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中学1年生⑧ 6月~9月上旬

 しかし美空との接し方は、拓海も予想外な方向へ向かう。


 6月がきた。期末テストまでは1ヶ月あるが、拓海は少しずつそれに向けての勉強を始めていた。中間考査の成績でクラス1位を取れたことが予想外であり、1位を取れることが常に目標となっていた。


 元々喋る方ではなかった拓海はさらに人との関りが少なくなり、クラスの者は彼の見えないところで、ガリ勉だ、などと揶揄することもしばしばあった。


 それでも美空は彼のゾーンに足を踏み入れた。誰1人近寄らない彼に勇気をもって質問をしに行くのは、クラスでも美空だけであり、質問をする際の眼差しは、ガリ勉な姿に憧れを抱いているようでもあった。


 美空の質問のペースは凄まじく、最初は1日に1回するに限っていたのが、6月も下旬に入るころには、毎休み時間に拓海を訪ねては、彼の教科書を読む機会を止めるほどであった。


 拓海は学校内で勉強する時間、自分のペースで自由に使える時間が少しずつ奪われそうで、心の空には嫌気という靄がかかりだす。本当はわかっているのに、自分と話したいがためにわざとわからない振りをしているのではないか、とさえ疑うようになった。


 加えて、話しの質問内容も勉強の不明点には収まらず、好きなタレントは誰だ、どんな音楽を聴いているのか、といった彼の私生活に踏み込む質問が次第に増えていき、危うく彼の全てが曝け出されてしまいそうだった。


 期末テストは終わり、美空の猛攻は何とか凌げた。拓海の心は既に継ぎ接ぎだらけなのに対し、美空は平気な顔をしている。熱く語りかける美空と冷たくあしらいたい拓海、2人の間には温度差があった。


 それでも拓海は、美空に対してずっと違和感を持ち続けている。初めて出会った小学6年生から今までを通して過去に類を見ないほどの質問攻めには、彼女自身の環境の変化を察せずにはいられなかった。



 9月上旬、夏休みはあっという間に過ぎ去った。拓海はその間の部活動には必ず参加して、度々ソフトボール部の練習風景を眺めることはあったが、練習の合間を縫って美空と話すことはなかった。それどころか拓海には目を合わせた覚えすらなかった。



 2学期が始まって教室に入ると、拓海は教室で美空と久しぶりに目を合わせたが、彼女は悲しそうな顔で、蝋人形のようにじっと座っている。


「おい……、おはよう」


 やけ気味に挨拶をすると、美空は人形に魂が宿ったかのように、はっ、と声を上げて体が震えた。声の方を見るや恥ずかしそうに、ごめん、とだけ言って再び人形のように無感情になった。


 夏前との接し方の差は大きくなっているが、拓海は特に気にする様子もなかった。


 無限にあると思っていた休みがなくなる。夏休み終わりなど誰でも楽しくないものである。


 その考えは美空も例外ではない、と思っていた。


 しかし、授業が再開しだす頃になっても、美空は暗いままだった。何度も質問をしていた彼女の面影はどこにもなく、そこにあるのはキャラクターではなく記号としての美空であり、周りからの扱いも置物のようであった。初めは特に気にしていなかった拓海も、彼女の伽藍洞の体は、クラスの雰囲気の中でダマになっていたように思えた。


 ある日のこと、教室の風景に見飽きたのか、担任の先生が朝一番に、


「今日は今年度初めての席替えをします」


 と言って、徐に黒板に席の概略図を描きだした。先生は、手が余裕で入る直方体の箱に折りたたんだ紙のくじを入れると、生徒を適当に並ばせた。前列にいる拓海は、その近さもあり3番目にくじを引くことができた。全員のくじが引き終わると、席を移動させる。


 拓海の席は前から3番目で教室のド真ん中、そして美空の席は拓海から見た右斜め前の最前列であった。


 自分の席に着いて、やけに騒がしいと感じた拓海は後ろを振り返ると、彼の列の一番後ろが唐原であった。唐原は、先生に見られにくく居眠りもできる、と他の者に対して粋がった。


