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小学6年生① 4月 始業式

挿絵(By みてみん) 

 宮浦拓海が初めて鈴木美空に出会ったのは、美登小学校六年目の春であった。


 美登小学校は、美登市の中心部、美登駅から南西に1キロの地点に存在しており、駅から続く街道を挟んだ向かい側には美登中学校がある。全校児童は544人であり、六学年は88人である。1学年に3クラスあるため、6年も在籍しているのに未だ同じクラスになったことのない者は少ない。


 そんな数少ない枠の一組が、拓海と美空であった。



 4月11日の朝。拓海は、校舎3階の端にある6年3組の教室に入った。入室時点で児童は10人しかいなかった。教室の席は名前の順であり、拓海は一番前の席である。


 普段から物静かで、休み時間は教科書や本を読むのに耽っていて、他者との交友を特段持とうとは思っていなかった。そのため、見慣れた人を見ても特に興味を示すことはなかった。校舎に入ってから感情の抑揚はほとんどなく、図書館から借りた植物図鑑のページを雑に開いては流し読みし、自分の興味のあるコラムを見つけるとそのページを凝視して、唾を飲み込むのを忘れるほど夢中になった。喉の潤いがなくなったのに気が付く頃、興味を持ったページにノートの切れ端を挟んで栞代わりにした。


 その間に教室内は歓声で騒がしくなる。本を閉じて立ち上がり、教室の後ろを見回す。


 拓海の目に真っ先に入ったのは、右斜め後ろの最後列の席に座っている砂川光太郎、彼の周りでつるんでいる田崎(たさき)雄希(ゆうき)倉石(くらいし)幸汰(こうた)の3人であった。田崎、倉石と比べても首半分は大きい身長を持つ地域でも指折りの野球少年である光太郎は、盛り上がった腕の筋肉と坊主に剃り上げた頭というルックスで親しみを持たれ、クラスの誰とでも、果てには先生相手にも陽気に接することから、クラスの幹を形成する人物となっていた。拓海との付き合いは5年生の頃からと比較的最近ではあるが、拓海のサッカー経験に由来する運動神経の良さを認められたことがきっかけで、光太郎と関わり合うようになった。


 そんな光太郎の前の席に拓海の知らない女子が静かに座っていた。肩までかかる程の長髪が下ろされていて、顔も鼻筋がまっすぐで、頬から顎の輪郭がシャープな曲線を描いている。離れていても顔の骨格の美しさははっきりと見えた。黒いトップスと内側に着込んだ白いシャツは六年生の中にいるには釣り合っていないほど大人びた風格を持っていた。いつしか拓海の視線は、光太郎からその女子に向けられた。


 しばらく見ていると、その女の子が拓海の存在に気が付いた。拓海の方を見るなり軽く会釈をして、また椅子にへばりついたように動かなくなる。緊張して体が固まっているように見えた。


 他人に興味を示すことがあまりない拓海でも、初めて見るその少女の姿は気になるものがあった。


 席を立ちあがると足に迷いはなかった。その少女の前に来て恐る恐る声をかける。


「あのー、……ちょっといいかな?」


 少女は顔を上げて拓海をつぶらな瞳で見つめる。


「はっ⁉ はい、何ですか?」


「あなたと初めて同じクラスになりますよね?」


「はい、そうですね。初めまして、鈴木美空って言います」


 二人は堅く敬語で話し始めた。


「僕は宮浦拓海です」


「よろしくね、拓海君。良かったァ、6年間で初めて一緒の人がいたからちょっと緊張しちゃって」


 と言いつつも、美空からは体の震えや不安などの緊張の印は既に剥がされていた。クールで奇妙さを纏っていたのが嘘みたいに饒舌になり、高揚感が塞ぎきれないでいる。


「ねえねえ、私のことは美空って呼んでよ。別に嫌なら他の呼び名でも良いけど、できれば名前で呼んでほしい」


 美空があどけなさを含む声で感情豊かに喋ると、拓海は詰め寄られたように勘違いしてしまい困惑しながらも、


「そっ、そうかい。それじゃあよろしくね」


「うん、よろしく」


 美空の声のトーンが一段階上がり、拓海との感情の温度差ができあがった。拓海は、美空が自分と同じ大人しい人だと思っていたから、緊張が(ほぐ)されたときの話し方が予想外に明るく話しかけたことを少しばかり後悔したような気にもなった。


 美空から目線を僅かに上げて逸らすと、後ろの席にいた光太郎と目が合った。光太郎は、あっ、と声を上げて直ぐに椅子を引いた。彼とつるんでいた田崎と倉石は、拓海に一瞥を与えるとすぐに自分の席に戻った。


 そのことは少し残念であった。


 拓海は市内のサッカークラブに所属しており、週に1度小学校の敷地を借りて練習を行っている。田崎と倉石は市内の違うサッカークラブの所属ではあるが、両チームでの合同練習や試合を頻繁に行っており、学校内でいるときよりも面識はあった。久方ぶりの同じクラスでサッカーという共通の話題を持つ者同士で接することを拓海は考えたが、この場では田崎と倉石の二人が拒んだ。拓海と光太郎の中を知ってのことであり、光太郎が拓海に興味を移したのを察して、二人は邪魔者になるのをやめたのだろう。


 光太郎は大柄な体を乗り出すと、ピン、と背筋を張りながら口をぽかんと開けた。


「おいっ、拓海じゃないか」


 光太郎は気だるそうにそう言う。


 拓海は光太郎の机の前に立った。美空は自分の椅子と机の距離を狭めて、拓海が立つ隙間を広げると、後ろを振り返り、拓海の背中を興味に駆られた目で見ていた。美空の目線など気が付いていない拓海は、光太郎に一言、よろしく、と言葉を交わして自分の席に戻って行った。


 しばらくして、長身痩躯でスーツを着た男が教室のドアを開けた。クラスの皆は、その若々しい顔つきから担任の先生であることをすぐに理解した。先生が教卓の前に立って呼びかけると、皆は慌てて席に着く。



 先生の自己紹介が終わると、始業式のために体育館へ並んで行った。



 この日は始業式が行われた後、クラス全体で自己紹介をして、午前の内に下校となった。


 拓海は下校児童の人混みに流されるまま、美空の三メートル後ろを歩いていた。彼女の髪は陽光に照らされて艶が目立った。


 美空は人流に逆らうことなく街道の枝道を曲がって行く。拓海は道を真っ直ぐに行き、突き当りにある自宅に寄り道せず帰った。


「ただいまー」


 玄関ドアを開けて一階の台所に行くと母が、おかえりなさい、と言って昼ご飯を準備していた。


「新しいクラスはどうだった?」


 母がそう訊く。


 拓海が期待に胸を躍らせることは一つであった。光太郎と同じクラスになったことを言うと、母は調理の手を止めて喜んだ。


 もう一つ、鈴木美空という初めて同じクラスになった女子の話をするか迷っていた。5年間一緒にならなかった希少性ゆえの興味深さというものが彼にはあった。しかし、今後関わるのかもわからないし,

彼女のことを話したところでしょうがない、という結論に至ると、拓海は話を切り上げて自分の部屋に戻った。

 こうして拓海の6学年初日は、彼の心の鉢に美空という球根が植えられて終わった。

読んでいただきありがとうございます。

毎日投稿していきますので、気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします。

前書きの美登市概念図は、読む際の参考にしていただければと思います。



三峰勾洋

X:@mitsu_kooyoo

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