「あれが拓海の本心だ。もう二度と関われないかもしれないな。少なくとも、あいつは本当に関わらないつもりでいるんだ」


「……何で、そう思えるの?」


 田崎と倉石は一瞬黙った。

 これ以上話すと、唐原の衰弱しきった精神に揺さ振りをかけることになるが、田崎は包み隠さずに話した。


「実は、俺たち既に知っていたんだ。今日、唐原と決別してサッカー部もやめるって」


 唐原は顔を見上げて、えっ、と困惑した表情を浮かべると、その場で跪いた。


「そんな……、拓海」


 唐原は、過去の調子に乗っていた自分を思い起こすと、その場で叫び嫌な記憶を消し去ろうとした。


 しかし、唐原の後悔は既に遅かった……。



 拓海は顧問の先生に退部届を提出すると、帰る直前にソフトボールコートの傍に寄った。練習は既に終わっていて、道具も全てしまわれており、あっけらかんとしている。


 彼は無言で立ち尽くすと、練習の合間に見た美空の笑顔を思い出した。


 嬉々として練習に励む美空、先輩に頼ってついて行く美空、厳しくも一生懸命な美空。そんな美空はいなくなった。


 唐原に言いたいことは言った。でも美空は帰ってこない。


 自分がサッカー部を止めるのは正しい判断だったのか、拓海は怒りを露わにする直前まで苦悶した。唐原も道連れにできれば最善だった、とも考えた。


 少なくとも、拓海という裏切り者の姿を見る必要が無くなるなら、それも自分に残された美空への償いになってほしい、と拓海は望んだ。


 唐原のしがらみに囚われなくなってから気が付いた。自分は美空が好きだったということを。何かするわけでもない。特別に贔屓してくれるわけでもない。ただ居てくれるだけで良かった。


 考えれば考えるほど後悔と虚しさが募って拭い去れない。


 拓海は学校を後にした。そして、サッカー部に、唐原に真の別れを告げた。




 3学期、進級して2年生、3年生、刻々と時間は流れたが、美空はクラスに籍を置くだけで姿を現さなかった。


 度重なる不登校に拓海は次第に懺悔の念が強まっていき、その気持ちは、中学校を卒業してから5年経っても忘れることはなかった。

いつも読んでいただきありがとうございます!

過去回想はここまでです。次回から終章に入り、成人式に戻ります。

気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします!



三峰勾洋

X:@mitsu_kooyoo

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