 また厄介なことが起こりそうだ。


 拓海はそう感じた。


 拓海は唐原を視界から外すついでに、斜め前の美空を見つめていた。


 すると突如として美空も左に振り返り、一瞬拓海と目が合ったかと思うと、さらに首を回して睨みを利かせた。彼女の目には、人すらも殺してしまいそうな怒りが写されていて、無関係なはずの拓海も視野が狭くなるほど怖がった。今の彼女には可愛げがなくなり、僅かに残る妖艶な雰囲気でさらに恐怖心を煽っている。


 その日の帰りのホームルームにて、突如として先生は残念そうに皆に話した。


「皆さんに話があります。今日の昼休みに唐原君の筆箱がなくなったそうです。もしかしたら間違えて持っているということもあるので今一度皆さんのリュックの中や机の中を確認してください」


 教室内はざわめきだした。唐原はその堕落した性格から他者からのヘイトを買いやすいだろうし、今回の紛失も誰かの復讐の一環だということは拓海も考えていた。拓海が後ろを振り返ると、クラスの者を見下すような目つきの唐原がいた。(唐原)の視線は、ある一点を見つめ続けては、一瞬だけ逸らすといった不規則な動きをしていた。


 しかしそれよりも彼が気になったのは、先生が発した直後に美空が一瞬痙攣を起こしたことだ。彼女の目線はだんだん垂れ下がっている。


 美空と唐原は仲が悪い。そのため唐原の不幸となれば、美空はむしろほくそ笑みそうなものである。無論、美空が不幸を餌に悦楽を曝け出す人間ではないことは拓海が1番よくわかっており、内心でニヤつくようなこともしないだろう。


 だからこそ美空の反射的な仕草には引っ掛かりを覚えた。唐原の不幸で美空が怯える。拓海は、彼女が犯人であると疑うのと同時に、温厚な彼女が恨みを理由にそんなみみっちい嫌がらせをするような人には思えなかった。


 拓海の脳内の情景には、初めて2人で遊んだ日の公園での出来事が想起される。


――嫌なことがあってもソフトボールに打ちこんでいる内は気を紛らわせることができるの


 あの日の言葉。楽しそうにバットを構えて、日頃のストレスを虚空にぶつける美空。力強く振り切る彼女のたくましい姿は、今回の紛失事件の犯人であるという疑いを弾け飛ばした。


 仮に唐原の筆箱を持っていた犯人がいるとして、クラスの全員が見ている場で自分が犯人であることを言い出せるわけはなかった。唐原なら被害者という立場を利用して加害者を陥れる空気感に持っていく。そんなものは公開処刑と等しい。


 先生はしばらくしてそのことに気付いた。当然ながらホームルーム中に筆箱の在り処は見つからず、最後に先生が、


「見つけたら私に報告をして、唐原君に返してあげてください」


 と言ってその場を畳んだ。


 皆は帰りだし、各々の部活に向かいだす。


 教室の人影が半分以下になったとき、美空は拓海の傍に寄った。


「今日の部活終わり……、時間があれば体育館の裏に来てほしい……」


 美空の声は酷く震えていた。今にも切れてしまいそうなほど繊細な言葉、しかし言い終わってからしばらくの無言の間が、彼女の懇願の思いを束ねた。


 冗談が混じっていない、純粋な一筋の気持ちを前に、拓海は周りをキョロキョロと見渡した。いい雰囲気になっているだとか、付き合うか付き合わないか、のような戯言を語る者は誰もいない。それどころか誰も2人の会話を聞いていないし興味もなかった。それが拓海にとってはありがたかった。


「わかった。練習が終わったらすぐに行くよ」


「……絶対だよ」


 2人は頷いた。かつての美空なら、拓海の了承には嬉々として喜んでいたのに、今回は一切喜ぶ素振りを見せなかった。それどころか余計に泣きじゃくりそうなほど既に瞳は涙で浸されている。

いつも読んでいただきありがとうございます。

毎日朝6時に投稿していきます。

気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします!



三峰勾洋

X:@mitsu_kooyoo

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